絶滅危惧種“人間”

maria159357

第1話さよなら、こんにちは




絶滅危惧種“人間”

さよなら、こんにちは

                              登場人物




                                       保坂 真一


                                       保坂 太一


                                       陽刃 淳


                                       沢村 優一






































































     死は救いとは言いながら、そうは悟りきれぬものである。   大佛次郎








































































      第一星 【 さよなら、こんにちは 】








































  世界的にも増加している人口だが、一方で動物達は絶滅の危機に瀕している。


  人間だけが増え続けると安堵していた時代には、今は嘲りを与えるしかない。


  いつかの時代、人間が絶滅危惧種に指定されるようになった。


  政府や国家はその事実を隠し通そうとしていたが、そんなもの隠し通せるわけがなく、嗅ぎつけたマスコミによって世間に晒された。


  公表された現実を受け止めることは困難であったが、科学者たちは以前からとある研究を始めていた。


  倫理的、道徳的には批判されるであろう『人造人間』の制作である。


  何体もの失敗作が作られ、処分されていくなか、変わり者と言われた一人の科学者は成功例を幾つも作りだした。




  「よいか。お前は唯一の存在だ。だが、秘密を悟られてはならぬ」


  「わかりました、博士」




  世界中に人造人間が溢れ、人造でない普通の人間は減少の一途をたどる。








  「博士、なぜ太一ばかりなんですか」


  「そんなことはない。淳だって誇りだ」


  「いいえ。俺のデータでは、博士は太一ばかり気にかけています」






  この感情を、人間は何と言うのだろうか。


  「博士、どこにいますか」


  男が一人、博士と呼ばれる老人を探していた。


  鉄の箱で作られた室内は、広いのか狭いのかさえ分からない。


  右を見ても左を見ても同じような部屋が並び、更には上にも下にも繋がる階段は、何階まで続いているのか。


  しかし、それでも男は、自分が今どの位置にいるのかを把握できている。


  それは、彼が決して普通の人間ではないからであって、青紫色をした瞳に映る世界は、外の世界を知らない。


  「!博士!!」


  男が、階段の下に倒れている博士を見つけた。


  「博士!どうしましたか?起きてください!」


  「ううっ・・・・・・」


  いつもかけている眼鏡は割れており、白く短い髪の毛には、頭を切ったときについたのであろう、血液がついていた。


  赤くサラッとした髪の毛を揺らして博士に近づくと、男は博士を起こす。


  「おお、太一か」


  「博士。誰か呼んできます。待っていてください」


  「いや、いいんだ。ワシの部屋まで運んでくれ」


  「しかし、血が出ています」


  「頼む。太一」


  「・・・わかりました」


  博士を部屋まで連れて行くと、ベッドに横にさせて布団を身体の上にかける。


  救急箱を持ってきて博士の頭をまず布で血を拭い、消毒液をふきかけようとするが、どうもそんな軽いものではないようだ。


  「博士、脳を調べたほうが良いです。何かあっては大変です」


  「太一、頼む。このことは言うな。ワシは少し体調が悪いだけだと、研究室のみなには伝えておいてくれ」


  「博士。博士に何かあったら、俺は困ってしまいます」


  「お前はワシの、大切な息子じゃ。淳もな」


  「淳は俺を邪魔と思っています」


  「そんなことはない」


  少し物憂げな表情の太一の手を握り、博士はニコリと笑う。


  「何があっても、お前だけは守る」








  ウーウーウーウー!!!!!


  緊急事態を知らせるための音が鳴り響く。


  「何事だ!?」


  「どうやら、第二研究室の宮下博士の部屋でなにかあったようです!!!」 


  「急げ!何か不味いことがあったのかもしれん!!」


  警報が鳴り響くなかを、数十人の研究者たちが走り続ける。


  とある博士の部屋まで辿りつくと、みなは一斉にドアを開けようと力を入れるが、それは思いもよらずいとも簡単に開いた。


  「博士!なにかありましたか!?」


  がらっと開けられたドアの向こう側には、宮下という男の身体が横たわっていた。


  「宮下博士!!!大丈夫ですか!?どうしましたか??」


  「おい!待て・・・!!!!」


  一人の研究者が宮下の身体に少しふれた時、その身体の冷たさに気付いた。


  手首に指をおいてみると、動いていないことも確認すると、みなに知らせようと、部屋についている放送用の電話を手に取ろうとする。


  「ん・・・」


  「誰かいるのか!?」


  その時、研究室の奥の方から人の声が聞こえてきたため、電話に伸ばした手を止めて声のする方に歩き出した。


  「!まさか、お前が宮下博士を・・・!?」


  そこに横に倒れていたのは、この研究における第一人者にして開発責任者でもある、保坂真一の完成品とも言われた、保坂太一であった。


  目を覚ました太一は、自分がなぜそこにいるのか、何を聞かれているのかも分からなかった。


  「おい!太一が宮下博士を殺した犯人だ!!!すぐに連れ出せ!!尋問しろ!!!」


  「!?何のことですか?俺はなにも・・!!!」


  何も訴えることが出来ないまま、太一は研究室の地下にある部屋で縛られていた。


  ぞくぞくと太一の顔を見に来る研究者たちの顔はとても恐ろしく、見慣れない人達までもが、太一のことを怪訝そうに眺める。


  しばらくして皆が静かになってきたかと思うと、入口から入ってきたのは、車椅子に乗った真一だった。


  「みんな、これは何かの間違いだ。太一を解放してやってくれ」


  「何言ってるんだ!!!あの部屋にはこいつしかいなかったんだ!!!」


  「博士、太一を守りたい気持ちはわかりますが、これは庇いきれませんよ。所詮、僕たち優秀な人間とは違うんだ」


  「壊しましょう。今すぐに。そうすれば、脅威に怯えることもなくなるわ」


  真一の言葉を聞くこともなく、次々に発せられる研究者たちの言葉に、太一は耳を傾けない。


  ただ床をじっと見つめていた。


  「壊すと言うのは、実にもったいない」


  誰かは分からないが、真一のもとでずっと研究を続けている研究者が口を開いた。


  「追放、という形をとってはいかがでしょうか」


  「それじゃあ、またいつここに来るかわからないでしょう?私達を皆殺しにする心算かもしれないわ」


  「太一はそんなことしません。ただ、システムの故障ということもありえますので、ここにはおいておけません。しかし、太一は博士が造った有能なシステムそのもの。壊すというのは、未来への希望を絶つも同じ。・・・みなさん、いかがですか?」


