お仲間が増えました

 


「えーと、ではつまり……。殿下は馬が怖くて乗れないばっかりに、国で肩身の狭い思いをなされていると。だから国を出たいと?」


 アリシア王女殿下の母国は、騎馬が強いことで知られた国です。国民すべてが馬ありきの生活をしているとかで、男性のみならず女性も皆馬に乗れるのが当たり前だとか。

 もちろん王族も然り、です。


「そうよ! 悪い? だって怖いんだもの!」


 殿下の目には、紛れもない怯えの表情が浮かんでいて。


「怖い……。なるほど……」


 アリシア王女殿下の顔はいまや蒼白に変わり、その目には完全に怯えが浮かんでいました。

 その様子はまるで、私やジルベルト様が異性に怯える姿そのもので――。


「もしかして殿下は、馬に近づくだけで足がすくんで動けなくなるとか、逃げ出したくなるとか、失神してしまったりは……?」


 あまりの怯えように、もしやと思いそうたずねてみれば。


「なぜ知ってるの……? 私が馬を見るといつもそんなふうになるってこと」


 王女殿下の目がまん丸くなりました。

 驚いたお顔もかわいらしいですね。


「やはりそうでしたか……」

「やはり……って?」


 もし殿下がただ馬が苦手だとか慣れていないという理由で乗れないのであれば、きっと国を出たいと他国へ強引に嫁入りしようとまではしないはず。

 でも明らかに殿下はひどく思い詰めた深刻なご様子で。


 となると、もしやお仲間という可能性もあると踏んだのです。


「もしかしたら殿下は、馬恐怖症でいらっしゃるのかもしれません」

「馬……恐怖症?」

「はい」


 アリシア王女殿下が、ぽかんとしたお顔をなさっておいでです。

 

 そうです。きっと殿下は馬恐怖症に違いありません。

 だって馬のお話をしているだけで、先ほどから手の震えが止まらないのですから。


 その姿はなかなかに痛々しくお辛そうで、なかなかの重症といえるでしょう。

 そう、私やジルベルト様と同じくらいに。


「何なの、それ?」

「ええと……精神的な病気みたいなものです。好き嫌いではなく、激しい恐怖のために身体症状まで現れたりするのが特徴なんです」


 殿下は、困惑した表情を浮かべながら首を傾げておいでです。そのそぶりがまた、やはり何かに似ているような気がしてなりません。


「……病気、なの? 皆は私にやる気がないとか軟弱だからとか、王族のしての覚悟がないからだって言うのだけれど……」


 殿下の恐怖を見る限り、ただの気持ちの問題などではないのは確かです。

 これは、やる気や気力でなんとかなるものではありません。

 この恐怖の苦しみや辛さはよく存じています。

 きっと私だけでなく、ジルベルト様も。


「やはり殿下のお国では、馬に乗れないというのは、不都合がおあり……なのですか?」


 可能ならば、馬に接しないで済む方が精神的にはお楽かとは思います。

 でも、やはり。


「平民ならそれでも平気よ。でも王族は、有事の際には自ら馬にまたがって国を守り戦うのが責務なの。それを果たせない王族なんて、ただのお荷物だわ」

「なるほど。責務……ですか」


 殿下の顔が暗く沈み込みます。


「責務を果たせない王女なんて、あの国では存在意義がないの。情けなくて、恥ずかしくて……でも、どうしてもできない。無理なの……」


 皆が当たり前のように馬に乗れる中、自分だけが責務を果たせない。

 それはきっと殿下にとって、針のむしろにいるかのような苦しみなのでしょう。


 同じ苦しみを持つ者同士、そのもどかしさと悔しさが分かり胸が痛みます。


 私もそうです。これまで何度もうんざりするくらい自分を責め、情けなく思ってきたのです。

 それはもちろん、今も。


 だからこそ同じ苦しみを抱えるジルベルト様に共感もし、力になりたいと思ったのですから。


 そして、今目の前でその大きな目にいっぱいの涙をたたえうつむくアリシア王女殿下に対しても、その気持ちは同じで。


「私がもし、お力になりたいといったらどうなさいますか?」

 

 そして気がつけば。

 私の口から、そんな言葉がぽろりと転がり出ていたのでした。


「……力に? 私の……?」


 思わず、はっとしました。

 一体私は何を口走ったのかと。


 私なんかに王女様の恐怖症を克服する手伝いなんて、できるはずもないのに。

 だって、自分の恐怖症もちっとも克服できずにいるのです。


「あ、あの……いえ、私には大したことはできないのですが。でも、あまりにも殿下がお辛そうで……」


 その瞬間、殿下の目からぽろぽろと雫がこぼれ落ちました。

 その姿があんまりにもかわい……いえ。おかわいそうで、今さら後にも引けず。


「実はここにはセリアンというかわいい馬がいるのです。私の子どもの頃からの大切な家族のような存在なのですが、あの子相手にならあるいは、と思いまして……」

「馬が……あなたの家族?」

「はい。大切な家族で、親友で、心の支えなんです。だからあの子となら、もしかしたら殿下も少しは仲良くなれるかも、と……」


 そう伝えると、殿下はしばし黙り込み。


「……あなたは、できると思う?」

「……わかりません。でも、生き物には相性というものがありますから。もしかしたら殿下と気の合う馬も、この世界にいるかもしれませんし」


 そう、たとえば私にとってのジルベルト様のような。

 怖い男性という対象には変わりはないけれど、それでも自分からほんの少し、近づいてみたいと思えるようなそんな相手が、いるかもしれません。


 殿下にとってのそんなお相手、いえ、馬が。


「……でも私、あなたに文句をつけにここにきたのよ? ジルベルト様との結婚を横からかっさらったあなたに、喧嘩を売りにきたのよ? それなのに、私を助けるっていうの?」

「ええ、まぁ……。助けて差し上げられるかどうかはわかりませんが、でもあまりにお辛そうですので……。ですから、何かお手伝いができれば、と」


 私の言葉を、殿下はまっすぐな眼差しで見つめしばし黙り込み。


 そして殿下は。


「あなたって馬鹿がつくほどお人好しね。……でも、いいわ。……あなたがそう言うなら、やってみる。私」


 殿下はそう言うと、涙に濡れたままの、けれど先ほどよりは晴れやかな顔で、こくりとうなずいたのでした。


 



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