第22話 放課後デート?

 放課後、イマイチ乗り気にはなれないが凛の教室へ迎えに行くことにした。約束をしたつもりはないが、向かわなければいつまで経っても昇降口に来ない可能性があるのだから仕方がない。


 一年の教室は最上階の四階にある為、階段を上がらなければならない。このまま階段を下っていけば昇降口へたどり着くというのに、無駄に遠回りする事になったな、と思わず溜息を吐いた。

 

 一階分階段を上り、少し前まで毎日のように来ていた一年生のフロアに着いた。改装した訳でもないのに不思議と自分が通っていた頃とは別空間に感じる。

 何がどう変わったとは言えないが、知っているのに知らない、そんな不思議な感覚だ。


 突然自分達の縄張りにやってきた二年生は、やはり注目の的らしく、どいつもこいつもチラチラとこっちを見ている。

 居心地の悪さを感じながら廊下を歩く。三組の教室を覗き込むと、凛は未だに舞奈や他のクラスメイト数人とお喋りしている様だった。


「凛、帰るぞ」


「え……? 先輩マジで迎えに来てくれたの? それは予想外だったし! ちょっと待ってて!」


 教室に入るのは躊躇われたからドアの所から声を掛けたが、それはそれで良くなかったかもしれない。教室にいる人全員がこっちを見ていた。女子からは好奇の視線に晒され、男子からは敵意のこもった視線が向けられた。

 

 こんな動物園のパンダみたいに視線に晒されるなんて勘弁して欲しい。さっさと帰りたいんだが、凛はクラスの女子に揉みくちゃにされて一向に帰り支度が進んでいない。わざわざ迎えに来たのにいつまで経っても帰れないじゃないか。


「……舞奈、早くそのアホ連れてきてくれ」


「はぁーい。凛早くしないとウチが先輩と帰るよー」


「ダメダメ! 先輩はどんだけ私の事が好きなんだか。少しくらい待てし」


「……じゃ先帰るわ。凛も舞奈もじゃなー」


「待って待って! ほんの冗談じゃん! それじゃ皆また明日ねー!」


 アホくさくなって教室を後にした俺を、慌てた様子の凛が追いかけてきて横に並んだ。


「置いてかれるかと思ったわ。でも迎えに来てくれてありがとー」


「秒で後悔したけどな。にしても、本当に男子から人気あんのな。滅茶苦茶敵意向けられたぞ」


「でしょー? 私人気あんだって言ってんじゃん。そんな私の横を歩いてんだからもっと嬉しそうにしたら?」


 鼻で笑った俺を「鼻で笑うな」と凛が軽く蹴る。そんないつものじゃれ合いのような事をしつつ、学校から出た。

 

 

 今日は犯人が必ずストーキングする水曜日。出来るだけ凛とは離れずに行動して犯人を刺激するつもりでいる。もし仮に彼氏がいると誤解して諦めてくれればそれでいいし、そうじゃなくても物理的に俺を排除したいと思わせたい所だ。凛に危害を加えるのではなく、俺を襲わせたい。そうすればそれが実害になって警察が動けるだろう。


「それでどこ行きたい? 今日はどこでも付き合うぞ」


「それマ? えじゃあ雑貨屋! この前行かなかった雑貨屋行こうよ」


 雨の日に行った所か。それなら先ずは商業ビルへ行こう。

 犯人が今も見ていると仮定して、出来るだけ凛のそばに近付く。何処かから写真を撮っているならさぞかし俺が邪魔だろう。散々迷惑を掛けられているストーカー野郎に一矢報いてると思えば、面倒な買い物も少しは胸がすく思いだ。


 道すがら、凛はいつもより一歩くらい近くを歩く俺を避けるように半歩離れた。それを俺は更に詰める。


「え、なに急に。私今日体育祭の練習で汗かいたからあんま近く来られると嫌なんだけど」


「気にすんな。悪いが我慢してくれ」


「ホント今日の先輩変じゃない? 迎えにも来てくれたし、どこへでも付き合うとか言うし」


 犯人を刺激して俺を襲うように仕向けてますとは言えない。そんな事を言ってしまえば凛は反対するだろう。いつも口では生意気な事を言っているが、本当に嫌な事は決してしないし、悪いと思ったら謝る奴だ。自分のせいで危険な目に合うとなったらそこまでは頼んでいないと怒るに違いない。