  その研究者のおかげで、太一は壊されずに済んだが、追放されることになった。


  見送りさえも出来なかった真一は、太一が去って行ったその日、一日中泣いていたそうだ。


  「博士、大丈夫?」


  「おお、淳か」


  「太一なら、きっと平気だよ。だから、元気だして」


  「ああ、そうだな。ありがとう」








  行くあての無い太一は、ただひたすら歩いていた。


  何キロか歩いたところで街が見え、そこで少し休むことにした。


  「・・・?」


  街では見たことのない顔、そして焔のように真っ赤に燃えた髪の毛の男が、ふらふらしながら歩いていた。


  顔色が悪い、というわけではないが、なんとなく体調が悪そうに見えたため声をかけようとしたら、男は急に倒れた。


  「おい、どうした?大丈夫か?」


  「・・・・・・」


  「?」


  口元に耳を持っていってみると、息をしていないことがわかった。


  「おいおい、嘘だろ」


  男を担ぎ、勢いよくどこかへと向かって走って行ったのは、太一と同じくらいの歳の男だった。








  「ん・・・」


  「お、起きたか」


  「・・・・・・ここは」


  「俺んち」


  「ご迷惑をかけてすみませんでした」


  目が覚めてすぐに身体を起こし、男の家から出て行こうとした太一だったが、男が肩を強く掴んでベッドに横にさせたため、大人しく寝る。


  見慣れない天井を眺めていると、男がベッドの横に椅子を持ってきて、足を組んで座る。


  「まあそう急ぐな。俺は沢村優一。この辺じゃぁメカオタクなんて言われてるけど、そうでもないぜ?単に今話題になってる人造人間に興味があるだけ。で、お前は?」


  「・・・俺は、太一。保坂、太一です」


  「保坂・・・?保坂って、まさかあの保坂博士の保坂じゃあないよな?」


  「博士のことを知ってるんですか」


  「まじか。おお、冷静にびっくり。実は、博士とは前に会ったことがあってさ。感銘を受けたっていうか、尊敬してるんだ」


  じーっと優一のことを観察していると、確かに博士のことを聞いた途端に脈拍が上昇した。


  自分の世界に入ってしまったことに気付いた優一は、コホン、と一旦咳をすると、太一のことを見つめる。


  「じゃあ、博士が造った人造人間の完成品第一号ってのは、君のことか」


  「太一、でいいです」


  「じゃあ太一、製造番号は?」


  「14093です。首のところに数字が刻まれているはずです」


  そう言って、上半身を起こし着ていた洋服のボタンを二つほど開けると、はだけた首筋にはくっきりと数字が入っていた。


  刺青のようなものなのか、それとも印字のように焼きつけたのか、考えるのも痛いことだ。


  それを確認すると、優一は思い出したように「ちょっと」と言って、太一の背中を摩り始めた。


  何だろうと思っていると、太一の背中には取扱説明書、略して取説が入っていたのだ。


  「そうそうこれこれ。ええと、何何?保坂太一、推定年齢26、製造番号14093。179センチの70キロで赤髪の青目人造人間。血も赤くて、ほぼ人間として成り立つ。部品は半年に一回交換で半永久的に持続可能。・・・・・・ほうほう」


  「それは、俺のことです」


  「個人情報満載だな。一通りのことはこれ読めばわかりそうだな。で、博士のところにいた太一が、なんでこんな街に?」


  太一は自分の身に起こったことを、まるで第三者の目線から見ていたかのように話す。


  それは淡々と、冷静に、潔白の自分に着せられた汚名に対する感情の欠片もみえないほどに。


  「そっか・・・。そんなことが」


  「沢村優一さんは、信じてくれますか」


  「・・・ハハハハ!!!なんか堅苦しいな!!!優一でいいよ。俺は信じるよ、太一のこと」


  「どうしてですか?俺と沢村さんはまだ信頼関係を築くにはあまりにも時間を経ていないようにも感じます」


  「勘だ」


  「勘と言うのは、事実も根拠も証明もないものであって」


  「あのなあ、わかんだよ。勘は大事だぜ?太一は絶対そんなことしない。でも、となると、太一をはめようとしたってことになるのか?仲良くない奴、っていう質問もおかしいけど、そう言う奴、いるのか?」


