第7話 スーパーで買い物
学校とは、面倒な人付き合いさえなければ決められたルーティーンで進んでいくから簡単だ。月曜日から金曜日まで、決められた時間割で進んでいき、それを淡々とこなす単調な日々。
そして最近はその面倒な人付き合いがほとんど無かったから楽に過ごすことが出来た。
あれから数日、舞奈も百合子の娘も教室にやって来ることはなかったし、西澤が昼休みに絡んでくることもない。
「和泉は休みの日に実家に戻ったりしてるのか?」
「いや、全くしてないぞ」
六時間目の授業が終わり、担任の教師が来るまでの間に帰り支度をしながら稲葉と話をする。
今更なんの用事もなく実家に行くなんてする訳もないし、顔を合わせない方がお互いの為だろう。何より未だに両親があの家に住んでいるのかも俺は知らない。保護者の承諾が必要になる書類は実家宛に送れば数日後に送り返してくるから何かしら繋がりはあるのだろうが、転送されているのか誰かが代理で記入しているのか
、はたまた両親が今も変わらず住んでいるのか実態は知らない。
「ま、そんなもんか。それより明日か明後日どっかで遊ばね?」
「どっかって何処だよ」
結局いつもの様に、特に遊ぶ予定を立てるでもなく学校を出た。明日からの土日はバイト以外出かけなくても済むように、帰りに食材やレトルト食品を買い溜めしておこうといつもの繁華街へと向かった。
繁華街は金曜日ということもあって、浮かれた様子の学生グループがやたらと目に付いた。彼らはこれからカラオケやファミレスに買い物と、やる事が目白押しなんだろう。
俺はそれらを煩わしい物だと思ってしまうが、もしも彼らのようにまともな人間だったら同じ様な学生生活を送っていたんだろうか、と何気なく思う時がある。
稲葉の遊びの誘いに気軽にのって、特に目的がある訳でもなく集まったり、だべったりとわざわざやる必要がないような事をして過ごしていたんだろうか。
気温が高くなり、少し鬱陶しく感じる手袋を見詰めてからかぶりをふった。
「あ、白石先輩だ」
スーパーへ向かって歩いている途中、数日振りに聞く声が、後ろから聞こえた。
まさか偶然会うなんてと思ったものの、学校の近くで一番発展しているのがこの辺りなんだからそう不思議でもないか。
そんな風に思いながら振り返ると、少しやつれた顔の百合子の娘が立っていた。
「おう。お前ブロッコリーの食い過ぎか? なんかやつれてんぞ」
「そんなブロッコリーばっか食うか! ダイエット成功、って感じ?」
力無く笑った百合子の娘は化粧で隠してはいるんだろうが、目の下には薄らとクマが浮かんでいて、明らかに不健康そうだ。少々コケた頬も相まって、本当に美容目的のダイエットであればそれは失敗だろう。
「ま、痩せるのだけが目的なら成功かもしれんな」
「それどういう意味だし。先輩はこれからどこ行くんですか?」
「俺はあそこのスーパー」
小さな何もない公園を挟んだ向こう側に見えるデパートを指さして言う。あのデパートの地下に二十四時間のスーパーがある。
「奇遇ですね。私もあそこのスーパーに向かってたんですよ」
「そうか。じゃああんま暗くならん内に買い物済ませて帰れよ」
そう言ってデパートの方へ向き直り、歩き出したが腕を掴まれた。
「同じとこ行くんだから普通一緒に行くでしょ」
「わかったから離せ」
俺は掴まれた腕を振り払う様に体に寄せ、今度こそ歩き出した。百合子の娘は隣りで歩き始めたが、以前のようにベラベラと喋ることはなかった。
エスカレーターでデパート地下のスーパーへ入り、カートにカゴを乗せる。今日を含めて三日分の貯えだからそれなりの量を買う事になるだろう。特売の肉や魚なんかはすぐにでも使ってしまえば問題ないし、テキトーに選んでいく。たまには焼くだけで食べられる味付きの肉を買って楽もしようかな。
「先輩、こっちの分厚いお肉も買いましょうよ! 女子もたまにはこういうザ・肉って感じのも食べたくなるんですよね」
「お前まだいたのか。自分の買い物済ませて来いよ」
主食ブロッコリーの女がスーパーに来て買うのなんてブロッコリーに決まっている。俺は野菜は最後の方に必要な分だけ買うんだよ。最初にテキトーに買うと、一人暮らしじゃ絶対に余らせることになるからな。手で追い払うようにさっさと行けと伝えた。
「せっかく同棲気分を味わわせてあげてるのに、普通そんな風に扱う?」
「ふん。痛っ、蹴るな蹴るな」
ようやく手に入れた誰に気を遣うでもなく、手袋もしないで自由に過ごせる一人暮らしなのに同棲気分なんて背筋がゾッとするわ。そう思って鼻で笑うと蹴られてしまった。百合子は舌打ちもいただきますも大事だが人を蹴ってはいけないと教育するべきだったと思う。
人の買い物カゴにお菓子を入れてこようとする油断ならないヤツを引き連れて店内を回る。よくよく見てみればコイツ自分の買い物カゴすら持ってきていない。人に付きまとってあれこれ美味しそうだのこれも買おうだの言うばかりで全然ブロッコリーを買いに行く様子も見られない。
「なぁ、カゴ持ってないがブロッコリー素手でもってレジに並ぶのか? わざわざブロッコリー一個カゴに入れるのもどうかとは思うが手に持って並ぶのも絵面的にどうかと思うぞ?」
「なんでブロッコリー? 私別にブロッコリー好きって訳でもないからね?」
「好きでもないブロッコリーをタッパーに入れて持ち運ぶとか余計意味わかんないわ」
冷凍食品も選んで後はレジに並ぶだけだが、誰かさんがさりげなくアイスを忍ばせたのを俺は知っている。知っているが、まぁそれくらいは見逃してやろう。ため息一つ吐いてレジへ並んだ。
「それにしても先輩は随分買いますね。今日は買い物当番って感じですか?」
「まぁそんな所だ」
一人暮らしだから全ての当番が俺自身だ。だから嘘ではない。
「弁当も自分で作ってるし、買い物当番もするなんて中々家族思いじゃん」
俺が家族思いだったら普通の人間として生まれてきただろうし、家族を引き裂くような事も、追い出される様な事もなかっただろう。
今口を開けば何を言っても嘘をついてしまいそうだから話を逸らすことにした。
「というか結局お前は何を買いに来たんだよ。俺のカゴにアイスねじ込んだだけじゃねぇか」
「え、先輩気付いてたんですね。バレてないと思ったんだけど。先輩は買い物終わったらどうするんですか?」
「帰るに決まってんだろ。逆にこんな大荷物持ってこれからどこか行くと思うか?」
俺は目線で目の前にある溢れそうなカゴを指した。コイツは特に何も考えずに話題を逸らしたんだろう。だから不自然な話題転換になる。
不自然になってまで話題を変えたって事は、はなからスーパーで買う物なんてなかったって事か。それなのにここにいるって事はコイツの目的は俺だった、って訳か。
単に暇つぶしで付きまとっていただけなのか、何か言いたいことがあるのかわからないが面倒な事にならなければいいな、と持ち帰るのが大変そうな荷物を見ながら思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます