第27話 嘘とウソとウソ嘘


 

 「チャイバルもよく分からないけど、タミくんもタミくんだよー。どうして乗るかも分からない芝居なんかに付き合うのさ。怖いでしょ普通」

 「でも嫌いじゃあ?」

 「なーい」

 「「イェ〜イ」」

 

 成功するギャンブルが嫌いではない二人は満面の笑みでハイタッチする。

 ギントは続ける。

 

 「もしオレの容疑が晴れず悪い噂が広まりでもしたら、大臣たちに警戒される。『まずは大臣を手中に収めろ』って爺やに言われたばかりなのに、初手印象ワルワルだとかなりマズめだ。だからチャイバルの芝居に合わせつつ容疑を晴らす必要があった。あのヤローに一杯食わされたってのはイケすかねェが、楽しかったしヨシだ」

 「オヒルハグリンピースガタベタイ……」

 「分かりやすく思考を放棄したな」

 

 大国主は裏で起きていた膨大なやり取りにただただ呆然と、知恵熱を起こしたようだ。

 

 「一応言っておくと、チャイバルとオレにはアサシンズの口を割らせたいっていう共通の目的もあった。だからアドリブも通った。アイツともなんだかんだ通じあってるの、ウケるよな」

 「悪友的なノリかなー。チョットウラヤマシー」

 「大丈夫かついて来れそうか?」

 「ダイジョブ。ちょっと水だけ飲まして」

 

 スピネルは熱暴走を止めるため、冷たいコップ一杯の水をゴキュゴキュ酒みたいに飲み干した。

 

 「あ゙〜。はい」

 

 捕まったのは彼女たちが先。そんな彼女たちを差し置いてギントが先に尋問されたのには理由がある。

 

 「暗殺者アサシンてのは情報管理のプロフェッショナルだ。たとえあの子たちが新米であったとしてもそれは変わらない。仲間や顧客の情報は命より重いことを知っている。強引なやり方じゃ口を割らせられないし、自殺でもされて日にゃー真相は闇の中にハジケちまう。だから無理に拷問はせず洗脳したり、大将と親しい間柄と語ったりして味方側と思わせる必要があったんだ」

 

 【尋問部屋でのチャイバルの目的】

 ・暗殺未遂に陛下が関わっているか調べる。

 ・内外に王族派閥でないことをアピールする。

 ・暗殺未遂事件首謀者を調べる。

 ・彼女たちから情報を引き出す。

 

 【尋問部屋でのギントの目的】

 ・無実を証明する。

 ・彼女たちとの関係を明らかにする。

 ・洗脳されたフリをしている者をあぶりだす。

 ・彼女たちから情報を引き出す。

 

 親友発言に対しチャイバルが部屋のスイッチを押さなかったのは、彼女たちから情報を引き出すという利害の一致が大きかった。

 とは言え自分の作戦を良いように使われたのは癪で、イケすかない陛下だと思ったことは胸に秘める。

 

 「拷問するより甘い蜜……。寓話でいう所の北風とタイフーン的なことをしたのね」

 「北風とたい……。ん? まあそんなとこだ」

 

 知ってそうで知らない寓話なのでギントは軽く流した。

 

 「尋問されながらよくそんなことまで気が回るよー……。國なら疑いを向けられた焦りと怒りで、そんな余裕無くなっちゃうし多分」

 

 彼女たちから断片的な記憶を奪って洗脳し、自分たちがあたかも王の護衛であるかのように誤認させたのは戦力の増強と情報を聞き出すため──。

 一見すると記憶を奪っておきながら聞き出そうとするのは矛盾しているように思えるが、ジェットで奪える記憶がランダムなのとそれが五人も居たため、パズルのピースを埋めるがごとく個別で対話すれば徐々に敵組織の正体を暴いていけるとギントは考えた。

 

