第28話 三度目の間
「な! てめぇいつからそこに。てか無事だったのかよ」
恥ずかしそうにスピネルから離れるギント。割って入る爺やは大きな圧でもって語りかける。
「今の貴方には足りない部分が多すぎます。作法や常識、王国の立ち位置や軽い算術等、王であるために学ばねばならないことが山積みです」
「んー、嫌だといったら?」
「私が直接指導しますので、嫌だはありません」
「……くーん」
考えてみなくても爺やの提言は今後どこかで必ず活きてくる。それが論理的に分かってしまうだけに、ギントは寂しげに鳴いた。
「出来れば今日からでも始めたいと思いますので、充分な休息をお取りください。それでは」
爺やは一言釘を刺すと、きびすを返してドアノブに手をかける。
「待て。その前に、オークニ様との契約内容について教えろ。オレを助けてオマエにはどんなメリットがあるんだ」
「それについては、お答えしかねます」
「は? なんで」
「ごめんねタミくん。それも契約の内と言うか……そのうち、ね」
スピネルのどこか焦ったような哀しい目が一瞬交じって逸らされる。怪しいとは感じつつも、その契約に命を救われているのでそれ以上追求するのは辞めた。
「まあ、オークニ様がそう言うなら」
「公務の後の一日六時間。それが最低条件です。頑張り次第では休日も設けましょう。月に一度でよければ」
「ふざけんな! そんな勉強会死んでも出ねぇぞ!」
「死んでも……?」
爺やがナイフをチラつかせてくる。
「クソが!」
頭からシーツを被り、ギントはわかり易く現実逃避した。
ちなみに爺やが助かったのは毒に抗体があってそもそも軽傷で済んでいたから──というのが、後の勉強会で語られることとなった。
☆
数時間後の朝。
寝室兼書斎にてメイドたちに王冠などの正装を施してもらっていると、終わり際チャイバルが数人の傍付きを連れてやって来た。メイドたちがそそくさと部屋を後にする。
「いやーお美しい! 馬子にも衣装……失礼。そのガントレットが陛下の新しい象徴なのですね」
わざとか分からない軽口はさらっと受け流す。
「爺やはどうした」
「アレはジュニアスタッフへの指導に忙しいようで。ワタシがお迎えに参りました」
「……そうか」
疑心暗鬼になったがベッドの隙間からヌルッと登場した大国主に「ほんとうみたいよー」と言われたので信用してみる。とはいえ今日から爺やが身の回りの世話を担当する事になっていたので幸先は不安である。チャイバルに連れられ謁見の間へ向かう最中も、以前の事件が頭をよぎり心中穏やかではいられない。
謁見の間に向かうのは人生で三度目となる。
一度目は哀れな少年として。
二度目は老いた勇者として。
三度目は持たざる王として。
歩きながらチャイバルは『謁見の間で下々に会って話を聞くことが王の日課であり責務である』と教えてくれた。また『王様が声を取り戻したという事実が既に世間に広まっており、今日はかなりの人が来ているので長丁場になることを覚悟しろ』とのこと。適当に都合のいい言葉を投げ掛ければそれでいいそうなので、そこは時間が過ぎ去るのを待つことにした。
「──ではソナタの未来に幸あらんことを」
「ははぁー、ありがたきお言葉!」
王の祈りに
玉座に座る王の両腕には不釣り合いにも〘黄金のガントレット〙が輝く。護身用としてあの日以来身につけている財宝武器だ。
「陛下。例の件以降、勇者の行方がいまだ掴めておりません。
例の件とは昨日の今日起きた暗殺未遂事件のことだ。事件によって城の一部が崩落し、その穴を伝って勇者が脱獄したのだとか。
ギントが一般人を対応している間、今回のような事件が起きないよう再発防止に向けた緊急会議が大臣たちの間だけで執り行われている。穴は現在修復作業中で、少年の拷問についてはその議題の中で上がったようだ。
ちなみに修復作業に駆り出された者やお暇中で出払っている者が多いため、チャイバルは会議には参加せず王の補佐役を自ら買って出た。人手不足の今が最も暗殺の危険があると感じてのことらしいが──、果たして。
「それ、今じゃなきゃダメか?」
「こう言ってはなんですが……あまり、我慢できるお人ではないので」
「じゃあそのシバ・カレン大臣とやらに伝えとけ。拷問はするなと」
「畏まりました」
「勇者が見つかったらまずオレに言えよ? 大臣どもにまた勝手なことされたら迷惑だからな。あーあと、彼女たちの意見はまとまったか?」
「五人の意見が揃うまで、もう少し待って欲しいとのことです」
チャイバルの尋問を受けたあと、アサシンらは城の空き部屋に軟禁されていた。そこで彼女たちはお互いの記憶や今後について話し合い、陛下に仕えるか否か全会一致で決めるまで出られない状態となっている。行く宛てのない彼女たちは十中八九残るだろうが、『自分たちで決めたという環境が必要』という爺やの助言により今回の猶予が与えられた。
「揃い次第、オレの書斎に来るよう伝えろ。それまではあんまり部屋から出すなよ」
「畏まりました」
「……シバ・カレン大臣、ねぇ」
新たなワードをひとりぽつりと声に出す。思えば大臣たちのことをほとんど何も知らない。彼らにも輝かしい経歴や、親の七光り的な何かがあったりするのだろうか。
「……ふん」
王のみに要件を伝えて下がった兵士を睨みながら、チャイバルは不服そうに鼻を鳴らした。こちらもすぐ動く気配はなさそうだ。
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