 俺は返事はせずに肩をすくめるだけに留めた。


 雑貨屋に着いても、俺は凛のそばを離れず出来るだけ親密に見える様に距離を詰めた。


「先輩先輩、これ可愛くない? お揃いで買いましょうよ」


「いらねーよ。なんでお前とお揃いのコップ買わなきゃなんねーんだよ」


「あーそんな事言っていいんですか? ただ今絶賛彼氏アピール中の先輩が、彼女がお揃いにしようって言ってるのにいらないって言うんですかー?」


「チッ。気付いてたか」


「ま、不自然だし水曜だしねー。あと舌打ちやめな、百合子に怒られるよ」


 凛は片眉を上げてドヤ顔を披露しているが、やはりいつも通り微妙に推理が外れている。間違ってはいないが正解とも言えないだろう。

 

 凛はガラス製のコップを手に持って、一体どうするんだ、と首を傾げる事で問いかけてくる。その表情はこれから俺がため息を吐いて買うというのがわかっているのか、ドヤ顔を継続中だ。


「……紫」


「なんですか?」


「……紫のコップにしてくれ」


「はいはーい。先輩紫好きなんですか?」


「悪いか?」


「そんな事言ってないじゃないですか。じゃあ

先輩は紫で、私は赤にしようかなー!」


 星座の様な物が描かれているガラス製のコップを二つ持って凛がレジへ向かう。凛が会計でバッグからお財布を出すのを、手で制して止めた。


「自分のは自分で払いますよ?」


「いいよ。もうすぐ誕生日だろ?」


「……ありがと」


 「良い彼氏さんですね」と余計な事を言う店員に、晴れやかな笑顔で「自慢の彼氏です」と答える凛。どこでストーカー野郎が見てるかもわからない状況で否定してもややこしくなりそうだからグッと堪える。それでも思わず溜息が漏れてしまったのは仕方がない事だろう。


「それで次はどうすんだ?」


「次ですか? んー映画見るかゲーセンでプリ撮りたいかな」


「じゃあ映画だ映画。ゾンビ映画見たい」


「ゾンビ映画なんて早々やってないっしょ。プリ撮りましょうよプリ。ゾンビ映画は今度先輩の家で見ればいいですよ」


「じゃあなんで映画を候補に入れたんだよ……。あと今度はない」


 凛は俺の袖を引いて、半ば強引に地下のゲーセンへ向かった。

 エスカレーターで地下へ降りると、ゲーセンの自動ドアが開く前からけたたましい音が漏れていて、中に入ればどれだけうるさいのかと二の足を踏んだ。立ち止まる俺を置いて凛が中へ入っていく。


 今日は離れる訳にもいかないから、俺も覚悟を決めて店内に飛び込んだ。想像以上に店内は騒がしく、やたらと煩い環境音に舌打ちをした。しかしそれすら掻き消されて凛にお決まりの文句を言われることもなかった。


 ゲーセンの中には何故か踊っている人や、俺と同じように手袋をして筐体の前で手を振り回してる人、無表情でUFOキャッチャーをやっている人など様々だ。驚くことに、結構な高齢の人達がメダルゲームを楽しくもなさそうにやっているのが目に付いた。勝手なイメージだが若者しかいないと思っていたよ。


 ゲーセンなんてほとんど来たことがない。あまりにも統率のとれていない環境に面食らっていると、凛が袖をちょんと引き、顔を寄せた。


「先輩! プリ機は奥なんで! 奥行きますよ!」


「あ、ああ」


 俺の返事が聞こえたのかはわからないが、凛は臆することなく無法地帯と化している店内を、俺の袖を引いてズンズンと進んでいく。もし稲葉だったら「やだ、カッコいい……抱いて!」って言うんだろうなと、何故だか大きく見える背中を見て思った。

