おまけ。 ケーキ
城下街と言えど、夜の路地裏は暗いし冷える。眠れそうな場所を探すユーシャリアには宿に泊まるお金もなければ言葉を話す能力もなく、ゴミ箱を漁って布団になりそうな新聞紙を集める。
ガサゴソ──。
脱出自体は簡単だった。隠し通路を全て網羅するくらいには城に詳しかったからである。王様だった頃に得た数少ない特権が活きた瞬間だった。
パサ。スっ……トントン──。
人通りのないごみ捨て場の横道に、とにかくかき集めた新聞紙で寝床を作る。逃げる次いでに持ち去った勇者の鎧を行儀よく枕元に畳んで置いていると、大事そうなペンダントが出てきたのでとりあえずブーツの中に隠す。そのとき背後から声が掛かった。
「おい……それ、置いてけ。金目のもん全部……なあ! そうだろ!?」
虚ろな目をした男だった。細身で弱々しいのにエラく強気なのはその手に持っていたナイフのせいか。
喋れない彼女はジェスチャーで落ち着いてと指示するが、男が鼻息を荒くする。明らかに正気でない。
「お前もバカにすんだよな……。お、おれは、世界を変えられるんだって……! 言われたのにィ!」
妙な興奮状態や被害妄想──。
この国に昔から
「……ひ、ひぃぃ!」
男はユーシャリアの腹部にナイフを押し当てたあと、悲鳴をあげてパタパタと逃げていった。ユーシャリアはとにかくここに居たくないと思い、荷物を持ち痛みに耐えながら歩き出した。
☆
「わぁ! 私の好きな料理がいっぱい!」
たまたま通りかかった家の明かりに釣られ、一家団欒の楽しそうな食事風景を覗き見るユーシャリア。同い歳くらいの子が幸せそうに笑っている。
なんだか寒いのでその家の壁にもたれて休憩する。息がヒューヒュー言ってる。
「今日はどうしたの? 何でもない日なのに」
「パパとママにとっては毎日が特別なのさ。産まれてきてくれてありがとうマイガール」
「パパママ大好きー!」
あんな風に笑ったのは、六年前がおそらく最後──。王様になってからは感情を捨てた。
何度も奪われる人生に涙すら枯れ果てたと思っていた。でも何故か横になった途端、自然と涙が出た。
「……グゥ」
腹が鳴った。
匂いを嗅いだせいだ。
お腹が真っ赤。
暖かいからいいや。
目を閉じたい。
甘い物が食べたい。
もう起きれそうにない。
「……?」
寒さから鎧の中に手を突っ込むと、なにやら宝石のような形をしたスフレのケーキが出てきた。あの男が騎士ドゥークから奪ったイエロースピネルに似ている。丁度甘い物が食べたいと思ったのでガリボリと行儀悪くかぶりつく。
もっと、もっと食べたいと彼女は鎧に手を伸ばしかけるが、やがて動かなくなった。
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