  「陽刃淳。俺のことを嫌っています」


  「そいつが第一候補だな。まあ、太一はあんまりうろうろしないほうがいいな。しばらくはここで暮らせ。その陽刃って奴が、今度はお前を壊しにくるかもしれないからな」


  説明書をペラペラめくっていた優一が、最後のページを開くと、そこをじっと読み始めた。


  なんだろうと思いながらも、覗くのは失礼だとそのままでいると、優一は優しく口元を緩ませた。


  「太一、これ読んでみろ」


  「?」


  その最後のページには、真一から太一への気持ちが綴られていた。


  ―最後に、太一。大事な大事な、わしの孫である―


  それを読んだ太一の心には、なにかよくわからないが、熱いものが襲ってきた。


  「太一、陽刃のことは俺に任せろ。調べてみる。あと、博士の事故のことも引っかかるからな。そっちも」


  「俺もなにか、出来ることあれば」


  「ありがとう。それより、腹減ったな。何か食うか?」








  「博士、ご飯です」


  「ありがとう、淳」


  「・・・・・・まだ、太一のことを気にしているのですか」


  真一がもの寂しげに窓の外を眺めていると、淳が目を細めて夕陽を睨みつけた。


  「淳君、博士の診療の時間だから、ちょっと外に出てくれる?」


  「はい」


  真一からの答えを聞かないまま、淳は部屋を後にする。


  自分にと用意された部屋は真っ黒に塗りつぶされており、電気を点ければ、様々な機械が設置されている。


  身体のどこかに搭載されているプログラムは、太一のものとは異なるようだ。というよりも、太一が他のものとは違う。


  太一だけが、違う。


  自分が動きだしたころから太一はいて、真一は太一ばかりを可愛がっていた。


  別に、真一の周りにいたのは太一や自分だけではなく、何百人、何千人、それ以上のモノがいるが、正常に動いているモノは数少ない。


  陽刃淳、製造番号84211019という、格段に新しい人造人間である。


  太一よりも優れいてる部分がとても多いのにも関わらず、太一にそこまで嫉妬心を抱くのはなぜだろうか。


  それは誰にもわからないこと。


  それでも確実に身に起こっている感情。


  全てにおいて太一より上だと思っているが、何かが欠損しているのもまた事実。それが何かが、やはりわからない。


  感情無しに壁に向かって力を加えれば、簡単に穴が開いた。


  「どうして、俺より太一を選ぶ?」








  助けられた太一は、優一が何やら仕事を始めたので、何か出来ないかと模索していた。


  優一も何かの研究をしているようで、真一の部屋でみたことのある資料や写真、よくわからない図面がある。


  「沢村さん、これは、なんですか」


  「ああ、これはロボットの設計図。で、こっちはそのロボットに必要な材料とか費用とか・・・。まあ、現実的なとこだけどな」


  漆黒の髪の毛を靡かせながら言う優一は、目を輝かせている。


  真一のことを知っていたことから推測するに、きっと優一も太一たちのような人造人間の研究に勤しんでいることだろう。


  じーっと優一を見ていると、それに気付いてこちらを見てきた優一と目が合う。


  「やっぱり、自分の身体とか脳の研究されてるのって、嫌だよな」


  「?なにがですか?」


  自分というものがこの世に存在してから、どれくらいが経ったことだろうか。


  時間の経過や季節の移り目、空や海、雲に雨、星に月に太陽に・・・。真一から教わったことは数知れず。


  それでも尚も太一にわかりかねるのが、人間の“ココロ”というもの。


  良くも悪くも、その心というのは実に厄介なようで、喜び、悲しみ、怒り、妬み、楽しさ、恨み、寂しさなど、沢山の感情をはじめ、それらをコントロールする自己抑制、それらに従わざるを得ない本能というのがあるようだ。


  難しくて理解出来ない子供ではないが、まだ感情に対しての理解が深まっていない。


  「俺なんかは、自分のこと調べられたするのは嫌がるわけ。まあ、自己主張したい奴もいるだろうけどな。ましてや、身体を開けられて部品見られたり、説明書付きとか、正直俺は嫌だ」


  優一の言葉に、太一は首を傾げた。


  「嫌、ではありません。俺が今こうしてここにいるのは、博士たちの研究があったからです。それまでに作ってきた試作品たちのお陰でもあります。しかし、やはり身体を勝手にいじられたり、この身体によって偏見されるのは嫌な気分です」


  「・・・へえ、珍しいっていうのか、なんていうか」


  動かしていた手を止めると、優一は太一の方に身体ごと向ける。


  「俺達には感情がプログラミングされています。とはいっても、基本的な感情だけです、それらをどう組み合わせて、人間のより複雑な感情に近づくかは、俺達の知能や経験、判断に任されています。とても、難しいです」


  「・・・ふーん。なるほどね。じゃあ例えば、嫌なこと思い出させるけど、博士が事故にあったとき、どう感じた?抽象的で構わないよ」


  数回瞬きをしたあと、太一は小首を傾げて考える素振りを見せる。


  すぐに優一の顔に視線を戻すと、眉を下げて悲しそうな表情になった。


  「心臓部あたりが、締めつけられるようでした。それと同時に、何か、沸き立つものがありました」


  「うんうん、人間らしい反応だな」


  バラバラに散乱して置いてあった資料の下からメモ用紙を取り出し、そこに何かを記載していく。


  そんなやりとりをしているうちに、夜になってしまった。


  「やべ、そろそろ腹減ったな」


  「何か作りましょうか」


  「え?太一って料理出来るの?」


  「ええ、もし自分が死んでしまったら、という設定で、博士が組みこんでいました。今まで使ったことがないので、上手くいくかわかりませんが」


  冷蔵庫を開けて見ると、そこにはほとんどなにもなかった。


  「太一のお腹が冷蔵庫仕様になってるとか!」


  「いいえ。実際の人間の臓器と同じような形の部品が至るところに敷き詰められています。結論、コンビニで買ってきたほうが早いかと」


  太一の即決により、二人は歩いて十分のコンビニまで弁当を買ってきた。


  コンビニの店員さんに、「今なら、お弁当をもう一個買うと、クリアファイルがついてきます!」と言われたのだが、太一がばっさりと、こう言った。


  「最終的には店の売上にしようとする手段です」


  それを聞いた店員さんは何も言えなくなってしまい、優一はヘヘ、と顔をひきつらせてなんとか太一を引っ張って帰った。


  「そういうところは、まだ人間になりきれてねえな」


  「?どうしてですか?あれはどう考えても必要無い弁当まで買わせようとしていました。クリアファイル一枚が、弁当一個の値段するとは到底思えませんし、あのクリアファイルは悪趣味ななので、売れ残ったものだと判断しました」


