妻の奪還 2

 



「船で隣国に連れ出すつもりなら、この町で休むはずだ。この先には、港までまともに体を休められる場所はもうないからな」


 地図を広げ、犯人たちが向かいそうな場所を絞り込む。


 一刻も早くミュリルの居場所を突き止め、安全に確保しないとミュリルが王女でないことがばれてしまう。

 そうなれぱ、ミュリルの身の安全は。


 ジルベルトは今さらながらこんな事件を起こした犯人たちを今すぐこの手で締め上げたい思いで、舌打ちする。



 今頃ミュリルは、どれほど恐れおののいていることだろう。

 恐怖で震えてはいないか、泣いてはいないか、そう思うと胸が苦しい。


 一刻も早く助け出してやりたい。ミュリルが恐怖する対象のいない、安全な場所に。


 庭師の甥の近くでオーレリーのブラッシングをするだけで、精一杯だったミュリルが今ゴロツキたちに囲まれているのだ。

 おかしなことをされていないか、けがはしていないかと気が気ではないし、腸が煮えくり返りそうだ。


「この町には、今はもう使われていない酒蔵などが点在しています。いくつかの班かに分かれて捜索しますか?」


 ふとミュリルを思い、上の空だったジルベルトは隊員に向き直った。


「あ……ああ。そうだな。では私はまずこの酒蔵から当たる。一番奥まった位置にあるし、人目につきにくそうだからな。他は、数人ずつ分かれて当たってみてくれ」

「わかりました」


 ふと少し離れた先に繋がれているセリアンに、視線を移す。


 町のある方を血走った目でじっと見つめ耳もピンとそばだてているところを見ると、やはりミュリルの気配を感じとっているようだ。

 この先の町にミュリルがいることは、きっと間違いないだろう。


 オーレリーはと見れば、こちらはいつもと変わらず能天気そうな様子で若い隊員にしっぽを振っているが、まぁいざとなれば活躍してくれるに違いない。……多分。



 町にはあと少しで着く。


 が、ジルベルトにはその前に警邏隊の面々に伝えねばならないことがあった。



 ずらりと並んだ隊員たちに、声をかける。


「皆に、どうしても死守してもらいたい頼みがある」


 何事かと、隊員たちの顔が険しくなる。

 そんな彼らに向かい、ジルベルトは毅然とした声で告げた。


「もしミュリルを見つけたら、誰にも触らせず必ず私を呼んでほしい。絶対に警邏隊の誰も、ミュリルに接触しないよう気をつけてくれ」

 

 一瞬その言葉に、場がざわついた。


 それもそうだろう。

 こんな一刻も早く助け出すことが先決なのに、誰も救出対象に触れてくれるな、とはおかしな話だ。


 が、男性恐怖症を抱えたミュリルにとっては、それが何より脅威なのだ。


 もし警邏隊が救出のつもりで差し伸べた手に恐怖を感じてパニックを起こせば、犯人たちに隙を与え結果思いもよらない危害が及びかねない。


「接触……ですか? それは一体なぜ……」

「詳しくは言えない。が、必ず守ってほしい。すぐに私がかけつけ、妻を救出するから絶対に触れないでくれ。頼んだぞ」


 隊員たちは怪訝そうな表情は浮かべてはいたが、皆納得してくれた。



 指示を出し終え、ジルベルトはいよいよその時が迫っていると口元を引き結ぶ。


「まったくお互いに不便だな……。緊急事態であっても、触れられないとは。……でも私がいる。夫である私がなんとかする」


 自分だって、ミュリルからしたら他の隊員たちと同様に恐怖対象だ。


 けれど、安全に確保するには多少の犠牲は仕方がない。ここで言う犠牲というのは当然ミュリルのことではなく、ジルベルト本人のダメージと言う意味で。

 

「たとえ殴られても、切りつけられてもいい。たとえ嫌われてこの先一生許してもらえなかったとしても、この身全部で受け止める。パニックでも起こして、余計に危ない目にあうよりはましだからな……」


 ミュリルの命を守るためには、自分が傷つき嫌われでも仕方ない。


 それに何より。

 他の男に、ミュリルを触れさせたくない。


 たとえそれが助けるためであって他意はないとしても、それでもミュリルの体に他の男の指が触れると考えただけで――。


「ミュリル……。もう少しだ。今行く。だからどうか大人しく待っていてくれ……」


 願うような気持ちで、けれどどこか言いしれぬ不安を感じつつジルベルトは妻の無事と救出の成功を願うのだった。


 


 それと時を同じくして、ミュリルが月を見上げ「この月をどこかでジルベルトも見ているかしら」などと思っていたのだったが。


 まさかそのジルベルト当人が、自分のすぐ間近まで迫っていることなど知る由もない。


 そしてまたジルベルトも、夢にも思っていなかった。


 まさかミュリルが、自力で男たちから脱出するために、手製の武器や仕掛け作りにせっせと励んでいるなど。



 夜空にぽっかりと浮かんだ月に、互いへと思いをはせる夫婦(契約上の)なのだった。






 ◇◇◇ ◇◇◇ 




 そして、ジルベルト率いる警邏隊一行は町まであと少しという位置にさしかかった。



 ガルルルルッ……!


「オーレリー? どうした? っおい、待て! 急に走り出すな。こらっ!」


 若い隊員が、突然今にも町に向けて走り出そうとするオーレリーを抱え込む。


 オーレリーはつい先ほどまでののんびりしたいつもの天真爛漫な様子から、今は歯をむき出しにして怒りを露わにしている。


 ジルベルトはそのかたわらにしゃがみ込み、頭をなでる。

 

「……いるんだな? ここに」


 そう問いかけに、オーレリーはそのつぶらな目でしっかりとこちらを見つめ、ジルベルトはこくりとうなずく。


 セリアンとも目で合図を交わし、心をひとつにする。


「いよいよだ。……行くぞ。セリアン、オーレリー。お前たちの大事な主人を、そして私の大事な妻を、ミュリルを迎えに行こう」 


 そしてジルベルトは、ずらりと居並ぶ屈強で信頼に足る隊員たちに声をかけた。


「皆、ここにミュリルがいる。男たちの匂いをたどって、オーレリーが案内してくれるはずだ。さっきの指示をくれぐれも忘れず、無事に妻の救出に手を貸してもらいたい! 頼んだぞ」


 ジルベルトの声に隊員たちはしっかりとうなずき、心をひとつにする。



 そして一団は、町へと突入したのだった。






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