第30話 ギントVSドゥーク①
「一戦交えると言うのは、私と陛下がですか?」
周囲から真面目すぎる天パと揶揄されることもあるイケメン女騎士団長ドゥーク。そんな彼女が思わずキョトンとした顔を晒す。戦いとは縁遠い生活を送っているはずの陛下の言葉に面食らっているようだ。
「最近、身体を動かす機会が多くてさ。準備運動がてらにちょっと付き合って欲しいんだー……いっち、にー」
アキレス腱を入念に伸ばしながら、王様は勝手に話を進めようとする。
「こ、光栄ではありますが、私には剣の腕しかございません。何を競いましょうか陛下!」
背筋をピンと伸ばし声を張る、ドゥークの緊張感が周囲に伝わる。
「そりゃあ騎士様と一騎打ちとくれば、剣しかあるまいて。ルールは一本先取。オレがあんたに一太刀でも浴びせたらオレの勝ち。逆にあんたがオレに一太刀でも浴びせたらあんたの勝ちだ。もしオレが怪我する事態になったとしてもそこは不問にしとくから安心してくれ」
剣での一騎打ちという言葉に、バラバラで休憩していた騎士団員たちがぞろぞろと集まりだす。
「誰かに何か言われたら、転んで怪我したーって言うからさー」
「……。」
騎士団長の返答に注目が集まる中、爺やがギントに耳打ちする。
「陛下、少々よろしいでしょうか」
「んな、なに。今忙しいのに」
少し離れた場所に呼ばれたギントは壁にもたれて心底嫌そうに話を聞く。真横の木では小鳥たちがさえずる。
「詳しい内容は省きますが、実は私が大國の主様と交わした密約の中で、私がアナタを無事護衛できるか否かというゲームがありまして、現在もまだそのゲームは続いております」
「ほう、それはまた難儀な」
「今アナタ様が外的要因で怪我を負うことになれば、私の敗北が決まることになってしまう。怪我を負う戦いは、なるべく避けて頂けると助かるのですが」
──へー。ルーダーで条件を飲ませるんじゃなくて、ゲーム自体でオレを守らせるように仕向けたのか。オークニ様やるなぁ。
「でもそれ、オレが負けなきゃいいだけの話だろ。この身体でも勘は鈍っちゃいないんでな。やられねぇよ」
「万が一の際、私がアナタを護衛する理由が消滅します。そうなれば、暗殺者と共にアナタを囲む日も近いでしょう」
「食卓を囲むみたいに言わんでくれ」
──オレに条件語るほどそんなに負けたくねぇ案件とか……、オークニ様いったい何もち掛けたんだか。
爺やと大国主との間で交わされた密約も気になるところだが、ここはひとまず忠告を受け入れる。
「……分かった。そんじゃ怪我しないルールにするよ。借りもんの身体、傷付けるのオレもやだし」
そんなふたりの会話を待つ騎士団の間でも動きが。聖騎士団と呼ぶには荒々しい見た目の部下たちが、一点を見詰める不穏なドゥークに気付いた。
「どーしたよ団長。その睨み方はちょいと不敬じゃねえか?」
「ふむ……。今の陛下には、あの薄汚い勇者の影がどうしてもチラついて見えてしまう。本当に気に入らない。本当に」
「はっはっは、ちゃーんと手加減はしろよーペチ団長」
大口を開けて笑う同僚の手をドゥークはしかめっ面で跳ね除ける。
「お前たちは正規軍らしい振る舞いを覚えろ! いい加減」
「文句なら俺らをスカウトした先代に言ってくれ。お、戻ってくるぜ」
「どんな小細工を用意するか知らないけど、戦いで負けるは団長の名折れだ。勝ちに行く。お前たちもちゃんと見ておけよ」
「言われなくても見ますよペチ団長。こんな面白そうな試合。見逃すわけにいかねぇもの」
ドゥーク含め、古くから騎士団に勤めている一部の者たちは既に気付いている。ゆっくりとこちらに向かってくる王様の、その只者では無いオーラの存在に──。
「陛下。真剣勝負ということでよろしいのですね」
「ああ。その前に着替えだけいいか?」
「ええまあ。……ぁ、陛下!?」
「「おあぅ!」」
何の躊躇もなく目の前で上着を脱ぎ始めた王様。ドゥークといい荒くれ者たちといい、どうしていいか分からず下着姿を見る前に耳を真っ赤にしながらそっぽ向いた。
「ペチは隠さなくていいだろ!」
「ま、まじまじ見たら、それころ不敬だきょ、ら。バカチンが!」
「限界ボイスっすね。どんだけ耐性ないんすか……」
「うるしゃい!」
騎士団のみんなに大切に育てられて来たドゥークにとって男の裸くらい見てもなんてこと無いが、普段見れない少女の柔肌──さらに陛下というのも相まって変な声が出た。
「よし、良いぞ」
最近よく付けているガントレットを外し、胸あてと動きやすい服装に着替えたギント。そのスタンバイの合図と共にルール説明がなされた。
──決闘ルール──
・真剣勝負。
・相手の顔や急所に剣を三回突きつければ勝利。
・剣を折ったり手放せば即敗北。
・判定員は爺やと騎士団員それぞれ一名ずつ。
・奥義や魔法の使用はあり。
「準備はよろしいですか、それでは試合開始ぃ!」
部下の怒号とともに試合が始まった。
「オラオラァ!」
「イケイケェ!」
「やっちまえ陛下!」
「ペチ団長!」
両者、お互いに間合いを詰めるまで、永遠にも感じる時間を要したが、
「まず一本だ」
判定員二人が王様の剣に有効の旗をあげた。まだまだ余裕を感じさせるドゥークの喉元から剣がサッと離される。
「トレジャーランドいちの武闘派が聞いて呆れるなぁ。ホントに団長かお前?」
「く……!」
その煽りは、すぐさま二本目の有効を取った後だった。
「マジか。ペチが一本も取れずに追い詰められたぞ」
「動きが読まれちまったのかもなぁ。団長、剣筋も真面目だから」
ドゥークは追い込まれたことよりも、部下たちの勝手な実況と解説に腹を立て、奥歯をギュッと噛み締めた。
『お前は真面目すぎる。そんなんじゃ敵のペースは崩せない』
先代に言われた一言が喉に刺さった小骨みたいにじっくりと全身を蝕む。
『相手が自分より格上だと思ったら、それが遊戯であれ上司であれ、構わず死ぬ気で向かうこと。問答無用の一撃でねじ伏せなさい』
幾度の剣閃の中で、キラリと輝いて見えた言葉。今まで躊躇していたその言葉を、今なら実行に移せる気がする。
「おいウソだろ……! あの間合い、団長やる気か!?」
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