  「あのな、そういう事情がわかってても、口に出しちゃダメなんだ。わかるか」


  「わかりません」


  部屋に戻って椅子に座り、温めてもらうことが出来なくなってしまった弁当をチンすると、優一と太一は互いに向かい合うように座る。


  「本音と建前って言葉があるように、思ってもいないことを言う社交辞令と、思っていても言っちゃいけないことがある。それを上手にさらりとかわすんだ」


  「?どんな風にですか」


  「例えば、笑顔で「いえ、結構です」とか」


  「笑顔で対処しなければいけないのですか?笑顔にそれだけの力や効力が存在するのでしょうか」


  「無愛想に断られるよりも、愛想良く断られた方が、断ったほうも断られたほうも嫌な思いはいねえだろ?」


  「・・・嫌な思いをさせないことが必要事項ですか?」


  難しいなと思いながらも、優一は自分の知る限りの言葉を使って太一に教える。


  「人間はな、弱いんだ。嫌われるのを怖がるし、独りになるのも怖がる。出来るだけ嫌われないようにしようと、必死に生きる術を考えてきた。その中の一つが、笑顔で接することだ。環境や国によっても違うだろうけどな。ほら、赤ちゃんとか小さい子供の無邪気な笑顔ってなんかすごいだろ?」


  突然の優一の内容に、太一はショート寸前。


  とにかく優一が美味しそうに弁当を食べていたので、太一も無言で食べていた。


  いや、そもそも人造人間って弁当とか食えるの?炭水化物とかOKなの?と色々優一に突っ込まれたが、太一は説明書を渡しただけ。


  「寝る時はどうするんだ?」


  「自分でスリープ状態に出来ます。御心配なく」


  「そうか。わかった。俺はまだやることあるから、好きなときに寝ていいから」


  研究室からは見ることの出来なかった、暗い空に浮かぶ月と星、それからぽつぽつと浮かぶ民家の灯り。


  「おやすみなさい、博士」








  「太一って、この前メンテしたのいつだっけ?」


  「確か先週でしょ?このまま放っておいたら、もって半年ちょっとね」


  「博士の自慢だからなー。あれ以上の成功例は出ないって言ってたくらいだもんな」


  「太一のこと調べたけど、他の試作品となんら変わらないわ。何が違うのかしらね?博士も教えてくれないし」


  研究者たちが話していることを、淳は聞いていた。


  すぐさま向かったさきは、自分のように現在進行形で作られている、人造人間たちの部屋である。


  高さ三mはある大きなカプセルにある人間の形をしたそれらは、いずれ、淳にとっても強敵になるかもしれない。


  まだ身体が成形され始めていない奴もあるが、どうでもいい。


  すぐ横にあった一番実験が進んでいる模型を見ると、淳が素手でカプセルを割った。


  カプセルの中に入っている水圧に耐える為に作られたそれは、一発で壊せるほどの軟なものじゃなかった。


  数発殴って、自分の手から血が出ようが構わず、淳は殴り続けると、何発目かでやっと割れ目が入る。


  そこ目掛けてまた力を入れると、中の水が外に飛び出してきて、模型も外に投げ出されてしまった。


  ビービー!!!と警報器が鳴ると、研究者たちが集まってきた。


  「淳くん!何してるの!?」


  「早く被検体を別のカプセルに異動させろ!!」


  人間、というよりも自分に一番近かった被検体は、仲間でもなんでもない。自分以外のものは全て敵とみなして生きてきた。


  特に、博士を独り占めするものは、誰であっても、何であっても許さない。


  「淳!!なんでこんなことを!?」


  「・・・・・・」


  数人の研究者たちは淳に怪訝な顔をしてくる。


  それさえも不愉快なものでしかなく、淳にとっては憎悪の感情しか沸き立ってはこない。


  睨みをきかせてくる研究者たちに向かって、淳は表情を一変、にこりと満面の笑みを浮かべた。


  「すみません、システムの故障かもしれません。博士にみてもらいます」


  口元だけ笑う淳の瞳の奥は、漆黒の闇に包まれていた。


  そのまま淳は真一の部屋へと向かって行くが、ドアを開けた瞬間、聞きたくない名前が耳に響いた。


  「太一は元気かの?」


  「博士、太一はきっと大丈夫ですよ。それよりほら、薬を飲んでください。それと、これが今日の研究結果です。あとで目を通しておいてください」


  「ん。わかった」


  「あ、淳。そんなところでどうした?こっちに来たらどうだ」


  ドアの取っ手を持ったまま、部屋に入りもせずに真一たちを見ていた淳の表情は、悲しそうな、腹立たしそうな・・・・・・。


  真一が淳の方を見て声をかけると、淳は黙ったまま部屋に入ってきた。


  「そこに、座りなさい」


  「はい」


  真一に言われ、ベッドの横にある椅子に腰かけると、淳は終始黙っていた。


  いつもなら、真一に構ってほしいのか、それとも自己主張がしたいのか、口ばかり動かす淳なのだが、今日はいつもと違った。


  周りの研究者たちも、多少は気にしていたが、特に訊ねることも無かった。


  静かな淳に、真一が声をかける。


  「今日はどうしたんだ?さっき連絡がきたぞ。被検体を壊したって。何かあったのか?」


  「・・・ごめんなさい。博士の大切なものを壊したりして」


  「いや、構わないんだ」


  「どうしてそんなことしたのか、聞かないんですか?」


  「わしにはなんとなくわかる。親も同然だからな」


  「親も同然、だと、心が読めるのですか」


  「ハハハ。まだ淳には難しいな」


  なにが難しいものかと反論しようと思えば出来たのだが、真一が研究の論文を読み始めたため、何も言わなかった。


  そして、何時間か経った頃、真一は寝てしまった。








