第2話蜜と唾
絶滅危惧種“人間”
蜜と唾
―このところずっと、私は生き方を学んでいるつもりだったが、最初からずっと、
死に方を学んでいたのだ。 ダ・ヴィンチー
第二星 【 蜜と唾 】
優一は、出かけた。太一を一人家においたまま。
「ちょっと出かけてくるわ。夕方までには帰るから、今日は大人しく家にいるんだぞ」
そう言うと、リュックを片方だけ背負って、太一に手を振り何処かへと向かって行った。
太一はそこまで深く追及もせずに素直に頷けば、一人で空を見たり、優一の部屋のある本を読んだりしていた。
「よし。あそこだ」
優一が向かった先には、太一が作られた研究所があった。
出入り口には警備員が二人いて、監視カメラも死角がないように設置されており、厳重に守られていることが分かる。
透明ガラスで建てられているのかと思いきや、鏡のような素材でできており、外の風景を反射している。
研究者以外は決して入ることが許されないと聞くが、優一はどうやって入ろうかと模索していた。
犯罪になるが、色々と小細工すれば簡単に入ることが出来るが、それでは真一にも迷惑がかかってしまう。
どうにかコンタクトが取れないかと思っていると、案の定、優一を怪しんでみていた警備員が近づいてきた。
「・・・・・・(あーあ)」
「ここで何をしている?関係者じゃなさそうだな」
「関係者、ではないんですけど」
「じゃあ帰れ。ここはお前のようなガキが来るところじゃないんだ」
「ガキって・・・」
言葉でつまみ出された形となった優一は、しばらくの間、建物から離れた場所で研究所を眺めていた。
「太一連れてきたほうが入れたかな」
今更になって思ったことだが、もし太一の冤罪がはらせなかった場合、壊されてしまう可能性が高くなる。
それを避けるためにも、今日は太一を連れてくるのはやめたのだ。
そうこうしているうちに、考えるのが面倒になってしまった優一は、ネットを使って研究所に繋がる番号を探す。
耳になにかをつけると、口元にまで伸びる小さなマイクのようなものに話しかける。
そして番号を言うと、しばらくして繋がった。
《はい、こちら未来型機能性人間型模型研究所》
「あ、すみません。保坂真一博士の知り合いなんですけど、博士につなげてもらえますか?」
《・・・・・・失礼ですが、お名前は》
「ああ、沢村優一と言います。博士に言えば分かると思うんですけど」
《沢村さま、ですね。少々お待ち下さい》
すごい名前の研究所だったんだなと、気付いた。
五分経ち、十分経ち、十五分経ち・・・・・・。ようやく返事が返ってきた。
《優一か》
「博士!お久しぶりです。優一です」
《どうかしたのか?》
「実は、直接会ってお話したいことが」
《そうか・・・。実はちょっと色々あってな、みなピリピリしておるのだ。今、門を開けるように言うから、待ってなさい》
「ありがとうございます」
通信を切ると、すぐに大きな門が真ん中からギ―、という大きな音をたてて開き始め、警備員が優一を中に誘導した。
「すげー」
入って思わず見上げてしまうほど、研究所の中は広々としており、そこには何百人もの研究者たちが行き来していた。
真一の部屋はどこだろうと探していると、緑色の髪の毛をした、太一と同じくらいの歳と思われる男がやってきた。
「はじめまして。沢村優一さまですね?」
「あ、はい」
「博士のもとにご案内します。こちらへ」
その男は人間のようで、人間では無い。
それは、根拠もなにもないが、なんとなく雰囲気だけで感じ取れる、“人間以外の何か”という存在。
きっと真一が作った人造人間の一人だろうと察した。
「君も、ここで作られたの?」
「・・・・・・ええ。一応、最新型として作られました」
「最新型!じゃあ、なんかすごい機能とかついてるのか!?」
機械オタクなわけでもないし、ロボットオタクでもなく、工学オタクでもない優一だが、興味あることは興味ある。
「そんなことありません。もうすぐで博士の部屋に着きます」
ニコリと笑うその男は、なんとなく心から笑ってはいないだろうが、本人はシステムとは関係なく笑みを構築しているのだろう。
「ここです」
「ありがとう」
コンコン、とノックをして名前を名乗れば、中からは真一の声が聞こえてきた。
部屋に入る瞬間、男の首筋に書かれている数字をちらっと見てみると、製造番号は84211019とあった。
太一の製造番号と比べてみても、新しいものだということが分かる。
「お元気そう・・・じゃあありませんね」
「まあな。そこに座りなさい」
「はい」
真一に言われるがまま、真一が寝ているベッドの横にある椅子に座ると、リュックを足下に置いた。
「実はな、初めて完成させた、太一がな・・・」
「そのことですが」
真一の言葉を遮り、優一が話し出す。
「保坂太一、製造番号14093、今俺の家にいます」
「なんじゃと!?」
急に上半身を起こした為か、真一は咳込んでしまい、優一が椅子から立ち上がって背中をさする。
以前はもっとしゃきっとしていて、若々しいと思っていた真一が、今はこんなに小さくなってしまい、優一の心にはどこからともなく罪悪感が沸く。
少し落ち着いたところで、優一は再び話出す。
「太一が研究所から追放されたことも聞きました。ニュースで連日取りあげていたので、博士の完成品第一号だと確信しました。背中にあった説明書も読んだので、部品の交換も問題ありません。太一も今のところ元気にやっています。御心配なく」
優一の言葉を聞くと、真一は掌を目にあて、肩を震わせていた。
「そうか・・・!!!そうか!!太一は、まだ生きているのか・・・!!」
まるで、自分の本当の子供を安堵しているかのように、真一はホロホロと涙を流して、太一の生を喜んだ。
「ええ。それより、ちょっと気になることが」
「・・・なんじゃ?」
涙を拭いながら、真一は返事をした。
「太一は人造人間として完成品のはずですが、感情の起伏があまり見られません。さっきの緑の男の子は人間らしい表情がありましたが・・・。それは、何かあるのですか?」
優一の質問に対し、真一は心落ち着かせて話す。
「太一にも、感情はある。しかし、次々に出来た自分よりも有能で優秀で機能的な機械たちによって蔑まれ、罵られ、馬鹿にされ、感情を閉ざしてしまった。というより、抑えるようになってしまったんじゃ。人間の子供も、小さいころに洗脳されたことに対し、自信がなかったり、自分の価値を低くみてしまうことがあるじゃろう。それと同じじゃ。可哀そうなことをしてしまった」
「それでもなお、作り続けますか」
「それが定めじゃ。わしにはそれしか出来なんだ」
ベッドの横にある小さなテーブルの上でお茶を淹れると、自分用と優一ように二つ用意した。
それを優一に渡すと、優一は軽く頭をさげて受け取り、何回か息を吹きかけたあと口に含んだ。
「それにしても、本当にしばらくじゃのう」
「ええ。俺もびっくりしました。まさかまた博士に会えるとは」
「昔は落ち着きの無い暴れん坊だったが、立派な青年になったようじゃのう。太一のことも、優一になら任せられる」
「そんなに落ち着きなかったですかね?」
以前お世話になったときのことを言われると、優一は恥ずかしいのか、指先で鼻の先端を少しかいて困ったように笑った。
