第4話 おまけ① 【 太一 VS 犬 】






絶滅危惧種“人間”

 おまけ① 【 太一 VS 犬 】



  ぽかぽか陽気の今日この頃。


  太一は特にすることも実験に呼ばれることも無かったため、のんびりと研究所の敷地内を散歩していた。


  真っ赤な髪の毛は目立つが、研究所内であればみんな知っているので、喧嘩を売られることもない。


  研究所の裏には大きなクラッシュ工場があるが、研究所の正面から左側の敷地内には、ドッグランのような芝生に覆われた場所がある。


  そこに寝転がって日向ぼっこをしていた太一。


  「くうーん」


  「?」


  どこからか、何かの声が聞こえた。


  少し耳を澄まして見たが、風の音と、研究所内から聞こえる人の声しか聞こえなったため、改めて目を瞑ると、また聞こえてきた。


  「くうーん」


  「???」


  何かいるのかと、太一は身体を起こして、辺りを見渡す。


  すると、クラッシュ工場の方から、小さな影がこちらに向かって走ってきたのが分かった。


  初めは何かの攻撃かと思った太一だったが、自分の目の前まで猪突猛進にやってきたそんじょ小さな影に、思わずキョトンとしてしまう。


  それは、四つの足を地につけ、尻尾を振り、大きなお目目で太一を見ていた。


  「これは・・・」


  目から取り入れた情報を脳内で解析してみると、それは“犬”だと分かった。


  「いぬ・・・。えっと、これは、豆柴。ほう。んと、か、可愛い、ですね」


  お座りをして、太一をじーーーーっと、それはもう太一に穴が開きそうなほどに見つめている、その可愛い可愛い豆柴。


  小さいピンクの舌を出してはあはあ、としている姿もまた愛らしい。


  そのあまりの可愛さに、豆柴と見つめあっていた太一だが、ハッと我に戻る。


  「どうしましょう。水と、餌。博士に聞いた方が・・・。でも、研究所内に入れて良いものかわかりません。すみませんが、ここでちょっと待っていてくれますか。今、水だけでも持ってきますね」


