第35話 ジェットの性能表を求めて


 謁見→勉強→再戦→勉強。

 謁見→勉強→再戦→勉強。

 

 そんな日々の繰り返しに早くも音をあげたギントは三日目にして謁見後の勉強会をサボり、街へと繰り出した。

 それをきっかけとして『ネフェリの居場所を豊かにする』という新たな生き方を見つけるも、爺やとの敵対を恐れるあまり、大国主と二人で内密に進める “裏の目標” として定めた。

 具体的に何をするかは決まっていないが、内部勢力をひっくり返さない限り国を動かす権力は手に入らない。諸々のそういった事情は勉強と実体験を通して学んだ。

 

 ──大まかな内部勢力──

 

 ・王族派、王様と補佐大臣のみ。

 ・穏健貴族派、拷問大臣ほか数名。

 ・改革貴族派、攻撃大臣ほか数名。

 ・自由貴族派、宝石大臣ほか数名。

 

 言わずもがなギントたち王族派は最弱勢力である。それに加え、チャイバル補佐大臣が裏では別の派閥に組みしている可能性も高く、後ろ盾と言えるものは何も無い。改めて「オレら、やばくね?」と評価するギントに対して大国主もバトラーも無言で頷くだけに留まった。


 目の上のタンコブはもう一つ。

 アサシンズのひとり、リーダータイプの白藍短髪女、本名イズオーが勇者と王様の関係について少しばかり情報を掴んでしまったようだ。

 大国主はここ最近イズオーの監視を徹底していたが、それによりギントに対して行った忠誠が嘘であったことが判明し、ギントは何かしらの処分を下す必要に迫られた。

 王として厳正に対処したいところではあるが、他のアサシンズへの悪影響が懸念され、実質なにも出来ずにいる現状が続く。アサシンズに関するきな臭い情報は他にも多数寄せられているが、全ての対処が宙ぶらりんのままだ。

 

 

 ☆

 

 

 「おやようグラちゃん……。今日もいー天気だね」

 

 朝の弱いドゥークはキャミソールのヒモが片方肩から外れた状態のまま、寝ぐせも直さず窓辺に飾ってあるグラジオラスの花に挨拶をした。大事な意味を持つその何輪かの花を眺めながら、ベッドに腰掛け両手を天高くし、ゆっくりと腰を反らす。

 

 「よし、行くか」

 

 花言葉は『用心』や『勝利』。

 ある王様にもらったものだ。



 ☆

 

 

 「今日は快晴です。陛下はお外で遊ばなくて平気ですかぁ?」

 

 おっとりとした口調でメイドのペリドが王様に話しかける。王様は石遊びに夢中だ。

 

 「いつも遊びに行ってるみたいに言うな」

 「なんですぅ? その、あまり可愛くない小石ちゃんたちは」

 

 自室の地べたに胡座をかく王様の前には大きな風呂敷が敷かれており、その中には大小様々な黒い石が置かれている。一つ手に取ってはあーでもないこーでもないと独り言って品定めする王様にペリドが問うも、その説明がなされる前にバタンッと扉が勢い良く開く。

 

 「陛下ー!!」

 

 やって来たのは聖騎士団長ドゥーク。鬼のような形相で彼女はギントに詰め寄った。詰め寄りすぎて鼻同士がくっつくほどに。

 

 「どういう事ですか今日は出来ないって! 勝ち越したらはいお終いなんて許さないですよ僕はッ!」

 「ちょうど良かった。お前も試すか?」

 「……ジェット?」

 

 その石の正体は圧縮され炭化した樹木の化石、ジェットだった。

 

 「こいつの可能性について目下検証中なんだが、お前はどのくらいコイツを理解して使ってる?」

 「まあ、忘却と加速の効果くらいは知ってますが……。それがなんです! ほら、今日も行きましょう! 次は僕が勝ちますから!」

 

 無理やり腕を抱えて外に連れ出そうとするドゥークだが、ギントはまるで話を聞かない。テコでも動かないつもりだ。

 

 「例えば大きさによって加速が始まるまでの伝達速度に違いはあるのかとか、品質による性能差とか重さとかそうの正確に知っておくと、石の力最大限に引き出せたりするんだ。テキトーじゃダメだぞテキトーじゃ。こうやってオレみたいにしっかり調査してこそ、真に強くなるために必要なことなんだから」

 「でしたらぁ、書庫に行けば良いのでは?」

 「ヮ……」

 

 ペリドの何気ない一言に、その発想はなかったと講釈垂れた少女が固まる。勇者時代のつい癖で実践から入ったが、データがあるならそれに越したことはないのだ。というか手っ取り早いのだ。

 

 「お気持ちは分かります陛下。私も文字を読むと眠くなるので」

 「そ、だな」

 

 都合のいい解釈をしてくれたのでとりあえずそっちに乗っとく。

 

 「数ある中から一冊を見つけるのも大変でしょうし、仕方がありません。博士の所へ伺いましょう」

 「博士?」

 

 ドゥークの妙な提案にギントは首を傾げた。

 

 

 ☆

 

 

 足の踏み場もないほど、沢山資料が散らばる雑多なゴミ屋敷──。生活感の欠片もないビッシリと文字で埋まった黒板と化学薬品だらけの部屋は、ギントの書斎の十倍ほどの広さがあるにも関わらず嵐が過ぎ去った後みたいに破滅的な散らかりようで、人の気配などまるでしなかった。

 

 「パステル博士ー。陛下をお連れしましたー」

 

 ギントの隣りに立つドゥークがそう呼びかけると、急に資料の山が崩れ始めた。そこから小さくて可愛い手がニョッキリ生えてきて、二人に存在をアピールする。

 

 「うぃー。今行くー」

 「ずっと居たのか……? あん中に」

 「今驚いてたらキリないですよ」

 

 ドゥークが冷静に忠告すると、白衣の天使が眼下に飛び出す。

 

 「全くヒドイもんだよなオトナたちは。片付けとけとあれほど言ったのに。危うく死ぬところだったぞ。うん」

 「こいつが、博士?」

 

 アホ毛の生えたピンク髪の上に、ダルそうな目のマークが書かれた赤いアイマスク。オーバーサイズの白衣だけ・・を着た温厚そうな少女が目の前に現れる。おっとり具合ならペリドより上そうだ。

 

 「竜種かあんた?」

 

 首より太い竜の尻尾が生えていることにギントが気付いて訊く。鱗に覆われたそれで体重を支えるようにして腰を反らし、ブリッジでもするかのように逆さまになって少女はこちらを覗くと答えた。

 

 「この姿を見て驚かないとはアレ驚いた。シッポの付け根でも見るかい? 人によっては興奮するよ」

 

 普通に立って、白衣をたくしあげるとやはり何も履いていないので付け根どころかツルッとしたお尻が丸見えだ。

 

 「や、やめてください博士! 今日は陛下をお連れしてるんですよ!」

 「今日は?」

 「もー意地悪だなこの人も!」

 

 ギントの分までドゥークが恥じらいからかわれる。

 

 「へー、王国にもこんな研究施設じみた場所があったんだな」

 「君たち、どうやって来たか覚えてるかい?」

 「え、あ。うーん、そう言われると思い出せねぇな……」

 「それでいい。忘却石を使ってるからね」

 

 ドゥークとギントは助手を名乗る男の案内でここまで来たが、ジェットの忘却効果で完全に忘れている。それを確認したパステル博士は安心したように続ける。

 

 「改めて、元宮廷科学者のパステルだ。陛下は失礼ながら九十七代目? それとも八代目?」

 

 定例会議まであと一日──。

 

 

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