第26話 飛び入り参加

 水曜日の作戦について考えていたら午後の授業もあっという間に終わり、放課後になった。凛と合流する為にレインを送ろうとしていると、突然横から声を掛けられた。


「先輩先輩! 今日は私が迎えに来ましたよー」


「……そうか。まあ合流出来たからいいや」


「え、和泉と芦屋ちゃんそんな感じになった感じ……じゃないよな? なぁ和泉違うよな?!」


 稲葉が若干取り乱しているレベルで慌てながら問いただしてくる。放課後の喧騒に包まれていたハズのクラスも、何故か静まり返っている。お前らそんなに興味ある話題じゃないだろ……。


「えっと〜、まぁ正直いって先輩と私はもう――」


「全く違うぞ。変なこと言うな」


「もう! せっかく稲葉を揶揄おうと思ったのにぃ」


「そうだよな!? ビビったー。和泉が俺を差し置いて大人の階段登ったかと思った」


「それは普通にセクハラだから稲葉はマジで帰れし」


「いや授業終わったし帰るけどね? 帰るけどなんか傷付くなぁ」


 凛と稲葉は何だかんだ言い合いながらも仲がいい。まるで数年来の友人のような気安さで会話をしている。

 稲葉は俺と違ってコミュ力があるし、容姿だってチャラそうではあるが悪くない。


「なんで稲葉は彼女いないんだ?」


「そんなネタでも何でもなく普通に疑問視されると何か胸に来るんだけど……」


「下心じゃない? なんか稲葉は女の子だったら誰でも良さそうだし。まぁ稲葉の事はもう良いから帰りましょうよ先輩」


 肩を落として項垂れた稲葉に心の中でエールを送っていると、別の人にも声をかけられた。


「ね、ね! 私も一緒に帰ってもいい?」


「……なんで西澤が混ざってくるんだ?」


「だって私も白石くんと一緒に帰りたいもーん」


 西澤のふざけた発言を真に受けた連中がざわめき出す。男女問わず容姿端麗で皆の憧れである西澤とお近付きになりたい奴は多いだろう。学校では西澤が囲まれている様子をよく見るし、クラスメイトと気さくに話している。だけど意外と言っていいのか、学外で会うとなると中々できないらしい。良家のお嬢様に見える西澤は習い事でもあるのか、放課後遊びに誘っても断られるそうだ。故に高嶺の花。

 

 その西澤が一緒に帰りたいなんて言い出せば教室が騒然となっても不思議では無いが、クラスの半数以上がオーバーなリアクションを取っているのは流石に騒ぎすぎだ。


「西澤先輩も一緒に帰ります? それはアガりますね!」


「でしょでしょ? レインは良くするけど私達帰った事ないし、ちょっと遊んでこうよ!」


「それなら俺は外そうか? 凛と西澤の二人か他に女子でも呼んだらいいんじゃないか?」


 そしたら俺は稲葉に状況説明を兼ねてコイツらの後をつけて行こう。万が一何かあっても困るしそこは申し訳ないが我慢してもらう。


「いやいや、私は白石くんとも一緒に帰りたいんだから居なきゃダメだよー」


「んー? まさかこれは断った方が良い感じだった……?」


 騒がしくなっていた教室は、時が止まったようにまた一瞬で静まり返り、より大きなざわめきとなって動き出した。


 ――なんだアイツ、ハーレムキングか?


 ――確かに白石くんはイケメンだけど西澤さんがねぇ


「おい、この落とし前はどうつける?」


「あははー」


 前回こうなった時は西澤が取りなせば、やっぱそうだよなとクラスメイトも落ち着きを取り戻していたが、今回西澤は何故か取りなそうとしない。ややこしい事になる前に収集をつけたかったが、凛が俺の右袖を左手で掴み、右手で西澤の左手を掴んだ。そのまま強引に引っ張るように凛が歩き出す。


「まぁいいです。早く行きますよ!」


「バカお前、二人並んで教室のドア通れねーだろ」


「ちょちょちょ待って待って!」


 ドアをくぐる時に西澤とぶつかりそうになり、凛の手を払った。目の前を通り過ぎる西澤からは透明感のある石鹸のような香りがした。強過ぎず、不快感のない清潔感を感じさせる匂いだ。……バスケットボールとは違うな。

