第12話 買い物
大きな百均にやってきた。フロア半分程の広さがある、駅周辺では一番大きな百均だ。ここでなら何かしら適した物が手に入るだろう。
買うべき物の条件としては凛がバッグに付けていてもおかしくない物、そして種類があってそれなりの大きさの物って所か?
「何か良さそうなのはあるか?」
「そんな事言われてもなぁ。私にはどんな物が良いかわかんないし、先輩が選んでよ」
「それこそわかんねーわ。凛の好きそうな物か、付けていてもおかしくない物となると……。ブロッコリーのマスコットとか探してみるか」
「だからブロッコリーは好きじゃないって」
さっきの雑貨屋とは逆で、俺の後を凛がついて回っている。余裕を持ってすれ違える程広い店内を、宛もなくあちらこちらに動き回って良さそうな物を探す。凛が持っていてもおかしくなくて、バッグに付いていても不自然じゃない物……。
そもそも凛ってどんなバッグ使ってんだ?
「え、なに。急にジロジロ見て。セクハラ? セクハラですか先輩」
「リュックじゃないんだな」
「今更過ぎん? もう少し私に興味持てし」
凛を観察してみると、いわゆるスクールバッグを持っていた。俺が知る限り学校ではリュック背負ってる人が多い気がしたんだが凛は違うらしい。
後ろから写真を撮られても分かるようにって条件が、横に持つスクールバッグだと難しいんじゃないか?
「なぁ、俺の前を普通に歩いてみてくれ。後ろから見てそのバッグがどの程度見えるのか確認したい」
「りょ」
凛は前を歩き始める。姿勢の良さは百合子の教育の賜物か、背筋が伸びていて歩く姿はなかなか綺麗だ。バッグがどう見えるのか確認すると、脇に挟むように持っていたら角度にもよるがかなりの範囲が腕や体で見えない。これは作戦自体を変更せざるを得ないかもしれないな。
「チッ」
「え待って。何で私の後ろ姿見て舌打ちした? 百合子に怒られるよ?」
「俺は百合子に会わないから怒られない。それよりそのスクールバッグだと後ろはほとんど見えなかった。日付が分かるように何かを付けるのは難しいな」
「それで舌打ちしたのね。というか舌打ちはやめな?」
せっかく情報を得る為に付けたのに、写っていなかったとかわからなかったでは凛の精神的にかなり負荷がかかるだろう。これ以上負担を増やすのは避けたい。
「一時的にでいいからリュックに変えないか? そうすれば後ろからなら確実に写真に写るだろ」
「私学校に持っていくようなリュック持ってないよ?」
「……上手くいかん事ばかりだなまったく」
凛は自分の事だと言うのに俺に任せっきりになっている。今も次から次へとボールペンや蛍光ペンの試し書きをして良い物がないか探してる様だ。
「ペンを探すのも良いが、バッグにペンぶら下げる訳にもいかんだろ? 別のも探してくれ」
「はーい。それでどうするか何となくは決まったの?」
「まぁな。リュックを買うとなるとさすがに金額がかかり過ぎる。だから第一候補としてスカーフ。さっき向こう側にそれなりに種類があったから、それを九枚買って日替わりでバッグに付けるのはどうだ? なんか良い感じにそれっぽく結べば大きいから色んな角度から見えて、かつ悪目立ちはしないだろ」
「残りは?」
「なんか私物でテキトーに用意しろ。テーマパークで買った何かとかあんだろ?」
結局物は試しという事で、スカーフを一枚だけ買ってからエスカレーター横のベンチへ移動した。凛はスカーフをスクールバッグの持ち手部分と本体を繋ぐ金属の所に、器用に結び付けた。
「どう? 結構可愛いくない? 柄がイマイチだけど」
サテン生地の様に光沢のあるスカーフは、大きなリボンの様になってスクールバッグを飾り付けている。
俺には可愛いかどうかはわからないが、本人が気に入ったのなら十分だ。試しに持ってみてもらったが、バッグとは反対側から撮られない限りは見える。必要最低限の機能はありそうだな。
「なら残りも別の柄で買うぞ」
「どうせならもっと可愛いスカーフがいいなー。なんかちょっとおばさんっぽくない?」
「この店で一個だけ何でも好きな物買ってやるからワガママ言うんじゃありません」
「はーいママ。でも百均じゃん」
ぶー垂れる凛を連れて再び店内に戻り、スカーフを選んだ。凛は俺に買ってもらう一品を求め店内を歩き回り、その間に俺も画用紙とマジックをカゴに入れた。恐らくここで買う物は揃っただろう。
