第24話 遠回しの拒絶と、それに対する遠回しの否定
凛を俺の財布ごと強引にタクシーに突っ込んで帰した後、警戒しながら自宅へと帰ってきた。ストーカーなんて粘っこい事をする奴が、その日のうちに行動に移るとは思っていなかったが、無警戒って訳にもいかない。
あの場で直ぐに怒り狂って殴ってきてくれればシンプルに解決しやすかったんだが……。あの男は内心では狂ったように殺すと息巻いておきながら表面上では少しの苛立ちしかみせなかった。直情的に素手で殴りかかってくるなんて事はしないタイプなんだろう。
そうなると、後日凶器でも持って襲ってくるんじゃないか? フィクションにありがちな、フードを深く被った人とすれ違い様にぶつかってブスッと……みたいな。お腹に週刊誌でも入れておこうかな……。
シャワーを浴びて、ベッドに横になりながら考える。今回は能力を使った回数が少なかったからか、前回カフェのバイトを手伝った時ほど酷い事にはならずに済んだのが不幸中の幸いだな。とは言え、短時間使っただけと考えると大ダメージだったが。
問題があるとしたら、必ず俺が襲われるって保証がない事だ。
もしかしたら直接俺に何かをするでも、凛に危害を加えるでもなく、「あんな男とは関わらない方がいい」なんて説得しようとするかもしれない。
何せあの大村って男は自分がストーカー野郎だって気付かれているとは思ってない。事実知っているのは俺だけだ。
だがそうすると凛もあまり警戒しないだろう。もしそんな状況でそんな事を言われれば、「は? 何急に、意味わかんないんですけど」とでもキレるんじゃないか? そして逆上した大村に……。最悪だな。
凛に大村がストーカーだと言うか? だがどうしてそう思ったのかを能力の話無しには説明ができない。
凛の好意を利用して「あの大村って男と関わるな」と説得するか? やり方は最低最悪だが、それでも手段を選ばなければ有効な手かもしれない。
いっその事、直接大村にストーカーはやめろと言うのはどうだろうか。何も刑務所にぶち込まなくてもストーカー辞めて関わってこなければそれでいいんだ。手段と目的を履き違えてはいけない。
だがあんなに強烈な凛に対する執着心と、俺に対する殺意を抱いていた奴が一言「やめて」と告げたら「はい、わかりました」と辞めるか? あり得ないだろう。
来週の水曜まで凛に張り付いて守りつつヘイトを稼ぐ、そして水曜に直接こっちから「よお、ストーカー野郎」って話し掛けるのがやりやすいか? そうすれば溜まりに溜まったストレスで俺に向かってナイフでも振り回してくれるんじゃないか?
……そんな風に良い案が思いつかないまま、グルグルと思考の渦に囚われているとふと思った事がある。
考えてみれば現時点で大村は警察が動かない程度の悪さしかしていない。凛からしてみれば笑って許せるような物ではないだろうが、それでも直接危害を加えられている訳ではないのだ。それを警察が捕まえられるようにこちらから大村を唆すというのも後味が悪そうに思えた。
無理に煽って危害を加えさせようとするのではなく、シンプルに守って、来週の水曜日に俺が直接話そう。それでどうこうなるとも思えないが、だからといって説得も何もしないまま陥れるのも違うだろ。犯人がわかっていないならまだしも、わかった今そうしようとするのは正しい行いには思えなかった。
もしその時、襲いかかってくれば遠慮なく警察に捕まえて貰う。後は殺されないのを祈るだけだな。
スマホには凛から体調を気遣う内容と、説明を求める内容のレインが大量にきていた。
『体調は回復した。心配かけたな。それで何の説明だ?』
『全部! 全部に決まってんじゃん!』
『そんなアバウトに言われても困る。別に大したことじゃないから気にするな』
『どう考えても大したことだったじゃん! あんなゲロゲロ吐いて大したこと無いのなんてマーライオンか週末のリーマンくらいでしょ!』
『ゲロゲロ吐くほど呑んでるのは結構大した悩みとか抱えてるだろ。リーマンに謝れ』
『リーマンなんてどうでもいいよ! あれが前に言ってた体質なの? 手を繋いだりできないって。どうみても痒くなるとかってレベルじゃなかったけど……』
『まぁそんなとこだ。だから俺は人と触れ合うことができない。わかったろ? 誰かと親密になることもないし、付き合う事もない』
これで俺の言いたいことはわかっただろう。あれだけアプローチしていて、好意に気付かれていないと思うほど凛はアホでは無い。そして俺が態々伝えた意味を理解できない程バカでもない。