 稲葉に挨拶してから帰ろうと、振り返ると血の涙でも流していそうな顔でコチラを見ていた。


「……稲葉も来るか?」


「俺は…………行かないッ!」


「そ、そうか。また明日な」


 クラスの男子数人が集まって稲葉を慰めていた。あいつらは一体何をしてるんだと、首を傾げてから教室を出た。


 ●


「よりにもよってここか……」


 凛がカラオケに行こうと言い出し、やってきたのがとある雑居ビル。このビルにカラオケは一店舗しかなく、そこは俺のバイト先だ。


「なあやっぱ映画にしようぜ。ゾンビ映画見ようよゾンビ映画」


「先輩のそのゾンビ推しなんなの? だからやってないって」


「私も折角なら映画じゃなくてカラオケがいいなー! 映画って無言で見るから一人でも一緒じゃない?」


 もうそれならそれで構わないが、バイト先は勘弁して欲しい。今行くのは少しよろしくない。そんな俺の思いとは裏腹に、凛と西澤はビルのエレベーターに乗り込んだ。俺が乗るまで動かすつもりは無いらしく、ドアを開いたまま二人して小首を傾げていた。



 店に入ると、フロントには店長が立っていた。 


「いらっしゃいませー。って白石くんじゃないの。突然シフト一週間開けて欲しいなんて言って清楚系の美人に、アイドルみたいに可愛い子を連れて両手に花だなんていいご身分ね」


「……すいません。これには少し事情が……」


 大村対策として凛から離れることはできない。そしてそれにはバイトが問題になるから無理を言ってシフトを開けてもらったのだ。その際、店長にはどうしても外せない用事があると伝えたのだが、その結果がこれでは店長が青筋を浮かべるのも無理はない。


「もしかして先輩私の為にバイト休んだの……?」


「ああ〜そういう事かぁ……。白石くんはやっぱり白石くんだねー」


 凛と西澤は何となく察した様だが、俺がそれを肯定するのは少し押し付けがましいだろう。誰に頼まれたでもなく勝手にやった事だ。変に恩を感じる必要はない。それこそやってやったんだという傲慢さを感じてしまう。


「まぁいいわ。白石くんが本当にデートでシフト一週間も空けるわけないってわかってるわよ。三号室使って」


「……はい、すみません。後日説明出来たら説明しますんで」


 マイクと伝票の入ったカゴを受け取って部屋へ向かう。重い扉を開けてフロント近くの、お客様からは人気のない三号室へ入った。

 

 中は薄暗くて狭い。ミラーボールがゆっくりと回転していて、タバコの残り香の様なものもする、独特な空気が漂っている。

 俺はモニターから一番遠い場所に座り、カゴからマイクを取り出してテーブルに置いた。伝票を見る限り、店長は社割を適用してくれたようだ。外せない用事と言って女子二人を連れてきたというのに、割引までしてくれるだなんて申し訳なさが半端じゃないな。売上に貢献する為に何か頼むか。

 メニューを手に取って開く。


「お前ら何か頼むか?」


「私はドリンクバーでいいや。西澤先輩は?」


「私? カラオケってあんまり来た事ないから何あるかしらないんだよねー。私にもメニュー見せてー」


 西澤はそう言って隣に座り、メニューを眺める。俺は大体メニューを覚えてるから見る必要はない。メニューを西澤に渡して、期間限定メニューのポップを手に取った。


「私この大盛りポテトにしようかなー。皆でポテト摘むのってちょっと憧れてたんだよね」


「なんでですか? 普通にやりません?」


「やらんな。誰かと外食とかしないし」


「私も同じだねー」


「いやいや、先輩は陰キャボッチって感じだからわかりますけど、西澤先輩はおかしくないですか? 普通に誘われますよね?」


「誘われるけど行かないもん。学校は学校、プライベートはプライベートだね」


 西澤は当然のような顔でそう言ったが、凛は意外そうな顔をした。恐らく俺も同じような顔をしてるだろう。ビジネスライクと言うかドライと言うか、まさかそんなハッキリオンオフでわけてるとは思わなかった。


「じゃあ何で今日は来たんだ?」


「ふふ、それは白石くんがいるからだよ」


「うっそだー! え、嘘ですよね……?」


 凛の問いに西澤はクスクスと笑うだけだった。変に煽られると後々面倒になりそうだからやめて欲しいが、俺が何かを言えばそれもまたからかいの対象になりそうだ。

 席を立ち、電話で注文を済ませると凛がドリンクを取りに部屋を出て行った。


「あんま凛をからかうなよ。後でめんどくさいから」


「別にからかってないよ? 白石くんがいるから来たのは事実だもん。でもそうやって言うって事は凛ちゃんの気持ちには気付いてるんだね、白石くん」


「……あれだけ騒いでればさすがにな」


「でも応えてはあげないんだ」


「……」


 凛の気持ちに応えるつもりはない。だがそれをこの場で、しかも無関係の西澤に言う必要はないだろう。


「なら私――」


「おまたせー! カラオケってドリバあるのに喉にいい飲み物はないよねー。お茶も炭酸も良くないらしいですよ」


「そうなんだー。じゃあ何がいいの?」


 西澤は凛が戻ってきた事で話を中断した。最後に何を言いかけていたのかはわからないが、凛がいると都合の悪い事のようだ。

 その後も、凛が部屋を出ることはあったが、話の続きが出る事はなかった。

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