第5話 椿の花


 正式に側妃となったペルデルセは、保安上の理由で後宮から外出できない決まりとなっていて…

 椿が植えられた中庭を散歩することだけが、ペルデルセの楽しみとなった。



「ふふふっ… 椿があって良かった」

 椿には特別な思い入れがある。



『ペルデルセ様、椿の花のがくを取ってなめると、とても甘いのですよ』


『えええ~っ? アンダル、何でお花が甘いの?』

 王宮の庭園で見事に咲いた椿の花をぼんやり見上げていると、アンダルが教えてくれたのだ。


『ほら、ここに甘い蜜があるからです、試してみて下さい』

 プチッ… と椿の赤い花をむしりがくを取ると、ぽっかり空いた花の根元の穴を、アンダルは指差した。


 言われた通りに、椿の花の根元をペロリとなめてみると…

『わぁ~!! 甘いよ!! 甘いよアンダル!!』


『子供の頃、お腹が空いて我慢できなくなると、良くこの花の蜜を吸っていたのですよ』


『ふふふふっ…! 花の蜜を吸うなんて、アンダルは蝶々のようだね!!』


『私から見れば、ペルデルセ様の方が蝶のように美しく見えますがね?』




<そういうアンダルの方が、やっぱり美しかったよね!>

 優しい思い出に浸り、ペルデルセはふわりと微笑む。


 背の高いアンダルを見上げると、いつも金の髪が太陽の光でキラキラと輝いて、美しくて美しくて…

 本当に大好きだった。


 ずっと見ていられた。






 ペルデルセが心穏やかでいられたのも、椿の花が咲いていた間だけだった。


 季節が変わり、椿の花が消えた庭を見るのが、ペルデルセには苦痛に変わったのだ。


「東の庭園で桃の花が見ごろだそうです、ご覧になられてはいかがでしょうか?」

 塞ぎこむペルデルセを気遣い、従者のアバホはすすめるが…


「そう… でも今は止めておくよ、他の花を見ても切なくなるだけだから」

 当のペルデルセは首を横に振るばかりで、一歩も部屋から出なくなり…

 そのうち寝室の窓にカーテンを引き、ペルデルセは一日中暗い部屋に籠るようになった。



<なぜだろう? 椿の花が終ってしまったら、アンダルの記憶まで色あせていくような気がする>


 見上げた時の金の髪は…

 どんな金色だった?


 優しい空色の瞳は…

 深い空色? それとも薄い空色? 

 少しずつ分からなくなって来た。



 鮮やかな紅と白の椿の花が、落ちて変色し、腐って土に還るように…    

 終わりの見えない単調な毎日の中で、ペルデルセの記憶は劣化しているのだ。


<ああ… 思い出が、消えてなくなるの? 僕の愛も消えて… 彼に会えない寂しさも… 何も感じなくなるのかなぁ?>



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る