第14話 槍の夜②


 ギントはチャイバルを心配して視線を何度か送るが、向かい合うもう一人の暗殺者の出方を警戒して動けずにいた。

 

 「おうおう、厄介なもん着てるな」

 

 戦う前から敵の身につけている物が〘見躱しの外套〙であることに気付いて、敵の出方をうかがう。

 

 ──よしきた。

 

 何も考えず突っ込んできた。どうやら小さな王様は恐怖で立ちすくんでいると勘違いしたらしい。

 

 ──でもっ、思ったより速え!

 

 一歩目から想像を超える速度で迫ってくる暗殺者に内心焦るギント。だがこのくらいの窮地はむしろ心地良いくらいだと言わんばかりにニヤッと笑うと、羽織っていたマントを翻して敵の視界を奪い、伸びてきた短剣をギリギリで躱して腕を掴み取った。

 

 「くっ……!」

 

 形勢逆転。

 〘見躱しの外套〙は遠距離魔法を避ける性能は高いが、至近距離からの──特に掴み攻撃に弱い。その特徴を知っていたギントはそのまま組み付いて敵の首すじに自分の細い太ももを絡ませた。敵の油断があったことも幸いし、容易く首を絞め落とす。

 

 「ぐ……がっ……」

 「どうだ? 美少女に足で逝かされる気分は」

 

 敵が白目をむいて短剣を離した直後、それを奪い心臓を一刺しにする。立ち上がったギントは血がハネないように袖を捲り、ダメ押しとばかりにもう一度心臓を突き刺した。既に死んでいることを確認し、貴重な〘身躱しの外套〙は剥ぎとる。

 

 「エレメンツ “レッドスピネル” ファイヤーボール!」

 

 そんな時、チャイバルの詠唱が聞こえた──。

 

 「いぃ……。まじ?」

 

 チャイバルが火魔法を使ったことにギントは戸惑い軽く青ざめた。

 貴族、王族が護身用に魔法を覚えていることはよくある話でギントもそれを既知としているが、チャイバルは宝石らしい宝石を身につけていなかったので魔法は使わない、もしくは使えない・・・・のかと勝手に思い込んでいたからだ。それと、室内で炎かよとも思った。

 チャイバルはレッドスピネルのネックレスを上着の内に隠していた。いざという時の魔法もしっかり覚えて。その結果がファイヤーボールである。

 

 

 ──レッドスピネル──

 レートB(産出国補正D+)

 耐久硬度8

 魔力アップ↑

 技巧力アップ↑

 命中率アップ↑

 回避率ダウン↓

 持続力ダウン↓

 魔法制御補正あり。

 火属性補助あり。

 

 

 魔法が〝使えない〟のと〝使わない〟のには、実のところ大きな差がある。

 『使えない』ということは魔法の才がないことを意味するが、そんな人間はほぼいない。宝石さえあれば誰でも使えることが魔法の利点だからだ。

 チャイバルの家系は代々火属性の才を持つ専属家庭教師を付けているので兄弟たちも皆火魔法の扱いに長けている。チャイバル曰く、兄弟が三人以上集まれば宝石がなくてもファイヤーボールが打てるとのこと。

 金を持った富裕層ほど魔法の才を伸ばしやすく、また宝石も種類よく手に入り易いことから、魔導師になりやすい環境は整っていたりする。

 『使わない』というのはほとんどの場合、体内魔力が少な過ぎて体調を崩すからに他ならない。数発打つだけでめまいに襲われたり、最悪気絶してしまうくらい魔力の総量にはかなり個人差がある。

 チャイバルは『使わない』に当てはまる。既にファイヤーボールを一発放っただけで尋常ではない量の汗を吹き出し、今にも吐いてしまいそうなくらい青ざめていた。

 そんなチャイバル渾身の火魔法は無意味に終わる。

 

 「バカな!? 見躱しの外套だと!」

 

 敵は炎の塊をかき消すように躱しながら、同時にその勢いを利用して一気に空中から距離を詰めてくる。

 

 「もらった」

 

 低い声は耳元まで迫る。カラダの大きなチャイバルでは避けることは出来ない。

 その時、鋭い光が横切った。

 

 「……!」

 

 死を覚悟したチャイバルを通過し、血塗られた短剣が飛んでくる。それに気づいた暗殺者が空中でその外套を翻し、回転しながら避けた。

 片足でスタッと着地した暗殺者は、形勢が不利だと瞬時に判断して距離を取る。チャイバルには一連の流れが一瞬の出来事すぎて、自分がなぜ助かったか理解できず、口をぽーっと空けて立っていた。

 

 「これ着とけチャイバル」

 「……。は、はい」

 

 血濡れの短剣を投げて敵を牽制したギントが、冷静に死体から剥ぎ取った外套をチャイバルに投げ渡す。そのままチャイバルより前に出て、ただ敵を見据える。チャイバルは事態を飲み込めないまま急いで羽織った。

 

 「今からオレが奴のソレを剥がす。合図したらその辺の燭台をぶん投げろ」

 「か、かしこまりました……」

 

 いったいどうやって剥がすと言うのか。もう一人はどうしたのか。そんな疑問をチャイバルはぐっと飲み込み我慢する。なぜなら陛下の横顔が、いつも見る虚ろなモノとも処刑台で見た勇ましいモノともまた違っていたからだ。あれは──。

 

 「トレジャーハント」

 

 獲物を狩る獣の目だ。

 

 「な!?」

 

 暗殺者は自分の外套が淡く光出したことに目を白黒させた。外套がゆっくりと浮き始めて、視界まで奪われそうになると慌ててそれを押さえだす。

 

 「ワイルドドロー」

 

 いつの間にやら暗殺者の目の前まで接近していたギントが再び何かを呟きながら、そのまま暗殺者を素通りする。

 

 「?」

 「ワイルドドロー成功。よし、いいぞチャイバル」

 

 ギントが行ったのは周囲のお宝を目立つように光らせ浮かす《トレジャーハント》と、確率で触れたアイテムを奪い去る《ワイルドドロー》。高価なものほど奪い取れる確率は低い魔法だ。

 暗殺者は身体のどこにも異常がないことを知り、動揺する。そうやって隙が出来るとチャイバルが引き出しのある重厚感満載の四足の燭台を持ち上げた。

 

 「うおおらあああああ」

 

 さすがパワー系。ギントは内心でそう称した。

 頭上に迫る燭台と外套を着込むギントの姿を交互に見て、暗殺者はようやく〘身躱しの外套〙が奪われたのだと気付き、ぶつかる直前に前方へと回避した。

 地面にぶつかりバラバラになる燭台。その大きな図体を支えていたオシャレな四脚のうち一脚が飛び散ったあと、消える。

 

 「それいユ!」

 

 ギントだ。

 ギントがその一脚を持ち、剣のように振りかぶって暗殺者に襲いかかる。

 暗殺者はその不意打ちをまたしても躱すと、ギントと立ち位置を入れ替えた。そのままバク転し、一気に距離を取る。またしても不利だと判断したようだ。

 

 「外した! 申し訳ありません!」

 「気にするな。ん?」

 

 チャイバルの謝罪を軽く流すギントが目を細め、注意深く暗殺者の方を見る。暗殺者は片膝立ちで袖をめくると、直径二十センチほどの腕輪をさらけ出した。そこには小さなひし形の宝石がひとつ埋め込まれていた。

 

 それは暗殺者の切り札。

 宝石名エメラルド。

 

 なまじりを決した暗殺者がいま大声で叫ぶ。

 

 「エレメンツ “エメラルド” エアカッター!」

 

 

 

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