「これ、俺の家の番号です。何かあったら連絡してください。太一の声が聞きたい時とか」
「ああ。ありがとう」
「それより、太一に聞いたんですけど、陽刃淳って、どんな奴なんです?それこそ、取説とかないんですか?」
太一が言っていたモノの名前を思い出し真一に言ってみると、真一はなんともいえぬ苦い顔をした。
まだ温かいお茶で一度喉を潤すと、窓の外から見える沈んで行く太陽を眺め、しばらくするとゆっくり優一の方をみた。
「優一をここまで案内した男が、淳じゃ」
「・・・あの、緑色の髪をした・・・?確か、番号は84211019・・・。あいつが?悪い奴には見えなかったけどな・・・・・・」
想像していた陽刃淳という男は、もっとごつい感じの、見るからに悪、を背負ったような大男かと思っていた優一。
それが、あんな優男というか、人当たりの良さそうな男だとは思わなかった。
「陽刃淳、製造番号は今優一が言った通りじゃ。歳は23で作った。出来た当初、人類の発展だの希望だのとはやしたてられたが、実際はそんな立派なことはしてないんじゃ」
「でも・・・」
「淳は、とても良い子じゃった。聞きわけもよく、気が利く、愛橋も良い、言葉もすぐに覚え、表情筋の動きも滑らかで、喜んだ。拍手喝采じゃった。じゃがのう、わしらは結局、動く機械を作っただけなんじゃよ」
「そんなことありません。半永久的に動く人間を作ったことで、人間が絶滅するのを防いだんです!卑下することありません!」
あまりにも真一が弱弱しく言葉を発するため、優一は思わず真一のベッドに身を乗り出す。
「作ったもの同士が優劣をつけ、互いを傷つけあうのなら、人間の負の部分だけを受け継がせたにすぎん。嘆かわしいことじゃ」
「博士・・・・・・」
下を向いてしまった真一を励ます言葉もなく、優一はただそこに立っていた。
そんな虚しい時間を過ごして少し経ったころ、優一は自分が持ってきた荷物の中身を思い出し、リュックを開ける。
急に動きだした優一を見る真一。
「これ、博士に持ってきたんだった」
それは、太一の背中にあった説明書を読んだに当たって、優一が気になったことや、改善したほうが良いと思ったことだ。
「だいたいのことは把握したつもりです。太一に直接聞いたりもしたし。で、筋肉の収縮だったり指の関節とか、試せることは試した方が良いと思って」
「まったく。昔から生意気な奴じゃ。ありがとう。ゆっくり読ませてもらおう」
「とにかく、太一のことは心配しないで。俺が生きてる間はずっと面倒みるから。俺には頼れる奴らもいるしさ。博士は自分のこと考えてくださいね。もう五十年生きられるわけじゃあないんだから」
「ハハハハハ。まったくじゃ」
真一との話を終えると、真一は見送りは良いと言って、帰って行った。
優一が帰る間際、真一が言っていた。
「淳は、まだ子供なんじゃ。わかってやってくれ」と。
難しいものだ。見た目は大人で作っても、幾らメモリーに知能を搭載しても、時代が進んで技術が発展しても、分かりあえないものがある。
それでも、真一に現状を伝えられただけでも良しとしようと、優一は大欠伸をして歩いていた。
階段を下って長く細い道を抜ければ、家はすぐそこだ。
だるい足をなんとか動かして階段を下りて行こうとしたとき、ふと、背中に気配を感じ取り、振り向こうとした。
そのとき、思いっきり背中を押された。
宙に浮かんだ身体を身軽に動かすことは不可能で、優一はただ重力にそって落ちて行くだけだった。
視界の端に移った、見覚えのある緑色は、脳裏に焼き付いて離れないだろう。
次に優一が目を覚ました時、天井は真っ白だった
「え」
「気がつきました」
「お、本当だ」
そこは、榊の病院の病室の一室の天井のようだ。
隣にはやる気の無い榊と、眉を下げて心配そうにしている太一がいた。
「なんで俺?」
「階段の下で倒れていました」
「あんな階段で転ぶわきゃねえだろ。よっぽどの考え事していたか、誰かに突き落とされたか、だな」
優一が起きたのを確認すると、榊は病院内にも関わらず、煙草に火をつけた。
スプリンクラーが反応してしまうのでは、とちょっと不安になった優一だが、それどころではなかった。
「大丈夫ですか。頭、痛いですか」
「ああ、なんとかな。俺、どれくらいで退院できそうだ?」
「一応一カ月くらいは見ておけ。肋骨とか諸々折れてっから。いいか。突き落とされたときも、受け身さえしっかりしときゃあ、そんなに骨が折れることはねえんだよ。もしくは、突き落としたそいつが、落ちたお前に恨みでもあって、骨が折れるくらいに蹴ったとか、だな」
「そっちに一票」
「なんだ、身に覚えでもあるのか」
「まあな」
二人の会話に、太一が割って入る。
「何処に行ってましたか」
「ん?いや」
「研究所ですか。博士の部屋の臭いがします」
「マジ!?すげえな嗅覚!!!」
「馬鹿」
あっさりと研究所に行ったことがバレタ優一だが、太一はその返答だけでは納得しなかった。
「研究所で淳に会いましたか」
「え?いや、あのな」
「淳がつきおとしたんです。きっと」
眉間にシワを寄せて何かを考えている太一は、まるで人間のように見える。
「ま、退院まではちゃんといろよな」
そう言って榊はどこかに行ってしまうと、太一も優一も揃って黙ってしまった。
「博士、元気だったよ。太一のことも心配してた。俺んとこにいることも言っておいたし、異様な空気だったから、太一を連れて行かなくて正解だったよ」
ソレを聞いてもしばらく黙ったままだった太一だが、ふう、と肩を落として呼吸をすると、真っ青な、人造人間ならではの青い目で優一を見据える。
「沢村さんがいなくなっては困ります」
「お、おお。悪かったな」
それから、榊に許可を得て太一は病院に寝泊まりすることが出来た。
「博士、何か良いことでもありましたか?」
「ん?どうしてそう思うんじゃ?」
「いえ、なんとなくです。顔が笑っているように見えますから」
窓を開けて涼しい新鮮な空気を部屋に入れながら、淳は真一にたずねた。
人間というものがどういうものか、未だによくわからない。
目を開けた瞬間から、自分自身というものが形も性格も作られていて、その機能通りに生きてきた。
記憶も思い出も何もない状態からの脳のメモリーは、どこかしら違和感もあり、個人を特定するためだけの装置とも言える。
それほど長く人間を見てきたわけではないが、すでに結論は出ていた。
人間は脆く、弱く、儚く、冷たく、憐れだ。
心の中で思っていることと、口から発せられる言葉が同一とは限らず、脳の中に描いている言葉が、そのまま言葉として表現されるわけでもない。
ボキャブラリーの問題なのか、それとも、機械では理解できない感情があるというのか。
今日の真一の顔は、いつもとは違って輝いて見えるのは、先程会いに来た沢村という男の影響だろうかとか。
それさえも、愛憎へと変わってしまいそうだ。
「太一は、元気なのでしょうか」
真一が反応しそうな固有名詞を出してみるが、真一は淳の方に顔を向けてゆっくり口角をあげると、「きっと元気じゃ」とだけ言う。
―絶対に、太一を許さない。
これを何とあらわそうか。この感情は憎しみだろうか、それとも愛情だろうか。
感情のどこに線を引けば良いのかわからないが、きっとこの感情は持つべきものではない、負のものだろう。
