第5話おまけ② 【 優一くんの憂鬱 】
絶滅危惧種“人間”
おまけ② 【 優一くんの憂鬱 】
これは、優一が学生時代のころの出来事。
「あーあーあーあーあーあーあーあーあーあ、めんどくせえ」
「優一、さっきからそればっか」
「なんでレポートなんて書かなくちゃいけねえの?こんな本読んだって、大した知識にはならねえよ。それよりもこっち読んでた方が良いってーの」
そういって優一が取り出したのは、まだ名が馳せていないころの真一のもの。
「ハハハハ!!!馬鹿じゃねえの?人間が絶滅危惧種に指定されたからって、すぐにはゼロになりゃあしねえよ。夢物語みてえに語ったって、何も出来やしねえよ」
そういって笑う同級生たちを尻目に、優一は真一の論文を読んでいた。
時間も忘れて論文を読み終えると、すでに外は真っ暗になっていて、優一は慌てて帰る準備を始める。
走って構内から出ると、夕飯を買う為にコンビニに立ちよった。
何人かの客に混ざって店内を見て回り、パンを弁当、飲み物を手にした。
お金を払って家に帰る途中、すれ違う男たちの会話が聞こえてきた。
「ニュースでやってる研究って、進んでるのかな?」
「ああ、あれ?けどさ、人間って絶滅するものかな?だって、結局は子孫繁栄すればいいだけの話だろ?」
「そうそう。女とやることヤればいいわけだ」
「はははは!!!!お前、なんかそれやらしいぜ!」
「けど、そういうことだろ?男は頑張って腰振ってればいいんだろ?女は愛がなくちゃいや!とか言うけどさ、そんなこと言ってたら子供なんてポンポン産まれねえし」
「本人達の前で言ったら、殴られるぞ」
下世話とも言える会話をしながら優一の隣を通り過ぎると、何ともなく優一は月を見上げ、深くため息を吐いた。
家に着いてすぐに机に向かうと、優一は借りてきた真一の論文をまた読みだす。
何がそんなに面白いのかは理解しかねるが、優一にとってはこれほどまでに面白いものは無い様で、目を輝かせていた。
気付くと、寝ていた。
身体を起こして時計を見て見ると、深夜二時を指していた。
「やっべ。風呂入んねえと」
立ちあがってシャワーだけを軽く浴び、今度はベッドに横になる。
再びウトウトと夢の中に入ろうとしたとき、優一は外に何かの気配を感じた。
こちらに気付かれないように部屋の電気は消したまま、優一はドアを少しだけ開けて外の様子を窺う。
きょろきょろ左右を見ていると、そこには人間とは言い難い、しかし何か動くものがあった。
ドアを開けてそれに近寄っていくと、誰かの声によって止められた。
「触ってはいかん」
「?誰?」
暗がりから現れたのは、見たことのあるようなないような、白髪の老人だった。
「保坂真一と言う者じゃ。それに触ってはいかん」
「保坂、真一・・・・・・?あの人造人間の研究をしてる?まじ?え?まじで?」
「ワシを知っておるのか」
「はい、まあ、ちょっとだけ。けど、これは人間とは言えませんよね。どうしてこんな真夜中に街中を歩かせているんですか?」
まさか本人と会えるとは思っていなかった優一だが、自分の目の前にあるその何かへの疑問を直球で投げる。
真一はその何かに触れると、背中をいじって動きを止めた。
「これは失敗作じゃ。けどな、幾ら失敗作とは言え、可愛いワシの子供同然。この世に産まれてきたからには、大地を歩かせてやりたいのじゃ」
「・・・・・・へえ」
興味があるのかないのか、それとも何か不満がありそうな優一の声色に、真一は視線を優一に向ける。
軽蔑しているわけでもなさそうで、しかし何か言いたそうな表情をしている。
「なんじゃ?」
「なにがです?」
自分の表情には気付いていなかったのか、優一は首を傾げた。
「いや、何か言いたそうだったんでな」
「いえ、俺は研究員でもないし、別に、コレに関してどうこうってのはないんですけど・・・・・・」
「けど、なんじゃ」
歯切れの悪いその言葉に、真一は詰め寄る。
「んーと、なんていうか・・・・・・。これ造ってるのって、結局は人間のエゴだよなーと思って。それで壊されたり改造されたりする人造人間って、可哀そうって言うか、憐れっていうか・・・・・・」
「人間のエゴ、じゃと?人間の未来のために作っているものじゃ。エゴであろうとなんだろうと、必要なものじゃ」
「こいつらを大量生産したところで、それって人間じゃないでしょう。人間らしいものであって、人間そのものにはなれない。クローンのほうがまだマシかも。動物たちは野良ってだけで殺処分される。人造人間は不具合を生じただけで壊される。それが人間のエゴじゃないなら、なんですか?保坂真一氏の論文は興味深いものがあるし、面白い。でも、自然とも動物とも共存出来ない人間は、自ら適応しようとはしないのに、相手には適応させようと調教する。俺は人間というものに疑問をもっています。人造人間を作ってまで、後世に遺すべき生物でしょうか。俺にはそれがわかりません」
優一はふう、と息を吐いて目を瞑ったまま空を仰ぐ。
同じように真一も小さく息を吐き、動かなくなったソレを手にしたまま、口を開いた。
