第15話 槍の夜③


 暗殺者の手のひらから、カマイタチのような鋭利な風が放たれる。

 

 「身を低くしろチャイバル!」

 

 視界に捉えられないその刃は、奪い取った外套でも回避を困難にする。〘身躱しの外套〙は視界に攻撃対象を収めていなければ回避性能を向上してはくれない。それゆえチャイバルに回避を指示する必要があった。

 

 「くそやりづれーな……」

 

 外套を奪われた時の対処法をも心得ているその暗殺者の対応に、ギントは少し顔をしかめつつ身を低くして無事に避けた。チャイバルはそんなギントに目もくれず、あることに夢中になる。

 

 「エメラルドだと? この国では珍しい型式……。貴様ら、国外の手の者か!」

 「エレメンツ “エメラルド” エアブロー!」

 

 チャイバルの問いかけを無視し、今度は一気に距離を詰めての風纏かぜまとう右ストレートがギントに向かって飛ぶ。

 

 「ぬあん!」

 

 ギントはそれを己の経験のみで避けたつもりだったが、思った以上に切り裂く風の範囲が広く、外套や服が巻き込まれビリビリに破ける。女の子のやわ肌が見える。

 吹き荒ぶそのアッパーがそのまま廊下を突き抜け、割った窓ガラスを吹き上げる。小さなガラスの破片が宙に舞い上がり夜月にキラキラ照らされ、空間が踊り輝く。うっとりしそうなその光景が終わるまで、不思議と誰ひとり動くことはなく、また一言も発しなかった。

 破片がぱらぱらと落ち終わると、ギントは一脚で三連突きをお見舞いするが、それもあっさりと躱されてしまう。

 

 「チッ」

 

 いくら女の子になって本調子でないとはいえ、ここまで避けてくる相手は只者でない。外套がなくても全然避けんじゃんか、とギントは分かりやすく舌打ちをした。また、宝石の効果に誰よりも詳しいのでエメラルドを憎んだ。

 

 

 ──エメラルド──

 レートB(産出国補正なし)

 耐久硬度9

 知力アップ↑

 技巧力アップ↑

 回避率アップ↑

 魔力ダウン↓

 命中率ダウン↓

 センス補正あり。

 風属性補助あり。

 

 

 知力で脳の処理速度が上がり、技巧力でテクニックを上げ、回避率で避けまくる。オマケにセンスの獲得で駆け引きが上手くなる。敵に回すと非常に厄介な宝石で、暗殺者に向いているともいえた。

 

 「うお」

 

 つき伸ばした腕を絡め取られ、背負い投げをくらった。ギントの小さなカラダは軽すぎて簡単に遠くに投げ飛ばされてしまう。

 

 「陛下、ご無事ですか?」

 

 吹き飛んだ先にチャイバルが居たことは幸いだった。受け止めてくれた大きな腹を、ぽんぽんと叩いて感謝の意を込める。意外と硬かった。

 

 「あーーくそぉ! いつものオレならこんなヤツらへでもねーのにぃー!」

 

 チャイバルの腹にくっ付いたままキーキー猿のようにあばれる少女。〘身躱しの外套〙を着た相手への対処法を同じ要領で敵に返されたことに相当苛立っている様子だが、チャイバルにはどうしていいか分からず、とりあえず腹から下ろした。

 

 バリンっビャリッパリバリーン──。

 

 さらに追加で新しい暗殺者たちが窓を割って侵入してくる。 その数、五人。

 

 「ありゃー、へへへ」

 

 合計七人、うち一人撃破。

 実力を鑑みても圧倒的不利の絶望的状況。ギントも流石に笑うしかないと口を歪めた。

 

 「陛下、この道は城の出口に続いています。ここはワタクシに任せてお進み下さい」

 「お前まさか」

 

 チャイバルの覚悟を宿す瞳を覗き見て、それ以上なにも言えなくなった。この大食漢はおそらく、王様を逃がすために自らの命を懸けた時間稼ぎをしようとしているからだ。

 

 「なに、心配には及びません」

 

 チャイバルが六人の刺客に対して両手のひらをサッと向けてこめかみに力を入れる。一人を除き外套を着ている彼らは、その魔法を利用しようとじっと黙って動かない。

 

 「ワタクシは補佐大臣。常にお傍にて陛下をお守りする──、最強の盾なわけですから」

 

 普段、王に傍付きの騎士が居ないのはそれがチャイバルの策略だったからでもあるが、そもそもチャイバルには周囲を納得させるほどの実力があった。過去に聖騎士団団長ドゥークと一騎打ちをし、尻もちを付かせたことがある。実際には騎士側の忖度もあったものの、チャイバルはそれ以降最強の盾を名乗るようになった。

 とはいえ、今のその顔に余裕がないのは火魔法を見るより明らかで──。

 

 「いいんだな、任せて」

 

 チャイバルは分かっていた。

 騎士団長に忖度されていたことも。

 自分が大して強くはないことも。

 それでも己を鼓舞するために、陛下に安心してもらえるように──。

 大見得切ったその男らしさに王もまた気付いていて、ひとり逃げることを選んだ。

 

 「……いぜん、問題なく」

 

 どっと吹き出す汗。

 息で上下する肩。

 今にも倒れそうなその漢は、それでも必ず追い付くと笑ってみせる。

 ならばその覚悟に水を差すようなマネはしない。必ずやその覚悟に報いてやるとギントは強く頷いて、フッと息を吐いた。

 

 「盾にしてはずいぶん手のかかる……」

 

 合理的ではあった。

 今のチャイバルに走って逃げるだけの体力はない。一緒に逃げることにこだわれば必ずどこかで追い付かれ暗殺者たちに囲まれてしまう未来は想像に容易い。ゆえにチャイバルのその判断は、自暴自棄的なものではなく冷静そのものであると理解できた。

 自室に戻る選択肢は捨てる。出口より近いが、あの六人の前は通れない。

 

 「いいか、城は死んでも燃やすなよ」

 「ワタクシの心配ではなく、城のご心配とは」

 「死なんだろお前は」

 

 しぶといし、根性あるし、脂肪が厚いから。そんなある意味での信頼の言葉に、チャイバルは口の片端を吊り上げて笑った。ギントは既に走り出していた。

 

 「……フッ。ワシとて、命を賭してまで戦うつもりは毛頭ないわ。それに、ヤツらにとっての本命はアナタだ、陛下。ここで助かるのは、どちらであっても構わんのですよ……?」

 

 その声が王に届かないことは分かっている。チャイバルはガッと息を吸い込み、両肩に力を入れた。

 

 「来い! 雑魚ども! ワシの国は誰にも奪わせん!!」

 

 少しだけ威力を抑えたファイヤーボールの音が、連発で城内にこだました。

 

 

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