人間同士の醜い争いのもととなる、そんな感情だろう。
「沢村優一という方と、どんなことをお話したんですか?」
内容など分かっている。どんなことを話し、情報交換をしたのか知っている。
人間とは実に愚かしく醜くずるいもので、知っていることをあえて問いただし、相手の様子を窺うときがある。
「いやなに、昔の話じゃ」
「・・・・・・そうですか」
もしも他人であれば、自分に嘘を吐いたらそれは裏切り行為とみなし、すぐにでも真実を言うのだろうが、今の淳にそういった気持ちは無かった。
例え真一が自分に嘘を吐いていても、知られたくない事実があっても、知ってはいけない過去があっても、真一のことは責められないだろう。
「博士、お茶菓子でも持って来ましょう」
「ああ、頼む」
部屋から出て、淳は一旦ドアの前で佇んだ。
それは何かを考えているようにも見え、何も考えられずに立っているようにも見える。
「淳君、どうかしたの?」
研究員の一人に声をかけられる。
「いえ、ちょっと」
淳の青い目に映っているのは、なにか。
「俺、淳に会いに行きます」
ふと、太一が言う。
「ちょっと待てちょっと待て!!!いや、ダメだぞ。それは許すことが出来ない。絶対ダメだ。何されるかわかったもんじゃないんだぞ」
ベッドに横になり上半身を起こした状態のまま、優一はお茶を飲んで咳込んだ喉を落ち着かせながら、太一の服を掴む。
太一も太一で、なんとか優一の病室から出ようと試みるが、服の裾を掴まれたのと、同時に誰かが入ってきたことで、タイミングを逃した。
「よお」
「英明!ちょうど良かった!太一を止めてくれ!!!」
「ああ?」
優一の包帯を変え、よくわからない検査をして病室に戻ってくると、優一は先程起こったことを榊に話した。
「危ねぇな、そりゃあ。優一に一票」
「なぜですか」
「なぜってなあ、太一、お前は自分の今の状況をわかってねえのか!?淳って奴は太一のこと狙ってるんだぞ!?行かせるわけにはいかねえだろ!?」
優一の病室だと、おかまいなしに煙草を吸う榊は、平然としていた。
二人の言葉に少し不満そうな太一は眉間にシワを寄せて無言の反論をするが、隣に座っていた榊がその眉間にデコピンする。
ふう、と天井に向かって煙を吐くと、榊は太一の頭をぽん、と叩く。
「まあ、そうカリカリすんな。優一も、太一もな」
「俺はカリカリしてません」
「してるよ。そうやっていちいち突っかかってくること自体、カリカリしてる証拠なんだよ。まあ、気持ちは分からないでもないがよ、とにかく今は、優一の怪我を治すことに専念しろ。話はそれからだ」
榊の言葉により、その場は収まった。
それから早くも一カ月近くが経ち、優一は無事に退院できることになった。
「世話になったな」
「ああ。もう来るんじゃねえぞ」
「わかってるよ」
榊なりの“お大事に”だと受け取った優一は、太一を連れて再び自分の家に帰った。
「よし。我が家」
時間の経過を感じ取るのは難しいが、身体に感じる空気や臭い、見覚えのあるテーブルを見ると、懐かしいと感じる。
その日、二人は早々に寝る事にした。
真夜中、何時頃かは分からないが、太一はそっと身体を起こす。
こそこそとベッドから下りると、家を出て行った。
「・・・・・・ごめんなさい」
家から出る時、奥の部屋で寝ている優一に向かって声をかけた。
何処に向かうのかはすでに決めてあるし、何かメモでも残していったほうが良かったかとも思ったが、戻るわけにはいかなかった。
暗闇の中でも歩けるのは、作られたときに備えられた、ネコ目のようなこの青い目。
赤外線がついているため、暗くてもなんなく歩くことが出来る。
順調に歩き始めて数十分が経った頃、バサバサッ!!と大きな物音がして、思わずピクリと身体を身がまえる。
しかし、気配を感じ取ったのは、音が聞こえてきた後ろからではなく、自分が歩いていた方向からだった。
「こんな夜中に出歩くのは、罪犯す者か、迷いし者。貴様はどちらか」
「?どなたですか?」
そこに立っていたのは、茶色の布を全身に身に纏い、頭をすっぽりとフードで隠してしまっている男だった。
暗闇のせいもあり、顔も見ることができない。
月が厚い雲に覆われて空を隠している今、男の顔を確認することは難しいだろうが、ふと、目があった。
「・・・!」
男は、赤い目をしていた。まるで、自分の髪の毛のように、真っ赤な目を。
急に強い風が吹き、太一はほんの数秒だけ目を瞑るが、次に目を開けたとき、満月が雲から顔を出した。フードがとれていたため、男の顔全部が露わになる。
男は端正な顔だちをしていて、インパクトのあった赤い目と、髪の毛は綺麗な紫色をしていた。
すぐにフードを被ってしまったため、その脳裏に記憶として残るであろう紫色は、視界から消えてしまう。
「罪か、迷いか。貴様、見るところどちらも持っている様子。罪とは何も、善悪を分けるだけのものではない。迷いなき人生にも意味はない」
低音の、耳に落ち着く声色は、太一にとっても安心できるものだった。
「俺は・・・」
言葉を失うとはこのことかと、太一は頭を回転させて言葉を探すが、良い言葉がみつからない。
「人の手によって作られた貴様が罪なのか。貴様らを作った人間たちが罪なのか。人類の進化は、はたして夢への扉なのか。それとも地獄への入り口か。技術の進歩は未来への希望なのか。それとも人類の絶望か。人間がどれだけ優秀になろうとも有能になろうとも、太陽を離れ、地球を離れ、大地を離れて生きることは出来やしない。やがて老い、朽ちる身体と共に生き、共に死すこと。これすなわち、人の道。この道から外れることは論外。短き一生を愛せるか憎むか、個々の判断に任せるしかない」
「俺は、老いることも朽ちることもできません」
太一が言葉を発すると、男は闇夜に目を光らせる。
「貴様は、何か望むか?」
「望む・・・?」
数メートルあった太一との距離を縮めると、男は太一の目の前で赤い目をさらけ出し、じいっと太一を見つめる。
「望むものはありません。俺は、今の俺を受け入れることしかできません」
「ククク・・・」
太一の言葉に、喉を鳴らして小さく笑った男は、ゆっくりと太一の横を通り過ぎていこうとする。
「それが良い。俺に頼れば、貴様には不幸しか訪れない」
去って行こうとする男に、太一は声をかける。
「人間と人間以外の生物は、理解し合えないのですか?互いを尊重し、生きて行くことは出来ないのですか?」
その質問に対し、男は太一に背中を向けたまま答える。
「それは、当人同士次第だ」
若干投げるくらいの答えを言うと、男は闇とともに消えて行った。
太陽が地平線から顔を出したころ、優一は目を覚ました。
「あーあ。起きるの面倒くせー・・・」
起きたところで特に何をするのかと言われれば、何も無いのだが。
台所に行って食パンを焼き、太一を起こそうと太一の部屋に行ってみると、そこに太一の姿はなかった。
「あれ?」
トイレも探し、外も探し、他の部屋までくまなく探したが、太一は見つからなかった。
「まさかな」
「まさかだ」
自問自答に対し、いきなり横から答えが返ってきたため、優一は一人で驚いていると、そこには真っ黒な一つの影があった。
「シャルル、お前なんか知ってんのか?」
