第17話 槍の夜⑤
一方その頃、ギントの私室にあるベッドの上で猫のようにアクビをする大國の主様は、差し出されたお茶を萌え袖で受け取りフーフーしていた。
「よろしかったのですか、寝たフリなんてなされて」
「ん? なんの事かにゃ?」
爺やに問われたスピネルはネコみたく口をとんがらせて首を傾げる。
爺やはなんでも見透かしたような薄い笑みを浮かべながら、カップを磨く。
「……久しぶりに会えたんだもん。ここで寝ちゃうのは勿体ない気がしてさ」
爺やにあっさり嘘を見抜かれたスピネルは心の猫耳をヘタらせる。そして振り子のように両足を振りながら、壁を見つめて物思いにふけった。
「何か、楽しいことでも?」
「この感覚が懐かしいってヤツなんだろうね」
拭き終えたカップにとくとくと紅茶が注がれる。一杯の紅茶から立ちのぼる湯気と、部屋いっぱいに染み渡る香りが、スピネルを感傷的な気分に浸らせる。
「うん、いただくとします」
「おかわりもございますよ」
どちらから始めた訳でもなく、二人の会話は途切れ途切れに続いていく。暖かい紅茶が無言の間を埋めながら、そこには優雅な時間が流れていた。
☆
「“ダイヤモンド” マント!!」
その身に付けていたマントでもって頭上を傘のように覆い、耐久硬度10の最強クラス、ダイヤモンドを生成したギント。マントがカリカリと音を立てて赤から無色に変わってゆく。
原石ではなく美しいカラットで表現されたダイヤモンドは、色鮮やかな四色の光を吸収して輝き、幾星霜もの煌めきを発しながら自らの威光を振りまくようにして全ての魔法を下へと受け流した。
そしてそれが、最悪の事故を起こす。
ドゴォォーン──!!
──。
……パラパラ。
「いてて……」
激しい音と共に、ギントは地下に落下した。攻撃の波に耐えられなかった床が崩壊し、地下一階まで落とされたのだ。
「ゴホ……」
視界を遮るほどの砂埃の中で、ギント以外の誰かが咳をこぼす。暗殺者の誰かだと思い警戒するギント。だが、方向からして地下に元から居た誰かであると推測できた。
「お前……。そうかここは──」
壁に持たれかかり疲れた顔をしながら咳き込む壮年の男。
その外見は見覚えあるはずなのに初めて見る──。自分の外見だった。
「……。」
どうやらここは、勇者の牢屋の中らしい。生きる意味を失ったように項垂れる勇者ファナード百世との遭遇である。
「ん?」
ギントは真正面から初めて自分の顔を覗き込み、左眼がノイズがかっていることに気付いた。白と黒が反転したような、そんな色だ。大国主の残した目印だろうか。
ガレキの上に片足を乗せ、ファナードを見下ろしながら期待も後悔もない眼差しを向ける。
「……。」
「なんだよ、不服か?」
一階から漏れて差し込む青白い月明かりは、疲れたように佇むファナードの底冷えする心情を表しているかのようだった。
「あ、そうだ」
何かを思いついたとばかりにぽんと手を叩いたギントは、ファナードの上着に容赦なく手を突っ込んだ。
「……!」
驚いた顔で身をよじり避けようとする勇者から程なくして手をどけると、その手には透明な液体の入った小瓶が握られていた。
「ほら飲め」
「んっ……!」
キュポンッという音を鳴らし、コルクを外したギントが勢いよく勇者の口に瓶を突っ込む。目を大きくする勇者が、青ざめた顔で最後の抵抗とばかりに首を小刻みに振る。
「〘命の大霊薬〙だ。ネフェリ用に取っといたんだが、これで滅茶苦茶ムチャが効くはず」
何が何だか分からないといった感じで結局それを飲まされたファナードは、身体の調子が一気に整う不思議な感覚に襲われた。手の皮が脱皮したようにボロボロと剥がれおち、生きる意味を失いボヤけていた視界もくっきりと見えてくる。白髪のままの髪にも艶が一気によみがえり、若返ったような印象さえ受ける。その代償に鼻水がチョロっと出て、目が充血する花粉症のような状態がしばらく続く。
