第34話 メイドのペリド


 「爺やこいつはなんだ」

 

 目障りなほどに大きな二つの脂肪の塊が、腕を組むギントの上に乗っかっている。それが彼女もとい彼には理解しがたい状況で、爺やを睨む。

 

 「メイドのペリドでございます。私に代わり今後身の回りの世話は彼女が担当します。どんな事でもお申し付けください」

 「それはさっき聞いた。その……重いんだが」

 「わたしはおもくないで〜す!」

 

 重みに首をぐなゃりそうなギントを背後から抱きしめ、満面の笑みではしゃぐメイドのペリド。身長は成人女性の平均よりやや高く、底抜けの明るさを模したようなクセっ毛ブロンズヘアーは腰まで伸びる。見る者の心を穏やかにしてしまいそうなその瞳は、宝石のペリドットのような鮮やかな緑色で彼女の名前の由来とも言えるらしい。服装は立派なメイド服だが、豊満な胸に似合わずの幼さを内包する彼女は、実のところ19歳の新人メイドだったりする。

 

 「聞いてないんだけどジーヤちゃん!シャーー!」

 

 一匹の猫が背中を丸めて威嚇する。猫の名前はトレジャーランド・サファイアジェットスピネル。一介の大国主だ。自分の大事な男を取られるじゃないかと警戒している。

 

 「特別というほど特別ではないのですが、彼女は先代王の妃候補だった人です」

 「妃候補? ってことはなによ……嫁でもないだだの一般人? こーんな可愛い子をタミくんのそばに置くわけ? イヤイヤイヤ意味わかんないしーブーブー」

 

 大国主はバッドマナーのハンドサインで爺やに否定的な態度を取った。

 

 「私も詳しくは存じませんが、一番ヒマ……ではなく、いの一番に陛下のお世話係を申し出たメイドがペリドだったのです」

 

 ギントはそれって大丈夫なのか? という視線を爺やにぶつけると、スピネルが直接迫る。

 

 「ペリド君。配属はどこかね」

 「はいぞくぅ? 先代王のお世話しかしたことないので分かりませーん! うふふ」

 「あ! キミもしかして、先代のとこの看護メイドか!」

 「知っているのかオークニ様」

 「確か、寝たきりだった先代王がたまたま意識を取り戻したタイミングで隣りにいて、結婚を申し込まれた人だよ」

 「そうですそう! 看護学生だった時に一回だけ陛下の……失礼、先代の検診を見学させてもらって、そこで婚約することになっちゃって……、流れ流れてメイドになっちゃいましたぁ」

 

 先代、つまりファナード九十九世は奇病に掛かり今も昏睡状態にある。トレジャーランドの医療技術や魔法では回復は難しく、月に一度目を覚ますか覚まさないかといった不安定な状態の中、目覚めた際にたまたま居合わせたペリドに一目惚れをし、先代は猛アタックを仕掛けた。

 

 「國、面白半分で見てたんだけど、先代はいたくこの子のこと気に入っちゃったみたいで、目覚める度にペリドペリドばっか言うし、当のペリドも看護学校卒業してすぐに『ファナードの妻です』って言って城に侵入してくる始末で。とりあえず病気が治るまで専属の看護メイドって形で納まったのよ」

 「結婚は着実に進んでいるの。月に一度の愛の言葉がね、私にとっては宝石よりも輝いて聞こえるの! ふふ。私のことお母さんって呼ぶ? それともお姉さんて呼ぶ? どっちでもいいからねぇ〜陛下ぁ」

 

 愛しい先代の子ども。それだけでペリドは百世が愛しくて仕方がなかった。ギントからすれば人違いだが言える訳もなく、めんどくさそうな顔をする。

 

 「ちょっと待った……! 生憎だけど母枠も姉枠も、そして愛人枠すら既に埋まってるからね!」

 「あら、そうなんですか? その前に貴女はどちらさま? この子のお知り合い?」

 「ンなばかな! ナチュラルに上から……だと……?」

 「分かったから胸をおろせ。胸を」

 「いやんっ」

 

 コンコン──。

 

 「失礼します」

 

 ギントがずっしりとした胸を細い指でグイッと落ちあげた瞬間、扉がノックされひとりでに開いた。扉の奥から女たちがぞろぞろと部屋に入ってきた。

 

 「すまない……。邪魔だったら出直すが」

 

 胸を鷲掴みにする陛下を一歩引いた目線で見ているのは、五人の暗殺者たちだった。

 

 

 ☆

 

 

 揉んでいた訳ではないと誤解が解けたところで、彼女たちは本題に入る。

 

 「なんの記憶が抜け落ちてて、これからどうしていくか熟考に熟考を重ねた結果、我々はここに残ることを決断しました」

 

 洗脳にかかったフリをしていたうちの一人であるリーダーが、代表者として軍門に下ることを示唆した。その背後からニヤケ面の金髪頭脳タイプが顔を出す。

 

 「暗殺者としては半人前だけど、諜報員としては結構優秀なのよ私ら。生かすメリットは十分あると思うけど? かわいい王様」

 「ば、バカもの……! したてに出る作戦なのになんで上からもの言ってるんだお前は!」

 「えーだってぇ、安い女だと見られたくないしぃ」

 「だまれ!命に関わるんだぞ我々の!?」

 「いいぞ」

 

 喧嘩していた二人が、あっさり許可したギントの方を振り向く。

 

 「親友の教え子を無碍に扱うことはできないからね」

 「「ありがとうございます」」

 「ありがとです!」

 

 見る人が見れば寒気を抱くような笑顔でギントは女たちを優しく包んだ。

 

 「このご恩は一生忘れません」

 「陛下の手足として、頑張らせて頂く所存だ」

 「ああ。頼んだぞ」

 

 一度洗脳を見破り、裏切る準備をする者たち・・も含め、今度は誰一人とてそのウソを見破れる者はいなかった。

 

 定例会議まで残り四日──。

 

 

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