優一の問いかけに対し、シャルルは目の前の太一用に焼いた食パンを頬張った。
「昨日の夜、いや、正確には今日の早朝か。まだ月が真上にあるころ、研究所の方に向かって歩いていった。途中でイオに会ってたようだが、会話までは興味なかったから聞かなかった」
「というか、その場面にいたなら、太一を止めろよ!」
「何故俺が止めるんだ?俺は別にあいつがどうなろうと知ったことではない。壊れようが壊れまいが、どっちでもいい。それより、もうちょっと焦げ目がついた方が俺は好きだ」
「それこそどっちでもいいわ。はあ、まあ、お前にそんな人っぽいところがあるなら、俺の家でパンを喰ってるわけないしな」
「そうだ。人生には諦めも肝心だ」
「そうだよな。・・・いや、こんなこと話してる場合じゃねえよ!!!太一追わねえと!!!」
必要最低限のモノだけを素早く身につけると、悠々とご飯を食べているシャルルなど気にせず、家から飛び出そうとした。
その時、シャルルが「おい」と止めた。
「なんだよ!?」
「・・・せいぜい、気をつけるんだな」
「・・・わかってるよ」
走って走って走って、そう簡単には入れない研究所の裏手に回り込み、塀をいとも簡単によじ登る。
中では案の定、騒ぎになっていたようだ。
「確か博士の部屋は・・・・・・」
先日の記憶を呼び起こし、優一は真一の部屋に太一がいるだろうと推測し、持ってきておいた白衣を羽織って平然と歩いていく。
真一の部屋に行く途中、何気なく近くを走っていた女性に声をかけた。
「君、何やら騒がしいけど、何かあったのかな?」
女性は息を切らせながら、驚いた表情をする。
「何言ってるんですか!!!さっき太一が来て、博士を襲おうとしたって!!!淳が見つけて何とか太一を機能停止にすることが出来たけど、処理をどうするかって、話になってるのよ!!!」
「機能停止?」
ピクリと反応をした優一は、女性に御礼を言うと、博士の部屋に一直線に走って行った。
バンッ、と大きな音を立てて真一の部屋に入ると、そこには上半身を起こして何やら研究員と議論をしている真一の姿があった。
「誰だ、お前は。どこの研究室の者だ」
「!」
優一と真一はアイコンタクトをしてる中、他の研究者たちはまだ議論をしていた。
「すまんが、少し席を外してくれ。太一の件は、保留にしておいてくれ」
「わかりました。では、機能停止のまま、一旦牢屋に入れておきます」
ざわざわとした数人の研究者たちが部屋を出て行くと、優一と真一だけになった部屋は、静まりかえった。
白衣にリュックという格好のまま椅子に座ると、優一はしずかに、しかし強い声を出す。
「博士!!太一が捕まったって。機能停止って、どういうことですか?太一はどうなるんですか?太一が博士を襲うわけないですよね?何があったんですか?」
真一はすぐに真相を語ろうとはせず、黙って窓の外を眺めた。
少しの沈黙のあと、真一は優一の方を見るわけではなく、手元にあったコーヒーを見つめながら話出した。
「太一は真っ直ぐにワシの部屋に来た。そこで、淳に会ったんじゃ。淳はワシの様子をちょくちょく見にきてくれる。淳は太一を見た途端、戦闘態勢に入った。太一には備わっておらん機能じゃ。太一は誰より人間らしく造られた。より人間のように弱く、脆く、儚く、そして優しく。造るにつれて、みな人間らしさよりも、機能にこだわり始めた。それは強く、欲深く、自立的で、時に残酷にじゃ。相手の心拍数や呼吸の乱れ方、視線の動きや唇の渇き、指先一つ一つまで観察し、相手を知ろうとする能力。良いことのようにも感じるが、全て分かってしまっては、それは人間を超越している。感じ取ることが出来ればいいんじゃ。わからなくても」
それはまるで、彼らを作ってしまった自分に非があるような言い方だった。
「造った当初から太一を忌み嫌っていた淳は、太一を見ると敵と認識してしまったんじゃ。ワシの部屋のほら、そこにある非常ベルを鳴らしたんじゃ」
真一が視線で示した場所は、部屋に入ってすぐのドアの横についている、ホテルや病院、学校などにも見られる非常ベルだった。
それは淳によって割られた痕跡が残っていた。
「機能停止にしたのも、淳ですか?それとも、博士が?」
「太一自身じゃ」
「え?」
てっきり、淳がしたとばかり思っていた優一は、目を見開いて驚いた。
冷めてしまったコーヒーを喉に流し込むと、真一はまたしばらく口を開かなくなり、優一も合わせて黙っていた。
帰った方が良いのかと考えた優一が真一に声をかけようとしたとき、再び真一が口を開く。
「太一には、自分の身を守る為、敵と認識されて攻撃をされそうになったとき、機能停止をして攻撃を避けることが出来る能力がある」
「どういうことです?」
「太一以降に造られたものには、“敵”を認識する知能がある。敵を認識すると、攻撃態勢に入る。しかし、その敵から生死の確認が出来なかった場合や、敵ではなく味方だと判断が変われば攻撃が止まる。太一には“敵”“味方”を認識するシステムがないんじゃ。それゆえ、敵と判断されてしまえば、攻撃する手立てもない。そこで、太一にはその攻撃を止める為に、自己抑制装置が搭載されていて、一時的にじゃが、機能停止にするんじゃ。人間も、一度心臓が止まっても、また動き出すことがあるじゃろう?それと同じじゃ。だから、太一もまた動くんじゃ。安心せい。心配なのは・・・」
「その太一を、まわりがどう受け止めるか、ですよね」
「そうじゃ。このままクラッシュ場へ運ばれてしまえば、動き出したとしても、壊されてしまう可能性が高くなる」
「じゃあ、なんでこんなところにまだいるんですか!?」
急に怒鳴った優一に驚いたのか、初めて見る真一のその表情に、優一は苛立ちさえ覚えるようだった。
「太一が大事じゃないんですか!?助けにいかないんですか!?壊されたらどうするんです!?まだ動くなら、助けにいかないと・・・!!!!」
優一の言葉に、真一はしょぼん、と寂しそうな顔をする。
「ワシが行けば、淳の心を乱すだけじゃ。太一だけを特別視してきたワシも悪い。確かに、太一は違うんじゃ。他とは違うんじゃ。ワシの、命よりも大切なものじゃ。それでも、組織の中で生きてる以上、勝手な真似は出来ないんじゃよ」
「・・・・・・」
その、なんとも人間らしい、言葉を選んできた真一に苛立ちをぶつけることも出来ず、優一はドアを思い切り開け放つ。
「俺が助けに行きます」
そして、続ける。
「結局、太一も他のロボットや玩具と同じ存在なんですね。人間らしいだなんだのいいながら、博士たちは太一たちを人間としては見ていません。壊したらまた次を作ればいいと、思っています。あまりにも人間らしいエゴであり、自己満足だ。俺はそれが嫌だから、研究所に入ることを辞めたんです。博士はそうならないと信じていましたが、今回ばかりは見損ないました」
部屋から出てドアを閉めようとしたとき、中から真一が言葉を投げてくる。
「太一を、頼んだ」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だったが、それは真一にとって、今一番の祈りだろうと感じた。
優一はどこかの部屋に入ってこの研究所の図面を眺めると、クラッシュ場へと向かう。
