第3話正義と悪

我々が誕生を喜び、葬式を悲しむのは何故か?我々がその当人でないからだ。   


マーク・トウェイン



































































         第三星  【 正義と悪 】










































  「博士、先日政府からいただいた実験のことですけど」


  「いいところにきたな。ちょうど今から打ちあわせをするんだ。優一も参加しなさい」


  「いえ、博士。俺は・・・」


  「こんな話、もう二度と来ないかもしれないんだ。それに、成功して実戦的活用に繋がれば、ワシらの研究費用だって今より良くなるかもしれない」








  始まりは、小さな研究室からだった。


  特に大きな成果を残したわけでもなく、かといって研究論文が海外に認められたわけでもない、そんな小さな研究室があった。


  そういう小さな、誰も気にとめないような場所にあったからこそ、この研究室が選ばれたのだろう。


  人間絶滅のニュースが連日報道されると、最低な人間たちが目覚める。


  生きる希望を失くした者は、自らの命を絶つ行動を始め、もう真面目に生きることが馬鹿馬鹿しくなった者は、本能のままに欲を剥き出しにする。


  理性的に物事を考える力が低下しだした国民をみて、政府はまるでゲームのリセットボタンを押すように、思考を変えた。


  今いる人間を生かすより、よりよい人工的な人間を産み出した方が効率的で合理的だと。


  とある日、数人のスーツを着た男が、小さな研究室にやってきた。


  「はい」


  扉を開けた先にいたその不審な男たちに、優一は思わず顔を顰める。


  「どちらさまですか?ここは研究室です。貴方方の来るようなところでは・・・」


  「保坂真一博士は、こちらに?」


  「え?ええ、まあ、いますけど」


  「保坂氏にお話があります。国家を揺るがす恐れのある内容ですので、内密にしていただきたいのですが」


  怪しいと思いながらも、熱心に研究を続けていた真一のもとへと連れて行く。


  「どうした、優一。その方たちは?」


  真一の問いに答えたのは、優一ではなく男の一人だった。


  「私、こう言う者です。上層部から仰せつかった大切なお話があります。どうか、人に聞かれない場所へ」


  男が胸ポケットから名刺を出して真一に渡すが、優一の場所からは名前も役職もなにも確認できなかった。


  真一は特に驚いた様子はなく、男たちを奥の部屋に連れていく。


  「優一も来なさい」


  「いえ、俺は」


  「いいから」


  少し威圧的だった真一の言葉から逃れられず、優一は渋々、男たちの後ろから着いていくことにした。


  一人用の椅子に真一が座り、三人から四人がけ用のソファに男たちが少し狭そうに座り、優一は一人で隅の方にある机の上に腰かけた。


  真一がコーヒーを用意しないということは、男たちを長居させるつもりはないようだ。


  「して、話とは?」


  「実は、依頼したいことが」


  「依頼、じゃと?」


  男の一人が鞄から何か束になった紙を、真一の前に置いた。


  そこ表紙に書いてあったのは「人類代替品の製造において」、それだけで男たちの依頼の内容がだいたい理解出来た。


  「私達が仰せつかったのは、保坂真一という男に、人造人間を作るよう依頼すること、そして了承を得てくることだ。話は簡単でしょう?勿論、報酬は御希望の額を用意します。しかし、私達が欲しているのは、ただのロボットではありません」


  「というと?」


  「人間により近い機械、ということです。我々の想像を超えることは喜ばしいのですが、言う事を聞かない子供はいらないんです。見た目、性格、声、動き、全てにおいて人間を思わせるものを作りあげていただきたい。保坂氏なら、可能ですよね?」


  「・・・・・・」


  「つい先日までは禁止されていた人造人間の製造、あなたはとっくに始めていましたよね?上がなぜ貴方を捕まえなかったかは、今回の依頼でわかりますよね?随時報告をしていただければ、研究内容や経過については何も問いませんし、罪にもしません。数年の間に研究所を作る予定でいます。当然、そこの最高責任者はあなた、保坂真一で登録します。優秀な研究者たちを送りこみ、一日でも早く、人間世界に溶け込める人造人間を作ってください」


  そう言って、男はまた鞄から何かを取り出したが、今度はそれは紙は紙でもお金で、見たことのない束を置いた。


  「・・・・・・わかった」


  真一がその依頼を受け入れてからというもの、ただの趣味から未来を担う研究へと目的が変わってしまった。


  それは良いことでもあるが、何も発展がないまま過ぎる日々は、とても苦しんだ。


  そして一年が経たないころ、優一が買い物から帰ってくると、研究室には真一のほかに別の研究者が二人いた。


  次に優一の目に映ったのは、三mほどのカプセルに入った、人とは言えないが、一件は人のような形をした、何かだった。


  まるで生命を受け継いだばかりの赤子のような、よく本で見るお腹の中で成長をする生命の塊のような、ここにはあってはならないもの。


  「博士!?これは、一体・・・」


  「優一、帰ったのか。君たちはもう行きなさい」


  二人の研究者たちが帰ると、優一は真一に問いただす。


  「博士、これは何ですか!?まるで、本当の人間の・・・」


  「優一」


  カプセルを壊したい衝動に駆られた優一だったが、中からの水圧にも耐え得るそのカプセルを壊せるはずもなく、ただ虚しく手が痛んだ。


  「研究とは、時には何かの犠牲において手にすることが出来る。それは時間であったり、家族であったり、自己であったりする・・・。わかってくれ。ワシにはもう、時間がないんじゃ」


