第4話 バイト
「和泉、俺思うんだけどさ。男女が同じ場所へ向かったらそれはもうデートだと思うんだよ。そう考えると和泉は昨日の放課後、後輩ちゃんとデートした事になるな。俺を置いてするデートは楽しかったか?」
昼休みに弁当を食べていると、稲葉が話しかけてきた。その理屈で行くと全校集会も電車の乗り換えも集団でデートしてることになるぞ。ハッピーな世の中だな。
「デートじゃねーよ。それに楽しくもない。終始振り回されて終わりだ」
今日は朝から稲葉が何か言いたげにじっと見るばかりで、ようやく口を開いたと思えばこれだ。朝から練りに練った話題がこれかよ。
「はん、余裕がある奴は違うねー! 俺も言ってみたいモンだよ。振り回されるだけでデートなんてろくなモンじゃないってな!」
「まぁ真面目な話あの後輩とはもう当分話す事もないさ」
ストーカーか何かわからんが、力になってやる理由もなければしてやれる事もない。クラスはおろか学年まで違うのだから、バッタリ出くわすこともそう無いだろう。
「えー。それはどうかなー? 白石くんのその考えは甘いんじゃないかなーって私は思うよ?」
西澤が他の女子をほっぽって会話に混ざってきた。昨日あれだけクラスメイトから注目を浴びた物だから、どいつもこいつも何だかんだで気になるゴシップネタのようだ。そして西澤が記者よろしく突撃してきた、と。
「俺もそう思うんだよ。和泉は関係ないですみたいな顔してるけど、こういう時は向こうから絡んでくるんだよ。だって俺そういうシチュエーション散々妄想したからね。可愛くて生意気な後輩女子に絡まれる的なやつ」
男子のクラスメイト約半数が頷いた後、握手を交わしていた。君たちは同胞をたくさん得た様だが、同時に女子からの評判を失った事に気付いているか?
「その妄想はどうかと思うけど、私も稲葉くんに同意かなー。じゃなかったら後輩がわざわざ先輩のクラスにやって来ないって。それで、実際昨日のデートはどうだったの?」
「デートじゃないしどうもこうもないよ。振り回されて解散だ」
本当にそういうものではないと事情を説明したいが、友達でも何でもない俺が勝手にストーカーに狙われて困っているらしいなんて言いふらす訳にもいくまい。
だが我らがクラスのアイドル、西澤なら同じような経験をしてたりするんじゃないだろうか。アドバイスの一つ二つくらいあるんじゃないだろうか。そんな事が頭をよぎった。
「なぁ西澤、ちょっといいか?」
「ふぇ? 白石くんが私に話があるなんて珍しいね。急にどったの?」
「あまり聞かれたくない話題だから少し移動しよう」
「……やれやれ、一度デートを経験した男はこうも変わっちまうのか」
卑屈になっている稲葉にイラッとしつつ、西澤を連れてあまり人気のない特別教室棟まで移動した。普通棟とは違い、昼休みの喧騒がやけに遠くに感じる。
「あまり良い話題でもないんだが……実は昨日の後輩、ストーカーか何かわからんが付け回されてるらしくてな。友人を巻き込んだり誤解されたくないらしくて、昨日は関係のうっすい俺を魔除のお守りにしたみたいなんだよ」
西澤は驚きの表情を浮かべた後、整った眉尻を少し下げて申し訳無さそうに視線を落とした。
「からかっていい話題じゃなかったみたいだね」
「そんなのは外からじゃわからんから仕方がないだろう。それで、こう言っては失礼かもしれないが西澤なら何かアドバイスの一つや二つしてやれるんじゃないかと思ってな」
「なんで私が?」
「いやなんでって西澤なら男子に言い寄られたりするだろう? だからこう、なんだ。嫌な言い方かもしれんが似たような経験があるんじゃないかって思ってな。あぁ、俺に言うんじゃなくて、もしそういう経験が過去にあったりしたのなら、あの後輩にアドバイスしてやってくれって意味であって……って言い繕ってもデリカシーにかける発言だったな。すまん、忘れてくれ」
もし、似たような経験があるのなら西澤だって思い出したくもない記憶だろう。それを無遠慮に掘り返すのは最低な事だった。らしくない事なんてするんじゃなかったわ。
頭をガリガリとかいて再度謝った。そもそも俺には関係がないんだから、西澤にだって関係がない。俺が触れていい話題ではなかった。気まずさと少しの後悔で西澤から目を逸らした。
