第32話 ギントVSドゥーク③


 翌日。

 再戦を控えたドゥークは団員を五名ほど連れて繁華街を歩いていた。若く凛々しく美しいと三拍子揃った彼女は戦争孤児から成り上がった華々しいエピソードも有名であるため、老略男女問わず愛される都の人気者だ。特に女性からの人気は凄まじく、今も街中の女子から黄色い声援を集めていた。

 

 「きゃー! ドゥーク様よぉ!」

 「ドゥーク様が私と同じスっー……、空気をんスっー……、吸っていらっしゃるわぁ!」

 「ンンお姉様! こっちを向いて〜!」

 「目がめっちゃいいの! あんな宝石より美しい目が他にある!?」

 「何かあった時は人体を! 私の人体の一部を遠慮なく持っていってくださいお姉様ァァ!」

 

 どんな熱狂的なファンに対しても、笑顔と配慮を忘れない。

 

 「ははは、今は困ってないよ。すまないが陛下のために急いでいてね。また今度、僕の相手してくれるかい?」

 

 後半のボイスにはエコーがかかっていた。

 

 「いげ(イケ)!」

 「めっう(メン)!」

 「はぐぅは、マッ(王子様)!」

 「おっと危ねぇ」

 

 ドゥークの爽やかスマイルに胸きゅん死した女子たちを介抱するのが、団員たちのいつもの流れ。ドゥークが直接介抱しようものなら、騒ぎはもっとデカくなるからだ。

 

 「ちょっと! 握手くらいさせなさいよ!」

 「二メートル以上の接近は禁止デース」

 

 いつものように危険なファンの排除も怠らない。

 

 「知らないって幸せだな」

 「意外とポンコツっすもんねー、うちの団長」

 

 気絶するようにバタバタと倒れる女性たちを助けるのは騎士として当然だとしても、つい愚痴は出てしまう。

 

 「なんか言ったかい……?」

 

 団長の殺気に気付かないフリをしながら、部下たちはそっと後ろを付いて歩いた。

 

 

 ☆

 

 

 ガキンッ──!

 

 手放した剣が宙を舞い、回転しながら落ちてくると王様は地面に手を付いた。

 

 「「「おおー」」」

 

 この日の決着はわずか三秒の早業。逃れることの出来ない怒涛の連撃からの切り上げ強撃により、剣を飛ばされると分かっていてもギントは真正面から受けざるを得なかった。でなければその一撃で間違いなく死んでいただろう──。

 

 「やっぱ流石だな団長。目で追うのがやっとだぜ」

 「昨日の団長はどこか遠慮がちだったがもはやその必要も無い。陛下なら対応し、防いでくれると〝信用〟していたからこそ掴めた勝利だな」

 

 部下たちから惜しみない拍手が両者に送られる。豪快で規律の守りがユルい男たちもリスペクトの精神だけは欠かさない。

 

 「剣が重いからと動きが鈍るようあれば、この男どもの上には立てない。それだけの事」

 

 そう言ってダイヤモンドソードを納刀したドゥークは、部下から繁華街で買った『ある物』を受け取り、陛下に差し向けた。

 

 「その可憐な指先に剣など似つかわしくない。陛下、どうぞこれを」

 

 特徴的な見た目をした真っ赤な花──。波状の細い花びらが丸みを帯びて反り返る一輪の綺麗な花がギントの視界に咲き誇った。

 

 「花屋の主人に陛下の足りない所を聞いたところ、これに行き着きました。グロリオサ──。花言葉は『勇敢』そして『栄光』です。どうぞお受け取りください」

 

 屈託のない笑みを浮かべるドゥーク。その花は、呆然とするギントの鼻腔に優しい香りを届けた。

 

 「団長って、女性以外にも優しいんすね」

 

 軽いノリの新人の言葉に、隣りにいた古株団員は応える。

 

 「アホか、陛下は女性だ」

 「え」

 「それにあの花は優しさから程遠い場所にある。むしろ陛下を全力で煽る、最も挑発的な贈りもんさ」

 「ゲ、マジすか? ……悪魔っすね団長」

 「育てた俺らの責任だ。あんま言わねぇでやってくれ。あれでも拾った頃はすげえ可愛かったんだ」

 

 ようやく立ち上がったギントは、悔しさを顔に滲ませないよう必死にニコリ顔を貼り付けながら、その花を受け取った。

 

 「あ、ありがとな。そりゃもう大事にするさ、うん……!」

 

 

 ☆

 

 

 「はっ倒す!!!」

 

 王の部屋から威勢のいい声が鳴り響く。

 

 「ぶん殴る! 絞め落とす! タコ殴る!」

 

 片手で腕立て伏せするギントの声だ。顔から噴き出す汗をものともせずマッチョになり過ぎない範囲での自己改造に取り組んでいた。

 

 「明日はオレから花を贈りつけてやる! サイコーの、花言葉のやつをなぁ!」

 

 元来負けず嫌いな一面を持つギントにとって、今日の敗北はこたえに堪えた。何も知らない大国主は爺やから事の顛末を聞くと、どこからともなく花瓶を持ってきてグロリオサの花をギントの目の前に生けて怒られた。

 このまま勉学の方にもやる気を出してくれないだろうかと、横でトレーニングを見守る爺やは思った。

 

 「そろそろお勉強の時間です陛下」

 「よし、こい。同時にやったらァ」

 

 

 ☆

 

 

 翌日、ギントは街の美味しいパン屋さんの前に立っていた。

 勉強会三日目にして早くもサボることを選んだ王様は、それでも爺やに殺されるのが怖くて、大国主に頭を下げ適当に誤魔化すようお願いした。

 タイムリミットは一時間。それ以上は誤魔化せないと言われたので、目に付いた場所は取り敢えず行ってみる。四十年ぶりの故郷の中は、めくるめく不思議でいっぱいだ。

 

 定例会まであと六日──。

 

 

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