  「犠牲にしてまで手にいれるべきものですか!?富も名声もいらないから、満足のいく研究を続けたいと、そう言ってたじゃないですか!!俺は、博士の研究に興味があったし、博士の人柄にも惹かれてここに来ました!博士が変わってしまったのなら、俺はもうここにはいられません」


  去っていくときに見た真一の寂しそうな表情を、きっとこの先も忘れることは出来ないだろうと、優一は足早に歩いた。


  研究に追われることのなくなった優一は、井戸を掘る仕事から金を掘り出す仕事と、肉体労働が多くなった。


  部屋に籠ることが多かったからか、肌は少し健康的に焼けてきたし、体つきも良くなってきた。


  しかし、どこに行っても囁かれるのは、「絶滅危惧種に人間が指定された」ことへの不安と恐怖、それから政府への不信感。


  「聞いた!?あの噂」


  「聞いたわ。けど、噂でしょう?人造人間なんて、そう簡単に作れるとは思えないわ。それに、政府の言ってること、信用出来ないわ」


  「それがね、私の親戚であの研究所に勤めてるのがいるんだけど、結構本格的に進んでるらしいわよ!接触してても気づかないほど精密ですって!!」


  どうやって作っているのかなど、聞けばきっと皆研究所を非難することだろう。


  そして半年ほど経った雨が降る夜、優一は仕事帰りで傘をさして歩いていた。


  「ん?」


  家に辿りつくまでのほんの短い道のりにある場所で、何か一つの影が蠢いた。


  「君、どうかして・・・」


  思わず、息を飲んだ。


  それは紛れもなく人間ではなくて、しかし人間のような姿形は繕っていて、それでも成りきれないそんなもの。


  「・・・・・・」


  何も言えないでいると、その人間らしきものは口を開く。


  「オ、おれハ、人造ニン間、せい造ばン号493。故障ヲ確認、バッテリー低下確認、機能停止、又ハ電源停止」


  「やべっ!!」


  壊れる寸前のその人間らしきものを家に連れて帰ると、優一はすぐにストックしてあった部品と錆びた部品を交換する。


  故障していると確認できたところも全て直したが、もう思った以上にボロボロになっていたソレは、長く動くことは出来無さそうだ。


  「話せるか?」


  「少シナラ」


  「なんであんなところに?493ってことは、結構研究が進んでるんだな。けど、それでもまだ成功には至ってないってことか?」


  優一の言葉を一語一句理解しようとしているのか、言葉の意味を呑みこみ、さらに理解するまでには多少の時間がかかってしまうようだ。


  時間差で、男は答える。


  「俺ハ、失敗。未完成。人間ノ生活二適応能力実験二オイテ、適応確認出来ズ」


  男の目が、まるでテレビの砂嵐のように、時折ザーザーと波打つたび、男は言葉を発せなくなる。


  「被検体番号、及ビ製造番号493、通称ソロル。製造者ノ意向二ヨリ、機能停止確認次第、研究所ヘ戻リ、工場ヘ向カイマス」


  「工場?」


  何の工場かと聞こうとしたところ、男はすでにガガガガガ、とロボットのような動きになってしまった。


  そして男は目を開けたまま動かなくなってしまい、それを見て優一は額に手を当てた。


  「はあ・・・。何してんだか、俺達は」




  それからまた何年かしたころ、テレビで完成品が出来たと流れた。


  それが太一だと知るのは、まだ先の話。








  「俺達はな、人間の勝手な都合で作られたんだ。なのに、役に立たない、適応できない、人間になりきれない、それだけの理由で壊されるんだ。人間だって、役に立たない奴なんている!適応できない奴もいる!なのに、壊されるのは俺達だけで、人間には何も罰は与えられない。おかしいと思わないか!?だから、俺はこれまで人間の言う事を聞いてきた。力をつけたら、人間なんてみんな殺して、俺達だけが生き残る、そんな世界を作ればいい。けど、お前みたいな甘い考えの奴がいると、邪魔なんだよ!!なんで人間側に立つ!?奴らの味方をする!?」