「フフフッ。私にはそういう経験ないからアドバイスはできないけど、気にはかけておくよ。それにしても関係が薄い人の中で白石くんをチョイスするとは、後輩ちゃんもお目が高いね」
「なんでそうなる」
俺に出来ることはもうやったし、後はアイツ自身が周りの力を借りてどうにかするだろう。そもそもここまでしてやる義理もなかったなと思いつつ教室へ戻った。
●
授業も終わり放課後になった。あの後教室に戻った俺たちをクラスメイトが好奇の眼差しで見ていたが、西澤が「そういうんじゃないよー」と一言言うだけで収まった。やはり影響力がある者は違う。
「和泉今日はバイトだっけ?」
ホームルームが終わり、帰り支度をしていると稲葉が話しかけてきた。
「あぁ、バイトだ。じゃあまた明日な」
「うーい、じゃなー」
教室を出てバイト先であるカラオケ店へと向かう。つい先日まではどこもかしこもゴールデンウィークの広告ばかり貼っていたのに、終わってしまえば何の余韻もなく夏のセールや旅行の案内などが張り出されている。一方的に使って、用済みになったら即座に捨てる様な身勝手さを感じてゴールデンウィークが少しだけ可哀想に思えた。
繁華街にある雑居ビルの五階、そこにあるカラオケ店に入る。
「おはようございまーす」
「あら、今日は白石くんだったのね。今日もよろしくねー」
フロントにいた店長に挨拶をし、裏にあるスタッフの控え室を通って更衣室へ入る。学校の制服から、店の制服に着替えて腰にエプロンを巻き、最後にバイト用の手袋に変えたら準備完了だ。控え室でその日の連絡事項を確認しているとスタッフが入ってきた。
「お、白石くんやっほー」
「おはようございます、
「いんや、一限だけだったから休みみたいなもんだけど一応早起きして行ったよー。偉いっしょ。それじゃ私休憩だからあとよろしくねー」
なんか緩い感じの村雲さんと挨拶をしてからフロントへ向かう。俺は手袋をしている都合で、あまり調理には携わらない。もちろん忙しかったりすれば話は別だが、その時は使い捨てのゴム手袋を使ってやる事になる。そのため主な仕事はフロントと、客室への提供が多い。
その辺りを配慮してくれるから非常に働きやすくて助かっている。
今日は店長が厨房を回してくれるということでフロントに立っているが、平日のこの時間帯は客層も学生が多く、部屋に入れてしまえばほとんどやることもない。学生なんて皆学割で入るが食事の注文なんてほとんど出来ないから仕方ない。
しばらくの間、慣れた作業で淡々とお客さんを入室させていく。
「いらっしゃいませー」
「あ、白石先輩じゃん。ここでバイトしてんの?」
「なに凛の知り合い?」
「そ、白石先輩」
フロント業務をこなしていると、客として百合子の娘が友達と二人でやってきた。
「メンバーズカードはお持ちですか? はい、お預かり致します」
「ちょ、無視すんなし」
「こちらお返しいたします。只今のお時間ですとフリータイムになりますが宜しいですか?」
「はーい、だいじょぶでーす」
「だから私の事無視すんなし、昨日はあんなに必死で私の誕生日聞いてきた癖に」
「チッ」
「舌打ちはやめとけ? 百合子に怒られるよ?」
こっちは見るからにバイト中なんだから普通に客として接しろよ。
「え、なになに? この先輩は凛に夢中な感じ?」
「ちゃうわ。一切興味ない。ほら伝票な、さっさと行け後輩ども」
「店員感じ悪いぞ」
うっせ、丁寧な接客でおば様方から人気だわ。しっしと部屋へ追い払う。やはり学校近くでのバイトとなると知り合いがやって来ることがある。なんとも言えない気まずさがあるが、そもそも家が近所なんだから何処で働こうが結果は同じだろう。ため息を付くと、後ろから声を掛けられた。
「見てたよ〜。白石くんの後輩かな? じゃあサービスって事で後でポテト持ってってあげな」
「そんな、いいですよ店長。知り合いではありますけど、知り合いでしかないですから」
「いいのいいの。いいなー学生。私ももう少し若かったらなぁ……」
そういう店長も十分若く、確かまだ二十――
「白石くん、余計なこと考えてる?」
「いえ、店長は綺麗だなって考えるのは余計な事でしょうか?」
「ぜーんぜん! どんどん考えなさい!」
これはお世辞と言うものであって嘘では無い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます