求婚の真相
その頃ヒューイッド家では。
アリシア王女殿下が、えぐえぐとしゃくり上げながら心の内を打ち明けてくださっていました。
「私の国では、王族の子女は皆小さいうちから騎馬を仕込まれるの。お兄様たちもお姉様たちも、もう小さな頃からすぐに乗れるようになったわ。でも、私はだめ。何度挑戦しても、どんなに高名な先生についていただいてもちっとも乗れないの」
馬に乗れないことが、アリシア殿下にとってはよほどコンプレックスなのでしょう。
セリアンの馬房が近づくにつれ、みるみるその大きな目のふちに涙がたまっていきます。
「お姉様方にもお兄様方にも馬鹿にされて、呆れられて……。だから私……あんな国さっさと出ていってやるって思って。他国の方の元へ嫁いでしまえば、馬に乗れなくたって馬鹿にされることはないもの……」
ん? じゃあもしかして、ジルベルト様に求婚したのって……。
思わずきょとん、とした顔で殿下の方を見やれば。
「……そ、そうよ。利用するみたいで悪いとは思ったけど、宰相という立場にあるジルベルト様なら、私が嫁いでもなんとかなるかと思って……それで」
「では、恋い焦がれていらっしゃるというわけでは……?」
バツが悪そうに、殿下はうなずきました。
「有能だと聞いていたし、見た目も悪くないし、身分はちょっとあれだけどまぁなんとか釣り合いも取れるかなって……。それにあれだけ堅物なら、女癖も悪くなさそうでしょ?」
まぁその点においては、間違いないとは思います。なんなら、女性に近づくことすらできませんからね。
殿下がジルベルト様に恋心を抱いていたわけではないと知り、なぜかほっとします。
「でもそれもだめになってしまったわ……。さすがに離婚歴のある相手との婚姻はさすがにお父様がお許しにならないでしょうし」
そう言うと、殿下はがっくりと肩を落としました。
「でも結婚しなくても、馬に触れられるようになれば国を出る必要もなくなるのですよね?」
家族に馬鹿にされたり受け入れてもらえないのは、とてもつらいことです。
けれど、だからといってそのために関係を断つかのように国を離れるのは、もっとつらい。
それにいくら王族の結婚といえども、国を離れるためなんていう理由ではなく、少しでも信頼と愛に基づいたお相手と結婚できたほうがずっと幸せですし。
もちろんどうしても馬の近くにさえ近寄れないほどに恐怖心が強いままなら、他国へと出た方が幸せなのかもしれませんが。
「それはそうだけど、でも今ままで散々試してだめだったのよ……? いくらあなたの馬でも、きっとうまくいかないわ……」
めげる気持ちは分かります。
でも、せっかくここにセリアンがいるんです。他の馬ではなく、あのセリアンが。
なんとなく、なんとなくなのですが、セリアンとなら殿下の恐怖もほんの少しはましになる予感がするのです。
それは、セリアンの生い立ちのせいなのかもしれません。そして、これまで私とずっと一緒に過ごしてきた時間が、そう思わせてくれたのかもしれません。
セリアンは、特別な馬ですから。
その時、何かを察知したのか庭の方からいななきが聞こえた気がしました。
「……もしセリアンに会ってみてだめだったら、すぐにお部屋に戻ってお茶にしましょう。でもほんの少しだけ、セリアンに挨拶だけでもしてみませんか?」
「セリアンっていうのね、その馬の名前……。……噛まない?」
殿下が不安そうに問いかけます。
「噛みませんよ」
「……にらんでこない?」
「にらみません」
「……蹴らない?」
「蹴りません。意地悪をしたり、こちらがセリアンを馬鹿にしたりしない限りは、そんなことしません。とても賢くて、人の心の痛みが分かる優しい子ですから」
殿下はそれでも不安げな様子で。
急がず焦らず、ここはじっと殿下の心が落ち着くのを待つしかありません。
恐怖症がそう簡単に克服できるようなものでないことは、自分が一番よく知っていますから。
「あ、そうそう。ここには他にも動物がいるんですよ。犬のオーレリー、それとうさぎの……」
そう言いかけて、やっと思い至りました。
殿下が何に似ているのか。
「そうよ……、モンタンだわ!」
「え? なぁに? 急に大きい声を出して……?」
ついそう大きな声を上げた私を、殿下がきょとんとした顔で見上げているのがこれ以上ないくらいにかわいらしく。
そのきらきらとしたきれいな大きな目をきょとんと丸くしている様も、ちょっと気の強そうな顔も本当にそっくりです。
「あとでうさぎのモンタンにも紹介しますね。きっと気が合うと思いますわ、よく似ておいでですもの。ふふっ」
けげんそうな顔で首を傾げる殿下に、思わず笑いをこらきれず。
気が強くて威勢が良くて、けれどとびきりかわいらしいところがモンタンによく似た王女様が、好きになりはじめた私なのでした。
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