  「どちらか一方が生き残るなんておかしいです。共存しなければいけません」


  「共存なんて出来るか!いつ壊されるかわからないのに、ニコニコヘラヘラ笑って生きていられねえよ!!!」


  「淳、落ち着いてください」


  感情的になっていく淳に対して、太一は理性的だ。


  以前から優一は感じていたが、太一は完成品だと言われながらも、とても理性的で感情を抑える傾向にあるが、淳は至極感情的だ。


  どちらが良い、悪いというわけではないが、簡単に言うと、太一が大人で淳が子供だ。


  悪い組み合わせに見えるが、素直に感情を出せる淳に対して、それを抑制できる太一の関係性は、決して悪いとは言えない。


  ただ、本当に、ただ、気が合わないだけだろう。


  「あ、あのさー・・・。ちょっと口挟んでもいいか?」


  「なんでしょう?」


  離れたところから、二人に聞こえるように少し大きめの声で言って見ると、太一がすぐさま返答した。


  「博士は、本当は違うものを作ろうとしてたんだ」


  「?」


  「何を言ってるんだ、お前」


  ずっと昔、真一が夜中に独り事を言っていた。


  「博士には、孫がいた。けど、歩けるようになってすぐのころ、事故に遭って亡くなった。臓器ドナーとして提供することを求められたが、それを博士は断った。それからというもの、博士はその孫を生き返らせようとして、実験をしていた。どうにかして姿形、欲を出せば声も性格も全てが同じになるように造ろうと、日々研究を続けた。そこでようやく完成したのが、太一だ」


  真一の過去を聞いた淳は、さらに強張った表情で太一を睨む。


  その話に驚いた様子だった太一の隙をつき、淳は手頃なパイプを持って、太一の頭を殴った。


  頭から血が出てくるが、太一は特に叫ぶことも淳を睨むこともせず、ただ自分から流れる血を見ていた。


  「博士は、何を望んでいたのですか、沢村さん」


  「聞こえねえよッ!!!」


  もう一発、淳は手加減無しで太一の背中や足を次々にパイプで殴っていく。


  「俺は、どうしたらいいんですか」


  「太一!?大丈夫か?」


  あまりにも工場内に響くその激しく痛々しい音に、優一は思わず工場内に身を乗り出し、太一を見やる。


  そこには、苦しそうな表情で目に涙を溜めている太一と、その横でパイプを持ってはあはあ、と息を切らしている淳の姿だった。


  「太一?」


  太一に近づこうとすると、横で立っている淳が睨みをきかせる。


  「太一!」


  名前を呼ばれ、太一は優一の方を見る。


  その、なんとも人間らしい悲しげな表情は、人間の手によって作られたものだとは思えない。


  「俺にはよくわかんねえけど、子供ってもんはな、親より長生きするもんだ!ああだこうだ理由をつけても、言い訳しても、こじつけだけで奪っていいもんなんてないんだよ!お前が壊れそうになったら、俺が何度でも直してやる!淳もな!」


  「俺はお前を殺すぞ、沢村優一」


  「嘘だよな。嘘って言ってくれるよな」


  一瞬にして血の気が引くような言葉を返された優一は、ひとまず淳との距離を取る。


  淳は太一に向かってパイプをブンブン振りまわして行くと、壁際に追い込んで思い切り振りあげるが、太一は何とか避ける。


  壁が壊れて破片が身体に刺さる勢いで飛んでくると、太一の腕や顔に傷を作る。


  どんどん距離を縮めてくる淳に対し、太一は何とか一定の距離を保とうと、目を逸らさないようにしながら懸命に足を動かす。


  筋力が並大抵のものではない太一たちの力は、凄まじいものだった。


  ついには淳のパワーに耐え切れなくなったパイプの方が先に壊れてしまい、折れたパイプを眺めたあと、淳はそれを棄てる。


  「沢村優一、お前のような偽善だけの人間なんて、いくらでもいるんだ。綺麗事を並べるだけなんて簡単で、誰にでも出来る。人間はそれが上手いだけ。口先だけ調子良いことを言ったって、それを実現出来るだけの力も無いくせに、だ。時間の流れとは非常に残酷だ。ただ死に近づくのを早めるだけなら、その間に出来ることやる必要がある。それが例え俺達の製造であってもな。だが、俺達を作った人間は尊敬に値するものではなかった。馬鹿だ。本当に馬鹿な生物だ」


  何か別の、太一を殴れそうなものはないかと、淳は足下を見ながら歩く。


  「自己主張、自己中心的、自己満足。誰かが傍にいないと寂しい、誰かに構ってほしい、誰かに必要とされたい。弱い弱い弱い。そう思わないか、太一?お前だって、今まで散々人間にコケにされてきただろ?人造人間だからって、実験されてきただろ?」