しかし、太一だけが一時機能停止から復帰できるのか、不思議でならなかった。
誰かの手によってオン・オフは出来ても、自らが判断して動きを止めることが出来るのかと、優一は考えながら走った。
クラッシュ場は研究所の敷地内にはあったが、研究所の裏手にある小山の中にあることがわかった。
獣などがいないことを祈りながら向かうと、思ったよりも大きな工場が見えた。
「ここか・・・?」
図面には隅のほうに書かれた小さな工場は、優一の目の前にある、この工場のようだ。
古びているようにも見えるが、中を覗いてみると新品のピカピカな機械が幾つも置いてあった。
こっそり工場内に侵入し、太一がどこにいるかを探そうとして優一だったが、今までに失敗したと思われる失敗作の人造人間までもが無造作に投げ捨てられていた。
首筋に書かれた製造番号からして、淳の後に造られたものだが、それでもこんなにあるのかと、目を疑う。
「こんなことしてる場合じゃねえや」
太一を探す為、体育館が十は入るであろう広い工場内を歩き回る。
カラン、と何か物音がした気がして、そっちの方を見てみると、もぞもぞと動き出す黒い影があった。
「ん」
「太一―!!!」
「・・・・・・記憶装置再起動します」
少し様子を見ていると、いつもの太一に戻る。
「沢村さん、何をしているんですか」
「こっちの台詞だ!なんで勝手に研究所に来たりしたんだよ!!!壊されてたらどうするんだよ!?二度とお天道様拝めねえんだぞ!?」
「・・・・・・」
優一の言っていることで理解できない内容があるのか、言葉があるのか、太一は首を傾げる。
「用は、心配したってことだ」
「わかりました。博士に会いに来ましたが、淳に敵と認識されてしまいました。沢村さんは、どうしてここに来たんですか?」
太一の言葉に呆れてしまい、優一は肩を落としてがっくりとしながらも、おかしくて笑うしかなかった。
それを見て、太一はまた首を傾げる。
「博士には俺も会った。淳が来たら大変だ。ここはさっさとずらかるぞ」
「逃げる、ということですか」
「そうだ」
走り易いように、きていた白衣を脱いで再びリュックの中に入れると、工場の外に誰かいないかを確認する。
しかし、太一はなかなか足を動かそうとしない。
「太一?どうした?」
「・・・・・・逃げることはできません」
「ああ!?なんでだよ!?」
足元の残骸を眺めながら、太一は首を横にふる。
「俺も、こうなっていたかもしれません。彼らは、何のためにこの時代に産まれてきたのでしょうか。それを思うと、酷く悲しい気持ちになります。俺がこうして今ここにいるのは、彼らのような、所謂、“失敗”があったからです。偶然の産物なんです。運よく成功しただけで、この実験に100%はありません。博士たちが向上を目指し、さらなる飛躍を産もうとすればするほどに、彼らの様な悲劇を産みます。それを止めなければいけないんです」
今までに見たことの無い、その太一の強い瞳に、優一は言葉を返せなかった。
「博士にはその話に来ました。淳も、俺も壊すようにと、頼みに来ました」
決意の強さからきているのか、それとも太一自身がもつ本来のものなのか、優一はしばらく口を開けたままだった。
工場の上のほうにある小さな窓からは、外からの涼しい風が入ってくる。
それは二人の髪の毛を揺らし、まるで言葉を聞かせないかのように流れ吹き、まるで言葉を産ませないかのように二人の間に乱れる。
「沢村さんは帰ってください。俺は壊されても、悔いはありません」
しばらく太一を見ていた優一だったが、足下にあった何かの部品を強く踏みつける。
「人間にはな、愛着ってもんがあるんだよ」
「愛着?」
急に何だろうと、太一は目を丸くする。
「人に対しても物に対しても、憎みきれない大事なもんだ。それは理由がなくても捨てられないし、ましてや壊せもしない。なぜか手放せないのが、愛着ってやつだ。博士たちにとって、太一はそれだ。もしかしたら、それ以上かもしれない」
「つまり?」
「つまり・・・・・・お前は偶然の産物なんかじゃねえってことだ。俺もずっと博士の実験は見てきたけど、太一、お前の製造中にきっと何かをしたんだ。そうじゃねえと、なんていうか、あの時には成功出来るだけの技術はなかったはずなんだ。博士はお前に何かを託した。だからこそ、何よりも大事にしてきたんだ。淳も知らない、何かをな」
何もわからない太一は、ただ静かに優一を見ていた。
「とにかく、俺はもう一回博士のところに行って、淳の弱点が何かないか聞いてくるから、お前はここで隠れてろ!わかったな!」
太一の返事を聞く前に、優一はさっさと工場から走って行ってしまった。
とにかく急いで戻らないとと、優一は息を切らせながら、そして自分がこんなに持久力があったのかと思いながら、走った。
「博士!」
再び登場した優一に、驚く様子も無く、真一はこちらを見た。
「時間がありません。淳の弱点を教えてください」
「太一はどこにいるんですか?」
「ああ、淳君。クラッシュ工場にいるって話だよ」
「・・・壊されるってことですか?」
「いや、まだ博士からの承諾が下りてないから、置いてあるだけだよ」
「そうですか」
淳は悠々と研究所から出てクラッシュ工場に向かう。
そこには、一目見ればわかるほどの真っ赤な髪の毛を持つ、真一の一番のお気に入りでもある太一がいた。
まだ向こうは淳に気付いていないようで、残骸のない奥の隅のほうに腰を下ろしていた。
ゆっくりと太一に近づいていくと、二人の距離が五メートルほどに近づいたとき、ようやく太一が淳に気付いた。
「淳・・・・・・」
「久しぶりだな、太一」
視線は外さずにゆっくり立ち上がると、太一と淳はしばらく互いを見ていた。
それは相手の動きを読むためなのか、それとも単に何も言葉が出ずにいるのか、本当のところは誰にもわからない。
口元に弧を描いている淳の傍ら、太一は悲しい様な怒っているような表情をしている。
「博士は、元気ですか」
「元気だ。心配するな」
「そうですか」
「それより、まだ動いてたんだな。もう錆びてるのかと思ってたけど・・・・・・。あの沢村優一って男に助けられたみたいだな。ほんと、運が良いよな、お前は」
歓迎されていないことは明らかで、太一は眉を下げる。
それさえも淳にとっては不愉快のようで、近くに棄てられていた失敗作の残骸を、足で思い切り蹴飛ばした。
自分たちと同じような姿形をしたソレは、脆く壊れる。
「お前だって、こいつらと同じ末路だったんだよ。なのに、たまたま最初に動いたからって。それだけで博士からも可愛がられて、俺達を見下しやがって」
「見下してません。俺は・・・」
「言い訳するなんて、人間らしいな、太一」
「・・・・・・」
余程嫌われているようで、淳は太一の言葉を聞こうともしない。
「俺は博士が言ってるのを聞いた。太一は特別だ、ってな。俺の方が知能も機能も構成もしっかりしてるのに、太一なんかより高性能なのに、なんで俺より太一なんだ?なんでいつも太一なんだ?」
「淳・・・」
「人間なんてクズだ。無能だ。人間より有能な俺達がいるんだから、人間なんてもういらないんだよ。世の中の人間はみな滅びて、俺達の世界にすればいいんだ」
以前から偏った考えの持ち主だとは思っていたが、淳は偏った、という言葉よりも、異常、という言葉の方が合っているようだ。
