パーティの招待状
宰相夫婦が純愛で結ばれた理想の夫婦だという噂は、それからも消えるどころかさらに過熱していく一方で。
そんな折、あるご婦人がヒューイッド家を訪れたのです。
その手に、一通の招待状を持って。
「まぁ! あなたがジルベルト宰相の噂の奥方ね。なかなか外においでにならないから、いつお会いできるかと首を長くしておりましたのよ? きっと宰相が奥様かわいさの余り、屋敷に閉じ込めていらっしゃるのね」
「そんな……。今日はようこそおいでくださいましたわ。セルファ夫人。お会いできて光栄です」
あんな噂が広まってしまっては、こんなお誘いがくるのは当然といえば当然の成り行きでした。
「噂通り、本当にかわいらしい方ね。宰相様が閉じ込めておきたくなるもの分かるわ」
セルファ夫人は、そう言うと軽やかな笑い声を上げにっこりと微笑みます。
ふっくらとした体に優しげな色のドレスを身にまとい、控えめながらも上質とひと目で分かるアクセサリーを身に着けたその姿は、たおやかで美しく。人の心を惹きつけるその笑みからは、おおらかな包容力を感じます。
セルファ夫人が社交界にあって、どんな立ち位置にいらっしゃるのかはさすがに社交界に満足に出たことのない私でも知っています。
そしてそのお誘いを簡単に断るわけにはいかないことも。
「それで、この招待状は……」
先程渡されたばかりの一通の招待状が、ずっしりと重く感じます。
だってこの招待状は、きっと――。
「私が定期的に主催している慈善パーティへの招待状ですの。出席者は皆さん身元の確かな方ばかりの、とても和やかなちゃんとした集まりよ。ミュリル様がこうした社交をなさらないとは聞いているのだけれど、これは慈善事業だもの。一度くらいご夫婦でいかがかしら、と思って」
慈善のためのパーティ、といわれてしまっては無碍に断ることも出来ません。
それに、実際にこのパーティで集まった資金が親を失った遺児たちの教育や医療に使われていることも知られていますし。
が、おそらくは恐怖症の対象となる男性もいる集まりに私が出席できるわけもなく、まして夫婦で出席するなど。はいそうですか、と了承するわけにはいきません。
正直に言って、困惑の極みに尽きました。
「慈善というのはやはり、なかなか理由がないと集まらないものですわ。ただの優しさや義務感だけではね。ですから、こうして時折このような盛大な催し物をするんですの。それにぜひご出席いただきたいのですわ。宰相様とミュリル様お二人に」
招待状を手に、しばしどう答えたものかと思案していると。
「お二人に出席していただけたら、きっと寄付もたくさん集まりますわ。なんといっても純愛で結ばれた運命のご夫婦という噂で持ちきりの、話題の人ですもの。皆さんお会いしたくてウズウズしていらっしゃるに違いありませんわ」
結ばれているのは純愛などではなく、利害なのですが。
その言葉をぐっと飲み込み、なんとか笑顔を貼り付けます。
「……え、ええ。ですが御存知の通り、夫は公務が忙しく出席できるかどうかは……。それに私は、夫にこうした場にひとりで参加することは控えるようにと言われておりますので」
私が年若い内は、宰相の妻という立場を利用されないよう公私を含めて私ひとりだけでの社交は一切断る、とジルベルト様が事前にお達しを出してくれています。
そしてジルベルト様はもともとお忙しいために、こうした社交はお出にならないのが常です。
となれば、ジルベルト様が多忙でとても無理という方向に持っていくよりありません。
「ほんの少しの時間、顔をお見せくださるだけでいいんですのよ? それだけでもきっと効果は絶大ですもの。実は今度、子どもたちのための教育施設を建設する案が進んでおりますの。その資金をどうしても集めたいのです。宰相夫人ならば、この必要性が分かっていただけるでしょう?」
「もちろん慈善が大切であることは重々……。ですがお仕事も国のためですから……」
うーん。そう簡単には、引き下がってはくれませんね。
一体これはどうするのが一番良いのか……。
ちら、と部屋の隅に控えているバルツに目配せします。
……やっぱりそうよね。わかりました。
お屋敷にきて早半年がたち、すっかりバルツとは視線で意思の疎通ができるまでになりました。
バルツからの指示は、旦那様に確認して折り返して連絡を、とのこと。
となればここは、どちらともとれるような曖昧な返事をしておくのが良いでしょう。
「では主人と相談してみますわ。せっかくのお誘いですもの。まだ未熟な私の一存では、お答えしかねますから」
「ええ、ぜひお願いしますわ。きっと宰相様もなんとか都合をつけて顔を見せてくださると、期待しておりますわ。あんまり奥方を溺愛されてお屋敷に閉じ込めておいたら、そのうち嫌われてしまいますわよって、伝えておいてくださいね」
そう言ってまるで少女のように朗らかな笑みを振りまいて、セルファ夫人は帰っていかれたのでした。
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