  「・・・・・・」


  残骸を足で蹴飛ばしながら言う淳の言葉に、太一は口を噤んでしまった。


  しかし、優一は淳の言葉に疑問を覚え、思わず聞き返してしまう。


  「実験?」


  人造人間を作ったことが実験とするならば、話が合わないような気がするし、人造人間に対して何か実験をするという話は聞いたことがなかったからだ。


  「人間に近い感覚を身につけるための、実験だ」


  優一の問いかけに対して答えたのも淳で、残骸漁りを止めた淳は、その辺のちょっと腰を下ろせる場所を見つけ、そこに座った。


  ああ、こうしてみると、太一と淳の髪の毛の色はクリスマスだ、などという考えは言わないでおこう。


  ちらりと太一の方を見てみるが、太一は特に反応を示したわけではなく、優一は淳に視線を送る。


  「俺達は製造後、五感の試験を行う。味覚、視覚、嗅覚、聴覚、触角」








  淳の話によると、味覚の実験は食べたり飲んだりすること。視覚の実験では視力を測ることや錘体細胞、幹体細胞が正常に機能しているかを調べるようだ。


嗅覚は基本的な食べ物の匂いや体臭、さらには自然界で感じる匂いの研究がおこなわれている。


聴覚はどれほど遠くまでの声や音が聞こえるかに対しての実験のようだ。


  そして最後の触角が、非道な内容らしい。


  最初は抓る、つまむ、などの小さな痛みから始まるのだが、徐々にエスカレートしていき、足や腕を切られたり、刺されるそうだ。


  視界が遮られるという恐怖の中で行われ、声も出せないように、この時にはまだ声帯がつけられていない。


  何で痛みを判断しているかというと、脳に搭載された心拍数だ。


  痛い、という言葉だけでは、ただ“痛い”が答えだと思って口にするときがあるためのようだが、なんとも酷いことをするものだ。


  これらの実験で正常、あるいは問題無しと判断されたら声帯が取りつけられる。








  「人間として扱われていないのに、人間のように生きろなど、それこそ人間のエゴだ」


  太一を見るわけでも、優一を見るわけでもなく、ただ淳はそこを見ていた。


  「俺達の痛みなど分かるわけもないお前等は、死ねばいい」


  淳から感じ取れるのは、ただの怒りというものだけではなさそうだ。


  何の前触れもなく淳が太一に向かって、落ちていた金属の破片を投げつけると、それを腕で受け止めた太一からは血が出る。


  その血さえも憎たらしく感じるのか、淳は次々に太一に破片を投げつける。


  そして勢いよく前に出ると、そのまま太一を素手で殴る。


  少しだけ驚いた表情をした太一だったが、淳の攻撃をくらった後すぐに立て直し、なんとか踏みとどまる。


  一方的な淳の攻撃にも、太一は反撃することなくただ受け続けた。


  二人の間に入ってはいけないと分かってはいても、なんとかして止めないとと思っていた優一。


  良いアイデアが出て来ない中、淳は感情剥き出しで太一を壊しにかかる。


  「人間なんていなくなればいい。そして俺達だけの世界を作る。その為には、お前みたいな人間の思考に近い奴がいるのは邪魔なんだ」


  「俺は人間ではありません。淳たちと同じモノです」


  「そうだとしても、世の中はお前を特別扱いする。まるで人間のようにな」


  「博士だって人間です。博士はどうするんですか」


  「博士は俺を作ってくれた。だからこそ、俺の手で葬る」


  「淳・・・そんなこと・・・」


  真一のことを慕っていて、唯一刃向かう事のなかった真一のことさえも、淳の心臓部には何も届かなかった。


  淳を止めるため、太一は動き出した。


  何度かの攻防を続けたとき、太一は地に臥していた。


  そんな太一の髪の毛を鷲掴みして、淳はずるずると太一を引きずって行き、プレスの下に無造作に置いた。


  何かの操作をしようと自分に背を向けた淳に対し、太一は淳の足を掴む。


  思わず転んでしまった淳は、すぐに起き上がろうとしたのだが、すでにその時には太一が馬乗りしていた。


  「お前に俺は壊せない」


  「・・・・・・」


  淳の言葉に対し、太一は小さく笑った。


  「壊しません」


  その太一らしい、実に甘い考えに、淳は心からニヤリとするが、次の太一の言葉は、至って冷静だった。


  「淳を、止めます」


  「?!何を言って・・・」


  太一は指先だけの力で淳の額を突き破り脳内に手を入れると、そこにあるメモリーを手さぐりで見つけ、引き千切った。


  瞬間、動かなくなってしまった淳は、まるで人形のようだ。


  淳が動かなくなったのを確認するため、優一は隠れていた場所から走ってきて、淳の身体を触ってみる。


  そして淳が止まったことが確認出来ると、太一の背中を叩いた。


  しかし、太一の表情はいまいち曇っている。


  「どうした?」


  優一の問いかけに対し、太一はこう答えた。


  「博士が悲しみます」


  目を見開き、太一の言葉に驚きを隠せない優一は、淳を背負って真一のところに向かった。


  優一が淳を連れて行ってからしばらく、太一はそこにずっと座っていて、苦しそうに声を出していた。








  「太一は?」


  「大丈夫です。今、廊下にいます」


  「どうして入ってこないんじゃ?」


  「・・・淳を止めたことを悔やんでいます。博士が悲しむと」


  止まってしまった淳を真一の部屋に連れて行き、壁に立てかけていると、真一があたりを見渡す。


  蹲る、という言葉が今世界で一番ぴったり合うのではというほど、太一は部屋の外の廊下で丸くなっていた。


  「・・・太一が悪いんじゃない。悪いのはワシらじゃ。太一にも重い荷を背負わせてしまった。淳にもな。そして優一、お前にもじゃ」


  「俺は何もしてませんけど。それより、一つ聞いてもいいですか」


  「何じゃ?」


  両手をポケットにしまいこみ、優一は目の前にある椅子には座らず、ベッドで横になっている真一に聞いた。


  「その怪我、淳がやったんじゃないんですか」


  「・・・・・・どうしてそう思うんじゃ」


  窓から部屋に差し込む夕陽があまりに眩しくて、あまりに赤くて、あまりに綺麗で、思わず見惚れてしまう。


  廊下にいる太一には聞こえないように、優一は口を開く。


  「なんとなくです。太一と接していて、まずそういうことをする奴とは思いませんでした。むしろ、博士に可愛がってもらっている太一に対して嫉妬心を抱いていたのは淳です。しかし、太一を直接狙う事は難しかった。なにより自分が一番最初に疑われるでしょう。そこで博士を狙って、その犯人を太一に仕立て上げた。愛憎の結果です。違っていたら、すみません」


