第27話 逢魔が時

  時間はあっという間に過ぎ、カラオケにも満足したので近くのファストフードに移動した。各々が注文した商品を受け取り、ソファー席に座った。


「にしても先輩が歌上手かったのは意外でした。音痴だろうし、そしたら笑ってやろうかなーって思ったんだけどなぁ」


「それ普通にトラウマレベルの嫌がらせじゃねーか。学校で音楽の授業受けてきたんだからこれくらい誰でも歌えるだろ」


「歌の上手さで学校の授業持ち出す人初めて見たわ。先輩マジ文科省」


「私は? 私はどうだった?」


「……可愛かったですよ! 西澤先輩」


「……歌の評価じゃなくない?」


 察しろ、西澤。凛の言う通り歌う姿は可愛かった。可憐といえばいいのか、花畑で歌えば絵になるだろうそんな見た目をしていた。

 そんな歌う姿は完璧だった西澤がこちらを見ている。


「……ああー、その、なんだ。あれだな。ギターソロが良い感じの曲だったな」


「それもう私要素ゼロじゃん……」


 西澤は悲しげに飲み物をストローでブクブクして子供のようにいじけた。完璧超人みたいな言われ方をしていたが、思いの外親しみやすい部分もあるようだ。

 容姿端麗で才色兼備の西澤だが、神は皆に対して平等らしい。少なくとも歌の才能は与えないどころか寧ろ取り上げたようだ。


「明日から歌の練習しようかなぁ」


「西澤、人生は有限だぞ。無駄にするな」


「そこまで言うかなあ?!」


 西澤はテーブルに突っ伏すように倒れる。そんなシナシナに萎びてしまった西澤を凛がスマホで撮っている。

 初めての組み合わせだが、意外と居心地が悪くない。人数が増えた事で俺が会話に参加しないで済む時間があるからだろうか。二人が化粧品の話なんかをしてる時は、二人と一人に別れている。その間にすり減った精神が少し回復するような気分だ。


「もうカラオケには行けないなぁ。あの『西澤麗華』が実は音痴だった! なんて知れ渡ったらガッカリされちゃうよね」


「そんな事ないと思いますよ? 幼稚園児のお遊戯会みたいな微笑ましさありましたし」


「つーかそういうイメージ気にしてんのな」


「まぁね。周りが勝手に決めつけたイメージだけどさ、それでもやっぱ完全に無視はできないよ。なんて言うのかな、期待されてるから裏切れないみたいな?」


「西澤は西澤で苦労してんだな」


 まぁ生きてれば誰だって悩みの一つや二つあるよな。西澤は周りから押し付けられる才色兼備ってイメージが重荷なのかもしれない。テストではいつも二位を取っているが、それだって周りに見せていないだけで相応の努力はしてるだろう。だが周りはさすが西澤だ、とひと言で片付ける。俺が西澤ならふざけるなと鼻で笑うかもしれないな。


「凛ちゃんは最近どうなの? 悩みとか」


「悩みですか? まあ色々ありますよ。例のアレが解決しないとか、どこかの誰かさんが何かアレだとか」


「そうだよねぇ。あるよねぇ。白石くんは?」


「ま、色々だ」


 悩みなんていくらでもある。この呪われた様な力の事も、自分が人じゃない事も、それを周りに隠している罪悪感も、助けてくれと言われたのに未だに助けてやれていない凛の事も。悩みなんてそれこそ一山いくらである。


「直近で言えば誰かのせいで明日の学校に行きにくい事だな」


 西澤は目を逸らして凛と会話し始めた。自分のせいだと自覚はあるんだな。


 ●


 日が暮れ始めた頃、そろそろお開きにしようと店を出た。西澤も電車での通学らしく、駅まで一緒に帰ることにした。西澤は小声で「私が凛ちゃん送っていくよ?」と言ってくれたのだが、一度送ると言った手前人任せにはしたくない。昨日もタクシーに放り込んで終わらせたしな。


 夕暮れ時、街を歩く人はまばらだ。仕事帰りの人で賑わうにはまだ早く、学生も部活が終わるにはまだ早い。授業が終わって真っ直ぐ帰る奴はとっくに家だろうしな。深夜を除けば一番人が少ないかもしれない。


 日が出ている時間は人間の時間で、日が沈むと人ならざるものの時間だそうだ。だから人の世と、人ならざるものの世が混じり合うこの夕暮れ時を、逢魔が時おうまがときと言って、昔の人は恐れたと何処かの学者が言っていた。

 人が神隠しに合うのもこのくらいの時間が一番多いらしい。気が付いたら現世うつしよから常世とこよに迷い込んでいた、なんて事が行方不明や神隠しの真相なのかもしれない。


 そんな馬鹿げた事を考えながら夕暮れの中を歩く。沈みゆく太陽が正面に見えて眩しくて少し俯き、並んで歩く二人の後ろを歩いていく。二人も大通りを歩くのが眩しい様で、細い横道へ逸れて駅へ向かう事にしたらしい。

