第68話 ずぶ濡れになって・・・

 あの6月の雨の日。

 全面移転して1か月と経たぬ間の出来事。


 とんでもない僻地に幽閉された思いで、かの少年は過ごしている。

 丘の上といえば聞こえはよいが、要は山の中ってこっちゃがなぁ。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 施設の中も学校も、同じような生活を強いられる日々。

 文教地区の学校と違い、時間割も割に無駄が多い。

 なぜか「ゆとりの時間」なんてのが、月曜昼に。

 やっていたことなんか、何も覚えていないよ。

 だらだら群れさせるだけの、郊外の・・・。

 もう、それはいいや、述べるだけ野暮や。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 そんなある日の学校帰り。夕方の4時台で、5時前だった。

 朝こそ降っていなかった雨が、帰りがけには降り始めた。

 かの少年は、ずぶ濡れになりながら歩いて帰っていた。

 移転前の天国は、すでにはく奪されていた時期だよ。

 おまけに雨まで。しかも、土砂降りのずぶ濡れや。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 でも、世の中、捨てたものじゃない。

 上下2車線の割には交通量の多い県道。

 その交差点の信号に、彼はかかったのね。

 そんなとき、奇跡が起こったのであります。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 近くの化粧品店主の女性が、彼に、店名を書いた傘を持ってきてくれたの。

 余程、気の毒に思われたのでしょう。

 ありがたかった。

 本当に、本当にね、ありがたかった。

 それで傘を得られた彼は名前だけ自由の、立ち位置も実態も森に、戻った。


 酒も飲まずに理想に酔った職員が、詰問するようにわめきちらしたかもしれん。

 まあ、あの当時の職員らの態度からすれば、そうであってもおかしくなかろう。

 ただ、事情を知った職員はその後、丁重にその化粧品店にお礼に行ったらしい。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 実は、その化粧品店主さんの息子さんは、のちに小説家となった、かの傘を借りて帰った少年の、中1のときのクラスメイトでした。

・・・、ってよ!

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