太一と比べると、言葉にしても動きにしても、まさに科学の進歩という言葉に相応しい。
それでも、太一に抱く嫉妬心は拭いきれないようで、淳はにっこりとした表情のまま、近くの山の中の残骸を一つ取ると、それをボールのように太一に投げつける。
太一の顔の横をスレスレで壁にぶつかったそれを、太一はちらりと見る。
「淳、俺達こそ、いなくなるべき存在だと思います」
「・・・・・・。面白いことを言う。馬鹿な意見だが、どうしてだ?」
目元は一切笑っていない淳が、冷たく言い放つ。
「俺達は、幾ら性能に造られたとはいえ、人造人間です。人間そのものにはなれません。何百年か経てば、身体中の部品が錆び、壊れ、動かなくなるでしょう。子孫も遺せません。確かに、人間という生き物はとても愚かです。俺達のようなモノを作ってしまうんですから。しかし、人間には、俺達には無いものを沢山持っています」
「俺達にないもの?なんだ、それは」
「わかりません。言葉では表現できません。それは感覚であったり、感情であったり、声や口調であったり、体温であったりもします。想像、夢、それらを形にしようとする努力、協力。何より、寿命があります」
「それこそ、人間の持つ最も醜い能力だな」
「違います」
今まで一度も、太一に強く否定されたことのない自分の言葉は、ただそれこそ正義だと思ってきたもの。
誰が悪いわけでもなく、身勝手にも搭載されてしまった力。
「何が違うというんだ?人間でもないお前に、何がわかるんだ?」
一気に冷たく突き刺さる視線に変わった淳の瞳の奥には、殺気さえ感じるが、敵とは認識されていないようだ。
透き通る、低く、掠れる、まるで海の中を漂う泡のように儚く、太一の声が響く。
「いつ死ぬか分からない。いつか死が訪れる。だからこそ、人間の生命力は逞しいのです。命に尊さを覚え、その儚さ故に愛することを知ります。誰かの為に生きたいと思い、傷付き傷付け合いながらも、絆を深めていくのです。ネジを回せば動くブリキでもなければ、リセットを押せば再び動く玩具でもありません。ましてや、俺達のように、中途半端な存在でもありません」
「五月蠅い」
急に、淳が太一の目の前まで寄ってきて、太一の首を掴んで振り投げた。
残骸の山に落ちた太一がなんとか起き上がると、淳は太一の方も見ず、壁を殴っていた。
ボコボコと、穴があいていく壁も気にせず殴り続けていた淳の手からは、人間のような赤い血が出ていた。
「淳、血が・・・」
ガラガラ、と音を立てながら残骸の山を下りて淳に近づこうとした太一だったが、淳のあまりの剣幕に、一定の距離をとってしまう。
「人間は相手にするような存在ではない。人間は愚かな生き物。人間は欲深い生き物。人間は自分勝手な生き物。人間は弱き生き物。人間と生きると言うことは、絶望と生きると言うこと。人間と一緒にいるということは、残酷と一緒にいるということ。人間は無能だ。人間は人間以外の生物に危害を与える。人間以外の生物は人間に危害を加えることは許されない。人間とはそんなに偉いものなのか?人間は自然に対しても動物に対しても無力なのに、それさえも学習出来ない頭の小さい存在。俺達しかいないんだ。人間たちを絶滅に追いやって、俺達が次世代を作るんだ。平和で均衡のとれた世界を作っていくんだ。時間にも追われず、他人にも囚われず、自由に生き、意思の赴くまま歩んで行くんだ。そう思わないか?」
独り事かと思っていたのに急に問われたため、太一はビクリと身体を動かしながらも、淳の言葉について考えをまとめていた。
自分の手から出ている血など気にもせず、淳はもう一度壁を殴った。
通常の人間であれば、そのあまりにも大きな物音にびっくりするところだろうが、太一は冷静にしていた。
「博士は言った。『俺達がこれからの未来だ』と。でも、その俺達の中には、太一、お前は入っていない」
空など見えない、工場の天井を仰いでいる淳の表情は、物憂げで淡い。
人間らしい脳を持っているといえるのか、それとも、歪んだプログラムが組み込まれてしまったのか、淳は余程人間が嫌いなようだ。
そんな時、太一が口を開く。
「俺たちは、これからの未来にはなれません」
「あ?」
放たれた太一の言葉に、淳は不機嫌を露わにする。
あたり一面に、まるで草原に咲き乱れる花のように転がる、その言葉にも文字にもなれなかった形の山を見る太一。
「確かに、人間は自分勝手で愚かで弱い。だからこそ、俺達を作ろうと思ったんです。時代ごとに産まれる欲も、希望も、夢も、絶望も、愛も、全部が尊いと知ったからこそ、人間は俺達に期待を込めたんです。俺達は人間を滅ぼすために造られたわけじゃありません。もしも淳が人間に危害を加えようとするのなら、俺はそれを止めなければいけません。淳とは戦いたくありません」
「俺を止める?俺と戦う?」
太一の言葉を聞くと、淳は目を大きく見開いてキョトンとし、次の瞬間には声を出して笑いだした。
「ハハハハッ!!!!」
壁を何度も何度も、手や頭を壁にぶつけ、まるで狂ったような行動をする淳に、太一は口を少し開けて驚いた表情をする。
何十回目だろうか、淳はひとしきりぶつけ終えたのか、壁に額をくっつけると、はぁはぁ、と小さく肩を揺らしながら息を整える。
そして壁に向けていた身体を太一の方に向けると、淳はニヤリと笑う。
「いいか。俺とお前には上下関係が存在するんだ。お前は俺を止めることは出来ないし、ましてや、戦っても勝つことなんて到底できない。わかるな?」
「強さとは、戦うことだけではないと、博士は言っていました」
「それは太一。お前は戦えるだけの強さを持ちあわせてないからだ。博士はお前に同情したんだ。だから、そう言っただけだ」
「しかし」
博士の言葉が絶対ではない。それは太一にも分かっている。
人間というものに触れる時間は長いが、周りには博士や研究者たちばかりで、優一のような人に会ったのは初めてだった。
毎日難しい話をしているし、時間にも追われて毎日毎日窮屈そうに生きている博士たちとは裏腹に、優一は自分の時間を生きていた。
そういう人間もいるんだと、知った。
「黙れ、太一。お前はもうすぐ壊してやるから。古いものは、新しいものに掻き消される運命なんだ」
淳の言葉は、人間よりも残酷だと、感じた。
「俺は、人間をもう少しだけ信じてみたいんです」
「その人間の身勝手で壊されてもか」
「俺達は、いずれ壊れます。壊れた方がいいんです」
「太一たちには、メモリーがついておる。脳か心臓部にな。多くは脳に組み込まれている。淳はそのメモリーが脳と心臓、二つに分けてあるんじゃ。淳を止めるには、脳と心臓、二つのコアの錆びを待つか、それを壊すことじゃ。幾ら人間以上の体力や運動神経が備わっていても、人間のシナプスのような働きを持つ電気信号を止めれば、淳の動きは止まる」
真一に淳の弱点を聞きにいった優一は、真一の話を聞きながら、淳のだいたいの身体構造の図面を描いていた。
人造人間だから、きっとそんなところだろうとは思っていたようで、優一は特に驚いてはいなかった。
しかし、淳の身体構造の細かさと繊細さには驚いていた。
それはまるで、新しい玩具を見つけた子供の様な顔の輝きをしていて、真一はしばらく静かにしていた。