  「いや、その通りじゃ。まあ、ワシの怪我に関しては太一のせいにはならんかった。しかし」


  「宮下博士の件では、そうはいかなかった」


  「・・・そうじゃ」


  ただそこに倒れていた太一を犯人にしてしまったのは、紛れもなく研究者たちであって、太一だって恨んでいることだろう。


  きっとそれを仕組んだのも、淳だ。


  「淳は宮下のことを快く思っていなかったんじゃ。宮下も、どちらかというと太一の方に興味をもっておったし、ワシの研究にも協力してくれていたからの。宮下を狙ったあとで太一を部屋に呼び、気絶させたんじゃろう」


  「それに関して、なんとか汚名返上出来ないんですか?」


  しばらく黙ってしまった真一に、優一も口を噤んだ。


  十分ほど経ったころだろうか、廊下で丸くなっていた太一が部屋に入ってきて、真一に頭を下げた。


  驚いたのは優一だけではなく、生みの親でもある真一までもが若干ではあるが、目を見開いた。


  「太一、頭をあげなさい」


  「博士、すみません。博士の大切な淳を止めてしまいました。俺はもう、研究所には戻ってきません」


  「太一、聞きなさい。優一も一緒に聞いてくれ。大事な話があるんじゃ」


  「なんです?」








  そのおよそ三ヶ月後、保坂真一は死去した。


  死去した際、太一は起動停止させられていたそうだ。


  研究所の誰もが死を悼み、今後の行く末について心配をした。


  しかし、真一は遺言を遺していた。


  それには、次のようなことが記載されていた。






  《 一、保坂太一の罪は冤罪のため無罪とし、研究所での生活を赦すこと。


    一、陽刃淳の罪は重罪につき、プログラムを見直すこと。


    一、保坂真一の死後、研究所の最高責任者に、沢村優一を後任として置くこと 》




  「え?俺?聞いてねーけど!?ちょっと待て。一回考えさせてくれないわけ?」


  「博士の遺言ですので」


  いきなり家に押し入られてどこに連れて行かれるのかと思っていた優一だが、そこは見慣れた研究所の、見慣れた部屋だった。


  目の前に積まれた研究資料や論文に、優一は思わず顔を引き攣らせる。






  太一は真一の遺言どおり、以前のように研究所で過ごせることになったが、宮下のことで太一に不信感を持った研究者たちが、時折太一にちょっかいを出していた。


  しかし、そういった研究者は少数だったため、まわりの、真一を慕っていた研究者によって助けられる日々だ。


  小学一年生から学ぶ勉強を始め、太一には知識もついていった。


  パソコンのプログラミングや設計、物理や化学に興味を持っており、さすが真一譲りだなと思うほどだ。


  一方で、淳は一からプログラムが見直される事になり、優一も携わった。


  実は真一が亡くなるとき、太一はその場にいなかった。


  それは真一から頼まれたためであって、真一がいなくなった、ということを認識するまでにも時間がかかってしまった。


  「俺は、みとることも出来なかったんですね」


  「お前を悲しませたくなかったんだよ。博士の優しさだ」


  「俺はこれから、どうなります?」


  「どうって?」


  ふいに、太一が不安げな表情になる。


  「俺は古い型です。いずれ壊されるのなら、早めに壊して欲しいです。それに、人間の世界に適応できるようになったとしても、上手く続けられる自身がありません」


  「ふーん?」


  「淳のように強ければ、違ったんでしょうか」


  毎日毎日、飽きることなく空高くまで昇り、やがては地平線に消えて行く太陽のように、生きる日々は繰り返し。


  例え雨だとして雪だとしても、風が吹いても嵐がきても、太陽が昇らない日は無い。


  「俺達は、みんな弱い。太一も、淳も」


  「淳も、ですか?」


  「弱いからこそ、お前を壊そうとした。そして安心感を得たかったんだ。自分が一番だっていう。人間は弱い。だから誰かの傍にいるし、いてほしいと願う。太一と淳にとって、博士がそれだった。だからといって、博士がいない今、太一も淳も独りなわけじゃあない。俺がいるし、太一には淳が、淳には太一がいる。だろ?」