「んじゃ。慣れるまで時間が掛かると思うけど、時間稼ぎよろしくな」
曇りなき眼で元気に断りを入れたギントは、そのまま鉄格子をハート型に変えると、するっと牢屋を抜け出した。勇者はそれを唖然としたまま見送る。
「まて! 逃がすものか」
暗殺者たちが一人また一人と立ち上がり、あとを追い掛けようとハート型の穴に体をねじ込むが、一人目がすっぽりと穴にハマってしまい後ろの三人がつっかえた。
「くっ、抜けん」
「何やってんだリーダー!」
待ち伏せをしていた暗殺者は全員スタイルのいい女だった。少女一人がぎりぎり通り抜けられるように作られた穴など通れるはずもなく、押しても引いても大きな胸と尻が引っかかって一向に抜ける気配がない。
「大きすぎるんだよリーダー!」
「私怨か貴様ら! 強く引っ張るな!」
スタイルの浮き出た格好の女性が穴に体半分ハマってしまうという、一部の男性にはたまらない場面が続くが、そんな事になっているとはつゆ知らずのギントが、監獄エリアを颯爽と走り抜ける。
それを見て、余計に焦る女たち。
「お、おい、コイツ勇者じゃないか?」
ユーシャリア・ファナード百世の存在にようやく気付いた四人は、身を寄せ合い談合を始めた。
「こんな所に居るなんて聞いてない」
「見られたマズイ」
「やっちまうか」
「報酬はどうなるの?」
「今はとにかく私を助けるんだ」
穴にハマった女がそう提案すると、三人は口裏を合わせた訳でもないのにおもむろに天井を見上げた。天井には崩落による穴がぽっかりと空いている。
「冗談でも逃げようとするなよ?」
「なにか方法は……」
すでに鉄格子の破壊は試みているがビクともしない。ハート型じゃなくてもいいから、せめてあんな風に形を変えられたら──。
「そうだよ勇者だよ、アレを使えばいんだ!」
「……そういうことか。アレなら抜け出せるな」
三人が一斉にユーシャリアに視線を向ける。
「?」
「なにをとぼけた顔をしてる。お前の財宝魔法でこの子を助けるんだよ。ほら、手を出せ」
新陳代謝が上がって出てきた鼻をズズっと鳴らし立ち上がると、親切心で両手を突き出した。もちろん状況は分かっていない。
「ひゃん!」
何を勘違いしたのかユーシャリアは女のしりをぐいっと揉んだ。
「貴様ァ! そっちじゃないだろどう考えても! 鉄格子に触るんだよ!」
「次やったら殺す……」
穴にハマった女が涙目で振り返りながら罵倒する。
それと同時になぜか、財宝魔法の使い方についてのチュートリアルが始まった。
「いいか勇者、想像するんだ。貴様にとって今よりも断然価値のある鉄格子の姿を。そして形を変えるんだ」
断ったら殺されそうなのでユーシャリアはしっかりと、されど不安そうに綺麗な眼をぱちぱちして頷いた。
「出来たか? そしたら手に力を込めてイメージを一気に解放しろ!」
「……!」
言われた通り全力でやった。財宝魔法なんてただの一度も使えたことはないが、握った鉄格子が丸い円になりますように! と全力でやった。
その結果、鉄格子は曲がった。腕力で。
「バ、馬鹿ヂカラ……」
ひとまず腕力を認められたユーシャリアはその力で一人を救い、三人が余裕で通れる穴を作った。霊薬のお陰か、身体の調子もすこぶるいい。
「礼は言わんぞ。見逃してやるんだからな」
「サンキュ〜ねぇ」
「ありがとうございます」
「ありがとうであります」
全員がその場を立ち去ると、一人残されたユーシャリアは頭上を見上げた。
「……。」
今なら逃げられる。
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