少しすると、優一は図面を畳みながらふう、と息をする。
「博士。もし俺が淳を壊してでも止めたら、怒りますか?」
「・・・・・・」
何も答えず、ゆっくりと目を瞑った真一。
それだけでも充分な解答だったのだが、優一はあえて真一の言葉を待つ。
「俺が淳を本気で壊すとしたら、太一が壊される時だ。博士、俺は人の心が読めるわけじゃあないけど、もしかして」
「言うな、優一。ワシは、このままでいいと思ってる」
「博士の気持ちもわかりますが、俺はそういうの嫌いだってことも、知ってるはずです」
「優一・・・」
「博士。・・・・・・俺は、俺の思った通りにします。例え博士であっても、それは止められませんから」
そう言い残すと、優一は颯爽と再び走って工場まで向かう。
その間、何人もの研究者に声をかけられたが、どういうことを言われたかも、それが女性か男性かさえわからない。
とにかく今は、工場まで一秒でも早く辿りつくことが先決だった。
「太一!!!」
と、叫んで工場内に入ろうとした優一だったが、工場の入り口からちらりと見えた二つの影の位置から、叫ばずにそっと中を覗いた。
「あちゃ」
太一が、淳に捕まっていた。
どういう経緯で捕まったのかは分からないが、太一は大型のクラッシュ機械の真ん中でうつ伏せにさせられ、後ろで両腕を淳に掴まれている。
二人の上にはこれまた大きな円盤型のプレスがあった。
「やばくね?この状況」
とりあえずは二人に近づこうと、優一はコソコソと動き出す。
一方、優一の登場に気付きもしていない二人は、互いに互いを解こうと必死だった。
「太一、ここでお前を壊す。それで何もかも上手くいくんだ。終わりにしよう」
身体の下に組み敷いている太一はピクリとも動けず、身体をねじったりと抵抗を試みてはいるものの、未だそこから逃げ出せないでいる。
目をそっと閉じれば、走馬灯のように駆け巡る思い出が多くあるわけでもない。
脳裏によぎるのは、ただ自分が出来上がったときの、耳が取れるほどの歓声と、博士の嬉しそうな顔だけ。
それからというもの、まるで本当の人間のような生活を送らされてきた。
それでも定期的に身体の検査はされるし、部品のチェックは欠かさず行われるし、しまいには、勝手に作っておいて、「人間にもないくせに」と罵られることもあった。
脳での処理スピードがあがるにつれて、人間とどう接すれば良いのか分かり始めた。
自分のような形のものを作るのに必死な人間が面白くもあり、時にはつまらなくもあった。
ある時、ふとしたきっかけで被検体を用いて行われる実験室を覗いてしまった。
そこで行われていたのは、魚でも飼育しているのかというほど、大きな容器に入った、ニンゲンのような生き物。
そして棄てられていくその不完全なものは、一部は皮膚が溶けていたり、一部は手足のどれかが足りなかったり、一部は人魚のような身体をしていた。
太一にとって、恐怖というものが産まれた瞬間でもあった。
―いつか自分も棄てられる。
ニンゲンの形をしたそれらを棄てる時、人間たちは平然とした表情をしていて、さらにはこんなことも言っていた。
「汚い」「臭い」「ゴミ」
一方では、こんなことも言っていた。
「希望」「期待」「未来」
棄てられていく、自分の身にも起こっていたかもしれないその事柄に、太一は反射的に人間に逆らう事を止めた。
今でも、人間がよくわからない。
毒と蜜を合わせもち、表の裏の心臓をもち、嘘と虚像のみの言葉を持つ、そんな存在。
太一は知らず知らずのうちに回りに溶け込む術を身につけ、自らも偽りの言葉を発することを覚えた。
それはまるで、人間のように。
次々に造られ、棄てられていく一方で、完成されるものもあった。
その一つが、淳だ。
「HIBA ATUSHI No,84211019 Case31で対応可能。尚、抑止力若干欠損におき、攻撃性Level最高5を確認。外皮身体的欠損問題無し。肉体的問題無し。行動範囲、目視における距離と視野280度とする」
一人の研究者がそう言い終えると、淳はゆっくりとその瞳を開き、息をしているかのように見せる心臓のポンプを開始する。
「博士、博士」
「ん?どうした?太一」
「陽刃淳は、どうしてあんなに悲しい顔をしているのですか?」
その言葉に、真一だけでなく、周りにいた研究者たちも皆驚いた顔をしていたという。
それからというもの、太一は淳に声をかけたりするが、淳は太一を良く思っていないため、あまり目さえ合わせなかった。
過去の英雄も、予想などしていなかっただろう。
その時生きていた、その時代の誰もが、きっと夢見ていただけだろう。
「博士、これは、なんですか?」
「それはな、本というものじゃ」
「本?」
「そうじゃ。それは歴史が書かれているものじゃよ。読んでみなさい。きっと、太一も気にいる」
「はい」
たまたま手に取った本が歴史のものだっただけだが、それを読んだ太一は、徐に真一にこう言ったという。
「博士。この本に載っていることは、本当なのですか?全部、本当のことですか?全部、真実なのですか?どうして真実だと言い切れるのですか?誰かが過去に行って確かめたのですか?原本となった書物は、本物ですか?そこに書いてあったことは、全部真実ですか?一つとして嘘偽りないと、どうして言えますか?ここに記載されていることは、これを読んだ人を洗脳させるだけであって、真実とも偽りとも言い切れないと思います」
歴史や過去、未来といった概念に疑問も持ったのか、太一は真一を問い詰めた。
さすがに真一は参ったようで、太一にはそれ以来歴史の本ではなく、自分達の書いた論文などを読ませてきたようだ。
淳は大人しく、なにかに関して深く聞いてくることもないが、喧嘩っ早いところがあった。
自分や真一が愚弄されたと判断したときだけのみ、激しく乱闘をするのだが、当たり前に勝ってしまう。
一度、真一は淳と二人で買い物に街まで行ったことがあるが、普通の人間の子供相手に、手加減無しで喧嘩したため、相手の子供は血だらけ。
子供の親は当然のように淳を怒り、責めるも、淳には何が悪いかわからなかった。
「俺の髪を嗤った」
その時の喧嘩の理由は、これだった。
研究所に帰ってから、淳に理由を聞いて、真一はさすがに髪の毛の色で緑だの赤だの青だのは止めておいた方が良かったと、反省した瞬間でもあった。
しかし、その理由でいくと、太一は一度も怒ったことがない。
淳のように、髪や目の色で何か言われ、腹が立ったと、人間のような感情を出したものが多い中、太一は馬鹿にされても何も言わなかった。
「太一、お前はどうして怒らないんだ?」
不思議に思った真一が聞くと、太一は当然のように答えた。
「俺はこの色を気に入っています」
おおらかというか、のんびりしているというか、太一はほとんど怒ることはなく、淳に喧嘩をふっかけられても、逃げることを選んだ。
「博士、俺は、弱虫ですか?」
「どうしてじゃ?誰かに言われたのか?」
コクン、と小さく頷いた太一。
「淳に、言われました」
どうやら、いつもいつも逃げている太一に、言い放ったそうだ。
「俺は弱虫だと。売られた喧嘩も買わないで、男と言えるのかと。逃げるだけなんて誰にも出来ると言われました」
「そうか」
「俺は、弱虫ですか?」