  「くうん?」


  太一は腰をあげて研究所から水を持ってこようとしたが、ん?と気付くと、豆柴が太一の後ろに着いてきていた。


  「ダメです。待っていてください。えっと、待て」


  「くうん!!」


  「・・・・・・」


  どんなに待てと言っても待たないその豆柴に、太一はため息を吐いた。


  仕方なく、太一は洋服の中に豆柴を隠し、研究所内に入った。


  「静かにしていてくださいね。見つかったら大変です」


  「くうん」


  それがイエスなのかは分からないが、太一は豆柴を隠したまま真一の部屋を通り過ぎ、隣の自室へと入る。


  入ってすぐにベッドの上に豆柴を置くと、口元に人差し指を持っていく。


  水を入れる容器か何かが無いかと探していると、コンコン、と軽くノックをされ、返事をしないうちにドアが開いてしまった。


  太一は慌ててベッドに腰掛けて豆柴を後ろに隠した。


  「は、博士。どうしましたか」


  「太一か。帰ってきていたのか。どうしたんじゃ?焦っているようだな?」


  「いえ、焦ってなどいません。博士が急に入ってきたので、驚いたのです」


  「そうか・・・ん?」


  必死に隠しているのだろうが、太一の背中からひょっこりと顔をのぞかせた、その愛らしい瞳と姿に、真一は思わず笑ってしまう。


  「なんですか、博士?」


  「いや、なんでもない。そうか。太一、そこの棚の引き出しを開けてみるといい。きっと、役に立つものが入っているぞ」


  「棚?」


  そう言って真一は部屋から出て行ってしまう。


  「・・・・・・良かったです。バレテいないようです」


  「くうん?」


  背中にいる小さな温もりに声をかけると、尻尾を振って首を傾げていた。


  真一に言われた通りに棚を開けてみると、そこには水をあげるには丁度いい深いお皿と、勉強になるかと真一が買っておいた数冊の本があった。


  まずはお皿を取り出し、部屋に備え付けられているキッチンの蛇口を捻り、そこから水を出した。


  豆柴をベッドから下ろしてお皿を差し出せば、余程喉が渇いていたのか、ちゃぷちゃぷと音を出して勢いよく飲みだした。


  そして数冊の本の中に、犬の本があることがわかった。


  「なるほど。ワクチンですか・・・・・・。ワクチン?」


  博士になら聞けばわかるだろうと、安易な考えで自室を出ようとした太一だったが、そんなことを聞けば豆柴がいることがバレテしまう。


  どうしようと思っていると、再び真一が部屋に入ってきた。


  今度はあまりにも慌てたのか、豆柴を自分が着ていたワイシャツの中に入れる。


  みなさん、お気づきになっただろうか。


  今、太一のお腹は膨れている状態で、更に言えば、ワイシャツの下からは豆柴の尻尾がちょこん、と出ているのだ。


  それに気付いていないのか、それとも気付く余裕がないのか、太一は真一の方をしれっとした顔で見ている。


  「どうしましたか、博士」


  「いやなに、たまたまな、子犬用のワクチンが余っていてな、もしかしたら太一が使うかもと思ったんじゃが、やはり必要ないの・・・」


  「は、博士!!」


  これはなんという偶然だろうと、太一は思わず目をキラキラさせる。


  あまりにもその純粋な太一の瞳に、真一はワクチンを落としそうになる。


  「ここに、置いておくからな」


  ワクチンの入った小瓶と小さな注射器をベッドの上に置くと、真一はその振り振りと動いている尻尾にさよならを告げ、部屋から出て行く。


  「良かったですね。たまたまワクチンが余っていたようです。それにしても、博士も今日はよく部屋に来ますね。何かあったんでしょうか?」


  「くうん?」


  太一自身も何回か注射を受けたことがあるためか、どこに針を刺せばよいのか知っているらしく、手慣れた手つきでワクチンを注射器に入れる。


  しかし、人間には注射出来ても、仔犬にはしたことがない。


  「えっと」


  どうしようかと思っていると、豆柴がバタバタ暴れ出した。


  「どうしました?トイレですか?お腹空きましたか?それとも散歩に行きたいんですか?」


  「くうん、くうん」


  鼻を鳴らしてなく豆柴に、太一は困ってしまう。


  ワンワンと泣かれてしまう前に、太一は豆柴をお腹から出してベッドに乗せると、枕や置物を使って囲いをつくる。


  中でぐるぐると回っていた豆柴だが、疲れてしまったのか、急に丸まって寝てしまった。


  「ふう」


  ひとまず安心した太一だが、さて、これからどうするかと悩んだ。








  夜になり、気付けば太一も寝てしまっていた。


  「犬!」


  がばっと起き上がると、隣ではまだ豆柴はすやすやと寝ていた。


  それを見てまた安心し、餌を用意しなければと思っていた太一の部屋に、淳が入ってきた。


  「太一、博士が呼んで・・・・・・」


  「!!!!!!!!!」


  淳の視線の先は、明らかに豆柴にあった。


  「その肉の塊はなんだ。俺のデータによると、犬という種類に属しているが、ここは確か動物厳禁のはずだ。なぜそれがここにいる」


  「違います。これは、犬ではありません。犬のぬいぐるみです」


  「ぬいぐるみ?・・・・・・ぬいぐるみは動くのか。呼吸をするのか」


  「それは俺達だって同じことです」


  「俺達はぬいぐるみではない。お前は馬鹿か」


  「淳には分かりません。博士のところには後で行きます」


  「すぐに呼んで来いと言われた。ついでに犬のことで叱られろ」


  「・・・・・・」


  何も言い返せなくなってしまった太一だが、豆柴を起こしてしまうという罪悪感を持ちながらも、豆柴を連れて真一のところに向かった。


  真一は食堂の端のほうに座っていて、太一が声をかけると、こちらを向いてきた。


  「おお、来たか。淳も来たのか」


  太一の怒られる様を見に来たのか、太一の隣には淳がムカつくほどにニヤニヤとしている。


  「ここじゃなんだ。外に出るとしよう」


  真一の後に続いて外に出ると、外は思った以上に寒くなってきていて、こんな小さな犬を置いていくには酷だと感じた。


  「太一、腹にいれてあるものを出しなさい」


  「博士・・・」


  「初めから知っておった。ワクチンは無事に打てたのか?」


  真一が豆柴のことを知っていたことを知り、太一は力の入っていた肩をがくん、と落とした。


  一方、淳は面白く無さそうに唇を尖らせる。


  お腹の中から取り出した豆柴は眠そうにしながらも目を開け、大きな欠伸をする。


  「昼間に敷地内で見つけました。着いてきてしまったので、どうしようかと思っていました」


  くりくりした大きな真っ黒い目と、ピン、とたった小さな耳に、真一たちを見上げるその仕草が、いちいち可愛い。


  「ワクチンも、わかりませんでした」


  「そうじゃろうと思った。どれ、貸してみなさい」


  豆柴を真一に渡すと、少し暴れたが、太一が頭を撫でてあげると、安心したように落ち着いた。


  持ってきていたのか、真一はポケットからワクチン入りの注射器の入った袋を取り出すと、器用に豆柴のお尻に刺した。


  刺す時、少しキャン、と泣いたが、すぐに収まった。


  「これで大丈夫じゃ」


  「よかったです」


  「けど博士。この犬、これからどうするんです?研究所では飼えません」


  「・・・・・・よし、太一。この犬の飼い主を見つけるとしよう」


  「飼い主?」


  「そうじゃ。しばらくの間、太一と淳で面倒を見なさい。ワシらでチラシを作って、パソコンでも情報を流そう。一日でも早く飼い主が見つかるよう、努力するとしよう」


  「はい!」


  「俺も?」


  頑張ろう、という気持でいる太一の傍ら、面倒なことに巻き込まれてしまったと、淳は眉間にシワを寄せていた。








  それからわずか一週間ほどで、豆柴の飼い主は見つかった。


  名前は“マメ”とつけられたようで、家族も良い人そうだ。


  マメにさよならを言いたかった太一だが、まだ太一たちの存在を世に知られるわけにはいかなかった時期のため、太一は研究所に留まった。


  「随分、寂しそうな顔をしておったぞ」


  そう、真一から聞いた太一も、とても寂しそうではあったが、「飼い主が見つかって良かったです」と無理矢理笑顔を作っていた。


  「何か、欲しいものはあるか?」


  真一に聞かれた太一は、こう答えた。


  「俺は、家族が欲しいです」







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