第6話 国王プラサ


 ―――暗い寝室に籠り続け… ペルデルセは時間の感覚が鈍り、昼か夜かも分からなくなっていた。 


 コンッ… コンッ… コンッ…


「ペルデルセ様、プラサ陛下がこちらに御越しになられますので、お出迎えの準備を」

 寝室の扉を叩く音が響き、アバホは慌てた様子で扉の向こう側からペルデルセに伝えて来る。


「・・・・・・」

<どうして今頃? 僕は一生、陛下の顔を知らないまま、飼い殺しにされるのだと思っていたのに>

 面倒なことだが、一応側妃のペルデルセはアバホの言う通り、国王を出迎えなくてはいけない。


 蝋燭ろうそく一本の灯りの中で、のろのろと椅子から腰を上げ、身なりを整えていると…

 扉の向こう側から、アバホ以外の低い男の声がして、ペルデルセはピタリと動きを止めた。


「良いアバホ、このままで…」

 扉が勝手に開かれ、我が物顔で声の主はペルデルセの寝室へと入って来る。


 圧倒的なアルファの存在感は、間違いなく国王プラサのものだろう。

 

 頭を下げて、ペルデルセは優雅にお辞儀をする。


「顔を上げろペルデルセ!」


「・・・・・・」

ゆっくり顔を上げ、ペルデルセは国王プラサの顔を見上げた。


 蝋燭一本の明るさでは、正確な色は分からないが濃い色調の髪を短く刈り上げ、体つきはスラリと細身だが、背は高かった。


<なるほど、兄上の言った通り、国王陛下はなかなかの美男子だ>


 ペルデルセが観察するように…

 国王プラサもペルデルセをじっくりと観察した。


「やはり美しい… 手放すのが惜しくなって来たぞ!」

 プラサ王は腕組みをし、難しい顔をする。


「は?」

<手放す?!>

 ペルデルセが首を傾げていると…


「何だお前、何も聞いていないのか?」

 プラサ王はペルデルセの顎を指で撫で、切れ長の目を細めて笑った。


「・・・?」

増々、ペルデルセが首を傾げる。


「お前をここで殺してから、サルド王国に返す約束になっている」


「・・っ?!」

<僕をここで殺す? 約束?!!> 

ニヤリッ… と笑うプラサ王の言葉に、ペルデルセの心臓は嫌な感じにドクッ…! ドクッ…! と脈打つ。


「ああ、本当に残念だ!! こんなに美しいオメガを殺して、手放さなければならないなんて!」

 プラサ王は渋い顔をして、大きなため息をついた。


「・・・・・・」

<何てことだ! 僕は飼い殺しにされるどころか、天寿をまっとうすることも許されず、国王に殺されるの?!>


「お前は口数も少なくて、静かだな? こういうのも、私好みなのに、本当に残念だ!! ああ、本当に惜しい!!」


 扉が叩かれ、アバホがペルデルセが嫁入り道具として持ち込んだティーカップにお茶を注いで持って来た。


 変わった香りの薬草茶で、恐らく毒が入っているのだろう。



「さぁ飲め、ペルデルセ! その茶を飲めばお前は、この牢獄から解放される」


「・・・・・・」

 ペルデルセはジッ… と薬草茶を見て、顔を上げカーテンが掛かる窓を見た。

<僕がここで嫌だと抵抗しても、国王が僕を殺すと言うのなら、僕は死から逃げられないのだろう>


 アバホが持つトレイからカップを取り上げ、ゆっくりと飲む。

<これで… 終わる>



「あまり良い主人では無かったけれど、いつも僕を気遣ってくれてありがとうアバホ、君に感謝しているよ」

 お茶を全部飲み干すと、アバホが持つトレイにカップを戻して、礼を言った。


 母国サルド王国に居た頃の従者たちに比べると、アバホはとても有能で礼儀正しく、優しい気遣いができる素晴らしい従者だった。



「お辛い立場でありながら、愚痴1つこぼさなかったペルデルセ様に、私はお仕えできて、一生のほまれです!」

 涙ぐみながらアバホは微笑んだ。


「そう? ふふふっ… 嫌われてなくて良かったよ」

<これから僕は死ぬというのに、変な感じだなぁ?>

 体調の悪かったペルデルセの身体に薬草茶はすぐに効き始め、頭がクラクラしたかと思うと、力強い腕でふわりっ… と抱き上げられた。


「今までお前もよく頑張ったなペルデルセ… 誓って言うが、私は婚姻の儀式も、番の契りも全部出たかったのに、お前の兄メディシナが、欲しくなると困るから、絶対に美しいペルデルセの顔を見るなと、口うるさく言われて我慢したのだ」


「メディシナ殿下が心配されるのも当然かと思いますが? なんせ陛下は9人ものお妃様がいらっしゃる、ドスケベ・アルファ様ですから」




<んんんん? …何? 何を…言っているの…? ん…? ドスケベ・アルファ?>




 エスタシオン王国、プラサ王の10番目の妃、ペルデルセ妃はエスタシオンの気候に馴染めず、嫁いでわずか7ヶ月目で病死した。



※ 次が最終話です。

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