見た目は成人なのに、そういう質問をしてくるところは、やはりまだ人間になりきれていないのだと、周りは言う。
だが、真一にとっては、一から教えて育った方が人間らしくなると、そう思っていた。
「太一、お前は弱虫じゃない。いいか。逃げることもまた勇気だ。戦うだけが強さとなってしまったら、人間など、あらゆる動物に負けてしまう。戦わずに解決すること、それが一番だ」
そう言って太一の頭を撫でれば、太一は心なしか嬉しそうに微笑んだ。
「・・・・・・」
ふと、漂ってきた臭いに目を開ければ、工場の入り口付近で隠れている優一の姿が見える。
人間は、本当に馬鹿な生き物だ。
誰かの為に戦って、傷ついて、それでもなお守り抜こうとする。
「ハハ・・・」
「?何笑ってんだ?」
急に小さく笑った太一に、淳は怪訝そうな表情を見せる。
「なんでも、ありませんよ。思いだし笑いです」
その、淳からしてみると、自分たちよりも人間に近い表情や感性を持った太一の反応が、いちいち気に入らない。
太一の髪の毛を掴み、鉄板の上に顔を思い切りぶつける。
顔を苦痛で歪める太一を見ると、淳はなんとも楽しそうにニコニコと笑うが、それで止めたりはしない。
それから何度も何度もぶつけ、顔面が崩壊しているのではないかというほど強くあてる。
それでも、さすがと言っていいのか、太一の顔は通常の状態と変わらないが、ただ鼻血が出たり顔に擦り傷がついているくらいだ。
「お前の、そういうところが嫌いだ」
こんなに近い距離にいるというのに、淳の声はあまりにも小さく、太一の耳になんとか届いたくらいだった。
同じ存在の淳に言われたからなのかは分からないが、その聞こえた言葉は、太一の何かを空虚にさせる。
「俺は・・・」
「存在価値は俺の方が高く、機能も俺の方が高いのに、その、人間臭い言葉や態度が、殺したいくらいに憎たらしい!」
淳のその“言葉”に、太一はゾクリと背筋を凍らせる。
そして次の瞬間、太一の両肩に鉄パイプを貫き、プレスされる側の鉄板に食い込ませると、自分はさっさとそこから避難する。
よくこの工場に来ていたから、どうやってクラッシュすればよいのかも知っていた。
素早い操作で準備をすると、太一の方を見上げる。
「・・・・・・」
何も言わず、ただ念願のその時がおとずれたように、淳は恍惚と笑う。
指先にあるそのボタンを押すだけで、太一の上にある、重さ2トンはあるだろう大きなプレス坂が落ちて行く。
すぐに、太一はいなくなる。
「人造人間処理に関して、最高責任者、または最高責任者不在の場合、その代理人が執行を命じない限り、処理することは、罰するに値する」
「・・・その声の波長からすると、この前博士のところにきた、確か・・・」
「沢村優一ってもんだ。こういう規約があるんだよ、人間の世界にはな。それに乗っ取らない場合、対象者が誰であれ、何であれ、罪を問われる」
「お前のような部外者が何を言ったところで、研究所がそれを信じるわけない」
「・・・そうかな?」
「博士のことを信じてるなら、止めておけ。博士だって人間だ。それに、年老いた老人の言う事を、一々みんな聞かないだろう。博士はもう長くないんだ。きっと俺の審議をしている間に朽ちて行く。時間の無駄だ。お前も、自分の命が惜しいなら、太一のことなんか放っておくんだな」
強気に言う淳に、優一はリュックから何かを取り出して、淳に見せる。
「俺は部外者じゃない(一応)。保坂真一博士の元で、助手として働いていた(かなり前)。新しく入って研究員は俺のこと知らないだろうけど、一期からいる奴らは俺のこと知ってるし、逆に政府の企みを公表して、研究所とお前を消すことだって出来るんだ(多分)」
かなり前の、身元証明書を簡単に見せると、淳は鼻で笑う。
「へえ、博士さえ売るんだ。さすが人間、汚いこと考えるんだ」
「何とでも言え」
目の端っこで淳を捉えながらも、ゆっくりとゆっくりと太一に近づいていく。
下手をしたら自分も潰されてしまう可能性があるため、こんなことを言ってみた。
「動けない太一を潰して満足なんて、お前も小さい男だな」
「なんだと!?」
急いで、それはもう、今までに見たこともないくらいに素早く、俊敏に、敏速に、光のように早く、太一を解放した。
だらだらと流れている血が本物ではないと分かっていても、見ている方がクラクラしてしまいそうだ。
「ありがとうございます。ですが、ここは危険です。沢村さんは隠れていてください」
「そうさせてもらってもいいか」
素直に工場の外に行く優一を見届けると、太一は淳を見やる。
淳は特に優一を止める様子もなく、横目でただ眺めているだけだった。
「さて、太一。俺達は壊し合いをするのか?それとも殺し合いか?」
「・・・・・・別の解決策を提案します」
その頃、研究所の一室、白髪の老人は窓の外に見える太陽を見ていた。
すでにてっぺんから地平線へと向かっているその太陽は、徐々に赤くそまっていき、輝きを増していく。
優一に言われた言葉が、深く、胸に突き刺さった。
「希望だなんだの言いながら、太一たちに過度な期待を押しつけました。ただのロボットなら、きっと言われたことを実行するのみでしょうが、人間らしくなった太一たちには酷なことです」
好きなように生きろと、自分らしく生きろと、そう言ってきたのは、嘘では無い。
しかし、自分たちの時代には成しえなかったことをしてほしい、自分達が造られた時代のことを伝えてほしいと、欲をかいた。
我が子のようだと言っておいて、その我が子をまるで道具のように使ってきた。
しかし、太一のことが自分よりも大事だと思ったことは、決して嘘などではない。
「許せ、太一」
太一という名をつける前は、単に被検体として見ていたし、製造番号さえも覚えていないほどのものだった。
ふととある実験を思い付き、それを太一で試してみたら、成功してしまったのだ。
都合が良いと言われるだろう、勝手だと言われるだろうが、今では最も大切な存在となっているのだ。
嘘ではない。それだけは、信じて欲しい。
「別の解決策だと?」
「はい。最初は、議論から入ります。互いの意見や考えを述べてからでも、遅くはないと思うのです」
「・・・・・・決着をつけるには、拳が手っ取り早いんだけどな」
「もちろん、承知してます。しかし、最も望まれる解決は、淳も俺も、壊されずに、これからも平和に過ごすことです」
「そういうのを、平和ボケっていうんだ」
「平和ボケでも構いません。俺は、淳とちゃんと話したことがありませんから。淳と話したいんです」
「・・・・・・わかった」
その様子を見ていた優一は、すぐには乱闘にならないことを知り、ホッとする。
「原因は、俺達にあるんだけどなあ・・・」
政府からの依頼が来てから、何十年が経ったことだろうか。
「人類の滅亡の危機が迫っている。是非とも、頼みたい事があるんだ。人間により近い、人造人間を作ってほしい。費用はもちろん、こちらで用意させてもらおう。ただし、人間には決して被害を及ぼさない、人間の言う事を聞く、そういうものを作るんだ」
日々進歩してきた。その結果が、今目の前にいる二人を産み出した。
「罪深きは、人間、か」
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