第36話 パステル博士


 「はえ〜百代目? もうそんな経つのかい。いやはや歳はとりたくないものだ……。もはや、私が男だった頃を知る者はもう誰も居ないということか。せっかく得た竜の遺伝子も良い事ばかりではないな……うん」

 

 感傷に浸るパステルを横目にギントがドゥークに耳打ちする。

 

 「耄碌もうろくしてるよな……幾つなんだ」

 「……百より先は数えていないそうです。科学者として腕は確かなので安心してください」

 「欲しいのはジェットの性能表だってね。オトナたちから聞いてるよん。さぁ出した出した」

 「は? なにを」

 「データにはデータをだよぉ。キミ達の持つ何かしらの凄い情報と、ひとつ交換といこうじゃないか」

 

 相手が王様だろうと等価交換を求める博士に対し、信用できる逸材の香りがしたギントは真剣に考え始めた。一体何を渡せば釣り合うのだろうか。

 

 「陛下、今こそあれを見せるときでは?」

 

 ドゥークが誇ったような顔をするも、すぐさまパステルが釘を刺す。

 

 「あんね財宝魔法はナシだよ。それ自体の研究は既に終わってるし」

 「そ、そんなぁ! 陛下の魔法ならイけると思って、何も用意してきてないのに! じゃあ終わりだァ!」

 

 ドゥークがこの世の終わりみたいに慟哭を上げうなだれた。

 

 「そっちの落ち度だろそれは。博士関係ないもん」

 「え〜!そこをなんとか!」

 「ダーメ。今さら新しいことが見つかるとも思えないしね」

 「……この偏屈科学者め」

 

 ドゥークが駄々こねる分、ギントはしばらく顎に手を当て考えた。そして、データを貰いつつ新しい力を手に入れる画期的なアイディアを思いつく。

 

 「財宝魔法を使った新兵器の開発。ってのはどうだ? 支援、及びその協力がオレからの条件ってことで」

 「開発支援……もう少し詳しく」

 

 手応えを確かに感じたギントは少しオチャメな感じで上機嫌に説明することにした。

 

 「実はオレの部下に、暗殺家業が得意な五人組がいてなぁ? 前線でも戦える自信を付けさせてやりたいと思ってるんだが……これが連携も実力もまだまだ未熟な連中で困り果ててるんだ。そこで、彼女たちに合うバトルスーツを是非アンタに造ってもらいたい!」

 「喜ばしい話ですが、依頼は別件として受けたまわります」

 

 事務的に処理しようとする博士の肩に手を回す。

 

 「まあまあ、最後まで聞いてよ。博士さえよければ惜しみない援助を約束するんだよ? 開発途中で出るデータは間違いなく貴重なモノになるだろうし、困った事があれば何時でもボランティアに駆け付ける。こーんな美味しい話、乗っとかなきゃ損でしょ」

 

 ドゥークは思った。陛下に金融系の仕事をやらせては誰かが不幸になると思った。

 ギントは饒舌に続ける。

 

 「……時にぃ、財宝使いの勇者は、帝国に技術提供することで財宝魔法を兵器として軍事利用させたと聞く。帝国の科学者にできてアンタに出来ないってことが、ひょっとしてあったりするのか?」

 「……金と時間さえあれば、私に出来ないことなんて無いぞ」

 

 交渉の時、自分のペースを譲らないのがギントのやり方。間髪入れずにトドメを刺す。

 

 「前金だ。ドゥーク、すまないがアレをくれてやれ」

 「……! はい」

 

 一言でそれを理解したドゥークがおもむろに剣を引き抜き、パステルに讓渡した。重すぎて落としかけたパステルが目をギョッと丸くする。

 

 「これ全部ダイヤモンドか!? 傷はあるがこんな上物いいのか……!」

 「そんなんで良ければ、いくらでもだ」

 

 博士は周りに聞こえるほどの音で唾をごくりと飲みこむ。

 

 「こんなに気前のいい陛下は初めてだ。……請け負いましょう」

 「んじゃ交渉成立だな」

 「ちょいとお待ちを」

 

 そう言うと博士は自分の巣穴に帰っていくように資料の山の中に飛び込み、やがて何枚かの紙を束ねて持ってきた。

 

 「こっちが忘却効果で、こっちが攻撃性能についてまとめた資料。お好きな時にでも読んでくだされ」

 

 

 ☆

 

 

 帰りの馬車の中、対照的な疲労感を抱えて対面に座る二人。

 

 「すっげ!」

 「……はぁ」

 

 とにかく資料に夢中だったギントはドゥークの存在も忘れ『威力と財宝魔法の相関について』のページを穴があくほど真剣に読んでいた。

 

 初めに産出国補正について。

 産出国補正イシュタロットとは世界基準の産出量より多く採れる地域とその宝石に与えられた加護のことを指す。威力をそのままに魔力消費量とレートを下げることができるのが最大の利点であると記載されている。

 

 トレジャー王国の場合

 ・サファイア

 ・ジェット

 ・スピネル

 この三つがイシュタロットの対象となる。

 

 「この国では土地の恩恵ガーデン産出国補正イシュタロットと呼ぶのか……」

 

 ここまでは特に目新しい情報はなかったが、重要なのはそのあと。

 

 =====================

 忘却のジェット。

 硬度3.5。壊れやすい部類。

 レートFプラス。宝石界最低辺。

 加速性能によって威力が乗算・・されレート5~10上昇。

 最低威力はC。

 最大威力はAマイナスで確定。

 産出国補正対象時、消費魔力はHマイナスで確定。

 忘却効果あり。効果詳細は別途資料にて記載。

 =====================

 

