第26話 即興芝居は嘘の始まり


 天蓋付きのシックなベッドの中、大国主の膝に頭を埋めながら仰向けになる少女は、天井よりも遠い彼方を眺めていた。

 

 「親友を忘れた」

 「でも思い出した」

 「でも死んだ。オレのせいで」

 

 何度も優しく撫でられてる内に、少女は静かに目を瞑る。

 

 「違うよ。キミは自分の身を守ったんだ。それに直接手を掛けたのだって──……」

 

 大国主はそれ以上は気休めにならないと気付いて口をつぐむ。

 しばらく穏やかな時間が流れる。窓辺にうっすらと朝の光が差してきた。

 

 「オークニ様、気にしてくれてありがとな」

 

 爺やが死闘の末倒した暗殺者の長は、ギントの幼い頃からの親友だった。それが語られた瞬間、その尋問部屋にいた者たちはド肝を抜かれたように絶句した。部屋の外で聞き耳を立てていた大国主も含めて。

 

 「彼の魂が少しでも安らかに眠れるように今は祈りましょう。避けようのない運命はあるのだから」

 「……しばらくぶりに会って殺しあって、それでも良かったってオークニ様は思うか?」

 

 疑いが晴れたギントは数時間後に尋問部屋から開放された。今は書斎がある自室に戻っている。入れ替わるように暗殺者の女たちが拘束されていたので、今頃は彼女たちが尋問を受けている頃だろう。

 

 「良いか悪いかは分からないけど、ベストな選択だったと思う。王族を……、彼も恨んでいたんだろうね。王様を殺そうと云うことは、それだけ大きな覚悟と責任を持って挑んだはずだから」

 「……。」

 

 これ以上深く考えたくなかったのか、ギントは寝返りをうって顔を逸らす。泣いているかのように小刻みに肩が震えていることに気付いた大国主は少しだけオドオドしたが、なで続けることした。

 

 「えらいえらい。タミくんは頑張ったよ」

 

 親友発言の直後、女の一人がギントに詰め寄り言った──。「親友ならなぜ殺したのか」と。その女はギントに洗脳されたフリを続けていたが、よほど我慢ならなかったのか胸ぐらを掴みにかかった。あまりの勢いにイスごと倒されてしまったギントだが結局、質問に答えられないまま時間だけが過ぎて現在に至る。

 

 「ゆっくりでいいんだよゆっくりで。後悔もきっと間違いではないから」

 「……──て、言うのはウソなんだけどね」

 「…………はい?」

 

 

 愛しく頬を撫でられていたギントが急に仰向けに戻り、照れたようなニンマリとした笑顔をスピネルに向けた。突然のことでスピネルは戸惑って目が点になる。

 

 「だからウソなんだ。オレにエレクシ……あきれうす? なんて親友は存在しねーの」

 「ん? え?? だって今え? 肩を震わせて泣いてたよね?」

 

 スピネルは大きな瞳をぱちくりさせる。

 

 「ははははいやー、途中からなんだか可笑しくなってな。ごめんな嘘ついて」

 「もー! 心配したんだぞこの悪い子さんめがよい!」

 

 ペちっと額を叩かれるギント。

 

 「ははは、ごめんごめんて。あははは!」

 

 ふくれっ面でプンプン怒るスピネルに脇腹をこちょぐられてギントは涙を流しながら笑った。

 

 「詳細を語れー! 國に内緒でなにしでかしたー!」

 「あひゃ、いひひははは! あれ全部、チャイバルの用意した、即興舞台なんだよ……! そこに、オレが乗っかってやっただけの話だから、許してくれ」

 「もっと詳しく。詳細はよ」

 

 首や足裏をこちょぐられ涙をこらえるギントに、スピネルはすぐさま説明を求めた。キスする勢いで顔を近づけ迫る。

 

 「いやー、今思えば連行された時に気付くべきだったなー。違和感はたしかにその時からあったし」

 「もったいぶらず教えろー!!」

 「あはははは!!」

 

 やがて笑い疲れたギントがようやくそれを語り始める。

 

 「はぁ……はぁ、死闘明けだから、マジでキツかった……。尋問部屋に入った時、妙な配置が気になってさ」

 

 スピネルのくすぐり攻撃も収まり、ベッドに座りなおして事の真相を話し始めるギント。それは二人の策士家による即興劇だった。

 

 「妙な配置?」

 「ああ。オレにしか見えない死角が部屋にあったんだ。それもあからさまに作られてる意図を感じた」

 

 チャイバル補佐大臣が用意した窓もない尋問部屋は、二脚のイスが向かい合うように配置され、ギントの向かいに座るチャイバルの真後ろにのみ唯一の出入口が存在した。また、出入口の壁に沿って兵士数人と暗殺者の女たち五人が並んでいたその光景も含めて、不自然だったとギントは語る。

 

 「チャイバルは親指を動かして、執拗に “何か” をアピールしていた。あれはおそらくスイッチ。部屋の明かりを自由に切り替えるスイッチだ」

 「待って、それじゃあウソに反応して部屋全体が赤く光るってあれは……?」

 「その仕掛けそのものが、あいつの用意した嘘ってコトさ」

 

 両手に握られたリモコンを見ることが出来たのは、死角にいたギントのみ。故にギントだけがチャイバルの都合で部屋の明かりが切り替わるトリックに気付けた。外で聞き耳を立てていただけの大国主にももちろん気付けない大掛かりなトリック。

 

 「部屋の仕掛けで周囲を騙し、切り替えを自己判断することで、あたかも『エレクシアアキレウスがオレの親友』だなんて真っ赤な嘘を、あいつは真実に見せかけることが出来たんだ」

 

 ド肝を抜かれた連中は、部屋の明かりが寒色のままだったことでその言葉を鵜呑みにしていたが、ギントが『リモコンと仕掛けの連動』を確信したのはその瞬間からだった。一か八かの賭けで大嘘をついたギントは、チャイバルが乗って来なかったらどうしよう……と、内心誰よりも肝を冷やしたのは言うまでもない。

 

 「でもなんでチャイバルはタミくんにだけバラすようなマネを? 聞いてると協力してる感じもあるし、むしろタミくんにだけは絶対にバラさないようにしそうだけど……」

 「ちょっと前までのあいつならオークニ様の予想も正しい。でもあいつは恩を売ることを優先に切り替えた。他の大臣と敵対しないようオレを拘束しておきながら、オレの味方であることも示したい。そうすることによって脆く崩れやすい大臣のイスを守ったんだ」

 

 王様を即尋問に掛けることは他の大臣たちへの示しにはなるが、本命はそこじゃない。ボタン一つでどうとでもなる状況をわざと見せつけ助けることでチャイバルは王様に確実なる恩を売ってみせたのだ。

 たとえ王様が暗殺事件の首謀者であったとしても。

 自分の命が狙われていたとしても。

 それを揉み消し味方につく豪胆さと野心の高さ──。そうまでしてチャイバルは自分の価値をアピールし、捨てられないよう必死に食らいついた。


 「ちょいこの前までオレに復讐する気マンマンだったクセしてからに、調子の良い奴だよなー、まったく」


 それは今日まで大臣という地位を生き抜いた男の処世術とも言えたが、流石のギントも舌を巻くレベルの寝返りっぷりだった。

 

 

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