  「・・・はい。そう、信じます」


  「俺はちょっと会議に行くけど、太一はどうする?」


  「俺は、淳のところに行きます」


  白く長い廊下を歩き、メモリーが抜かれた状態でカプセルに入っている淳を見つめ、太一は淳に声をかける。


  「俺達は、きっといつか、役に立つと信じられて産まれ造られ、ここにいます。淳もまた動くようになったら、今度は、一緒に博士の墓に花を供えに行きましょう」








  ―真一が死ぬ三カ月前


  「ワシは、してはいけないことをしたんじゃ」


  「してはいけないこと?」


  真一の部屋にて、いつも以上に重く開かない口。




  「太一の心臓は、ワシの、死んだ孫のものなんじゃ」




  「「え?」」


  二人して、はもってしまった。


  「ワシの孫は、一歳五カ月のころに事故に遭ってな。ドナーに渡すとか、そのまま焼いてもらうとか、孫の両親は話していた。葬儀をする前に孫の身体から心臓を取り出し、それを保存していたんじゃ。おかしいと思われるかもしれんが、ワシにとって孫の死は受け入れられないものだったんじゃ。それからワシは人造人間という禁忌に手をつけ、研究を始めた。生き返らせることは不可能でも、似たようなものを作ることは可能なのではないかとな。ただのロボットでは気が済まなかったんじゃ。ワシが求めたものは孫そのもので、孫の形をしたものではなかった。優一と出会い研究は進み、さらには国から人造人間製造の許可を得た。これはチャンスじゃと思った。最後のチャンスじゃと。しかし実験は途中で行き詰まり、孫の心臓を使って一体作ってみることにしたんじゃ。そしたら、太一。奇跡的にお前が完成したんじゃ。じゃから、お前はワシの孫も同然なんじゃ。世界から壊せと言われても絶対に壊せない。ワシのしたことに対して、理解してほしいとは思っておらん。優一、お前は忌み嫌うことじゃろうからな。それがワシの罪じゃ」


  相槌も打たずに真剣に聞いていた二人は、真一が静かに目を瞑るのを見ていた。


  真一に孫がいることに関しては、特に不思議にも思わないが、早くに亡くなっていることは初めて知った。






  『博士は、どうして人造人間なんて造ろうと思ったんです?』


  『いやなに、次世代のためじゃよ』


  『へえ・・・』


  『なんじゃ?』


  『何がです?』


  『府に落ちん、という顔をしておるな』


  『・・・・・・。失礼なことを言いますけど』


  『構わん』


  『・・・博士はどちらかというと、自らの為だけに研究をする方だと思っていました。ましてや、次世代のためとか、考えているとは思えなくて。尊敬はしています。博士が自分のためだろうと他人のためだろうと、俺は博士の研究に興味があるだけなので』


  『そうか。うん。そうだな。優一、お前は実に優秀だ。それは研究においてだけではなく、人間としてもな。ワシのような生き方を選択してはならん。絶対にな。ワシのような生き方をしても、幸せにはなれない』


  『博士、フラスコが爆発しそうです』






  「そのお孫さんの心臓を太一に取りつけて、完成して、それで満足しましたか?」


  「・・・・・・」


  「今よりも技術が進歩すれば、きっと、死んだ人の記憶や思い出を引き継がせることも可能でしょう。博士はそれを望んでいたのではありませんか?」


  「・・・・・・否定はせぬ」


  ある程度の期間、真一と共に研究をしていた優一には、真一の考えていることが分かるようだ。


  一方の太一は、自分のことを話しているというのに、ポカン、と口を開けて二人の会話を聞いていた。


  「感情や表情は作れても、個人は造れませんでしたか。しかし、それで良いと思いますけど」


  ふう、と小さなため息を吐きながら、優一は窓際まで近づいていき、暗闇を産み出すその空間を眺める。


  その横顔は、太一にも似ている。


  「確かに、人間は今危機的状況です。しかし、過去に絶滅してしまった動物に対し、人間は何をしてきたでしょう。保護、その管理、それだけです。動物を愛するだけで、動物は守れやしません。本当にその個体を認め、愛し、生きていることを示さなければ、意味がありません。かつて、人間は動物を物として扱いました。人間は自分たちを最上級に持っていくことでしか、存在を固定出来なかったのです。自然にも動物にも勝てない人間は、自分達に授かった知能や言語を利用し、人間以外のモノを絶滅においやってきたのです。綺麗事だけを並べる人間に似せて作る人造人間など、俺には不必要に感じます。まあ、だからこそ、今回淳は太一に負けたんですよ、博士」


  「・・・・・・そのようじゃな」


  寒くなってきただろう外を見ている優一の背中から、右側に立っている太一を見やると、真一は小さく笑った。


  まるで子供のようなその表情は、なんとも愛おしい。


  太一は真一の顔をじっと見つめながら、何度も口を開いているが、言葉としては何も出て来ない。


  「どうしたんじゃ、太一?」


  「・・・・・・俺は、俺達は、ここにいていいんですか?」


  きっと此処とは、優一たちのいる人間の場所のことであって、そこに介入するべきか否かを迷っているようだ。


  表情を上手く出せなかった当初は、周囲からクールだとか冷たいとよく言われたものだ。


  顔だけを太一の方に向ける優一が、真一が答えるのを待っていると、真一は太一にしっかりと視線を送る。


  「太一たちを作ったことには、理由がある。それが例えワシの我儘だとしてもじゃ。太一にも、淳にも、此処にいる意味があるんじゃよ」


  「しかし、俺は旧型です。機能的にも劣っていますし、錆びも早いでしょう。弱くて柔い、役に立たないです」


  悲しそうにする太一に、身体ごと反転させて太一の方を見る優一。


  「俺は、怖いのかもしれません。いつか壊されると分かっていても、今の状態が続くことを望んでしまっています。・・・初めてこの世界を見た時、言葉にはならないものを感じました。命というはっきりしたものがないのに、俺は確かに動いていて、今そこにいて、感情を持っていました」


