第16話 槍の夜④


 暗殺者。

 一口にそう言ってもその種類は意外に多い。

 

 ・大勢の民衆の前であえてターゲットを処理するタイプ。

 ・色仕掛けでターゲットに近付くタイプ。

 ・仲間のフリをしてターゲットを裏切るタイプ。

 

 など多岐にわたるが、今回城に送り込まれたのは

 

 ・内密にターゲットを仕留めるタイプ。

 

 暗殺をなりわいとする者達の中で最も数が多く、また出番も多い王道タイプだ。しかも今回はそれが隊を成す。個人情報が漏れることを嫌う彼らが徒党を組み挑むということは、それだけの実力と互いの信頼関係が構築されている証。

 雇われか──。

 専属のお抱えか──。

 どちらにせよ依頼を出す側も相当な権力の座についていることだけは間違いなかった。

 

 

 ☆

 

 

 月明かりに照らされた長廊下。

 よくいる暗殺者のひとりがビリビリと殺気をまといながら、並ぶ三つの壺の前で足を止めた。

 壺の後ろに引っ込む少女の足を見逃さなかったのだ。さぞかし恐怖に打ち震え、現実逃避に身を縮こませているのだろうと勝ち誇った顔をするも、次の瞬間。

 

 「ん銅ぅ!」

 

 勇ましい叫び声と共に、壺が頭に振り下ろされた。確実な不意打ちである。

 

 パリーーン!!

 

 振り下ろしたのは少女──もとい、悪魔のような笑みを浮かべた元おっさん勇者。今の彼……彼女は、ボロボロの外套を脱ぎ捨てマントをなびかせている。

 壺は男の頭に直撃し、粉々に砕け散った。

 

 「鉄っ!! 銀ん!!」

 

 立て続けに壺をぶつけるギント。

 売れば何百万もする壺がまたしても勢いよく砕け散った。頭で壺を割られたというのに、男は無反応で俯いている。

 

 「ブヒャヒャヒャヒャヒャ! バカでやんのー!」

 

 銅→鉄→銀。

 

 素材のグレードを少しずつ上げながら壺をぶつけ、ギントは全力で走り去った。

 

 「こ、この……」

 

 青筋立てて怒りを露わにする男。だが暗殺者として感情的になるのは如何なものかとしばらく目を瞑り頭を巡らせると、深く息を吸って追いかけだした。

 

 「うーん、やっぱ財宝化できてねぇなこれ!」

 

 ひとり焦るギント。

 どうせ追いつかれると歩幅の差で分かっていたので、走りながら燭台や彫刻、飾られた鎧や動物の標本などをなぎ倒し暗殺者の行く手を塞ぐ作戦にでる。その過程でモノに触れるので財宝化も試みたものの、そのどれもがなぜか失敗に終わっていた。

 触れる度に「財宝よ……」と小さく呟いているがやはり上手くいかない。

 

 「昼間はあんなに上手くいってたじゃーん! んでぇだよ〜」

 

 さっきの壺たちもそうだった。銀だの銅だの鉄だのと、口では言っていたものの実際にはただの壺のまま。

 男が石頭だったのではなく単に自分が悪かったのだと後になって気付いたギントは、はあはあ息を切らしながら原因を探ってみる。

 

 「おちつけ落ち着けぇ……。財宝化は価値=威力だ、威力。銅でダメなら鉄。鉄でダメなら銀だろギント。銀でダメならもっと価値レートを上げて……いや、この身体にどこまでそれが耐えられる?」

 

 財宝魔法で生み出された財宝はそのレート、つまり価値を上げるたびに威力を増す。

 

 レートがBなら威力もB。

 レートがAなら威力もA。レート=希少価値=威力、というのが単純な図式だ。

 

 威力はCもあれば樹木を素手で殴り倒すことができ、騎士長クラスの剣薙ぎに引けを取らないレベルになる。もっとも当たればの話だが。

 そしてレートが上がるに比例して消費魔力も上がるので、ギントはそれを懸念して苦い顔をした。果たしてこの身体の魔力残留はいくつなのか、どこまで無茶が効くのか、不安が拭えない。

 

 「あーあーこんなことなら事前に調べときゃーなぁー!」

 

 寝ずに検証でもしとけば良かったと後悔し投げやりになるギント。今さら何を言っても遅いので、自分の両頬をパチンと叩いて気持ちを入れ直す。

 

 「おっとっと」

 

 危うく別れ道を通り過ぎそうになり、少しバックする。このまま真っ直ぐ進んでも中庭をぐるぐる回るだけなのでこの道を進む。

 

 「外だ! 近いぞ!」

 

 走り続けたその先に門を見つけ、疲れきった足取りがわずかにテンポアップする。

 だが、城を訪れて最初に目撃するような桟橋付きの大きな門ではない。外に通じているかは賭けになってしまうが、表情晴れやかに前に突き進む。

 

 「おーい、誰かいな──」

 「エレメンツ “アクアマリン”」

 「エレメンツ “ルベライト”」

 「エレメンツ “ヒスイ”」

 「エレメンツ “ルビー”」

 

 天井の四隅に張り付いて待機していた四人の暗殺者たちが、その腕に巻いた色とりどりの宝石を輝かせ襲い掛かる。

 

 「しまっ──」

 

 わかりやすく誘い込まれたカタチ。

 追っ手がいなかったのも、門が開かれていたのも、すべて罠だと気付いた頃にはもう遅い──。四方から敵がコチラに手を向け迫ってくる。その距離わずか数センチ。

 

 「ウォーターソード!」

 「ボルトアタック!」

 「張り手落とし!」

 「フレイムチェストー!」

 

 水属性のアクアマリン。

 雷属性のルベライト。

 土属性のヒスイ。

 火属性のルビー。

 

 それぞれの魔法がたった一人の少女目掛け放たれる。レートは全てC以上だが、財宝魔法で生み出された宝石ではないのでレートによる威力の加算はない。だとしても、致死量を軽く超えるその光量に視界がキラキラと奪われる。防がねば殺されてしまう。

 

 「──財宝よ。“ダイヤモンド” マント!!」

 

 咄嗟に出来ること言えば、これくらいしかなかった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る