 

 どうやら俺はゲーセンが苦手らしい。ゲーセンと言うより、大音量が苦手なのかもしれない。何だか無性に心細いような、不安のような気持ちにさせられる。凛と逸れない様に少しだけ早足で距離を詰めた。


 凛に引っ張られる形で奥までたどり着いた。『男性のみでの利用は禁止』と書かれた看板が気になったが、凛はお構い無しにその横を通り過ぎていく。そこにはデカイ四角い筐体がたくさん並んでいた。


「先輩先輩、これ超オススメ。私的に過去一盛れるから」


「いや知らんてそんなん。撮ったこともないから過去もなんもないわ」


「じゃあこれにしましょ! というかソワソワしてどうしたんですか?」


「いや、気にしないでくれ」


「そうですか」と一言言うと凛が筐体の中に入っていってしまった。俺は一人取り残されたくはないから慌てて付いていく。


 中は真っ白い空間になっていた。壁も仕切りも筐体すら真っ白だ。そして筐体の画面の周りには丸い眩しいライトが煌々と光っていた。

 そして何より、この中も糞ほどうるさい。俺がキョロキョロとしてる間に、凛は慣れた手つきでお金を入れていた。その額、驚異の500円。コンビニで弁当一個買えそうな金額だ。


 ……そこからはあまり覚えていない。気が付いたら撮影は終わっていた。

 コチラの心の準備など一切待たず、向こうの勝手なリズムでバシバシと写真を撮られて、全くついていけない。そして死んだような目をして写真を撮っているのに、筐体は可愛いく撮れたと褒めてくるのだ。もう意味不明が怒涛の嵐で襲ってきたが、気が付けば何もわからないまま終わっていた。 

 移動した狭いスペースにある画面には今し方撮影した写真がたくさん映っている。凛はそれを操作して何かをやっているがよくわからない。

 

「先輩ずっと同じ顔なのジワる。証明写真じゃん」


「チュートリアルも無しにあんなガンガン撮られてついて行けるか。しかも知らない人を撮影してんじゃん。虚像撮ってるじゃんこれ」


「ね? マジ盛れるっしょ」


 俺にはわからん。目は丸々してガン開きだし、アゴは凶器みたいに鋭い。悪い意味で別人みたいになってるとしか思えないぞ。そして早く静かなところに行きたい。

 

 全工程が終わったらしく、筐体から一枚の写真が出てきた。それが500円……。と思ったが、物の価値は人それぞれだ。歴史ある絵画だって俺には大した価値は感じないし、出てきたプリクラだって数千年後に出土したらきっととんでもない価値だ。そして女子にはそれが500円以上に価値があるんだろう。

 

 凛に「プリいる?」と聞かれたので首を振っていらないと答える。そんなもの貰って何に使うんだ。


「じゃあ別のプリ機で……って何で先輩私のバッグ掴んでんの?」


「は? ……ホントだ」


「どしたの? 何か様子変だし」


 言われて気が付いたが、俺は凛のバッグの端っこを掴んでいた。全くと言っていいほど無意識だった。

 凛の問に答えるべき言葉が見つからず、嘘をつくぐらいなら、と正直に話す事にした。

 

「いや……何か俺ゲーセン苦手っぽい。すげー大きい音聞いてるとこう……不安な気持ちになる」


「……えなになになに! それで私のバッグ掴んでたって事? 急に可愛いのやめてくれない? お手々繋ぎますか? 母性本能めっちゃくすぐられたんですけどヤバ」


 いやらしい程ニヤニヤした顔を浮かべた凛を見て、言わなければよかったと後悔した。爆音を聞かされ続ける苦手な環境に、プリとかいうよくわからない物を撮った事も影響したんだろう。意識に変な隙間が出来てしまったようだ。


「…………帰る」


「ごめんて! バカにした訳じゃないんだって!」


 羞恥心に耐えられなくなって出口へと向かった。今の俺はさぞかし赤い顔をしてるだろう。

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