第三章 陛下、襲撃者のお時間です。

第25話 拘束と拷問部屋


 「ぶはっ……。あっつ」

 

 被せられたズタ袋を強引に剥がされ、少女はそんな感想を述べる。

 両手を縛られイスに腰掛けたまま、辺りを見渡す。部屋は全体的に灰を被ったように暗く、窓すらないためか熱気がこもっている。天井には寒色の大きな明かりが一つ吊らされており、それが部屋全体をぼやっと照らしていた。

 久々の明かりに少女は眩しそうに目を細める。目の前には前傾姿勢で座る見覚えのある大食漢の姿があった。

 

 「陛下、まず初めにこのような非礼を働いてしまったことをお詫び申し上げる。なにさ、急を要する事でしたので」

 「そう思うなら外してくれ。てかここドコよ?」

 「今は使われなくなった尋問部屋でございます」

 

 補佐大臣であるはずのチャイバルはそう言いながら両手を組み指遊びを始めた。少女、もとい陛下がチラリと視線をそちらに向ける。

 

 「こんなことしてタダで済むと思ってんのか?」

 「分かっていますよそのくらい。しかしあなたの容疑が晴れなければ、ワタシが他の大臣に示しがつかないのです。あなたの味方だと思われると、少々面倒でして」

 「ずいぶん正直なこって」

 「補填はお約束しましょう。それでどうかご容赦を」

 

 いつもよりどこか砕けた態度を取るチャイバルは淡々と、陛下と呼ぶ少女の容疑が晴れるまで質問を続けた。少女であり陛下──。ユーシャリア・ファナードと入れ替わり王様を続けるギントは、一問一答に向き合い着実に自分の無実を証言していく。

 しばらくするとチャイバルの背後の鉄の扉から数人の兵士と一緒に拘束された女たちが入ってきた。女たちは困惑した顔ぶれで縛られた陛下を見詰める。

 

 「陛下、彼女たちを知りませんか? 格好や武器からは暗殺者たちと同じ物が見つかりました。ですが、どうもあなた様に忠誠を誓っているようでしたので」

 「陛下申し訳ありません!」

 「陛下!」

 「喋るな。黙って見ていろ」

 「……。」

 

 兵士に脅され女たちが押し黙る。

 彼女たちは元アサシン。ギントにジェットで殴られ記憶を失った者たちだ。

 失った記憶はごく一部。それでも目的を忘れてしまった彼女たちをギントは教育……──もとい洗脳した。

 『君たちは王直属の暗殺者だ』

 『命すら懸ける覚悟で付いてきてくれた』

 『何より大事な家臣だ』

 そんな調子のいいウソは絶大な効果を発揮し、彼女たちはコロッと騙された。存在しない記憶があたかも真実であるかのように振る舞う彼女たちは、助けを呼びにいく形で二手に別れ、ギントとは別行動を取っていた。だが任務を達成する前に、捕まり連行されたようだ。

 

 「「「……。」」」

 

 沈黙が流れると全員の視線がギントに集まる。

 

 「知らない」

 

 一言そう告げると、部屋は真っ赤になった。見上げると天井唯一の明かりが真っ赤に輝いている。

 

 「申し遅れました。こちらの尋問部屋、ウソに反応して少々色が変化する仕組みがございまして。たった今、陛下のウソに反応して赤く光りました。なぜウソを付いたのか、お聞きになっても構いませんね?」

 

 兵たちの前だと、チャイバルはしっかりと丁寧な口調になる。しかし妙なしたり顔で笑うので、兵士に良い印象を与えたとはいえない。

 

 「……わぁったよ」

 

 ギントは激しく動揺したが態度には出さなかった。即興で嘘を並べても無駄だと悟ったのか、正直に話を続けることにした。

 

 「そいつらは暗殺者たちから奪った新人ちゃんたちだ。オレの都合のいいように洗脳してある。だからそれ以上のことはなんにも知らん」

 「陛下、何言ってんの? ウチらは今日まで貴女のためを思って生きてきたのに」

 「そうです! この気持ちがウソなんて信じられないです! パッとは思い出せませんが、思い出だっていっぱいですもん! パッとは思い出せませんが」

 

 女たちが畳み掛けるように話しかけてきた。よく見ればみんな不安そうに陛下を見詰めている。一人だけ明らかに睨んでいる者もいるが。

 

 「そう思わせるように仕向けただけで、お前らとの間に微塵も特別なことない」

 

 部屋の明かりは既に白に戻っており、その言葉にウソがないことが証明されると、彼女たちは信じた者に裏切られたような悲しい顔をした。泣き出す者はいなかったが疲れた果てたように座り込む者はいた。

 

 「チャイバル。ウソはついてねえぞ」

 「……そのようですね」

 

 男は安心したように、それでいて残念そうに呟く。

 今回の暗殺未遂事件、裏で糸を引いていたのは王様ではない。陛下に命を狙われた訳では無いのだとしたら、チャイバルに思い当たる節は一個くらいしかなかった。

 

 ──ワシ側の問題……なら奴らか? いやしかし、それにしては損切りが早すぎる。ワシを単なる目撃者扱いしていたのも謎だ……。陛下を狙い目撃者も狙う。普段より城の中が手薄だったのも偶然とは思えんが、絞りきれんぞ……陛下暗殺を企てようとする組織など、それこそ五万といよう。

 

 「なにか、なにか特定出来る情報があれば良いのですが……」

 「陛下! ……ではなくチャイバル大臣。暗殺者集団のリーダー格と思わしき男の真名解析が終わりました」

 「ああ。それで」

 

 報告へやったきた兵士に不機嫌な顔をしつつ、チャイバルは耳を傾け、その名をこっそり聞いた。

 

 「うん、そうか……この国の?」

 「なんだよ真名解析って」

 「重大事件を引き起こした者にのみ適用される集団魔法です。名前を調べれば種族やどの国に属するかなど分かりやすいので」

 

 大国主の存在する国家では必ず『トレジャーランド』というような国家ネームが入る。それは別の国でも同じで、国ごとに国名字も変わる。重大事件を起こした犯罪者にまず行われるのがこの真名解析。これにより犯人の母国や出身大陸、場合によって貴族出であることなども分かってくる。

 

 「トレジャーランド・エレクシアキレウスという名に陛下は心当たりがありますか?」

 「……ぅ!」

 「ミタマホ! 大丈夫か!」

 「な、なんだろう。大事な名前だった……気がする……」

 

 ですです口調の小柄な女がひとり、急に頭を押さえだし膝を折った。隣の介抱する女はまたしてもギントを睨んでいる。

 ギントが口を開く。

 

 「その名前なら、知っている」

 「なんですと! 陛下、やはりあなたが自作自演を……?」

 「違う、そんなんじゃない。エレクシアアキレスは……オレの親友だ」

 

 一瞬の沈黙の後、部屋の明かりは白のままだった。

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る