 威力レートCを打撃で例えると人間が吹き飛ぶほどの威力。レートAは森の一部が剥げるほどの威力。

 消費レートHマイナスは銅と同じ消費量に相当し、本来の半分の魔力も消費しないことを意味する。

 

 「陛下あの、隣りの方は?」

 「オークニ様。この国の始祖みたいな偉い人」

 

 本に夢中で素っ気ないギントがスピネルを紹介する。出掛けたのが気になって帰りの馬車からの参加だ。

 

 「よろしくねー」

 「し、始祖!? よろしくお願いします……」

 

 少女ギントの魔力最大値が100だとすると、ジェットの消費魔力は21。それがトレジャーランドにいる間は消費魔力が3になる。

 壊れやすい点を除けば、コスパが高く威力も申し分ないので使わない手はないという事が、資料を読んでよく分かった。

 

 「いやー、なるほど! こうなるとサファイアやスピネルについても知りてぇ〜なぁ。ペチは読まなくて平気か?」

 

 収穫は十分あったと喜ぶギントとは対照的に、落ち込んだ様子のドゥークが口を開く。

 

 「……私は、陛下をずっと過小評価していました。一騎打ちを申し込まれた時から……いえ、声を取り戻すよりずっと前から、何も無い王だとばかり。何も見えていないのは私の方だというのに……。本当に出過ぎたまねを、申し訳ありませんでした」

 「……花、買う時間なかったんだけどさ。やるよな? 一戦」

 

 そこは慰めるでもなく、単純な再戦のお誘い。跳ねるように立ち上がったドゥークは子犬がしっぽを振るように勢い良く答えた。

 

 「は、はい! 僕でよければ! ぜひ!」

 

 そのとき大きく馬車が揺れ、バランスを崩したドゥークが前のめりに倒れる形となり胸でギントを押し潰した。

 

 「ひゃ! も、申し訳ありません陛下! その、苦しくなかったですか……?」

 「大丈夫大丈夫。むしろもっと来てくれても大丈夫」

 

 恥じらう乙女の姿も見れたので、むしろギントは役得くらいに思った。

 

 「わー國も揺れるぅー」

 「それより、剣はあるのかペチ」

 

 あわよくば抱きつこうとするスピネルの頭を押さえながらギントが聞く。

 

 「兵団で管理しているのが何本かありますが、専用のとなりますと先ほどのが最後の……」

 「じゃあ道すがら買ってくか。お前に似合うやつ」

 「いいんですか!? やったぁ!!」

 

 手を挙げて喜びを爆発させるドゥーク。無視されても諦めないスピネル。

 

 「奢るとは一言も……まぁいいか」

 

 頬杖つきながら、どこか嬉しそうな顔でギントはそう呟いた。

 

 

 ☆

 

 

 初日ギントの勝ち。

 二日目ドゥークの勝ち。

 三日目ドゥーク、四日目ギント、五日目ドゥーク、六・七日目ギント。

 

 ギントの四勝三敗で迎える八日目の試合──。二人の剣戟は、ついに団員たちを置き去りにした。

 

 「なぁ、見えるか?」

 「サッパリだ。何やってんだかさっぱり……」

 

 その高速戦闘に目が追いつかず、エサを待つ鯉のように口を開ける団員たち。知っているのは団長が重いダイヤモンドソードを捨ててレイピアにも近い、細身の剣先以外真っ黒な剣を使用していることと、二日前から王様が短剣二刀流になったことだけ。

 

 「重いダイヤモンドを手放して身軽になったからって、ありゃ団長……成長し過ぎだろ」

 「それもそっスけど、それに食らいつく陛下はなんスか……。バケモンすか?」

 「気にしたら負けだ。稽古に戻ろう」

 「俺ら追いつけますかねー」

 「さぁな」

 

 あまりに現実離れした戦闘は、かえって部下たちの関心を削いでしまった。幸か不幸か、二人はもう完全に自分たちの世界に入りっぱなしなので気にしない。

 

 「礼を言う。今のオレは、全盛期の二割に迫る勢いだ」

 「この程度で満足されては困ります。そろそろギアをあげていきますよ!」

 

 剣と呼吸の狭間で、二人は得も知れない多幸感を味わっていた。刹那であり永久にも感じる悦びの衝撃波を全身で浴び続けながら、もう誰にも邪魔されないことを切に願う。

 

 「陛下! 陛下!」

 「団長! ドゥーク団長!」

 「ファナード国王陛下! あれを!」

 「「なんださっきからッッ!!」」

 

 ギントとドゥークが同時に手を止め声のした方を振り返ると、慌てた様子の団員たちが皆一様に同じ空を指差していた。

 

 「あーあー。聞こえているかな諸君」

 

 それは突然現れた。

 上空に浮かぶ巨大な人影。

 ローブを着込み杖をつく老人の影。

 

 「……ジオルド」

 

 そうやって小さく呟くギントにドゥークは一瞬視線を移すも、すぐさま巨人に戻した。

 

 「ワシの名はジオルド。帝国宰相ジオルドじゃ」

 

 誰もが押し黙ると、その声は再度、街全体に反響する。

 

 「突然ですまぬが、宣戦布告しに参った」

 

 帝国襲来まで残り0日。

 

 

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