世界が終わったので気ままに旅をしていたら、うっかり腹ペコ少女を屍体と見間違えた件

湊利記

第1話 女の子の屍体だと思って埋葬しようとしたら生きていた。

――銃声が止んだ、街へ行こう。


 三日三晩長雨のように鳴り続いていた銃声がぴたりと止んだのを見計らって、僕は念願だった街への侵入を果たした。


 ひび割れたアスファルトの路面。背嚢はいのうを背負いながらは歩きにくく、見上げた崩れたビルの残骸は今にも倒れそうで怖い。かつて多くの人々が暮らした残骸。まるで食べ尽くされて骨になったようだと、僕は思った。

 塀や階段に、びっしりと刻印された無数の弾痕。それは昨日今日だけのものではない。ずっと前から、刻まれてきたものだ。それこそ、この街が骨だけになる前から。


 世界規模で、大きな災害があった。次は戦争。長引いた戦争が小競り合いに変わる過程で僕ら人類は大きく数を減らし、やがて世界の全てが停止した。

 それから数十年、世界は眠り続けている。その間、僕ら人間の暮らしは幾何か回復し始めた。停止した直後は暴力と疫病が蔓延し人々は暗澹とした毎日を過ごしていたが、今では疫病は幾らか収まり暴力も少しは和らいでいる。それでも、世界は眠ったままだ。


「これは、なかなか酷いな・・・・・・」


 もっとも僕は今、世界が停止した直後のような所に居るけれど。


 使える物や保存食が残されている確率の高い街は、どうしても暴力を伴った小競り合いが巻き起こる。数日間に渡る戦闘の結果として、周囲には屍体が転がっていた。


 僕は腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。92FSという名前の過去に作られた武器。この世界ではもう、同じものは二度と作れないだろう。グリップから弾倉をずらして残弾数を確認。少し心許ない数であったが、遊底ゆうていを引いてグリップを握り込むだけで安心出来るから不思議だ。


 あれだけ銃声が響いていたのに、全く人の気配がしない。双方全滅ということはないから、生き残った連中は恐らく立ち去ったのだろう。物のない街に留まるのは死と同義である。だから目当ての物が手に入ったら、さっさと街を離れるのが普通だ。数日間の抗争後に人っ子一人居ない街。それは、この街に碌な物は残っていないことを意味していた。


「・・・・・・まあ、今回の目的は物資の補給じゃあないからいいか」


 水も食料も、数日は持つだろう。わざわざ危険なビルの中を歩き回って余計な怪我をする必要はない。

 僕の目的は、別にある。その為にこの街を訪れたのだ。


「・・・・・・駄目だったか、此所も」


 目的は簡単に潰えた。目当てだった街路樹は、全て冬を越す為の薪にされたらしい。無駄足だった。


「この冬は例年より寒かったからな」


 そもそも、街に行けばあると思ったのが間違いだったのだ。自分が住んでいた集落の木だって、餓えと寒さを凌ぐ為に切り倒されたのだし。


 しかし、残念な気持ちがあるのは事実だ。あの花は、この季節しか見られないというのに。だがまあ、仕方がない。諦めて、さっさと次の街へ行こう。また此所が戦場にならないとは限らない。


「お――――」


 踵を返した刹那、うっかり倒れた屍体を踏ん付ける。

 悪い事をしてしまった。僕は内心謝ると、仰向けになった屍体の手から錆びた拳銃を取り上げる。リリースボタンを押して拳銃から弾倉を落とした。


「良かった、これも9ミリだ」


 弾倉は規格が合わないけれど、中に入っている銃弾はそのまま使える。思わぬ収穫だ、有り難い。弾倉から弾を全部吐き出させ、それらをポケットにねじ込んだ。


「じゃあ、もう用はないな」


 ホルスターに拳銃を納めてから重い背嚢を背負い直し、僕は来た道を引き返す。

 数歩目で、僕はまた屍体を踏ん付ける。僕が今まで気付かなかっただけで、街は真新しい屍体だらけであった。


 一体どんな激しい戦闘が繰り広げられたのか。屍体の損壊状況から、銃だけで殺し合ったとは思えない。もっと別の、それこそ獣が喰い合ったような――


「共食いなんて、御免ごめんだな」


 僕は肩をすくめて、再び歩き出す。街に病気を広めないように屍体は埋葬した方がいいのだろうが、此所で暮らすつもりはないからそのまま放置で構わない。


 しかし屍体というのは、何度見ても見慣れない。これだけ死が当たり前の世界だというのに、何故か胸の奥がずんと重くなる。死んでいるくせに、お前らそんな目で僕を見るな。

 やはり、目に付いた屍体だけはきちんと埋葬した方がいいのかもしれない――――そう思い直した瞬間、僕は切り株の前にうずくまった女の子の屍体を見付けた。


 恐る恐る、近寄ってみる。他の屍体とは違い、綺麗な屍体。春らかな陽気に誘われて、眠っているようだった。


 でも、死んでいる。普通、背嚢を背負っては寝ないからだ。僕とそう年も変わらないが、彼女が動くことはもうない。


 さて、どうやって埋葬しようか。どうしたら良いか分からなくて、取り敢えず僕は膝を突いて手を合わせた。埋葬するとき、大人達がよくやっていた事を思い出したのだ。意味は分からないが、埋葬というのはそういうものなのだろう。


「お・・・・・・」

「!?」


 合わせた手が、弱々しく掴まれる。思わず、僕は仰け反った。

 聞いた事がある。蘇った屍体に噛まれたら同じような動く屍体になるのだそうだ。冗談じゃないぞ。僕は動く屍体になんて、なる気はない。腰が抜けた。背嚢が重くて起き上がれない。なのに彼女は起き上がり、虚ろな目でこちらに近付いてくる。ああ、クソ。なんで手が震えて銃が抜けないんだ、不甲斐ふがいない。


「か・・・・・・いた・・・・・・」

「な、何でしょう・・・・・・?」


 絶体絶命。引きつった顔で、僕は虚ろな眼をした女の子に問う。


「お腹・・・・・・空いた・・・・・・」

「へ――――」


 それだけ言うと、女の子はぱたりとその場に倒れ伏した。よくよく見てみると胸が上下に動いており、きちんと息もしている。


 動く屍体だって?

 そんなモノ、居るわけないだろう。馬鹿馬鹿しい。


 彼女は単なる、行き倒れだ。

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