  どこを見るわけでもなく、太一はただ静かに窓の外を見ていた。


  すでに暗くなってしまった空は、まるで泣いているように切なく、ぽつぽつと灯る灯りは、まるで小さな命の灯。


  手に届きそうで届かない、そんな存在。


  太一はそっと目を閉じると、何かを思い出しているかのように顔を少し上に向け、フッと笑う。


  「風は俺の身体を通りぬけるように走り、雲は俺の影を覆う様に重なり、雨は俺の身体を消すように刺さり、月は俺の心を誘う様に漂い、星は俺の瞳を吸うように踊り、空は俺の中の汚れを拭う様に流れ、大地は俺の存在を謳う様に響き、時間は俺の弱さを引き立てるように過ぎる。眩しい光に視界が奪われ、目を開けるとそこは研究所の一室でした。嬉しさもありましたが、反面、悲しさもありました」


  「失敗作の記憶か?」


  割って入ったのは優一だ。


  「はい。俺以外にもいるかもしれませんが、実験途中で、前に造られたものの記憶が残っている場合があります。耐え難い実験の数々による心の傷が、刻まれています。失敗作として棄てられることへの恐怖、人間たちの対応の変化、それによる戸惑い。それを思うと、俺はここにいるべきではないのではと思います」


  上に向けていた顔をゆっくりと下に向けると、しばらく顔をあげないまま黙ってしまった。


  肩を上下に動かして、太一にも真一にも分からないようにため息を吐くと、優一はカーテンを閉めてから電気を点けた。


  そしてベッドの横にあった椅子に座るよう太一に言うと。太一は大人しく腰かけた。


  奥に立てかけてあったパイプ椅子を持ってきて太一の横に置いてそこに座ると、優一は太一の頭を軽く叩いた。


  「人間はいつか死ぬ。死ぬのが怖い。それはお前たちにとって壊される事と同じだ。恐怖と感じるのは人間も同じだ。死ぬことを知っているのに、不老不死なんて求める。けど、死ぬと分かってるからこそ、俺達は何か遺そうとするんだ。博士にとって、太一がそうだ。遺そうとしたもの。お前が動き続けることが、博士が生きていた証になるんだ」


  「俺が、証?」


  「そうだ。人間が生きつづけるなんてこと、有り得ない。これから幾ら科学が進歩しようとも、時代が進もうとも、無理だ。それは人間に限らず、動物全般に定められた命の期限。自然の摂理。世界は常に安定であって均衡を求めるからこそ、命という期限を設けることによって、それらを保つ。でも今や人間は絶滅危惧種に指定された。回復する可能性は極めて低いが、ゼロじゃない。太一たちが生きることによって、希望は繋がれるなら、その希望は絶っちゃいけない。俺達はお前達に託した。そして一緒に生きることを選択させた。それは単に絶滅から解放されるためじゃなく、人造人間と共に生きて行くことが可能であるなら、人類は決していなくならないからだ。人間は孤独を嫌う。孤独は人間を弱くする。それは精神的なものから肉体的なものにまでなる。孤独じゃないと教えることも、お前達の大事な役目だ。だからここにいる必要がある。博士のためにも、研究所のためにも、そして淳のためにもな」


