第37話 ルールーキッチン


 ある日、父が倒れた。

 

 兄弟が死んだ。

 叔母が裏切った。

 いとこが失踪した。

 母と逃げた森の中で──。

 

 「いい? 何があっても振り返ってはダメよ。立ち止まってもダメ。前だけを見て、前だけを見て進みなさい……!! 母との約束、守れますね?」

 

 母が死ん約束を守れなかで声が出なくな──────。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 ~王城の地下牢~

 

 チュドーーン! カララララ……。

 

 「な、なんだ?!」

 

 何が起きたんだ!

 僕は眠気マナコを擦りながら鉄格子に飛びかかる。爆発音がスゴかった。鉄格子より先には行けないのが悔しい。無理やり顔をスキマから出してその先を見ると、遠く対岸の方から土煙が舞っているのが見えた。あれは……、あれはアニキの牢屋からだ!

 

 「アニキ? 何かあったんですかアニキ!」

 

 アニキは世界最高の勇者だ。魔王を倒した世界最強の勇者でもある。世界には勇者を名乗る不埒者がゴマンと存在するが、僕のアニキが一番だと堂々と胸を張って言える。そんなアニキがこのあいだ、無実の罪で捕まってしまった。しかもアニキの故郷である、このトレジャーランドで。

 僕も牢屋に居るけどもそんなことはどうでも良くて、アニキに対するこの国の対応には心底ムカついた。普通なら栄光をたたえてパレードの一つや二つ行うべきなのに!

 そんな最高のアニキの牢屋から爆発音と壁が崩れる音がして飛び起き、今に至る。

 

 「アニキ? 返事をしてくださいアニキ! 何かあったんですか!?」

 

 返事はない。代わりに通り過ぎる足音が聞こえた。

 

 「……。」

 

 その影を目で追って僕は一瞬、固まってしまう。

 

 「おいおまえ! アニキに何をしたおまえ!」

 

 そいつはにっくき王様だった。アニキを牢に放り投げた張本人である。僕の目にはそいつがアニキの牢屋から出てくる所が見えた気がした。身長も年齢も僕と差程変わらない十二歳ほどと聞くが、だからって許してやるものか!

 

 「あらま、忘れてましたわ」

 「あらまじゃない! ちゃんと答えろ!」

 「実はだな……」

 

 そいつは僕の前にやって来て、もったいぶるように口を動かす。

 

 「ん〜すまん。やっぱ今度にするわ、キンカ」

 

 ふざけるなと憤慨してやりたかったが、それだけ言うと王様は足早に去っていった。

 

 「あいつ、なんで僕の名前を……」

 

 綺麗なフォームで走るその背中を見ながら、今の僕にはいぶかしげに呟くことしか出来なかった。

 

 ☆

 

 それから四日後、僕はまだ牢屋にいた。 看守に聞いた話によると勇者は脱走したのだとか。どこに逃げたかは未だに分かっていないらしく、看守は気だるそうに僕が何も出来ないと知って教えてくれた。

 アニキが逃げ切れたことは嬉しかった反面、置いていかれたことはちょっぴり悲しかった。元々アニキの故郷に着いたら冒険は終いで、そこで僕たちは解散する手筈になっていた。だからアニキが僕を助ける必要はない、ないのだけど、それでも落ち込まずにはいられなかった。

 

 「皮肉だな……。始まりと同じ終わり方だなんて」

 

 アニキとの初めての出会いも牢屋だった。誰も信用出来なくなったアニキに奴隷として買われ、荷物持ちとして旅に参加した。僕だけの『才能』を発見してもらったけど、活かせる機会はそれほど訪れず終わってしまった。

 まとまりが良すぎて、なんだか笑えてくるな。

 

 「──こちら、異常ありません!」

 

 いつも気だるそうにしている看守がビシッと背筋を伸ばし、なぜだか遠くに向かって敬礼している。

 何かと思って顔を上げると、兵士をぞろぞろと引き連れた王様がいた。王様は僕の牢屋の前で足を止めると、無言でこちらを見つめてくる。

 

 ガシャン──!

 

 勢いよく鉄格子に掴みかかり威嚇してみる。王様はピクリとも驚かなかった。

 

 「開けてやれ」

 

 周りの兵士が僕を警戒するなか、王様は牢屋の解除を求めた。

 

 

 ☆

 

 

 ~王城の庭~

 

 気が付けば僕は城の中庭にいた。白を基調とした庭園に草木が青々と輝き、中央の噴水では小鳥たちが楽しそうに水浴びをしている。

 そんな空間には不釣り合いな僕と移動式の屋台がひとえに向かい合う。看板には『ルールーキッチン』ときれいな文字列。僕は王様と並んでそのメニューをじっくり眺めていた。……なぜか。

 

 「フラックッガーノのスペシャル、コーンはオリハルコン級で、トッピングは全部のせを二つ」

 

 王様のその注文の仕方に驚いて横顔を眺めていると「お待ちどうさま」と店主は注文通りのとびきりアイスを王様に手渡した。

 

 「ほれ」

 

 王様は片方を僕に差し出す。

 

 「な、なんのつもりだ」

 「いいから、溶けるぞ」

 

 中庭には白いベンチがある。僕らはそこでアイスをペロりながら、少し気まずい時間を過ごした。

 

 「……いつか、ルールーキッチンのデカ盛りアイストッピング全部盛りを食ってみたいって言ったろ」

 「え? なんで、それを……」

 

 確かにそれは子供の頃からの僕の夢だ。でも生涯に一度だけ、それも一人にしか語ったことがない。ゆえに帰結するその正体。

 

 「あ、アニキなんですか……?」

 

 僕は口の周りがベトベトなのも忘れて、王様を見つめた。王様は軽く目を合わせた後、どこかバツが悪そうに顎を引いて頷いた。僕は何故だか、すんなりとその答えを受け入れられた。

 

 「キンカ、食いながらでいいからさ。聞いてくれ」

 

 一度した些細な約束を守ってくれたアニキ。そのアニキの頼みを聞かない理由がない。僕は必要以上に顎を縦に振った。その内容はスゴかった。

 

 「……はいぃ!? なんでもっと早くそうゆうこと言わないんですか!」

 「まーまーとりあえず座れって。お前には迷惑かけてねェし」

 「ガッツリかけてますよ! 現にこうして一週間、牢に閉じ込められてたんですからね僕!」

 

 アニキが王様で、王様がアニキ。

 内容の衝撃さに途中からアイスの味はしなかった。

 

 

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