王妃様の企み
ようやく熱狂の波が引きはじめた会場に、どっと疲れを感じてふと隣を見れば。
ジルベルト様が、背後の陛下とアリシア様にじっとりと静かな怒りをにじませた視線を注いでいて。
「良いではないか。これで皆お前たちの純愛の噂にも、信憑性が増すというものだ。幸せな姿を見せつけておけば、互いにおかしな虫も寄り付かずに済むというもの」
「そうですよ。ただでさえミュリルはこんなにかわいらしくて、優れた才能にあふれた方なのですもの。自分のものだと大いに見せつけておくべきですわ」
澄ました顔でそう返す陛下と王妃様。そして。
「そうよ? ミュリルは他の殿方の前で着けるベールを所望するくらい、こんなに奥ゆかしくて素敵な女性なのだもの。ちゃんと知らしめておかないと、他の男性が放っておかないわよ?」
アリシア様までがそんなことをおっしゃって。
思わず「ベールは奥ゆかしさによるものではなく、ただの恐怖症対策です」と言いたい言葉を飲み込みます。
そしてジルベルト様の様子をうかがえば、なぜか眉間にシワをよせて難しい顔をしていて何かを考え込んでいらっしゃるようで。
「ジルベルト様……?」
思わずそう声をかけた瞬間。
ジルベルト様の腕が伸びて、ふわりと私の腰に巻き付いたかと思うと。
「……心配は無用です。もう二度と危ない目にあわないよう、私が守りますから」
そう言うと、突然。
自分の方へと強く、私を引き寄せたのでした。
なぜか観衆の視線に見つめられる中、すっぽりとジルベルト様の体に抱きとめられた私は。
もはやベールがあるとかないとか、そういう問題ではありません。顔からどころか全身から火が吹き出そうなほど真っ赤に染まり、身動きすらできず。
皆の視線が集中しているのがわかります。
いたたまれません。本当に。
「うむ。どうやら心配はいらないようだな。ほら、言ったとおりだろう。お前たちはきっとうまくいくと。はっはっはっ!」
「あら、まぁ。うふふ。なんだか今夜は暑いようですわね」
「……甘い。……甘いわ。それになんだか腹立たしい……。私のミュリルを独り占めしてずるいわ……。私だってミュリルといちゃいちゃしたいのに……」
周囲からの生温い視線と、くふくふという含み笑いを聞きながら。
体から伝わるジルベルト様の熱とに、私は。
ひたすらにうつむいたまま、悶絶するしかないのでした。
けれどまだ私は知らなかったのです。
驚きの夜は、まだまだはじまったばかりだということを――。
「おお、そうだ。まだまだ皆に伝えねばならぬことがあった。ふたりにあてられてすっかり忘れるところであった」
「あら、そういえばそうだったわ。うふふ」
陛下と王妃がはっと何かを思い出したように、顔を見合わせます。
なんとなく、陛下のその顔に浮かんだ表情に引っかかりを覚えた私は。
思い出したのです。まったく同じ顔をあの時もしていたことを。
そう、私とジルベルト様を最初に引き合わせたあの王宮で、「そなたに提案があるのだ」と持ちかけたあの時と。
嫌な予感に、つうっと背中に汗が伝います。
またおかしなことを画策していなけれは良いのですが。
ふと隣を見れば、ジルベルト様もいぶかしげな表情で陛下と王妃様とを見つめています。
顔を引きつらせて見つめる私たちの視線の先で、王妃様はすっと立ち上がると。
いまだおかしな熱気に包まれていた場が一瞬静まり返り、一斉にこちらに視線が向きます。
「実は、私からも皆にお知らせがありますの」
王妃様のきれいな、けれどよく通る声が会場に響き渡ります。
そして王妃様はゆっくりと振り返り、私をちらと見つめ、口元にやわらかな笑みを浮かべると。
「こちらにいらっしゃるかわいい方。我が国の宰相の若き奥方になられたミュリル様は、新進気鋭の木工芸術家でもありますの。美しいものには目のない皆様のことですから、噂はもうご存知ね?」
「……にっ!?」
驚きで、おかしな声が出ました。
にってなんですか。にって。
困惑を隠せず、ベールの下で目を白黒させれば。
「宰相へと贈られた馬の木工作品は、それはそれは素晴らしい出来でした。躍動感にあふれ、まるで今にも動き出しそうな力強い出来栄えで。……こんなに素晴らしい才能を、小さく眠らせておくわけには参りません。なんといっても、芸術は国の宝ですからね。そこで」
一旦そこで言葉を切った王妃様が、観衆の中にちらと目を向けると。
人の輪の中から、ある見覚えのある人物が歩み出たのでした。
「……セルファ夫人?」
驚く私たちをよそに、王妃様はセルファ夫人をそばに呼び寄せ。
そして、高らかに告げたのです。
「そこで今後、作品の保護と適正な売買のために、ある取り決めを作ることにいたしました。ミュリル様に制作に邁進していただくためにも、作品の販売管理といった一切をこちらのセルファ夫人にお願いすることにいたしました」
そしてセルファ夫人もまた、ふくよかな笑みをお顔に浮かべて続けたのです。
「お話の通り、今後宰相夫人の作品の販売管理は私がさせていただきます。作品をぜひにという方は、制作にお忙しいミュリル様にではなく、私にお声がけくださいましね。作品のお引渡しまで、私がすべて窓口となりますわ。よろしくお願いいたします」
そう言ってセルファ夫人は、艶然と微笑まれたのでした。
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