「そうじゃのう。人間はいない方がいいのかもしれん。しかしな、人間は一様に身勝手ではない。お前さんのような考えの奴も、中にはおるんじゃ。人間に対抗出来るのは人間だけ。それならば、ワシらと一緒に人造人間を作り、人間という生き物についても研究してみてはいいじゃろう。どうじゃ、ワシと一緒に来んか?」
「・・・・・・俺、親いないから金とかないですよ」
「金なら心配せんでいい。お前さんからは一銭も取りゃあせんよ」
「・・・・・・ならいいですけど」
こうして、優一は真一の研究所で助手として働き始めた。
「あ。卒業論文書かねえと。どうするかなー」
真一が出かけてしまって、1人研究所に留まっていた優一。
「めんどくさいめんどくさいめんどくさいめんどくさいめんどくさいめんどくさい」
1人ブツブツと念仏を唱えているかのような優一だったが、ふと、背後に何かを感じ取った。
「?」
何だろうと後ろを振り向くと、そこにはまだこれから造るのであろう人造人間の型となる模型が置かれていた。
隠すように布が被されていたようだが、何かの拍子に少しだけずれてしまったようだ。
バサッと、覆っていた布を剥がして見ると、そこにあった人造人間の型は、今までに見た頃がないような、人間っぽいものだった。
髪の毛はまだ着色されていなく、目や唇も形があるだけなのだが、思わず息を飲んだ。
身長は自分と同じくらいだろうか、歳格好も同じくらいだと察した。
出会ったことなどないはずのその人造人間の型に、なぜか優一は自分に近しいものを感じ、気付いたときには触れていた。
ドクン、と波打ったような気もしたが、気のせいだろう。
「お前は、誰だ?」
答えるはずのない質問を、ただ虚しく問いかけた。
消えるはずのない痛みを、ただ等しく感じる為に。
「俺達は、何のためにいる?」
誰もその答えを持ってなどいない。
それでも優一は、心臓も脳も持っていないソレに縋る。
少しすると、優一の頭の中に、何かの映像が流れてきた。
目の前に広がるのは水、それとも何かの液体。身体中に繋がれた管からは、酸素や栄養、その他にも何か麻酔のようなものも含まれている。
苦しさはない。呼吸器がついているから。でも、苦しい。
心臓はないはずなのに、ドクン、ドクン、と何かが規則正しく動いていて、全身に熱いものが流れゆく。
脳には誰か、自分ではない他人のものと思われる記憶が刷り込む。
それらはまるで電気信号のように身体を巡って脳内に入り込み、拒絶しようとしても、強引にねじ込んでくる。
痛いのではないが、痛い。
そんな中、この空間の外から聞こえてくる音は人の声だ。
「進行具合は?上手くいってる?」
「いえ、やはり生身の人間を、まるっきり別の人間として造ることは困難です。これまでに八十一の被検体中、うち十一体が脳内破損、うち九体が身体部位破損、そして残り六十一体が自らを破損するという謎の行動を示しています」
「まったく。だからこいつらは嫌いなのよ。役立たずなんだから」
「どうします?」
「壊して頂戴。さっさと新しいものを作ったほうが早いわ」
「はい」
―やめて。お願い。やめて。僕だって、まだ、動ける・・・・・・。
プツン、と途絶えた信号は、優一の意識を起こした。
「そうか。お前たちもまた、時代に産み出された悲劇そのものっていうわけだ」
そのとき、ガチャ、とドアが開く音が聞こえたため、優一は急いで型に布を覆い被せた。
「帰ったぞ」
「おかえんなさい。・・・え?それ、なんですか?」
「ん?これはラスク・・・」
「いえ、そうじゃなくて。どうして今ラスクを買ってきたのかってことです。大事なものを買ってくるって言っていたじゃないですか」
「ラスクはな、孫が好きだった食べ物じゃ」
「そういうことじゃなくて・・・・・・」
優一の言葉などどこ吹く風で、真一はそのラスクをテーブルの上に置くと、オレンジジュースと並べた。
「優一」
「なんです?」
「・・・もしもワシの理念や思想が優一と異なっていたら、すぐにでもワシのもとから離れなさい」
「なんです、急に」
何を考えているのか、真一は急に真面目な顔つきになってしまう。
「ワシがこれからする実験は、非人道的とも言える。優一は嫌悪するじゃろう。狭い世間じゃ。ワシと一緒にいたら、優一の将来まで壊すやもしれん」
「俺は・・・」
「よいな」
「・・・・・・はい」
あまりに強い真一の瞳に、優一は頷くしか出来なかった。
時代が産み出した惨劇は、あまりに悲惨で。
言葉が産み出した悲劇は、あまりに無情で。
世間が産み出した寸劇は、あまりに残酷で。
「俺はそれでも、俺が見てきたものを信じます。それが例え、世界が隠す闇だとしても」
消えてしまいそうなこの瞬間を、生きるために、ここにいる。
ただ、それだけでいいと、誰かに言われた気がしたんだ。
「お前の名は太一。自分に正しく生きるのじゃ」
聞こえるはずのない、産まれる前のその声は、光のように眩しかった。
届くはずのはい、造られる前のその夢は、太陽のように温かかった。
「さあ太一。目を覚ましなさい」
ここから、俺は始まった。
絶滅危惧種“人間” maria159357 @maria159753
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