  「・・・・・・途中からよくわからなくなりました」


  「まあ、ここにいろってことだよ」


  「わかりました」


  足を組んで両腕を頭の後ろに持っていくと、優一はケラケラ笑いながら太一を見る。








  人間は無力だ。


  人間は愚かだ。


  人間は浅はかだ。


  人間は馬鹿だ。


  人間はそれでも生きる。


  いつの世も、生きている人間は変わらない。


  消えゆく時代も産まれゆく時代も、同じ一時に過ぎない。


  名のない花に水をやり、枯れゆく様を見届けよう。


  儚い命に灯を、消えゆく様を見送ろう。


  我等はただ、時に生かされている者達。






  淳の入ったカプセルの前でじーっと立ちつくしていた太一は、その場で座って眠ってしまっていたようだ。


  身体の何かが冷えた気がして、目を覚ます。


  淳はまだ動く気配がなく、口元と鼻を覆う大きな透明のマスクは、淳に酸素ではない何かを送っているのだろう。


  「こんなところにいたか」


  「沢村さん」


  会議を終えた優一が太一を探しに来た。


  「淳のプログラムも大分見直されたことだし、今度淳が動くようになったら、きっと太一とも仲良くやれるよ」


  二人の前にあるカプセルを、軽くトントン、と叩きながら優一は言った。


  その部屋から出ると、二人は研究所の外に出て、空が見えて木陰もあるベンチに座る。


  チュンチュン、と小さく鳴くのは鳥だろうが、名前は知らない。


  優一は足を組んで、さらには腕をベンチの背もたれに置いて空を仰いでいるが、太一は大人しくちょこん、と背筋を伸ばして両手を両膝に置いていた。


  ふと、太一が口を開く。


  「人間が、嫌いでした」


  「ん?」


  そよそよと風が二人の間に吹き、聞き逃すところだった。


  雲もほとんど出ていなくて太陽が大地を照らし、なんとも天気の良い日だというのに、二人以外には誰も外に出ていないようだ。


  太一の声を消すことの無かった優一の耳が、次の言葉を待つ。


  「自分と言うものが形造られ、博士から色々教えてもらうようになって、俺は人間が嫌いだったんだと気付きました」


  「・・・・・・」


  優一は、特に問いをするわけでもなく、太一の言葉を聞く。


  「俺達のことを家族だと言いながら、身体を切り刻んで実験をします。俺達のことを大切にしていると言いながら、使えなくなれば壊します。俺達のことを必要だと言いながら、不燃物として簡単に棄てられます。とても矛盾していて、とても不思議でした。その感情が怒りや不信感であって、人間のことが嫌いなのだと分かりました。でも、今は違います。俺は俺のすべきことをやるしかありません。どんなに頑張っても人間にはなりきれないので、この身体で出来ることをするしかないんです」


  「・・・・・・」


  淳の持っていた感情と同じものを持っていたことを知っていた太一だからこそ、淳の気持ちも分かってしまう。


  それが尚、太一を傷付けたのだろう。


  「人間なんて、嫌いでいいんだよ。俺だって人間なんか嫌いだよ」


  「・・・沢村さんもですか?なぜですか?」


  「なぜって、人間なんてな、どいつもこいつも同じだよ。ああー、めんどくせえ。考えるだけで嫌だよ。だから俺は昔っから出来るだけ他人と関わらないようにしてきたのによ。こんな場所にいる予定も無かったんだけどなー・・・。まあ、それもやるしかねえからやるだけだ。女々しい奴らも根性ねぇ奴らも口だけの奴もいっぱいいるんだよ、世の中」


  「そうですか。大変ですね」


  「人事か。でもま、とにかく余程嫌にならねえ限り、ここにいるよ。研究に限界が見えても、政府が信用できなくなっても。太一が壊れるまで俺はこの世にいてやるから」


  「・・・・・・ありがとうございます」


  白衣が大きく揺れた。


  生温かい風が吹いてきて、それは他の風をも巻き込み、徐々に拡大して優一と太一に向かって飛んできた。


  「俺のこの心臓は、いつか止まってしまうんですよね」


  「ああ、普通の人間のだからなあ。博士のお孫さんのだからまだまだ平気だろうけど、生の心臓と機械的なのが組み合わさればいいんだよなー。よし、とりあえずその実験からすっか」


  「出来ますか?」


  「出来るかはわかんねえけど、やってみる」


  そう言った優一の表情は、頼もしかった。


  よっこらしょ、と何ともおじさんくさい声を出しながら腰を上げると、優一は腰に手をあてて、ぐいーっと身体を伸ばす。


  木陰から身体を出したからか、頭の上のお天道様を拝む。


  「明日も晴れそうだな」


  「・・・そうですね」








  ―八年前


  「事故だあああっ!!!誰か、救急車を!!!」


  「いやあーー!!!」


  「おい、みろ!子供が轢かれてるぞ!!!」


  「すぐ助けないと!!!」






  「残念ですが、息子さんは・・・・・・」


  「あああああーーーーっ!!!!!」


  「息子の身体は?」


  「臓器のほとんどはもう・・・。しかし、もし可能であれば、損傷があまりない心臓などはドナーとして提供していただけると・・・・・・」


  「ドナー・・・」


  「あなた、どうする気?大事な。私達の・・・」


  「ドナーにはせぬ」


  「あなたは?」


  「お父さん!」


  「それはワシの孫の身体じゃ。他の奴には手渡さん」


  「そうですか・・・」








  「この度は、御愁傷様です」


  「あんなに元気だったのに」


  「可哀そうに。見て、奥さんなんて、顔色悪いわ」


  「そりゃそうよ。やっと出来たお子さんだったのよ?」


  「怖いわね。轢いた相手、お酒呑んでたんでしょ?」


  「最近多いわよね。うちも気をつけないと」






  「あら?あなた、お父さん知らない?」


  「いや、見てないけど。裏にもいないのか?」


  「お父さんが行きそうなところ全部探したんだけど。もうちょっと探して見るわ」


  「ああ、俺も探そう」








  「ワシが、ワシが助けてやるぞ。きっといつか、この心臓で、また動けるようにしてやるぞ。待っていろ。太一」








  偶然か必然か。運命か道標か。それは産まれる前から決まっていたのか。


  光は必ず影を産む。それは正義か悪か。真実か虚構か。




  「ありがとう。おじいちゃん」






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