第3話 ほとんど罰ゲーム
放課後、稲葉や西澤の視線が刺さる中、百合子の娘が来る前に帰り支度を済ませてさっさと教室を出た。
百合子の娘は放課後俺と一緒に帰るなどと宣ったが、俺はそれを了承していない。つまり……。
「先に帰っても問題ない、なーんて思ってるんじゃないでしょうね? 白石先輩?」
「チッ」
「舌打ちは百合子に怒られるからマジやめとけ?」
下駄箱には百合子の娘が待ち構えていた。俺の行動は読まれていて、俺の教室へ向かう時間を省いて先回りしたって訳か。アホそうな顔して味な真似をしやがって。
「じゃあ一緒に帰りますよー!」
「わかった、わかったから触るな」
百合子の娘に掴まれた腕を振り払う。下手に断って時間をかけるより、さっさと駅まで行って終わらせる方が早く帰れるだろう。俺は仕方ないとため息をついて、百合子の娘に付いて行くのだった。
昇降口から真っ直ぐ伸びた道を二人並んで校門へ向かう。普段より早く教室を出た為か、部活動で賑わうはずの校庭も閑散としている。これから運動部所属の奴らは青春の汗を流すんだな。俺は汗をかきたくないから最短で駅まで行こう。
「あ、私買いたい物あるんでドラスト寄りますね」
「そうか、じゃあそこまで送るよ」
「何ナチュラルにそこで解散しようとしてるんですか。先輩も一緒に行くんですよ」
道すがら、百合子の娘は、聞いてもいないのにクラスの誰それちゃんがどうだの、マイチューブで見た何なにが面白いだの、相槌を打つだけで無限にしゃべり続ける。
アレク〇でも貸してあげれば一人でも十分楽しそうだなこいつ。
いつもより遅いペースで歩き、繁華街の少し大きな薬局へ来た。
「よし、じゃあ家に着いたことだしまた明日な」
「誰の家がドラストか。早く行きますよ」
「だから触るな」
せっかく来た以上は何か買っておこう。一人暮らしってのは何かあった時に誰かが何かしてくれる訳でもない。風邪薬や脱水症状用の飲み物でも買っておくか。
「ねぇ先輩、こっちとこっちどっちが良いですか?」
風邪薬を選んでいると、百合子の娘は手に小さなパレットみたいなのを持ってやってきた。
「なんだ、お絵描きか? 俺はあまり美術は得意じゃないんだよ。だから選択は美術じゃなくて書道にした」
「そのギャグはイマイチですね。ちなみに私も書道ですよ。で、どっちのが可愛いと思います?」
「知らねーよ。それ化粧道具だろ? 俺が詳しいと思うか?」
「全然思いませんよ? でもこういう時男子は女の子が欲しいと思っている方を選んで背中押すのが仕事ですよ?」
んなのわかるか、エスパーじゃないんだよ。俺はじゃあこっちとテキトーに選ぶ。
「へー。理由は? こっち選んだ理由」
「お前に似合ってると思ったんだよ」
めんどくせぇお前には三色しか無いやつよりなんかいっぱい色がある方がいいだろ。選択肢多い分使う時面倒くさそうだからな。
百合子の娘はちゃんとこっち見て選べだのなんだのごちゃごちゃ言っているが付き合っていられない。カゴに風邪薬と経口補水液を入れてレジに向かう。
「ちょっと置いてくなし」
俺の前に割り込んだ百合子の娘は、結局三色の方を買うようだ。なら何で聞くのか全く理解できないわ。
「先輩ドラスト来て買うのそれなの? 家族の具合悪い感じ? 早く帰る?」
「早くは帰るがこれは念の為家に置いとくんだよ」
「へぇー、変わってますね」
薬局きて風邪薬買うのは至って普通だと思うが? 会計を済ませて外へでる。後は駅へ向かって解散だな。
駅へ向かって歩くこと数分でまた立ち止まることになった。
「あ、先輩。サクラ味の新しいフレーバー出てますよ! これは是非とも飲まなければ!」
「おう。じゃあ俺は……だから触るなって」
一度も入ったことの無いオシャレなカフェに強引に連れていかれ、ペロだのプラだのよくわからない呪文を唱えた百合子の娘は二人分の飲み物を受け取って席へ着いた。
「先輩どっちがい? 今日付き合ってもらったお礼ね」
それなら好きなのを注文させて欲しいと思うのは俺のワガママか? 百合子の娘はどっちがいいと聞きながらも、どっちも手元に並べて写真を撮っている。さっき薬局で買った物もバッグから出して写真を撮り始めた。
「これミンスタにあーげよっと。お? フォロワー増えてる」
「はぁ……。それで? わざわざ俺と帰る目的はなんだ?」
生クリームがのってないピンク色の飲み物を手に取って聞く。飲んでみると桜の風味が凄い。最近の高校生はこんなの飲んでんのか。
「何か最近ずっと視線を感じるんですよねー。ずっとは少し大袈裟ですけど、外にいる間」
「じゃあ今もか?」
「今は平気かも。でも不意に感じることがあって、一度感じるとその日はずっとって感じですね」
百合子の娘は生クリームがのったよくわからない飲み物をストローでつつきながらそう話した。それが事実であればストーカーとかそういう話になるが、それと俺を連れ出すことはイコールで繋がらない。
「それは大変な事だな。だが、それと俺を連れ出すのは話が別だ。警察に相談するなり、彼氏や友達、家族に相談するべき事じゃないか?」