 通行人が通る道ではなく、店の裏口やゴミ捨て場になっている様な道だ。ダクトから業務用換気扇の低い音がゴォゴォと響いている。そこからでる生暖かい空気は飲食店特有の油のような匂いがした。


「眩しかったのはわかるけどもう少しマシな道歩けよ……」


「だってマジで前見えなかったんだもんしょうがないじゃん。太陽光で浄化されるかと思ったし。先輩がね」


「俺かよ」


 凛がこちらを振り返って悪戯好きの子供みたいな顔で笑っている。「危ねーからちゃんと前見て歩け」という俺の言葉に「百合子か」とツッコミながら前を向いた。


「なんか誰か立ってない? 前の方」


「え? マジじゃん怖。なんでこっち見てんだし」


 西澤の言う通り、細い路地裏を抜けた先には誰かが立っているのが見える。夕日は今し方沈んだ様で、夕闇の中では顔までは確認できなかった。……できなかったが嫌な予感しかしない。このタイミングで、こんな何も無いような路地裏を塞ぐように立って覗く人間がいるとは思えない。

 人影は未だ移動せずにこちらをジッと見ていた。


「あれ……? もしかして大村さんかな?」


 凛は片手を帽子のツバのようにして人影を見るとそう言った。……嫌な予感が当たったようだ。俺は咄嗟に二人の手を掴んで足を止めた。


「ちょっ、急に危ないですよ先輩」


「どしたの白石くん」


 後ろに引っ張られた二人は体ごと意識を俺に向ける。大村と思しき人物がこちらへ歩いてくるのが見えた。


「悪いな。説明は後だ。お前らは戻って大通りに出ろ」


「は? 急にどうしたの?」


「……わかった。凛ちゃん行くよ。白石くん、後でね」


「いや待ってくださいよ。ホント何ですか」


 西澤は察してくれたのか、凛を最優先にして避難させようと動いてくれた。俺の横を通り抜けて大通りへ向かって足早に歩く。

 俺も大村に意識を向けながら後ろ向きに下がっていく。まるで草食動物にでもなったような気分だ。背を向けたら一気に距離を詰めてきそうなそんなイメージをしてしまった。


 二人が確実に逃げられる様に、ある程度時間を稼がなきゃならない。走って逃げるとしてもそれからだ。依然として人影の顔は暗くて見えない。凛は「もしかして大村さんかな」と言っていただけで、大村だと断言した訳じゃない。単純に近道としてここを通る人、或いはこの道沿いの店に裏口から入るだけの人だって可能性だってほんの少しだけあるはず。そんなか細い希望に縋る他ない。


 人影が徐々に近付いてくると、朧気にしか見えなかった顔が見えてくる。か細い希望はか細過ぎて何の役にも立たなかった。メガネをかけた細身の若い男、間違いなく大村だった。

 

 奴は俺を睨むようにして一歩一歩確実に近づいてくる。こんな人気のない路地裏で待伏せのように接触してくるんだ、穏便に話し合いをするつもりはないんだろう。


 正直昨日の今日でこんな強引な手を使ってくるとは思わなかった。


「大村さん、昨日ぶりですね。少し話しませんか?」


 俺はゆっくり後ろ向きに歩きながら手袋を外して声をかけた。交渉にしろ、襲いかかってくるにしろ、多少強引にでも手に触れて心を読めばかなりのアドバンテージになるはずだ。


 あんなに憎々しく思っていた怪物の力に命を預ける事になるなんて皮肉な話だと内心苦笑いしてしまう。

 大村はそんな俺の心境など知る由もなく、俺の問い掛けに答えることもなく、更に距離を詰めてくる。

 

 しかし事ここに至っては交渉などと言ってられないだろう。危害を加えられて、かつ殺されたり大怪我せずに衆人環視の中で取り押さえるのがベスト。そうするにはここはまだ大通りから遠すぎる。


「大村さん、どうしました?」


 大村との距離はもう約二メートルくらいだろうか、走って逃げるには遅かったかもしれない。二人は無事に大通りに出られただろうか、西澤が気を利かせて警察でも呼んでくれれば助かるんだがな。こんな事なら朝からしっかり雑誌をお腹に隠しておくべきだった、とマンガみたいな対抗策しか浮かばない自分に辟易としてしまう。

 


 逢魔が時、魔の者と出逢うと命はないんだと言われていて、それ故に平安貴族は夕暮れ時にはもう外へ出なかったそうだ。


 大村がポケットから取り出した、銀色に光る何かを見て、そんな話が頭を過ぎった。

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