それを証明するように、既読がついたまま返信が来ることはなかった。
●
――ピンポーン
――ピンポーンピンポーンピンポーン
ゆっくりと意識が浮上する。何か夢を見ていた様な気がするが、今は家に鳴り響くインターホンの音を止めにリビングへと急ぐ。
「はい」
「先輩おはよー。早く開けてー!」
インターホンの画面に映っていたのは制服姿の凛だった。起きたばかりだから頭が回らない。取り敢えずオートロックを……。
「いや何でいるんだよ。つか今何時だ……」
「折角だし一緒に学校行こうかなーって思って来ちゃった!」
「来ちゃったじゃねーよ」
振り返ってリビングの時計を見ると、まだ朝六時を過ぎたばかりだった。一緒に学校へ行くとしても、家は八時に出れば余裕で間に合う。それなのにこんな早くに来て何の意味があるんだ。
「あーけーてー」
朝っぱらからマンションの入り口を占拠されては他の住人にも、コンシェルジュにも迷惑がかかる。取り敢えずオートロックを解除する。
俺はいつも六時半に起きて朝ご飯と弁当の準備をしている。たった三十分かも知れないが、それでも大切な睡眠時間だったというのに……。
再度インターホンが鳴ったのでドアを開けると、凛が眩しい程の笑顔で立っていた。
「先輩おはよ。朝早くからごめんねー。それとお邪魔しまーす」
申し訳なさのカケラも感じさせない素振りで家へ上がり込んできた。何を言ったところでどうせ無駄だからもはや何も言うまい。
リビングへ向かった凛は放置して、俺は寝室に戻る。アラームが鳴るまであと約二十分。後で眠くなって、あの時寝ておけば良かったと後悔したくないから二十分だとしても寝ることにした。
●
スマホの軽快な音楽が遠くに聞こえる。どうやらもう起きなくちゃいけない時間らしい。寝ていた様な、起きていた様な、心地よい微睡みからゆっくりと覚醒していく。
「あ、起きた」
「ん」
「先輩寝顔はあどけない感じで可愛いですね」
「ん」
スマホを持って洗面所へ歩く。ほとんど目は開いていないが、それでも毎日のルーティーンを体が覚えているらしく、意識せずとも勝手に進んでいく。
顔を洗い、歯磨きをしていると鏡越しにドアのところから顔だけ出している凛と目があった。
「ほういえば居はんはっけ」
「忘れてたの? おはよう」
「おう、おはおう」
何故かニヤけ顔の凛から目線を外し、口を濯ぐ。次はリビングへ向かって朝食を作る。寝とけば良かったと後悔したくないから二度寝をしたが、中途半端に寝たせいで余計に眠い。朝なんてそんな物だと思いながらキッチンへ立った。
「凛も食べるか?」
「じゃあちょっとだけ食べます」
ぱぱっと簡単に朝ご飯を作る。卵焼きにサラダとウインナー、それとお味噌汁がメニューだ。
我が家には食器の類も少ない。全然適していないお皿に朝食を盛り付け、コンビニで貰った割り箸を添えて凛に出した。
テレビを付けて、朝のニュースを見ながら朝食を食べていると、今更になって異常性に気が付く。何で俺は凛と朝食を囲んでる?
「つか何で凛が俺ん家で朝ご飯食べてんだよ」
「お、ちゃんと起きたみたいですねー。先輩の作る朝ご飯は朝ご飯! って感じがして好きですよ。美味しいですねぇ」
「意味わからん。朝ご飯なんだから朝ご飯だろ」
朝食を終え、家を出る準備ももう終わった。あとは時間になったら家を出るだけだ、というタイミングになって何処かのアホはウトウトとし始めた。大方無駄に早起きをして睡眠時間が短かったのと、ご飯を食べて眠くなってしまったんだろう。
ソファーの肘掛に上半身を乗せてうつ伏せ気味な姿勢でテレビを見ている。まだ起きてはいるものの、テレビを見ている目はトロンとしていて、瞬きもゆっくりだ。そのままいつ寝てもおかしくない様相だな。
「寝るなよ。寝たら置いてくからな」
「起きてるよお。でもこのまま眠って先輩の帰りを待つのも有り」
「無しだろ」
瞬きのストロークがどんどん長くなり、最後には開かなくなった。きっとまだ起きてはいる。起きてはいるがちょっとだけ目をつぶっていようみたいな心境だろうな。俺も授業中たまにあるぞ。
「凛、起きろ。寝そうならまだ早いけど学校行くか?」
「んー……。いくぅ」
完全に落ちる前に立ち上がらせ、いつもより早いが家を出る事にした。
目覚ましより早く起こされ、コイツの分の朝食を用意し、寝そうになっているコイツを起こして家を出る。いつもの朝より大変だな。
ホントコイツ何しに来たんだよ……。
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