第24話 槍の夜⑫


 「よくお気づきで」

 「一瞬だけな。まあ、見えただけじゃ避けられはしな──」

 

 刹那の間。ギントの眉間すれすれを、ナイフが吸い込まれるように伸びてゆく。

 反応してからでは絶対に避けられない距離。しかしナイフは何かに弾かれ飛んでいった。──爺やである。

 

 「すまん、助かった……」

 「礼には及びません」

 

 ガキンッと重苦しい剣戟が暗闇で何度も鈍く鳴り響く。

 金属が火花を散らすたび、毒に濡れたナイフが地面に転がる。たまたま足元に落ちたナイフを見てギントがあることに気付く。見えないローブと見えない剣閃が互角に張り合っていることと更にもうひとつ。

 

 「──財宝よ」

 

 “見えない何か” も財宝魔法を行使していたことだ。無限に飛び出すナイフは、壁や床を燃料にその場で顕現されていたのだ。

 

 「五十年生きてきて、オレ以外に使ってる奴なんて見たこと無かったってのに……。いきなり二人も現れてんじゃねーよ」

 

 壁に当たって跳ね返ってくるナイフを、落ちていた別のナイフで弾きながらギントは悔しそうにうなった。前の肉体ならあんなヤツ余裕なのに。そんなもどかしさから、ナイフを握る手に力が入る。

 数分高速戦闘が続いて、ローブが膝をついた姿で闇からあぶれる。

 

 「ぐ……」

 

 肩口を押さえて、怪我を負ったようだ。よく見ると他の暗殺者と比べ一回り大きい。ローブから僅かにもれる顔が年老いているのも見てとれる。

 

 「お、おいこっち来んな!」

 

 ローブの暗殺者はターゲットを切り替え、一直線にギントを目指す。その足取りは目元のほうれい線からは想像も出来ないほど速く、ギントはめちゃくちゃに焦った。それはもう冷や汗が飛び散るくらいに。

 

 「ご安心ください。その男はもう既に──事切れておりますゆえ」

 

 爺やの言う通り、男は大きく腕を振りかぶると同時におびただしいほどの血を吐いて絶命した。

 

 「……あ」

 

 寄りかかるように死んだ男を、ギントは思わず抱きしめた。なにか、心の奥底に訴えかけるような、そんな胸をすく違和感も一緒に抱きしめる。

 

 「すまない……ギント」

 

 絶命したかに思われた男は耳元でそう言った。知るはずのない名を、確かに。

 

 「どうしてオレの名前を……」

 

 何がなんだか分からないと言う風に唖然とするギント。しかし目線のその先で、背中に毒ナイフの刺さった爺やが倒れる瞬間を目撃する。

 

 「爺や? おい、しっかりしろ爺や! 爺や!」

 「怯むな! 囲め囲め!」

 

 男をそっと引き剥がしに掛るも、身体に思うような力が入らない。もたもたしているうちに、今度は大勢の兵士に包囲まれた。

 

 「なんだお前ら! 今さらノコノコと」

 「動くな! 命令が下るまで動くんじゃない!」

 

 王様に対して強い言葉を使う兵士だが、そんなことを気にしてる余裕はない。遅れて恰幅のいい男が兵士たちの間を割って入る。

 

 「生きておられたようで、何よりです。陛下」

 「てめえ、チャイバルどういう事だ。部下の躾がなってねぇみてぇだなぁ、あぁ?」

 

 チリチリに焦げた腕毛とその欲まみれの腹を見れば誰しも分かる補佐大臣。張り付くようなねっとりした笑顔でこちらを見つめている。

 

 「しばらくあなた方を拘束します。よろしいですね?」

 

 チャイバルがパチンと指を鳴らすと倒れた爺やとギントに複数人が飛び掛かり、押さえ込みにかかる。僅かの体力も残らないギントはさしたる抵抗自体はしなかった。

 

 「待ってくれソイツは!」

 

 言葉がかき消されるようにずた袋を被せられ、後ろ手に手を縛られた。何の事情も説明がないまま歩けと命令されれば、今はその通りに従うしかない。

 爺やがどうなったかも、チャイバルの目的が何かも、どうして敵が自分に謝るのかも分からないまま、ギントはしばらく歩かされた。

 

 

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