  翌日、太一が目を覚ましたころ、というよりも起動を開始すると、すでに優一は何かの支度を始めていた。


  「お、起きたか。おはよう」


  「おはようございます。どこかへ出かけるのですか」


  「ああ。ちょっと図書館にでも行って来ようかと」


  「・・・図書館とは、資料や本、幼児向けの絵本まで置いてある場所のことですか。とても身につくものが多いと聞きます」


  食い気味に近づいてきた太一は、着替えている優一の目の前までずいっと顔を出す。


  視界に急に赤いふさふさしたものが入ったため、優一は一瞬驚いて後ろに仰け反るが、なんとか踏ん張る。


  「興味あるのか?」


  「はい。博士が読んでいる本を読ませてもらっているうちに、本というものに興味を持ちました。本には幾つかの種類があることも知りました」


  今度はコーヒーを淹れる為に台所に向かう優一の後を追い、まるで公開ストーカーのようにひたすら。


  「歴史やファンタジー、ノンフィクションやSF,またマンガという部類のものもあることを知りました。とても面白いと博士は言っていました。ぜひ、連れて行ってください」


  太一の前にもコーヒーを用意するが、優一のことばかり見ていて、まるで視線を外さない。


  「わかったわかった。連れてくよ。けど、太一目立つんだよな。もし太一が俺と一緒にいることがバレたら、連れ戻されて壊されることもあり得る」


  「・・・なぜ目立つのですか?」


  「髪の毛が赤いからな」


  「なぜ沢村さんと一緒にいることがバレルと、連れ戻されるか壊されるのですか?」


  「色々複雑なんだよ。人間ていうのはよ。自分に都合が良いか悪いかで物事を決める奴らが多すぎる」


  「複雑、ですか」


  「ああ。まあいいか。俺のパーカー着て行け。で、フード被っていれば大丈夫だろ。多分な」


  「わかりました。あの少し古びたタンスの上から三段目の引き出しの右手前に置いてあったパーカーですね。あれなら、確かに俺の目立つと思われる赤い髪の毛を隠すことが出来ます」


  「・・・いつの間に見たんだ」


  そんなこんなで、優一はお忍びのようでお忍びでない格好の太一を連れ、歩いて二十分ほどの場所にある、築五十年の図書館に向かった。


  広いフロアには、小さい子の本が置いてあるスペースと、若者から年配者まで読めるような本が置いてある、一般人向けのフロアがある。


  二階にあがるといきなり専門的なフロアになり、パソコンもおいてある。


  三階にはマンガや小説が置いてあり、二階から下とは異なり、多少の雑談は考慮された構造になっているようだ。


  太一と優一は二階に用があるため、螺旋階段を上がって二階に行く。


  「俺はあっち行くけど、太一はどうする?」


  「この階で興味ある本を見つけ、読み解きます」


  「読み解かなくてもいいけどな。じゃあ・・・・・・二時間後に、階段のところのソファで待ち合わせな」


  「わかりました」


  優一はよく来ているのか、欲している本がどのあたりにあるのかをすぐに見つけ出し、すぐに姿が本棚で見えなくなってしまった。


  そういう太一もすぐに行動を始めたが、すぐに興味ある本を見つけた。


  太一の胸あたりの高さにあったその本は、人間の心理について書かれているものだった。


  とりあえずその本を持って、近くに幾つも置いてある椅子に座ると、太一は速読を開始する。


  ―人間の不可思議な行動と心理―


  そもそも、太一が接してきた人間という種族は、真一やその周りにいる研究者という、比較的変わり者が多い。


  みな一様に真っ白な白衣を身に纏っていたし、常に顕微鏡というもので何かを観察し、常にメモし、常にぶつぶつ何かを言って、常に頭を抱えていた。


  ロボットに心をつけることが出来ても、それは人間ではない。


  以前、太一はとても優秀な科学者が造ったと言われるロボットに会う機会があった。


  まるで自分のことを人間であるかのように言葉を操り、動き、人間の共感を得ていたが、真一が言っていた。


  「ロボットにあるのは心ではない。科学の進歩だ」


  その言葉の意味さえ、その時の太一には理解出来なかった。


  周りから見ていれば、太一は普通の人間であって、人間から造られた”人間ではないもの”とは思えない。


  動きも滑らかで、目の動きや瞼の開け閉め、口や足の動きも人間のようだ。


  人間は太一たちに笑みを見せるが、目の動きと口の動きの微妙な差から、それが本当の笑みなのか、それとも愛想笑いなのか、太一たちにはわかってしまう。


  分からないことの方が幸せなのかもしれないと、一度真一が言っていたことがある。




  気付くと、不機嫌そうな優一が仁王立ちしていた。


  「まったく。時間忘れて本に没頭するとは、そんなに面白い本があったか?」


  ふと柱についている時計を見てみると、優一が言っていた二時間後をすでに三十分回っていたことがわかった。


  ああ、体内に電波時計でも入れてもらうべきかと、太一は思う。


  太一の横に座ろうとする優一だったが、太一の両脇にはすでに何十冊もの本が積み重なっており、そんなスペースは無かった。


  「人間の心理?」


  「はい」


  今、太一が手に持っている本の表紙が目に入り、優一は椅子の上の本を少しどかして、そこに腰かけた。


  「人間の心理とは、これまた難しいのを読んでたな」


  「難しいのですか」


  「人の心は読めないってことだ。まあ、今は色んな本が出てて、仕草とか口調で相手の心理を見抜くとか、持ち物、好きな色で性格が分かるとかな。けど、一概にこれだって言い切れないだろ?だから難しいんだよ。答えがないんだ、人の心っていうのは」


