第15話 凛のバイト先
正門を出て、舞奈と並んで歩く。舞奈は制服の胸ポケットから二本の棒付きの飴を取り出して、一本を無言で渡してきた。俺はいらないと首を横に振るが、早く受け取れと飴を振り続ける。
ため息を吐いてから受け取り、包みを剥がすが、微妙に溶けているのかくっついていて剥がしにくい。胸ポケットなんかに入れてるから体温で溶けるんだと文句の一つも言いたくなったが、貰って文句を言うのも気が引ける。そんな小さな不満も一緒に溶けて無くなるようにと思いながら飴を口にいれた。
「それで、凛のバイト先はどこなんだ?」
「駅の近くにある喫茶店ですよ。なんかチェーンじゃなくて裏通りで個人がやってるタイプのお店」
昭和の時代からあるような喫茶店って事か? なんか薄暗くて常連しか来ない金持ちの道楽みたいな。これは偏見だな。
駅の近くって事は家を通り過ぎる訳か。急に行きたくない気分になったが、別の駅じゃないだけマシだと言い聞かせて歩く。
その喫茶店に向かう道すがら、舞奈はいつかの凛と同じように、ミンスタがどうだのチックタックがどうだのクラスの誰それがどうだの無限に話し続けた。俺がテキトーにへーとかほーとか相槌をうちながら話半分に聞いていると、目的地に着いたようで舞奈の足が止まった。
道路に面した部分はガラス張りで、店内の様子がよく見える。季節や時間帯によっては扉を開け放って開放的な作りになるんだろう。オシャレな雰囲気の喫茶店だ。俺の思っていた薄暗いレンガ造りのモダンな喫茶店とは全然違うな。
「へぇー。結構オシャレな店だな」
「そうみたいですね。実は私も初めてなんですよ」
少しソワソワしている舞奈を見て、ふと思った事がある。舞奈は髪を金色に染めていて、長い髪を毛先の辺りで緩く巻いている。爪なんかも何かゴテゴテ付けてて、日常生活に支障をきたしていそうな派手な見た目をしている。それなのに、思い返せば昼休みに教室へ来た時もオドオドしていたし、今も店内にすぐ入るでもなくオドオドしている様に見える。もしかして見た目に反して意外と小心者の可能性ないか?
「まさか一人で行くのがちょっと不安だから巻き添えにしたとかじゃないよな?」
「さ、先輩行きますよ! 突撃突撃!」
「わかったから離せ」
図星を付かれて恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にした舞奈が強引に腕を組んで店内へ引っ張っていった。
掴まれている腕を振り払ってから店内を見渡すと、中は白の木材を基調とした内装になっていて清潔感があり、何よりも明るい。立地の都合もあるのかオシャレな見た目に反して店内は閑散としている。壁には英語の分厚い本や、絵の入っていない額縁がいくつも飾られるなど、少し不思議なセンスをしていた。
「いらっしゃいませー! あれ? 舞奈じゃん! ……先輩も一緒なのは何で?」
「強引に連れてこられたんだよ」
カウンターの裏から出てきたのはワイシャツにタイトなスカートを履いたエプロン姿の凛だ。
「制服可愛いじゃん! 写真撮ろ!」
舞奈はスマホを取り出し、並んで写真を撮っている。お前も写るんかいとか、バイト中に何やってんだとか色々言いたいことはあるが一番最初に言いたいことがある。
「早く席に案内しろって」
「はぁーい」
普通の事を言ったつもりだが何故か少し睨まれつつ、表通りから見える席へ通された。明るい時間なら日当たりが良いのかもしれんが、もう午後五時半を過ぎている。西日が眩しくてブラインドを下ろした。
凛は「決まったら呼んで」と言うと仕事に戻っていった。常連が多いのか、はたまた看板娘なのか、凛は色んなお客さんと談笑しながら店内を忙しなく動き回っていた。
外が見えなくなって若干残念そうな顔の舞奈は、机の上に立てかけられたメニューを広げて何を頼むか悩んでいる。
「先輩、ウチパスタ食べたいんだけど流石に一人前は多いから半分こしましょうよ」
「好きにしろ」
「りーん! 注文よろしくー」
「はいはーい」
凛がカウンターの方から出てきてエプロンのポケットからメモを取り出した。
「この超激辛アラビアータ一つと、アイスティーのキャンディ二つ。それと取り皿ちょうだい」