 「情報を引き出すことに加え、オレの場合は『嘘つきのあぶり出し』も視野に入れてた。おかげで一人、いいのが釣れた」

 「それって……タミくんに掴みかかってた奴?」

 「ソイツともう一人いたんだが、要は洗脳されたフリをする者は重要な記憶を持ってる可能性が高いとオレは見てる。あとはソイツらに仲間の命と天秤にかけて情報を吐かせりゃコッチのもんってなワケですよ……へっへっへっ」

 

 いつも以上に顔、悪魔過ぎない? と大国主は思った。

 

 「つーか、チャイバルのやつ思ったよりスゲー優秀だよな。あんなずる賢くて不愉快な見た目してんのに、あっさり退場しそうでしないヤツとか初めて見たぜ。おまけに抜かりなくきっちり事を収めようとするし、立場も守りきるんだからバケモンだバケモン。敵にしておくにはホント惜しいぜ」

 「でも仲間にするつもりもないんでしょ?」

 

 見透かされたようにキッパリ言われ、ギントはきょとん顔になる。

 

 「楽しいって顔してあるよ? 仲間って言うよりも、ライバルとして」

 

 少し間を置いて、王様は頬を染める。

 

 「……そういうとこは鋭いんだな。オークニ様」

 「タミくんのこと信じてるだけだよ」

 「じゃあオレも信じる」

 

 王に成りたいチャイバル。

 それを阻止したいギント。

 ご機嫌を伺いつつも腹黒く迫り、時には協力して荒事に挑んでくれる男との関係が、確かに心地よいと感じてギントは苦笑いした。

 

 『すまない……ギント』

 

 ふと頭の中で、最後のアサシンの言葉を思い返す。あれはコチラの正体を知っていた──……ようではなかった。古くからの旧友のような、そんな暖かみある言い草だった。

 

 「オークニ様、オレ思い出したよ」

 「ん?」

 

 真相を話し終えたギントは再び頭をスピネルの膝の上に収めた。

 

 「友人と呼べる者もゼロじゃなかった気がする。ソイツらが生きてるんなら会わないと。覚えてる限りでさ……孤児院の皆とか、ヤブ医者の息子とか、小うるさい近所の大人どもだろ? ……あとは、あとは」

 「ゆっくりでいいのよ、ゆっくりで。そのために帰ってきたんだもん」

 

 復讐に囚われ、愛に呪われ、それ以外は要らないと捨ててきた男は、少しずつ過去を拾い始める。

 勇者になる前の自分が何と繋がっていたのか。

 何を見てどう過ごしてきたのか。

 少女はただの少年であった頃を思い出すたび、楽しく会話し始めた。

 

 「あ! 剣帝ウレレラカムイって確かこの国の出だよな?」

 

 唐突にベッドから飛び上がり、最強の剣帝の名を口にする。千里眼を持つ大国主は即座に応える。

 

 「そうだよ。今も田舎に住んでる」

 「マジか! じゃあ魔法でエルフになろうとした賢者エッドは? 喜劇王ヒネキンは? 占い医師のカネクレピオス、女騎士クッコロ、竜姫ドボルパネラもそういやここか!? いや待てよ……? じゃあ弟のドネルケバブも──」

 「待って待って。そんなにいっぺんに言われても」

 「七罰とか、宝石ロードとか! 戦区鉱山、臨界点迷宮、ハードモード温泉とか! 意外とおもしれぇかもなこの国は。故郷の観光地めぐりとか逆に盲点だったわ」

 

 好奇心に心を動かされるのは、何も視界が広まったからだけじゃない。その小さな体に精神が引っ張られるように心まで若々しくなっている。

 

 「それじゃあ今度、どれかひとつでも見に行こっか」

 「ホントに!? ありがとオークニ様ぁ!」

 「出来るならそれは、山積みの問題を解決してからでお願いします」

 

 嬉しさのあまりスピネルに抱きついたギントの前に毒にやられた筈の爺やが現れる。その顔はヤケに真剣めいていた。

 

 

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