凛を探して店内を歩いていると、丁度向こうも俺を探していたらしい。目が合うと顔一杯に愛嬌を溢れさせた様な顔でこちらへと早足で歩いてきた。
「先輩先輩! 買ってもらう一個決めましたよ! じゃーん!」
ニヤニヤとしたいやらしい笑みに変わった凛は、セルフ効果音と共に後ろ手に持っていた物を見せつけてきた。
そこには空箱のモバイルバッテリーがあった。パッケージに『百円ではありません』、『税込千百円』とこれでもかと大きく書かれている。
百均でそれを出すのは少し卑怯じゃね? 実質十個だろう。百均なのにそんな金額の物まであるのかよ。等など言いたいことはいくらでも出てきたが、約束した通りこの店で好きな物一個だ。
俺はこの世の不満すべてを一度飲み込んでから溜め息にして世界に還元した。
ニヤニヤしながら箱を左右に揺らす凛から空箱を奪い取って、カゴに入れる。
「えホントに買ってくれるの?」
「一個は一個だからな。俺は嘘をつかない様にしてんだよ」
「ほんの冗談だから買わなくていいよ? さすがに悪いし」
「じゃあ誕生日プレゼントとでも思っとけ。もうすぐだろう?」
6月14日が凛の誕生日だ。未だにスマホの暗証番号を変えていないから嫌でも覚えている。
「えぇ〜。誕プレならもっと別の買ってよ〜。女子に誕プレで持ち充はないっしょ」
凛はブーブー文句垂れながら、レジに向かう俺の周りをチョロチョロと動き回っている。女子が買い物好きというのは本当の様で、先程までの鬱屈した雰囲気はなりを潜め、今では普通に楽しそうに笑っている。
一時的にでも嫌な事が忘れられたのなら、例えこの作戦に効果がなかったとしても意味はあったと思える気がした。そう考えれば既に作戦は半分成功したようなもんだな。
支払いを済ませ、買った物を凛に渡すと早速モバイルバッテリーを取り出して写真を撮っていた。カラオケのポテトも店前にあったマスコットもそうだが、モバイルバッテリーだって写真に撮ってもしょうがないだろうに何故コイツら女子はすぐに写真を撮るんだ。
この階には用が無くなったのでエスカレーターに乗って下へと降りていく。さっき行った雑貨屋のある三階に来たが、凛はそのままエスカレーターに乗ってしまった。
「雑貨屋寄らなくてよかったのか?」
「んー? 今日はもういいかなって。今度行きましょうよ今度」
「知らん勝手に行け。……ッバカエスカレーターで暴れるなっつの」
俺の返事がお気に召さなかった凛は、振り返ってお腹を軽く殴ってきた。エスカレーターが振動で止まったらどうする気だまったく。
商業ビルを出ると、まだ雨は止んでいなかった。降水量がこの辺の排水能力を超えているのか、ビルの前は結構な広範囲に水溜まりができている。
割かし長い時間、外が見えない建物の中にいたから、雨が降っていることなんて頭から抜けていた。
すっかり体の一部と化していた傘を手に取って、雨が降りしきる鬱陶しい外へとイヤイヤ出るのだった。
「さっき渡した荷物の中に画用紙とマジックが入ってるから、そこに日付とスカーフをリンクさせた一覧表を作っておけよ。あと新聞かなんか今日の日付が分かる物も並べて写真を撮っておけ」
傘を打つ雨音にかき消されないように、気持ち少し近付いて話し掛ける。
どの程度役に立つかは全然わからないが、情報は集めるだけ集めた方がいいと思っている。取捨選択は後でも出来るが、こうしておけば良かったは後になっても出来ないから、一見不要なデータだったとしても念の為取っておきたい。もしかしたら警察を動かす為の証拠になるかもしれない。
「え、難しいこと急に言わないでよ。まだ時間あるし一緒にやろ?」
「んじゃあどっか喫茶店でも寄って……」
「ストーカー対策を、ストーカーに見られてるかもしれない場所でやんの?」
今もストーカー野郎が見ているのかはわからないが、画用紙に大量のスカーフ並べて何かやってたらさすがに怪しまれるか。
「じゃあやっぱ帰ってから一人でやれ。どのスカーフが何日を表してるか書けば良いだけだ。書き方も別に縦でも横でもわかればなんでもいい」
「えー。あ、そうだ。先輩の家に行きましょう!」
「残念ながらお前は出禁だよ」
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