「ま、それも考えたんですよ。というより警察には一度相談しました。でも誰かに見られている気がするってだけじゃパトロールを増やす事くらいしか出来ることはないそうです。それからできるだけ一人で出歩かないようにって言われました」
なんだそれ。まぁ実害が出てからでは遅いが、実害がない以上24時間張り付いて護衛するわけにも行かないし、犯人探して捕まえるって訳にもいかないんだろう。現実問題として、警察だって人員に限りはあるしな。
「友達は巻き込みたくないし、家族には心配かけたくない。彼氏もいないし、でも一人じゃ怖い。そう思った時に私は思ったんです! あ、あの先輩なら巻き込んでも良心痛まないな! って」
「おい、言ってること最低だぞ?」
「でも私思うんですよ。たまに友達とか身内だからいいやーっておざなりになったり、ちょっと約束破ったりしてもなあなあに済ませる事あるでしょう? 例えば待ち合わせに遅刻するとか」
友達も身内もいないから知らん。
「でもそれって逆じゃない? 大切な友達や家族なんだからこそ、大切に接しないといけないじゃんって思うんですよ。無関係な人には迷惑かけない様にして、大切な人達に迷惑かけるのってなんだか変だなぁって……。だから私は無関係な先輩を盾にするって決めたんですよ!」
「自信満々に言うことじゃねーからな?」
でも言いたいことはわかった。無くしたくない物はちゃんとしまうし、壊したくない物は丁寧に扱う。だけど無くしても壊れてもいい様な物はぞんざいに扱ってもいいって理屈か。
「ま、冗談はさておき先輩って私に興味ないでしょ?」
「ないね。……痛っ、蹴るな蹴るな」
「他の男子だと気があるとか何とか誤解されて面倒なんですよ。そうじゃないとしても周りの人達が囃し立てたり、変な気を回して二人きりにしようとしたり。その男子の事を好きな女子がいたりしたらもう最悪。調子乗るなとかなんとかすぐ言い出すんですよ」
女子怖ぇ。男で良かったわ。いや、友達いないからどっちでも一緒か?
百合子の娘は俺の目から見ても可愛らしい顔をしている。普通の男子高校生なら一緒に帰ろうなんて誘えば勘違いしてややこしいことになるのも頷ける。
「その点先輩はなんかムカつくけど、私に興味ないし無愛想だからモテないだろうし、男子だから護衛にもなる。ほら完璧でしょ? あとちょっとスマホ貸して」
そこに俺の意思が含まれていないのはどうかと思う。よくわからんがスマホを渡してから俺は話をする。
「真面目な話、可哀想だとは思うが俺にとってはあまり関係ない話だ。今日は駅まで送るが、それ以降は知らん。百合子の娘の理屈で言えば無関係だから良心が痛まないってやつだな。だから今後どうするかはちゃんと考えてどうにかしろよ?」
「先輩サイテー。レインに登録しといたんで何かあったら連絡しますね。あと充電しなよ」
「連絡せんでいい」
「それと、スマホにロック掛かってなかったんで掛けておきましたよ? 全く、不用心ですね」
スマホなんてほとんど使わないからわざわざロック解除する方が煩わしいわ。家族と連絡も取らないし、頻繁に連絡を取るような友人もいない。たまに解約しても良いんじゃないかと思う事があるくらいだ。
返してもらったスマホは百合子の娘が言う通りロックがかかっていた。
「パスワードは?」
「私の誕生日か、私の右手親指か人差し指ですよ」
百合子の娘が俺のスマホのサイドボタンに人差し指で触れるとロックが解除された。最近のスマホにはそんな機能がついてんのか。すげーな、現代。あまり触らないから知らなかった。
「先輩それ画面閉じたらまたロックかかるんで気をつけてくださいね?」
百合子の娘はウインクをしてから席を立ち、トレイを片付け始めた。どうせスマホはほとんど使わないから画面付けっぱなしにしておけばいいか。
駅までの帰り道、百合子の娘は何かを考えているように見えた。もし本当にストーカーなり何なりに付け回されているのだとしたら、俺を巻き込むのではなく親身になってくれる人を巻き込むべきだろう。そうでなければ、結局魔除の御守り程度の効力しかない。
本当のいざと言う時には我が身可愛さに逃げ出すだろうし、身を呈して守るなんてしない。人間そんなもんだ。コイツがそれに気付いていればいいんだがな。
駅の改札についた。
「んじゃ気いつけて帰れよ」
「先輩先輩、今日付き合ってくれたお礼にいい事を教えてあげますね! 白石先輩は知らないみたいですけど、スマホって放置しとくと画面消えるんですよ? それじゃ、ありがとうございましたー!」
百合子の言葉を聞いて、慌ててポケットからスマホを取り出すと画面は真っ暗になっていた。
その後俺は、
「あれあれ? 先輩は私に興味無いんですよねー? それなのに私の誕生日がそんなに知りたいんですかー? あれあれー?」
と煽られながら誕生日を教えてもらったのだった。
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