第三十九話 これまでとこれから
夜が明けると今度は私が寝ていた方の家からガチャと扉が開く音が聞こえ、アヤが家から出てきた。
直ぐに私とユイに気づいたようでそのままこちらに向かってくる。
「おはよう。2人とも起きるのが早いのね」
「なんか緊張しちゃって。寝起きは良いんだけどね」
アヤも側にあった丁度良い石に腰かける。
軽く背伸びをしてまだ薄暗い夜明けの空気を取り込むために深呼吸をする。
「私もこんなことは初めてだからいつもより早く起きちゃった」
アヤは笑いながら、でもその口元はワクワクを抑えられないことを私たちに伝えていた。
「そうだよねぇ。まさか自分が他の国と交渉するなんて夢にも思ってなかったからねぇ」
「夢だけに?」
「そんな訳」
3人で他愛ない会話を楽しむ。
ユイはまだしもアヤなんて普通に生きてたら多分会う事もなかったのだから、まさかその3人がこうやって他愛ない会話をしたり国相手に交渉に向かうなんてね。
「人生何が起きるか分からないとは言いつつも、こんな体験は想像もつかなかったわ。結局、なんだかんだ言って私も自分の将来を無意識の内に狭めていたのかも。それも普通とは違うこんな夢を見ているからなのかも」
私たちからしてみればアヤの人生だってそう簡単に想像できるようなものではないのだけれど。
そんなことを一瞬脳裏によぎらせつつも、喉元を通り過ぎる前に内に抑え込んだ。
「それでもこの世界は不思議なものだよ。夢の中なのにこうやって意識はハッキリとしているし僕らはもう赤の他人って訳じゃない。なのに、一晩寝たら現実で起きているかもしれない。今日はそうじゃなかったけど、どういう理屈が働いているのか皆目見当もつかない」
「この世界が不思議だなんて私は最初から思ってたよ。なにせ、私が初めてここに来たときは普通じゃない大きさのイノシシに追いかけられて危うく殺されかけたところから始まってるんだからね」
「ここにはそんな生物もいるの!?その話、私にも話してちょうだい!」
結局、出発の時間寸前になるまで3人で思い思いに話をした。
イノシシのこと。現実でのこと。これまでのこと。
そして、これからのことも。
ユイはともかくアヤなんてきっと現実での世界では接点なんてなくて、関わることもなかった。
でも、こうやって友達として話せているのは奇跡みたいなものなんじゃないだろうか。
ま、欲を言えばもう少し普通な出会いの方が良かったような気もするけどね。
でも、こんな世界だからこそここまで仲良くなって友達として楽しめているんだろうな。
源とユノも家から出てきて、アイラも私たちの家の前に集合してきた。
というか、もうほとんどの住民が家から出てきていて、夜明けの雰囲気からすっかり“朝”って感じの雰囲気になっていた。
「あんたたちは緊張してなさそうで凄いねぇ。アタシときたらこんなこと初めてだから緊張で中々眠れなかったよ」
目の下にクマを作りながらも少し笑いながらアイラが話してきた。
作り笑顔でもしていないと緊張に呑まれると思ったからなんだろう。
私も実際緊張とか不安に呑まれそうだったから分かるんだ。
「ううん。そんなことないよ。私たちだって緊張でいつもより全然早く起きちゃったもん。私とユイなんて陽が昇るかどうかくらいの時からずっと外で話してたんだもん」
「そうかい!なんだ緊張していたのはアタシだけじゃなかったんだね」
「それは当然よ。こんな経験したことある方が不自然なくらい。みんな顔に出さないで同じような気持ちだから自分だけとか考えて抱え込んじゃダメよ?」
「そうなのかい?そしたらちょっと気持ちも楽になるような気もするねぇ」
「こういう時こそ私たちの協力が真価を発揮するわ!」
アイラに諭すように話しかけるアヤだが、そんなアヤも少なからず体の震えが見える。
そう。ここにいる全員がこの状況に緊張感を持っていない訳がないのだ。
アイラを落ち着かせると同時に自分自身も落ち着かせていたのだ。
「何だか今日はいつもより外が賑やかだと思ったらお前たちだったのか」
「うぅ~ん……。まだ眠いですよぉ……」
いつの間にか源とユノまで起きてきて、出発メンバー関係なくいつもの面子が揃っていた。
「別に2人はこんな朝早く起きてこなくてもいいのに」
「いや、そうは言ってもな?そもそも爺は朝が早い上に、外の雰囲気がいつもと違うと感じたらそりゃ出てくるだろうに」
「源さんは分かるのだけどどうしてユノまで朝早く起きてるの?まだ朝食の時間でもないでしょうに」
「う…うぅ~ん……」
源と違い明らかに寝起きボケが前回のユノは口からうめき声に似た音を発するのが精いっぱいだった。
そもそも私たちの話を理解しているのかこれ。
「まあユノもお前たちの出発を心配しているってことだ」
源は横にいるユノの頭をポンポンと叩きながらそう言った。
ここに残ることま相まっているのか源は緊張している感じはなく、むしろ私たちの緊張を解そうとするかのように明るく振舞っている。
今朝、1人でいた時は緊張に押しつぶされるような気持ちだったのが、そんなこと考えていたなと思えるくらいには気持ちに余裕が生まれ始めていた。
源の振る舞いもそうだが、人が集まって同じ気持ちを共有していることがどれだけ大きな力を持っているかを実感している。
そんな現状の雰囲気を更に明るくする人物がもう1人いた。
「おや。もう準備出来ている感じですか?」
源とユイが寝ていた家からヒイラギも出てきた。
勿論、ヒイラギは私たち側じゃないから緊張することなんてない。
ただ、私たちだけで話していた時の砕けた雰囲気は今は無く、遣いとしてのヒイラギの姿で私たちに接している。
「準備は出来ているんだけど出発に必要な物はまだ家に置いてあるままだからそれを取りにいかせてもらっていいかい?」
「はい。構わないですよ。残りの皆さんはどうですか?」
「私たちも家に出発に必要な物が置いてあるのでそれを取りにいかないと」
「そうですか。それでは私は先にここに来た時の場所で待っていますので」
そう言ってヒイラギは一足先に指定の場所へと向かって行った。
私たちも家に帰って必要な物を持って指定の場所へと向かった。
「1,2,3,4。はい。皆様お揃いですね。それでは出発しましょう。どうぞこちらに」
ヒイラギは馬車の後ろに回り、扉を開けると私たちをその中に誘導した。
それに従うように順々に馬車の中へと乗り込み、全員が乗ったことを確認してヒイラギは扉を閉じた。
「それでは出発します」
馬車がアイダムへと出発する。
馬車が動くと同時に私たちの座っているところもガタっと揺れる。
「まだこの辺りは道が舗装されているから良いんですけど、しばらくすると舗装されていないただの平原を通ることになるので今よりも振動とかが来ると思うので、ちょっとキツイなと思った方は席の下にクッションがあるのでそれを椅子において見て下さい。それほど良質なものって訳じゃないですけど無いよりは全然良いと思いますよ」
ヒイラギが言うように馬車が動き始めてからしばらくの間は確かに快適な馬車移動でなんなら窓の外の景色を楽しむ余裕さえあった。
その中でも特にアイラは子供のように窓の外の景色をずーっと眺めていた。
「そんなにこの景色を見るのが楽しいの?」
私はつい気になってアイラに問いかけていた。
「勿論だよ。これまでもちょっとの距離だったらあそこから出たこともあったけど、ここまで遠出したことなんてなかったからねぇ」
結局、ちょっと照れながらも窓の外の景色を見続けることをアイラは止めなかった。
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