第14話 図書委員会

 俺の通っている高校には委員会活動がある。風紀委員や学級委員、保健委員や美化委員等など様々な委員会活動があるが、クラスメイト全員が何処かの委員会に所属する程種類がある訳では無い。


 そんな強制でもない委員会の一つ、図書委員会に俺は所属している。人との関わりを極端に浮かない程度に抑えて、家と学校とバイトしかしないような奴が、強制でもないのに委員会に所属しているのには当然理由がある。


 俺が所属している図書委員会は仕事がほとんどないのだ。月に一度の集まりと、大体月に一度くらいの図書室業務をやるだけなのだから委員会活動としては楽な方だろう。


 そしてわざわざ委員会に所属している最大の理由は、今のこのホームルームの時間にある。


「それでは体育祭実行委員を決めたいと思いまーす」


 我が校では六月末になれば体育祭が行われるが、当然それに向けた仕事が沢山ある。無報酬でこき使われるのが体育祭実行委員や文化祭実行委員だ。

 

 そしてこれらを決める時に、もし立候補者が居なければ部活にも委員会にも所属していない人間が生贄として差し出されるのだ。


 立候補者がいない場合の生贄だ、つまりクラスの全員がやりたくないと思っている。もし最初に候補として名前が上がってしまえば、クラスの全員が一気に敵に回り、そいつに押し付けようと団結するのだから勝ち目などない。だから部活か委員会に所属していなければ多数決という、数の暴力でいとも容易く生贄にされてしまう確率がぐんと上がるのだ。逆に言えばどちらかに所属していれば、確率はかなり下がる。

 

 こういうお祭り事やイベントが好きな人は進んで実行委員になるだろうが、必ずしもそんな人間が各クラスにいるとは限らない。そして生贄として差し出された人間にはやる気なんかないが、他クラスからはやる気のある連中が集まっていたりする訳だ。


 やる気のある人間と、やる気のない人間が同じグループに押し込められて、無報酬で激務をさせられるなど、トラブルの臭いしかしない。それならばいっそ図書委員会という多少の労力を払ってでも、大変な委員会から逃げる大義名分を得る方が賢いだろう。


「それでは、我がクラスの体育祭実行委員は大山くんと香取さんに決まりましたー。拍手ー」


 こうして生贄として捧げられた人達は体育祭後の打ち上げが終わるまでの間、地獄の様な日々を過ごすのだろう。どうか強く生きてくれ。


 ●

  

 放課後、上手いこと体育祭実行委員を回避出来て、少し浮かれ気分の俺は図書室へ向かっている。今日は図書室業務の当番なのだ。


 仕事内容なんてぼーっと座って本の貸出と返却業務をするくらいだが、高校で本の貸出なんてほとんどない。当然図書室利用者だってあまりいない。精々がテストが近くなったら増えるってくらいだろう。


 久し振りにやってきた図書室の扉を開けると予想に反して賑わっていた。図書室がこんなに賑わってるのは珍しいが……そもそも賑わうのはルール的にイカンだろ。図書委員仕事しろ。


 図書室の受付には黒髪でメガネをかけた華奢な女生徒が座っていた。今日の相方である美原希みはらのぞみだ。俺も彼女も去年から図書委員をやっていて顔馴染みだ。もっともあくまでも顔馴染みなだけで、ほとんど私的な話はした事がない。なんなら長い前髪と、いつも俯いているせいで顔すらまともに見たことがない。顔馴染みといえるのかすら疑問だな。


「悪い。来るの遅かったな」


「いえ」


 美原は今にも消え入りそうな程、か細い声でそう答えた。彼女は人見知りなのか、コミュニケーションが苦手なのかわからないがほとんど喋らない。喋ったとしても声が小さく、聞き取るのが難しい。


 待たせてしまった分、俺も早速仕事に取り掛かろう。

 一度手袋を外してから、思いっきりパンと柏手を打つ。少し騒がしかった図書室が一体何事かと静まり返った。


「図書室ではもう少しお静かにお願いします」


 静かになったタイミングで一言こう言えば皆声を抑えてくれる。手袋をはめてから隣の美原を見ると胸の辺りを片手で抑えていた。どうやら驚かせてしまったようだ。


「悪い、一言言ってからやるべきだったな」


「いえ、ありがとうございます」


 彼女は真面目な性格だから仕事も丁寧だが、引っ込み思案な性格故に騒がしくなっても注意ができなかったのだろう。だがそもそも何でこんなに人が集まってるんだ?

