第三十八話 出発の朝

今日はとても寝起きが良い。

どれくらい寝起きが良いかと言えば窓の外を見てもまだ太陽の光が部屋に差し込んでいない。

まだ月が沈みきっていない奇麗な満月の夜。

今更、目をつぶった所でどっちみち十分な睡眠は取れないだろう。

他の皆を起こさないようにそーっと布団から出ると軽く顔を洗って家の外に出る。


太陽の光が差し込んでいないとはいえ、うっすらと空が明るむ程度の夜明けで、多分もっと真夜中であれば一面に広がっていたであろう星明りも、少しずつ空の明るさに隠されていく。


現実のように建物がそこらにあるわけでも雑踏があるわけでもない。

だからこそ空気の新鮮さがより鮮明に感じられる。

と、同時に人も建物もいないとこれほどまでにシンとして、何か感動と同時にわずかな恐怖も感じるのかとふと思った。


現実ではそうそう経験することのない、太陽が地平線から顔を覗かせるまでのわずかで甘美な時間を贅沢に味わう。


と、後ろの方からガチャとドアの開く音が聞こえた。

振り向くと、ユイが私たちとは違う家の方から出てきた。

昨日は男女でそれぞれの家に分かれて就寝したので、私・アヤ・ユノ組とユイ・源・ヒイラギ組に分かれていた。


「おはよ」

「あ、うん、おはよ。今日は起きるの早いね」

「うん。なんか寝起きが良かったの。なんか目も冴えちゃって今から眠るにも眠れなくて」

「なんか運動会とか遠足の前の日にワクワクしちゃっていつもみたいに寝れない子供みたいだね」

軽くユイの太もも辺りにキックをかましてやった。


「あはは、でも多分ワクワクよりも緊張なんじゃないの?今日の寝起きが良いのは」

そう。実際には今の心情を表すにはワクワクという表現はそれほど適してはいないと思う。


「不安かな。強いて言えば。確かにここでみんなと一緒に仕事もして仲良くもなってここの一員として認められつつはあるけど、それでもここの皆よりも住んでいる時間は圧倒的に短いのに代表としてしかもその中でもリーダーとしての役割を担当することにまでなってさ。本当に私で良いのかなって」

心は落ち着いていると思っていたけど、ユイに緊張を意識させれらて自分の手がわずかに震えていたり周囲の静けさからなのかいつもより大きく聞こえるような心音に気づいた。


途端、急に不安・恐怖と形容できる感情が瞬間に身を襲ってくる感覚に襲われた。

その感覚に心が包まれる。

その寸前に今度は私の太もも辺りにユイのキックが軽く到来した。

しかし、そのおかげで心が包まれることなく、意識をユイに向けることができた。


「何すん……!……いや。ありがとう」

「どういたしまして。ちょっとそこで座ろうか」


私とユイは側にあった座るのに丁度良い石の方に向かう。

石に座る。

沈黙が広がる。

周りに何も無いからこそこの沈黙が痛いくらいに実感される。


「さっきの話さ」

ユイが口を開きその沈黙を終わらせる。

「不安があるって言ってたけど、何もそれはユイだけが感じるものじゃない。それなら僕だって不安な気持ちはある」

これまで何でも卒なくこなすしこの場所で打ち解けていたと思っていたユイの口から、まさか私と同じような感覚を持っていたことが言葉として溢れたことに聊かの驚きはあった。


「昨日、ユキをリーダーにしたことが余計に不安を感じさせていたのかもしれないけど、ここにいるみんなはユキに重い責任を背負わせようとして、リーダーに推薦したわけじゃないと思うよ。少なくとも、僕はそうは思ってない」

「うん…」

「ここに来てから誰も1人寂しく生活している訳でも孤立している訳でもない。皆、一緒に協力してここでの生活を成立させそして楽しんでいる。だから、僕たち、僕も何かあった時は皆で協力して解決しようと考えている。誰かを孤立させたり責任を押し付けようなんて思っちゃいない」

「うん」

「それでも話し合いとか誰かと事をすり合わせるにはどうしても代表を立てる必要はある。それが形式的なものであれ実質的なものであれね。その時に求められるのはユキみたいな人柄なんだと思うんだ。単に頭が良い、外見が良いとかそういう理由だけで物事を万事滞りなく解決出来る訳じゃない。話をすり合わせるにしてもそこで行われるのは、1対1のコミュニケーションに過ぎない。相手の心の壁を壊せるのはユキみたいな人だと思うんだ」


私はただユイの話を聞くだけしかなくなっていた。

それでもユイの話を聞くにつれて手の震えやネガティブな感覚も次第に薄れていった。

そして気づけばユイの言葉に安心感を感じていた。


そうか。

私はリーダーという役割を請け負ったことでそれがこの不安の原因だと、得体のしれない恐怖の原因なのだと思い込んでいた。

でも実際は違ったのだ。

ここにいるみんな、交渉に向かうメンバーもそうでないメンバーも個人差はあれどみんな不安な気持ちはあったんだ。

それを私は無意識の内に自分だけの不安に変換していただけだったんだ。

私がすべきだったことがユイの話から少し見えた気がする。

ユイ。

私はもっとみんなに自分を打ち明けるべきだったんだね。

そうすればこんな気持ちを抱え込む必要もなかったんだ。


ユイと話したり逆にぼーっとしている内に、気づけば太陽が地平線から顔を覗かせ、夜が明けていた。

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