  「どうして博士が俺を作ったのか、知りたいです」


  思いもよらない太一の質問に、優一は目を丸くした。


  ロボットなら、そんなこと考えないのだろうが、太一は人間に近く造られてしまった、人造人間。


  「そりゃあ、自分の化身のようなお前を、後世に残したかったからだろ?技術も含め」


  「・・・そうですか?」


  「?じゃあ、なんだと思うんだ?」


  優一がそう聞くと、太一は本から視線を上げてどこか目の前にある絨毯を眺めていた。


  その横顔は寂しそうで、悲しそうで、泣きそうで。


  「永遠の命なんていらないから、限りのある命が欲しかった」








  いつの時代も、まさかこんな時代がくるとは思っていなかっただろう。


  ”絶滅危惧種”に、”人間”が指定されたのだ。


  それはここ百年の間に政府から発表されたもので、発表当初は、テレビでさえもまともに取り扱わなかった。


  何かの冗談かギャグかと、若者からそれこそ子供、年配者までみなみな嗤った。


  政府は何を考えているのだと、科学者たちも医学者たちも議論をするまでもなく、話合う事さえなかったという。


  しかし近年になっていきなり数字となって顕著に表れた人口減少の推移。


  警報を続け警鐘を鳴らしてきたにも関わらず、人口は一気に絶滅への一途をたどっていた。


  そこでようやく腰を動かしたのが、太一たちを作りあげた研究者たちである。


  どこから持ってきたのか、どこから手に入れたのかはまるで謎の被検体から、様々な実験や研究を重ね、日々失敗作を増やした。


  しかし、急激に発展した実験は、太一を産み出す。


  14093という太一のナンバーから察するに、それまでの14092体は、人造人間として、ましてやロボットとしても世には出せない結果だったのだろう。


  首筋に刻まれた自己の登録ナンバーは、一生消えることはない。


  それは人間にとってのDNAと同じようなもので、その物体を認識する確実な方法なのだろう。


  便利な世の中を作りだしてきた人間たちだが、その代償は、今となって形になる。


  動物や自然であれば、危惧種に指定されれば、無駄な捕獲もされなくなり、保護されるようになるが、人間は違う。


  どうせ絶滅するなら、と今まで平穏に生きてきた女が、急に薬に手を出したり。昨日まで真面目に働いていた男が、急にゲーム三昧になったり。友達を大切にしていた子供が、急に傷付けることを覚えたり。


  どこかの国では、神様は自分たちを見放したのだと嘆き悲しみ、また別の国では、毎日毎日生贄を捧げ始めたり。


  なんとも言えない、負の世界に産まれたのが、人造人間という、人間の絶滅に備えた対策であった。


  例え人間が滅びようとも、人間の形をし、人間の言葉を口にし、人間のように振る舞う彼らがいれば、人間の時代は終わらないと信じているのだろうか。


  生きとし生けるもの全て、美しく、儚い。


  「俺が願っていることは、間違っていますか?」


  目をじっと見られ問われると、優一も考えてしまう。


  今手に持っている本を、タワーになっている本の一番上に置くと、太一はそれらの本の返却場所へと動かす。


  そしてまた椅子に座ると、どこを見るわけでもなく、じっとしていた。


  「間違いかは、わからねえ」


  優一が、答える。


  「正しいのか間違ってるのか、それは、生きてりゃあそのうちわかることだ。今、無理に答えを絞り出す必要はねえと思う。有限が善で無限が悪か、有限が悪で無限が善か。俺達人間っていうのは欲張りでな、無い物ねだりなんだ」


  「ないもの、ねだり?」


  「そ。自分が持って無いものほど欲しくなる。太一が限りある命を欲しがるように、俺達は永遠の命が欲しいと思う」


  「・・・そうなのですか」


  「そうなのだ。だから、間違いだとか、そういうんじゃねえと思うぜ。強いて言うなら、人間らしいってこったな」


  「?俺が、人間らしい?」


  「そうそう」


  うんうん、と大袈裟に首を上下に動かしていると、そのうち首がゴキッと音を出し、優一はしばらく首を動かせないでいた。


  太一の質問攻めにあったあと、二人は無事に家まで帰った。


  「太一は、その陽刃って奴のことで知ってることあるのか?」


  作ったカレーを口に運びながら優一が聞くと、太一は首を横に振った。


  「そうだよな。きっと向こうも太一のことそんなに知らないんだろうな。まあ、興味っていうか関心はあるんだろうけど。それとライバル心」


  「ライバル心ですか?」


  優一に借りたままのパーカーを着てカレーを食べている太一が、口に残っていたご飯を呑みこんでから答える。


  真っ白なお皿に盛られたカレーが、見事にお腹に収まったようだ。


  「わかるか?」


  「わかりません。今まで感じたことがありません」


  まあ当然だろうな、と思いながらも、人造人間には人としての感情も組み込まれたという情報があったため、少し期待していた。


  一部の人からは非難があった製造だが、実際に第一号が出来た時なんかは、皆が人類の発展と進歩だと喜んでいた。


  テレビでは毎日のように特集を流していたし、新規の物体が出来る過程を予想してみたりと、お祭り騒ぎだった。


  しかし、実際の製造方法は国家機密として保護されている。


  研究者たちだけが知ることが多い中、太一が一人放りだされたことも気になるが、それはきっと壊れることを前提に捨てられたのだろう。


  晴天が続けば、身体を構築している何らかの部品にダメージがつくだろうし、雨が降り続けば、それはそれで錆びが出てくるかもしれない。


  背中に説明書があるなんてこと知らないだろうし、ましてや、見た目は派手だといっても普通の人間だ。


  「こいつにだけは負けたくないとか、悔しいとか。負けない為に努力したり、大切な人にはより好かれようと自分を偽ったり。その陽刃って奴は、太一にライバル心持ってるんだよ」


  「どうしてですか?俺は淳よりもずっと前に出来たもので、性能や機能、備わっている備品も、淳のほうが上回っています」


  その太一の言葉に、優一は首を横に動かす。


  「いいか。一体一体に思い入れはあろうとも、太一は一番最初に出来た“完成品”でもあり、“未来への希望”だ。きっと保坂博士にとっても、何よりも守りぬきたい大事なものだ。それは、出来栄えとか精度云々のことじゃなく、こうもっと、それ以上に大切なものなんだ」


  「わかりかねます。難しいです」


  「まあな。じゃ、難しい話はここまでだ。俺はちょっと調べることあるから部屋に籠るけど、太一はどうする?」


  「俺は少し散歩してきます。すぐ帰ってきます。この洋服は借りたままでいいですか」


  「気をつけてな。この辺治安は良いから、変な奴とかいねえとは思うけど。フードは被って行けよ」


  「わかりました」


  そう言うと、太一は皿を台所に戻し、フードを被って外へと出ていった。


  子供を預かっているわけでもないのだが、出かけて行った背中を心配そうに眺めたあと、優一も自室へと入る。


  暗くなりかけた空の下、太一は単調に一定のリズムで足を動かしていた。


  東西南北の感覚はあるものの、慣れない場所をゆっくりと歩く気にもなれない。


  点々と立ち並ぶ民家から漏れる小さな灯りは温かそうで、そこから聞こえてくる談笑は楽しそうだ。


  真一が太一に話しかける時も、同じだ。しかし違う。


  なんとも言えない感覚に襲われた太一だが、目の前を二つの大きな影を通ったことで、思考はそちらにシフトした。


  「あ、君」


  「はい、なんでしょうか」


  「この辺りに沢村って奴いるの知ってるか?」


  怪しい二人組の男は、優一のことを知っているようだ。


  一人の男は研究者たちのように白衣を身に纏っており、口には煙草、顎鬚をたくわえ、やる気の無い短髪をしている。


  もう一人は何者か不明な黒い上下のスーツに黒いマントを背負っている。


  太一の髪の毛よりも赤いのではないかというくらいの赤い瞳をしており、銀髪は輝いており、二つの小さな鳥のような生き物も飛んでいる。


  「すみません。沢村さんのことは知っていますが、正体不明の貴方方にその場所を教えるわけにはいきません。沢村さんは俺のことを助けてくれましたので」


  そう言うと、白衣の方の男は何やら急に笑いだし、マントの男は大きくため息を吐く。


  なんだろうと思っていると、白衣の方の男は吸っていた煙草を携帯灰皿に入れ、新しい煙草を口に咥えた。


  「そうだな。いきなり聞いて教えてくれるわけないよな。こっちが悪かった。俺は榊英明っていうもんだ。沢村とは保坂真一ってじいさんを通して知り合ったんだ。ちなみに俺は医者だけどな」


  「博士ともお知り合いでしたか」


  「・・・貴様、人間ではないな」


  マントの男が、太一を見て言う。


  髪の毛は見えていないはずだし、なぜばれたのだろうと思っていた太一だが、榊という男もそれをわかっていたようだ。


  平然と煙草に火をつけると、煙を空にむかって吐き出す。


  「別に貴様に興味があって観察をしていたわけでもないが、俺も人間じゃないからな。同じ臭いがする。というのは間違っているのかもしれない。いうなれば、俺は人間になれなかった、貴様は人間に成り損なった、というところか」


  「それは通常であれば愚弄、もしくは侮辱行為になります。注意した方が良いかと思います」


  「だとよ、シャルル」


  「無礼は貴様だな。俺を見て跪かないとはどういう神経をしているのか」


  榊とシャルルの関係は知らないが、優一や真一と知り合いだと言い張る。


  とりあえず優一の家まで連れて行くことにした太一は、部屋にいる優一に声をかけると、優一は眼鏡をかけた状態で部屋から出てきた。


  「なんだ、また熱心に研究資料でも読んでたのか。身近にいるなら全部聞いた方が早いし確実だろうに」


  榊に言われる優一だが、太一をちらっと見てから、「いや」とだけ答える。


  「お知り合いのようなので、連れてきました」


  「ああ、ありがとな。英明は学生のとき知りあって、シャルルはなんかよくわかんねーけど、知りあった」


  榊はベッドに腰掛け、シャルルは椅子に腰かけると足を優雅に組む。


  「で、なんで優一のとこに、あの保坂真一の最高傑作と言われる人造人間がいるんだ」


  突然の質問にも慣れている様子の優一。


  「かくかくしかじかでな。お前らは何しに来たんだよ」


  「何やら不審な動きをしてるみたいだから、博士んとこに行こうと思ってたんだよ。そしたらシャルルが空飛んでた」


  「悪いか」


  「悪いなんて言ってねーだろ。状況を説明したまでだ。まあ、なんとなくわかったよ、あそこが今どうなってるのかは。で、太一だっけか」


  「はい」


  「お前は、これからどうしたいんだ?」


  「どう、というと?」


  何を聞かれているのかが分からない様子の太一は、首を傾げる。


  「博士んとこに戻りてぇのか、それともずっとここにいるつもりなのか、ってことだ」


  絞られている二拓に、太一の答えはすでに決まっていた。


  「俺は、博士のところに戻りたいです」


  「だよな、じゃあまあ、がんばれよ、優一」


  「投げたな。全部投げたな」


  色んな話をしているうちに、外は真っ暗闇に包まれてしまい、空には煌々と月が輝いているだけだった。


  そのうちシャルルと榊が帰ろうと腰をあげると、優一は特に見送りすることもなく、手を軽く振った。


  二人の後を追う様に出て行った太一を止めることもなく、優一はテレビを点ける。


  「あの」


  「どうした」


  視線の先にいたのは、榊ではなく、シャルルだった。


  「あなたも、人間ではないのですか」


  「俺が下等な人間に見えるのか」


  シャルルは棘の刺さるような言葉を口にするが、それは太一にとっては自分と同じように感じる共通点でもあった。


  「人間が下等だと思ったことはありません」


  「それは結構なことだ」


  「あなたは、何ですか?」


  満月を背に不敵に口角をあげて嘲笑したシャルルは、あまりにも不気味なその綺麗な目を太一に向ける。


  「俺が何か。言葉として答えるなら、俺はドラキュラだ。だが貴様と同じように、人間と同じような生活を暮らせるうえに、見た目も変わらない。人間相手は実に疲れる。だからこうして、日々本来の姿に戻って、人間の世界の醜さを再認識している」