「舞奈は相変わらず辛いの好きだねぇー」
凛はメモを取ると、離れていった。好きにしろとは言ったが癖の強いものを頼むなら一言言って欲しかったと思うのはワガママだろうか。
舞奈は注文したパスタが楽しみなのか、唇の端を上げながらメニューを戻して、テーブルに置かれた水を注いで渡してくれた。
「先輩辛いもの平気ですか?」
「その質問は頼む前にするべきだろう。正直苦手だ」
「そか、ごめんなさい。あ、そうだ。辛いものを食べる時のコツを教えてあげますよ。徐々に辛さのレベルを上げると良いんですよ」
「それ長期的な話じゃないか?」
今この瞬間をやり過ごすコツが欲しかったわ。舞奈はスマホを取り出して、椅子に寄り掛かりながらいじりはじめた。
図書委員会の仕事をこなしたら、何の因果か舞奈とこうして喫茶店に来ることになるとは正直予想もしてなかった。
人に触れるのが何より苦手で、それを避けるためなら取り敢えず相手の言い分を飲んでしまう。そして嘘をつくのは嫌いだから付き合うしかなくなってしまうのだ。この生意気な後輩二人は情報のやり取りをして、俺の弱点を利用してくる。
「先輩、ちょっと真面目な話してもいいですか?」
弄っていたスマホをテーブルに置いてから舞奈は話を切り出してきた。
「なんだ、藪から棒に」
「凛はウチには言わないからよくわからないけど、多分何か厄介事でしょう? 凛の事よろしくお願いしますね」
舞奈は真面目な顔でそう告げた。その表情はどこか少し寂しげに見える。凛と舞奈がどの程度親密な間柄なのかは俺にはわからないが、巻き込みたくないという思いやりであっても、何も言われないというのも寂しいのかもしれない。
「できる範囲で手は貸すが、任されても困るぞ」
「それでも構わないので出来るだけ助けてあげてください。凛は中学の時に色々あったから男子とは少し距離を置くんですよ。だから現状男手は先輩だけなんで」
何があったかは知らないが、生きてれば何かはあるだろうさ。安易に踏み込んでいい程仲が良いわけじゃないし、興味もない。
「お前らは中学が一緒なのか?」
俺はそうやって話を少し逸らした。
「そうですよー。凛は見ての通り可愛いから中学の頃から男子に人気がありましたね」
「お待たせー! これアラビアータと、アイスティーのキャンディね。何の話してたの?」
凛が銀のトレイに載せて、オーダーの品を持ってきた。テーブルの中央に置かれたのは、アラビアータ。俺の知るアラビアータなもう少し薄くて明るい色合いだったと思うが、目の前にあるのはビビットカラーとも言えるくらい真っ赤で鮮やかな色をしている。匂いからして辛さが漂っている。
「凛は中学の頃から男子に人気があったって話ー」
「マ? もっと言ってやってよ。コイツ私に興味無さすぎて女のプライド傷付くんだよね」
「わかるー。ウチにも一切興味なさそうだったもん」
パスタを取り分けて一口食べると、パスタに触れた唇にジンジンとした痛みが出始めた。当然味なんて感じない。あるのは痛みだけだ。
「なぁ凛、このパスタはこのつけ汁につけて食べるのか? パスタなのに珍しいタイプだな」
「つけないし。それただのお冷だから。辛いの苦手ならなんでそれ頼んだの?」
「お前の友達に言ってくれ」
正直今すぐにでもパスタをお冷に突っ込んでジャブジャブ洗いたくなる。
「んー、美味しい」と言いながら食べ始めた味覚の狂った舞奈をジトッと睨み、もう一口食べる。もう感覚がおかしくなっていて、空気でさえ染みるわ。
アイスティーを口に含んでいる間だけが俺の癒しだ。
それから「ウチが食べようか」という、舞奈の言葉にノーを叩き付けて時間をかけて何とか食べきった。半分食べるという約束をしてしまった以上、甘える訳にはいかない。
例え震えが出ようと、例え視界が滲もうと、例え唇が開いてるのか閉じてるのかわからなくなろうと、言った以上は食べる。
「美味しかったですか?」
「からかった。がんばった」
「頑張りましたね。えらいえらい」
「あたまさわるな」
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