友好と友情のベール
後ろを振り向いた私の視界に見えたのは、私の背中にぴったりと張り付くアリシア様の姿でした。
「ア……アリシアさ……。いえ、アリシア王女殿下?」
危うくアリシア様とお呼びしそうになり、慌てて言い直します。
見ればアリシア様の肩口がふるふると震えていて。
「……ううっ。ミュリル~……。ごめんなさいー……。私のせいで……ううっ……。私……私っ……!」
小さな震える声でむせび泣くアリシア様の姿に、胸がきゅっとなります。
けれどここは、国中の貴族たちが集まる場です。
隣国王室のお立場というものがありますからね。王族が泣きむせぶ姿を皆に見せるわけにはいきません。
とっさに自分の体でアリシア様を隠すように立つと、その頭をそっとなでます。
「殿下、……アリシア王女殿下。お顔をお上げくださいませ。どうかそう泣かないで……。皆が見ていますよ?」
けれど、どうやら頭をなでたのは逆効果だったようで、さらにアリシア様はふえええん……と泣いてしまわれて。
私は、アリシア様の涙に濡れた顔をそっとハンカチで拭い、小さな声で語りかけます。
「それに、見てください。私はこの通り元気です。顔色もいいし、けがだってありませんし。ピンピンしてます。……あの日のことは、不運な事故のようなものです。だからもう、殿下がお気になさらなくても良いのですよ?」
そういった私の言葉に、アリシア様はふるふると頭を振ると。
「でも……、私のせいよ。私があんな軽率な真似をしたから、人違いでミュリルが狙われて……。本当にごめんなさい。もう絶対に、あんな無自覚な行動はしないと約束するわ。……でも本当に、ミュリルが無事で良かった。本当に……本当に良かった」
そう言って、そのかわいらしいお顔にようやく笑みを浮かべてくれたのでした。
「あんな目にあったのが、殿下じゃなくて良かったです。私はたくましいですからね、ぱぱっとあんな奴ら退治してしまいますから」
おどけてみせれば、ようやくアリシア様もほっと安堵なされたようでした。
まぁ一歩間違えば、アリシア様の身に何事かが起きていないとも限りませんからね。今後はお気をつけいただきたくはありますが。
「ほら、そこのじゃじゃ馬姫。その話は他言無用だ。公にはしていないのだからな。分かったら、皆の前へ。今夜は発表することが、目白押しだからな。ちゃっちゃと頼むぞ」
陛下に苦笑交じりにうながされ、アリシア様はちょっぴり頬をふくらませると。
ゆっくりと、観衆の前に歩み出たのでした。
そして。
「皆の者。今宵はよく集まってくれた。今宵は隣国よりアリシア第三王女殿下を招いている。詳細は省くが、先日ここにいるジルベルト宰相の奥方、ミュリル・ヒューイッドが、アリシア王女殿下との隣国との友好の架け橋となる役割を果たしてくれた」
陛下の朗々とした声が、会場に響き渡ります。
それを、口をぽかんと開けたまま聞いている私と。
一応は口を閉じてはいらっしゃるけれど、その目をかっと大きく見開いているジルベルト様が見つめる中。
「その礼と友好の証にと、隣国より贈り物をたまわっておる。それが、宰相の奥方が身につけているこのベールだ」
その声に、会場から歓声とどよめきが上がりました。
当然のことながら、観衆の目は私の身につけているこの濃紺のベールに集中します。
その視線の熱さに、困惑と驚きを隠せずにいる私に。
陛下に目配せされたアリシア様は、澄ました顔で私の手を引いたのでした。
「こちらのベールは、我が国の名産である最上級のレースと、我が国で産出された中でもとりわけ純度の高い一級品の宝石とを合わせて作り上げたものですわ。このベールを、この度二国間の友好の証として宰相夫人へと贈らせていただきました」
アリシア様はちらり、とこちらにいたずらっぽい笑みを向けた後。
「私たちの今後ますますのあたたかな友情と末永い繁栄を願い、今宵は大いに親交を深めることといたしましょう」
アリシア様が観衆に向けてそう告げた瞬間。
夜会会場は、割れんばかりの拍手と大歓声に包まれたのでした。
その熱狂の中、アリシア様は私の手をギュッと握りしめにっこりと微笑むと。
「ミュリル、これからもよろしくね。あなたは私の大切な大切なお友だちだもの。だから時々は身分なんか忘れて、一緒に遊びましょうね?」
アリシア様のお顔が、先ほどまでの凛とした王女の顔から年頃の少女らしいあどけなさに変わっていました。
そのモンタンを彷彿とさせるかわいらしさに、思わず内心悶絶しつつ。
「はいっ。もちろんです! こちらこそこれからもお願いいたします」
私の返事に満足したようにうなずくと、はっと何かに気がついたように観衆へと向き直ります。
そして。
「大切なことを言い忘れておりましたわ。遅ればせながらではございますが、あたらめて宰相ご夫妻のご結婚を心よりお祝い申し上げます。お二人の末永いお幸せを、心よりお祈りしております」
もちろんその言葉に、観衆はさらに熱狂し。
鳴り止まない拍手と歓声が私たちに注がれる中。
困惑と作り笑いとを必至に浮かべた私たちは、一刻も早く時が流れるのを祈るしかなかったのでした。
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