  「では、どうして人間と関わるのですか」


  突っ込んでくる太一を止めようとした榊だが、シャルルも二歩足を前に進めたため、煙草を吸って待つことにした。


  「人間中心に世の中は回っている。だからその流れを知る必要があった。それは、俺達みたいな種が生き残るためだ。生きて行く術を見つけ、身につけることによって、俺達は少しでも長く子孫を残すことを目指した。貴様らはどうだ。聞くところによると、不死だそうだな。何を心配することがある。何を不安がることがある。壊れたって、また再生するのが貴様等だろう」


  「シャルル、言い過ぎだ」


  特に太一が悲しい顔をしていたわけでもないが、榊がこの先はもっと太一や研究自体を否定する言葉が出てくるだろうと察したようだ。


  シャルルは不満気な表情を見せたが、そのままマントを広げて飛び立ってしまった。


  「悪い奴じゃないんだ。素直すぎるっていうか、自分の意見を曲げないっていうか。あのままの性格で人間と接していたら、きっと煙たがられるんだろうけどな。まあ、優一の傍にいるなら大丈夫だろ。何かあったら優一から俺達に連絡してくれ」


  「はい。シャルルさんが、羨ましかったんです」


  「・・・え?」


  何を言っているのだろう、聞き間違いではないかと、榊は耳を疑った。


  「感情が素直に出せること、自分のことに自信を持っていること、自分のことを理解してくれている人達がいること・・・。とても羨ましく思います」


  ああ、そういうことかと、榊は煙草を消して月を見上げる。


  「自分じゃ気付いてないかもしれないけどな、お前だって、表情変わってるんだぞ」


  「俺がですか?」


  「ああ。無意識なら余計、人間らしいってことだな」


  じゃあまたな、と言って、榊も暗闇の向こう側に行ってしまった。


  一人残された寒い空間から逃れるべく、優一の家に戻った。


  そこまでの道のりは決して長く遠くなく、どちらかと言えば数歩で着く距離だったのだが、その距離さえも遠く感じてしまう。


  家に帰ると、部屋にいるのか、優一の姿がなかった。


  部屋をノックして優一がいるかを確認してみると、そこには、机に臥してスヤスヤ寝ている優一の背中があった。


  ドアを開けてベッドから布団を運ぶと、優一の上にかける。


  「おやすみなさい」








  太一も部屋に戻ると、横になって天井を見つめた。


  電池の消耗を感じる。きっと部品やバッテリーの交換を含め、メンテナンスをする時期がくるのだろう。


  このまま壊れて、動けなくなっても構わないと思っていたが、今は違う。


  シャットダウンする前に、どうしてももう一度だけ真一に会って、聞きたいことがある。


  太一は今日の出来事を保存すると、スリープ状態に入った。








  翌日になって、身体の軽さを感じた太一の目の前には、何やら作業着を着ている優一がいた。


  「沢村さん、おはようございます」


  「おす。とりあえず部品交換したし、バッテリーも大丈夫だし、あとは関節部分だけ磨くか。そしたらもっと動きやすくなると思うから、もうちょっと寝てろ」


  「・・・・・・ありがとうございます」


  全く以て、理解が出来ない。


  見ず知らずの相手に、どうしてここまで出来るのだろうか。ましてや、人間ではない、そんな存在に。


  太一が一番最初に瞼を開けたとき、研究者たちはこぞって歓喜した。


  しかし、人間に近づけば近づくほどに、今度は徐々に太一を遠ざけはじめた。


  そのうち淳という、人間以上に人間らしい製品が完成すると、今度はそちらにばかり興味を示した人間たち。


  それでも、真一だけは太一に対する対応を変えず、それどころか、より太一に愛情を注ぐようになった。


  淳の身体には、高性能の部品が詰められている。


  相手の脈拍や汗、体温や視線の動きなどを感知できるものがあると、噂では聞いたことがある。


  それが出来たところで何がすごいのか、それは人間らしいというのか、と太一は一度だけ、淳に聞いたことがある。


  そのとき、淳は太一の腕を壊した。


  ロボットのように配線が出てくればまだよかったのだが、特別に製造された太一たちの体内からは、血のような赤い液体が噴き出した。


  それが全て流れたところで、倒れたり死んだりはしないのだが。


  冷静に自分から吹きだす赤い液体を眺めていた太一だったが、いち早く応急処置をした真一の助手によって、淳と太一は別々の実験室に入らされることとなった。


  そんな思い出したくも無い記憶を思い出していると、優一が太一の額を叩いた。


  「おい、違和感はないかって聞いてるだろ」


  「違和感ありません。異常無しです」


  「そっか。よかったよかった」


  「どうして、俺を直すんですか」


  「太一は変なこと聞くんだな。まあ、しかたないか」


  スパナやドライバーの工具をしまいながら、優一は笑う。


  「巡り合わせってもんがあるんだよ。悪運もまた縁ってな。昨日のあいつらだってそうだ。出会って無かったら、俺もこうして、ここにいることは出来なかったかもな。だから、理由はない。理由なんていらないんだよ。わかったか?いや、わからなくても、なんとかインプットしておけ」


  「・・・インプットしました」


   ハハハハ、と笑う無邪気な笑みに、太一も頬を緩める。


  「さて、今日は忙しくなるな」






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