第11話 雨の中の下校
放課後、帰り支度を済ませて席を立った俺を稲葉が呼び止めた。事情はよく分からないが人手が必要だったら声をかけろ、と真面目な顔で言っていた。
先日舞奈が言っていた事、今日の凛の様子や会話の内容から、ふざけている訳でも色恋話でもないと気付いているんだろう。それなのに必要な時には声をかけろと言ってくれる稲葉は中々漢気に溢れている。
「その時は頼むわ」
「へーへー。じゃあ後輩ちゃんとのデート楽しんできなー」
柄でもない真面目な話に耐えられなくなったのか、少しおどけた様子で稲葉は教室を出ていった。カッコつけて去っていったが、俺もこれから下駄箱へ向かうのだ。直ぐに行って顔を合わせては稲葉も気まずいだろう。武士の情けだと思って三分ほど時間をズラす事にした。
下駄箱へ行くと凛は廊下の壁と掃除用具の入ったロッカーの隙間に収まってスマホを弄っていた。特に深い意味がないのなら良いが……まさか人目を避けたくてそんな隅っこに収まっているんじゃないだろうな。
「悪い、待たせた」
「……あ、遅いですよ! 来ないかと思いました」
「いやそこまで遅くはないだろ。そっちのホームルームが早く終わったんじゃないのか?」
「そうですか? そうだったかも。まぁ来てくれたんでどっちでもいいですよ! それじゃあ行きましょう!」
声を掛けた時、凛は驚いた様に体を跳ねさせた。凛の行動一つ一つが俺には頼りなく、怯えてるように見えてしまう。
傘立てに立ててある自分の傘を手に取って先に昇降口から出て空を見上げる。朝から降り続いていた雨は、まだ当分止みそうには見えなかった。昇降口から正門までの直線は、色とりどりの傘に彩られ賑やかだ。
ローファーに履き替えた凛が小走りでやってきたので、正門へ向けて並んで歩き出した。
「それで今日は真っ直ぐ帰ればいいのか? それとも迎えの時間に合わせるのか?」
「出来れば百合子の迎えまで付き合って欲しいかな」
「あいよ」
水溜まりを避ける様にジグザグに歩く。同じ様にあちらこちらへ移動して水溜まりを避ける凛の顔色を見やると、やはり目のクマが酷い。昼休みにも思った事だが、相変わらず睡眠時間は足りていない様だ。このまま長期戦に入ってしまえば、ストーカーが諦めたり解決する前に凛が先に潰れてしまうだろう。
水溜まりを避ける為に地面を見て歩いている姿さえ、俺には弱々しく俯いているように見えてしまった。
「なぁ凛、あまり言いたくは無いかもしれないがあれから何か動きがあったか教えてくれるか?」
「……ほぼ毎日写真が送られてきてますよ」
「それって証拠として保存してるか?」
「……いえ、保存したりすると相手に通知がいくんですよ。それが怖くて……」
俺はミンスタ所かSNSをやっていないからどういう仕組みかは知らないが凛の話によると、一度しか表示されないようにして送られてきたものを保存すると相手に通知がいくらしい。それならばいっそ送られて来ないようにブロックしてしまえば良いかと思ったが、リアルで付き纏われているのだから意味が無い、と凛は言っていた。
その結果無視をするのも怖くて毎日毎日送られてくる、自分の付け回されている姿を見続けているそうだ。
やはりどうにかして解決へ向かわない事にはどうにもならない。捕まえるにしろ、警察に動いてもらうにしろ情報は多い方がいい。
「送られてくる写真はその日の物なのか?」
「そんなのはっきりわかんないよ。学校帰りだから制服だし。でも土日にも学校帰りの写真が送られてきてるから必ずしもその日って訳じゃないんじゃない?」
「じゃあ何か日付がわかるようにするか……」
「は? もしかして私にまた付け回されてまた写真撮られてまた狙われてる様子を自分でしっかり見ろって言ってんの? もう最悪」
凛は立ち止まり冷めたような顔でこちらを見て、声を震わせながらそう言った。事件解決に向けて、犯人の行動パターンや情報を少しでも集められればと思ったのだがどうやら俺は何かを間違えたらしい。
人の心を読む力はあるが、結局力を使わなければ人の心の機微など、所詮人ではない俺にはわからない。
どうしようもない空気の中、暫く無言で歩いていると凛が口を開いた。
「……それで、具体的にどうすればいいの?」
「は?」
「だから私はどうすればいいのか聞いてんの。私にはわかんないけど、何か考えがあんでしょ? なら言ってよ」
「あ、ああ。例えば付き纏われているのが決まった曜日だとして、それを知る事ができたら犯人を捕まえるにしろ警察に動いてもらうにしろ役に立つと思ったんだよ。だから凛が自分だけにわかる何かを用意すれば、いつ撮られた写真なのかわかるんじゃないかと思ってな」
凛は水溜まりの上を歩くのもお構い無しに、考え込みながらビチャビチャと音を立てて歩いている。リスクとリターンを考えているのかもしれないが、少なくともリスクはほとんどないと思う。もっとも、リターンもほとんどない可能性がある。
「具体的には?」
「そうだな……。例えば学校帰りに撮られているんだから、バッグには日付を表す装飾品を付けるとかか?」
「日付を表す装飾品って何? カレンダーでも括り付けるの?」
「アホか。それじゃ犯人にも丸わかりじゃねーか。一日はこれを付けて、二日はこれを付けてって日付に対応させた何かを付けるんだよ。写真はいつも後ろからか?」
「そうですね。微妙にブレてたりするし、スマホでズームでもして撮ってるんじゃないかな」
「それならバッグの後ろ側になんかそういうの付ければいいんじゃないか?」
「……よし! じゃあそうと決まれば早速お買い物に行くよ先輩」
試す価値ありと判断したようで、凛は気合いを入れ直して繁華街に向かって歩き出した。
少し濡れながらやってきたのは商業ビルだ。具体的に何を買うかは決まっていないが、小さすぎてわからなければ意味が無いし、付け替えが面倒では大変だろう。
凛は迷うこと無く雑貨屋に入って店内を見始めた。店に置いてあるのは可愛らしいヘアゴムやらストラップにアクセサリーなど様々だ。少しファンシーな店内に、居心地の悪さを感じながら凛についてまわる。
買い物が好きなのか、先程までの不機嫌さもなくなって凛の表情は幾分明るく見えた。
店に並んでるものを何気なく手に取って値段を確認してみると安くても三百円は超えている。買わなければならない量を考えれば価格は抑えた方がいい。
「なぁ楽しそうなとこ悪いんだが何個買うかわかってるか? 値段考えたら百均にした方がいいんじゃねーの?」
「あ……そっか。三十一個は買わなきゃなんないのか……」
「いや、十の位と一の位に分ければ十二個で足りるだろ」
それでも学生にとってはかなりの金額になるだろう。それに見分けがつかなければならないから、安い同じものをまとめ買いってわけにもいかない。
凛は楽しいショッピングに水を差されたのがショックだったのか、また買い物前の状態に逆戻りだ。ストレスか本人の気質かわからんが情緒不安定だな。
凛は少し名残惜しそうに雑貨屋を見てからエスカレーターに乗った。
「必要な物買ったあとでまた来ればいいだろ」
「……いいの?」
「どうせ百合子の迎えまで時間潰すんだろ?」
「……ありがと」
凛は俯きながら小声でそう言った。
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