第31話 ギントVSドゥーク②


 

 互いの間合いは同じ距離。そう考えるギントの予想を裏切るかの如く、後ろに引いたドゥークが構える。同時に、殺気にも近い匂いを放つ。

 

 「ジェットブレイク!!」

 

 横なぎ一閃。

 剣の残像が開いた扇のように迫りくる。

 持ち前のステップと宝石ジェットが埋め込まれた剣による加速度を乗算した信じられない超越速度の袈裟けさ斬り。

 近付くべきか離れるべきか、迷えば敗れる刈り取りの一太刀は、散々打ち合って間合いを誤認させたことでより効果を発揮した。

 バレれば効果半減の不意打ち、ゆえに一撃必殺──。強者と認めた相手にのみ使うドゥーク渾身のひと振である。

 

 「かいぐまっ!」

 

 二度は通じぬその一撃を、ギントは見事初見で打ち破って弾き返した。

 

 「……。」

 

 反応してみせたことに口をあんぐりさせる騎士団員たち。しかしその代償は大きく、ギントの剣は遥か後方、大空の彼方へと飛んでいった。

 

 「はぁはぁ……私の勝ちです」

 

 流しきれなかった衝撃に尻もちをつく王様を見下ろしながら肩で息する青髪天パは、団長としての意地を貫き通せた安堵感から笑顔を見せた。

 

 「いよっしゃああ! 団長の勝ちだ!」

 「でもあんなの、俺らでも反応できるかどうか。それを初見で防いじまうなんて大したお人だぜ……」

 「感動したっす陛下。お疲れ様です」

 

 パチパチパチパチパチ──。

 

 部下たちはその妙技も然ることながら、対応してみせた王様を拍手で褒め称えた。たとえ“敗北”という結果であっても王への畏敬の念が深まった瞬間である。

 

 「どうした判定員。決着はもうとっくに着いてるぞ」

 

 しばらく経っても反応を示さない二人の判定員に痺れを切らしたドゥークだったが、やはり二人は動かない。まるで何かの合図を待っているかのようにそこに佇むばかりで──。妙な胸騒ぎがする。

 

 「そーいや言ってなかったな。引き分け・・・・の場合、どう判定するのか」

 

 荒くれ者の手を借りてゆっくりと立ち上がるギントのその発言に、ドゥークがすかさず噛み付く。

 

 「血迷いましたか陛下? 勝負はどう足掻いても私の……」

 

 その瞬間、視界に入った自分の剣が中心からパッキリ折れていることに気付き、ドゥークが絶句した。同じく部下たちも戦々恐々としている。

 

 「……何が、どうなって」

 「慌てるな。じきに分かる」

 

 ギントが勿体ぶってそう言うと、二人の前の地面に剣が突き刺さった。それは先ほどジェットブレイクで弾かれ飛んでいったギントの剣──とはどこかが違うようで。

 

 「なんかぁ、キラキラしてねえか?」

 「なにが」

 「ほらあの剣、ダイヤモンド……じゃないか?」

 「……!」

 

 部下たちの発言を尻目に、ドゥークはようやく理解する。目の前で幾何学な光を放つその剣が、鋼ではなくダイヤモンドで出来ていることに。

 

 「ダイヤモンドソード。その硬さゆえに、僕の剣が砕けたのか……」

 

 それは、ドゥークが間合いを取って大技に切り替えたタイミング。剣をゴリゴリっと材質変化する時間は十分にあったのだ。

 

 「ジェットにしても良かったんだが、制御できずにカウンターを食らわせちまったら大惨事だろ? だからこうした。まさか弾かれるとは思わなかったけどな」

 

 剣を地面から引き抜いたギントはその後、ドゥークに跪(ひざまず)くよう指示し剣を贈呈した。

 

 「しばらくそれでウデ磨いてろ」

 「おもっ……!」

 

 材質変化に質量まで変化する力はない。ギントは元から、二倍くらい重たい剣を振っていただけだった。

 

 『戻る前に二つ』

 『おもっ……。なんだこれ』

 

 木陰から戻る際、爺やはその重苦しい剣をギントに渡していた。

 