 

 そう思った俺は入荷したばかりの本を、新刊コーナーに並べに行くついでに、集まって何かをやってる連中の近くを通った。

 男女数人で何をやっているのかと思えば、どうやら誰かのノートを写しているようだった。


 ……そうか、もうすぐ中間テストがあるのか。それで恐らくノートの提出が求められていて、慌てて写しているってところか。


 新刊コーナーに並んでいる本の入荷日をチェックして、入荷してから時間が経ってる物は端に寄せ、新しい物は面出しして目立つように並べる。


 どうせ受付でやる事なんてほとんど無いし、テスト期間が近いのだから俺も勉強をしよう。


 ●


 受付に戻ってテスト勉強をしていると、目の前を手で遮られた。人のテスト勉強を邪魔するのは一体誰だと手を辿っていけば、犯人は美原だった。


「あの、もう終わりです」


「え? あぁ、もうそんな時間だったのか。悪いな」


「いえ」


 どうやら勉強に集中していたようで、気が付けば図書室を閉める17時になっていた。念の為図書室を回って誰も居ないことを確認してから誰もいませんかと声をかける。万が一にも閉じ込めてしまったら大変だからな。

 返事もないので図書室の鍵を閉めた。後は職員室に鍵を返せば仕事は終わりだ。


「じゃあ鍵は俺が返しておくから、美原はもう帰っていいぞ。何かと物騒だから気をつけて帰れよ」


 美原は俺の言葉を聞いて、ペコリと軽く頭を下げてから帰って行った。

 

 最近は凛に振り回されることが多かったから、中間テストの事はすっかり忘れていた。まだ一週間以上あるが、早めに取り組んでおけば余裕ができる。バイトのシフトも調整しなければならないし、今日思い出せたのは僥倖だったな。


 そんな事を考えながら、指に引っ掛けた鍵を回しながら職員室に向かう。部活動が終わるにはまだ少し早い時間のようで、校庭では運動部が声を張り上げながら走り回っている。奇声を上げながら集団で走るとか冷静に考えると少しあれな光景だな。


「失礼します」と挨拶してから職員室に入ると、先生方の他に舞奈がいた。何かプリントを先生の机の上に置いて顔をあげた舞奈と目が合うと、少し目を見開いてから声をかけてきた。


「白石先輩じゃないですか」


「おう、補習かなんかか?」


「もしかしてウチの事バカだと思ってます? 反省文の提出ですよ」


 中間テストに思考が引っ張られすぎて補習って言葉が思わず出たが、バカだと思っていた訳ではない。訳ではないが、反省文の提出できてるならやはりバカなのでは?


「そうか。反省しろよ」


 鍵を所定の位置に掛けて、職員室をでた。これにて本日の業務は終了だと昇降口へ向かっていると、後ろから声を掛けられる。


「凛の言う通りですねー。普通もう少し興味を持って話広げませんか? 何やったんだーとか」


「はぁ……。何やったんだ?」


「授業中にスマホ鳴っちゃって反射的にいじってたらこうなりました」


 隣りを歩き始めた舞奈は自分のアホみたいな失敗を恥じること無く言ってのけた。

 どうやら舞奈もこれから帰るようで、昇降口へ向かって歩いている。稲葉に言わせれば、男女が同じ場所に向かって歩いているんだからこれもデートだな。

 

「そうか。反省しろよ。……というか凛はどうした?」


 今日は送っていけと言われていないから、てっきり舞奈と一緒だと思っていた。


「凛はバイトですね。反省文書いてる私を置いて一人で帰っちゃいましたよ。薄情でしょー?」


 舞奈は反省文を書くのに体力を消費したのか、どこか疲れた顔で緩く巻いた自分の髪を更に指に巻いていた。普通の友人関係というのがイマイチわからないから何とも言えない。


「そうだ! 白石先輩暇ですか? これから凛のバイト先突撃しましょうよ」


「一人でいけ一人で。どうしてお前らは仲良くもない奴とすぐに行動しようとするんだ。俺には理解できん」


 凛も初めから馴れ馴れしかった。追われているという恐怖心があったから、他の事に意識をさく余裕がなかったのかもしれないが、それ以降も気安く接してきた。

 

 俺からすれば、よく知りもしない人と関わるのは不安だ。どういう人間で、どういう事を嫌い、どういう事を好むのかもわからないのに接した結果、化けの皮が剥がれてしまう可能性がある。それが不安でたまらない。


「仲良くないから、仲良くなる為にも一緒に行動しようとするんじゃない? てなわけで行きましょ」


「わかったから触るな」


「おお、これも凛の言ってた通りだ」


 最近の後輩はどいつもこいつも強引でワガママだ。

 結局了承してしまった以上、逃げる訳にもいかず、舞奈と一緒に凛のバイト先へ突撃する事になった。

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