月夜の脱走劇


 

 そしていよいよ決行の時――。


「よし。ロープも窓枠に結び終えたし、後はここを降りるだけ……」


 扉の前には、背丈ほどの高さまで積み上げられた樽や木箱のバリケード。


 そしてそれを強引に突破された場合に備えて、蔵の奥から扉方向へと重量のある木材や金属片が男たちの顔面めがけて振り子のように落ちてくる仕掛けをいくつも用意し。


 足元には、尖った金具や釘の飛び出た木っ端などを撒いておくのも忘れません。


 これである程度は男たちを足止めすることができるはず。 

 でも何より大事なのは、逃げるまでの時間を少しでも多く稼ぐことです。


 いつ首謀者が私を改めにここへくるか分からない以上、一刻も早くここから脱出しなければならないのですから。



「……さぁ、なんとしてでも皆のところへ帰るわよ。恐怖なんかに、もう負けないんだから……!」


 震える足にぐっと力を込め、精一杯奮い立たせ。

 物音を立てないようにそっと足を忍ばせ窓の下に立ち、ゆっくりと窓へと積み上げた足場を上りきり。


「どうかここを離れるまでは、気づかれませんように……」


 祈るような気持ちで私は息をのみ、私は窓の縁に手をかけたのです。

 


 そうして身を乗り出した、まさにその時でした。




 ばあああああああんっ!!


 扉の取っ手がガチャガチャと音を立てた次の瞬間、扉に何か重いものを叩きつけるような轟音が響きました。


 そして続く、男たちの野太い怒鳴り声。


「なんだぁっ? これは! 何かがつっかえてて扉が開かねえっ」

「何かが扉の前に積んであるぞ。まさか、あの女が? おい! 王女様よっ。てめえ何しやがったんだっ」


 その声の大きさと迫力に、一瞬しっかりつかんでいたはずの手が震えて力が抜けてしまい。


「……あっ! ……と、危なかったわ……」


 危うく、窓から真っ逆さまに落ちるところでした。


 すんでのところで体勢を立て直し、深呼吸します。


「どうするよっ? これじゃあ、せっかくの金づるを旦那に引き渡せねぇ!!」

「馬鹿野郎っ! 体当たりでも何でもしてぶち破れっ!! 金づるに逃げられたら、俺たちだってただじゃすまねえんだぞっ」


 男たちが騒ぎ立てながら、扉に体を打ちつけているのでしょう。

 次第に扉はひしゃげ、メリメリと嫌な音を立てはじめました。


「くそぉっ! おい、王女様よぉ! 一体何のつもりだぁ? どうせこんな蔵から逃げるなんてできねんだ。大人しく出てきやがれ!」

 

 大男の声には、荒立ちと焦りが色濃くにじんでいました。


 きっと男たちは、こんな小さな窓から大人の私が逃げ出せるわけがないと踏んでいたに違いありません。

 現に私だって実際に身体を通してみるまでは、自信ありませんでしたから。


 けれど、なんとかセーフでした。

 これもひとえに女性としては少々貧弱…いえ、スリムなボディのおかげです。


 慌てて窓枠に身体を潜り込ませ、じりじりと外にはい出します。

 窓枠に肌が擦れて、身体のあちこちに焼けるような痛みが走ります。


 痛みをこらえてなんとか窓の外にはい出すと、今度は休むまもなく命綱である手製のロープをぎゅっと握りしめると、外壁のくぼみに足をかけ息を整えます。


 窓は想像よりも高い場所に作られていて、足を滑らせて落ちてしまえば、足をくじくどころでは済まない高さにごくりと息をのみます。


 ゆっくりとロープを握りしめながら、外壁のくぼみに足をかけ慎重に地上へと下りていき。


 その間にも、男たちの声は荒々しさを増しながら少しずつ近づいてきます。


 男たちが私が外に逃げ出したことに気がつく前に、早くここから逃げ出さなければ。


 そう思うのに、手にかいた汗でつかんだロープがすべってうまく降りられず、気ばかり焦ります。

 それでもようやく地面に足を着いた瞬間。


「おいっ!!!! 王女さんよっ。何を企んでるか知らねえが、このままで終われると思うなよっ」

「こけにしやがって! 絶対に逃さねえ! あの女!!」


 どごおおおおんっ!! 

 ずがああああんっ!!


 力任せに押された扉がついに開く音がしました。


 そして、続く絶叫。


「ぎゃあああああっ!! 痛えっ!! 上から何か降ってきやがったぁ!」

「ひいいいいっ! 足に釘がっ、釘が刺さったぁっ!!」

「うわっ! あいだだだだっ!! 助けてくれえーっ!!」


 どうやら仕掛けはうまく発動したようです。

 三人の悲鳴がしっかり聞こえてきたところを見ると、逃げ出すくらいの時間は、なんとか稼げるかもしれません。


 大分痛そうな仕掛けですからね、あれ。


「なんだよ! なんなんだよっ!! あの姫さんは!」

「あんな王女がいるかよ! 偽物じゃねえのかっ!?」


 ええ、お察しの通りです。

 こんな武器やら仕掛けやらを作る王女様も、下着姿で窓から逃げる王女様もそうはいないでしょうからね。


 でもまあ、できればあの男たちが痛い目にあう場面を直視せずに済んで良かったです。


 いくら悪者とはいっても、誰かが痛い思いをしているのを見るのはさすがに楽しくありませんし。しかもそれが自分の仕掛けたもののせいとあっては、ね。



 けれどまぁ。

 なにはともあれ無事に脱出は成功し、あとは男たちの手から遠く離れた場所に逃げるだけとなったのでした。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る