 『剣を折るだの弾くだの、それだけでは味気ないと感じる陛下のために、私から課題と助言をと思いまして』

 『課題と助言?』

 『その剣の重さを悟られぬよう戦ってください』

 『荷重トレーニングか。キライじゃないぜそうゆうの』

 

 重たさを実感しながら、ギントが笑う。

 

 『彼女の渾名はペチです。ご満足頂けない場合はそう呼んであげてください』

 『ま、覚えてたらな』

 

 その後、決闘を挑んだ少女は心·技·体・魔力で劣りつつ、ハンデすら背負った状態で闘いを引き分けに持ち込んだ。それが、圧倒的な経験の差だけで語り尽くせないことを爺やは知っている。

 

 『ただ全身に魔力を纏えばいい』

 

 魔力を一定期間留め、それを解放することで全身に魔力を纏わせ身体能力を向上できる。だがそれをすることが如何に至難か、若くして団長にまで登りつめた実力者でも存在に気付かないくらいには推して測ることは容易い。

 

 へその下辺り、丹田たんでんと呼ばれるところに常に力を入れて生活することで全身を流れる魔力は滞留し、力を抜くことで身体から放出され《魔力纏》が完成する。魔力纏は効果中、集中力や身体能力が向上し打たれ強くもなるが、効果が切れると魔力欠乏症に近い貧血症状や息切れを起こす。

 ギントが行っているのはそんな魔力纏の一つ上、《超魔力纏アルティメットルーティーン》。滞留と放出を強めたものを繰り返し行うことで、瞬間的な超人状態を強引に引き起こす。魔力を一瞬で濃縮させ、一気に爆発させる。

 濃縮、爆発、濃縮、爆発、濃縮、爆発──。

 一秒間の超人状態と一秒間の脆弱状態のループ。そんな常軌を逸したルーティーンを寝ている時も遊んでいる時も風呂に入っている時も行うことで持続を可能した。

 濃縮と爆発の速度を早めれば、半永久的に纏うことも理論上可能だが、それは飽くまで理論上の話。リズムが少しでも狂うと、内側からカラダが裂けるような相当な負荷が掛かってしまう。ギントのソレに間違いなく隙はあるが、心臓の鼓動に合わせて繰り返すことで緊急時は弱点の大部分をカバーした。運動量が増え、鼓動が高鳴るタイミングには完全に隙を無くすことが可能となり、長引けば長引くほど相手は不利になる。問題は一秒おきに身体がだるくなって目眩に襲われることくらいだろう。

 

 「また来るよ」

 

 後ろ手に手を振りながら執事と共に帰っていく王様。そのあとをドゥークが追いかける。

 

 「ままま、待ってください!」

 

 ズサーっと膝で滑りながら前に出たドゥークが、勢いそのままに地面に手をついた。

 

 「私は、あなたを器に満たない王とばかり! 陛下を試すようなナメた……いや、ナメきった剣技をしてしまいました! 大変申し訳ございませんでした!!」

 「は? あれ本気じゃなかったのか?」

 「まさか。あんな隙だらけの剣技、戦場でやったらハリセンボンにされますよ! ハリセンボン!」

 

 頬を膨らませて一生懸命、魚類のマネをするドゥーク。面白いのでギントは煽ってみることにした。

 

 「じゃあそうだな……明日は本気で頼むよ。ペチ団長」

 「なぜ……お、お前か執事っ! 陛下に余計なことを吹き込んだのは!」

 

 顔を真っ赤にして怒るドゥークに対し、爺やは軽く会釈だけして王と共に城の中へと戻って行った。

 ちなみにペチとは、王国西側の方言で『泣き虫』の意。幼い頃から騎士団に所属しているドゥークの変わらずのアダ名で、歳上の部下以外から呼ばれることを過剰に嫌っている。

 そんなこんなでとことんまでプライドを傷つけられたドゥークは、一周回って不気味に笑い出した。

 

 「ふっふっふっ……。そうか、そちらがその気ならばよろしい。手加減はもう出来ないと言うこと……ふふ、ふふふふふ」

 

 新たな宿敵の予感。

 定例会議まであと八日──。

 

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