第二十三話 新しい人
「んー!これ美味しい!」
「そう言ってもらえてありがたいですよ。いかんせん、結構時間ギリギリでしたからね。もっと時間あったら手の込んだ料理とか作れたんですけどね」
冷静そうに言ってるけど素直に料理の味を褒められて、あながち満更でもなさそうな反応をするマヤ。
最初は3人でユイの家に行く予定だったのだが、なんやかんやあって今では倍の6人でパーティーみたいなことになっている。
「でも、大学生の身で使用人としても働くって大変じゃないんですか?」
ご飯を食べながらユイがマヤに訊ねる。
「んー、でもお嬢様って結構しっかりしてるじゃん?だから、実際に私が働いてることって、多分君が思っているよりも少ないと思うんだ。だから、そこまでこの仕事が大変だとは思ってないね」
確かに夢の世界であった時もアヤは基本的に積極的に動いていたし物怖じしている感じはなかった。
ユイの家でもなんとか物質操作しようと集中していたし、なんていうか自分で出来ることを楽しんでいた節がある。
「流石に洗濯とかは学校の時間との兼ね合いで私たちが担当することが多いけど、それでも例えば夕食とかは一緒に作ることも少なくないですねぇ」
「私この間、一緒にお菓子作った」
マヤの話にさっきまでもくもくご飯を食べてたユノが切り込んできた。
「ミユと一緒に家事をやった後に時間が余ってたから、私がクッキーでも作ろうよって言って2人で作ってたらお嬢様が帰ってきて〜」
「それで?」
「何作ってるの?って聞かれたからクッキー作ってるんですって答えたら、私も一緒にやりたいわ!って言ってきたから3人で一緒にクッキー作った」
そう言うとユノはキッチンの方に向かって、何か袋を手に持って再び席についた。
「これ」
ユノが見せてきた袋に目をやると、さっきの話に出てたクッキーだった。
アヤが
「それは一昨日一緒に作ったクッキーかしら?そうならユキさんたちにも分けてあげましょう?」
と言ってきたので、ユノは袋に手を入れて
「はい、どーぞ」
と、手渡してきた。
ありがとと言って食べるとなかなか美味しい。
どこか素朴な味がする手作り感溢れるクッキーだった。
「アヤって結構いろんなことを積極的にやるよね。夢の中の時といい」
そこまで言ったところでユイがご飯を食べていた手を止め、面食らったかのようにこちらの顔を見る。
そこで私もしまったと感じた。
アヤは別にどうってこともない表情をしている。
「夢の中ぁ?」
普通に考えれば大企業のお嬢様が私たちと接点を持つこと自体、普通に考えれば特殊な状況である。
それに加えて夢の中とかファンタジー溢れるとても現実的ではない話をすれば変な感じに思われるのも仕方がない。
「そもそもさ、最初からちょっと不思議だったのがさ、2人はどうやってお嬢様と仲良くなったの?学校が同じだから出会いの場があったのは分かるんだけど、ぶっちゃけ昨日今日で会ったあなたたちがなんでここまでお嬢様と仲良くなれたのかが分からないんだよね」
どう説明しようか。
素直に3人に「私たちは夢の中で会ったんだよー」と伝えるか?
いや、そう伝えたところで話半分に受け止められるのが関の山だろう。
かと言ってそれ以外のルートでアヤと仲良くなれるルートも見当たらない。
さて、こいつぁ困ったなぁ、とっつぁん。
「さっきユキさんが言ってたじゃない。私が2人と初めて会ったのは夢の中よ?」
私たちがどうやって伝えようか考えていたことをアヤがさらっと当たり前のように3人に言った。
「お嬢様。…それって本当です?」
「ええ、本当よ。嘘なんかついてどうするのよ」
アヤは何の隠し事もない目でマヤの顔を見つめる。
「……OK、分かりました。信じましょう。信じれば辻褄が合わないこともないですからね」
一応、マヤは信じてくれたみたいだが、それでもモヤモヤした感じは伝わってくる。
ミユは特に表情を変えず、ユノは面白そうな表情をしてアヤの話を聞いていた。
「え〜、楽しそうだなぁ。ユノもお嬢様たちと一緒に行ってみたいなぁ」
「ユノも来たらもっと楽しそうになるわね!」
ほんと、ここの2人は性格は違そうなのに突然意気投合するな。
「でも、どうやって夢の世界に行くのかは分からないのよね。あの時も起きたらもう夢の世界にいたのだし」
「え〜、でも夢の世界なら寝たら意外と簡単に行けそうだけどなぁ」
ハッと思って窓の外に目をやるとすっかり外は暗くなっていた。
家に何の連絡も入れてないことに気づき、慌てて携帯を見るとメールが届いていた。
中身は、帰るのが多少遅くなるのは構わないが、どこに行くのかと夜ご飯は食べるのかどうかというものであった。
今更、連絡しても遅いかと思いつつも一応返信を入れた。
しばらくすると返信がきて、夜ご飯はラップして冷蔵庫に入っていることと何かあったらまた連絡はするようにしてほしいことが書かれていた。
「じゃあ、そろそろ私たちも帰る?」
「うーん、まあそうだね。もういい時間だしね」
「あら、帰ってしまうの?部屋はあるから泊まっていっても良いのよ?」
アヤからの突然な提案にユイと私は固まった。
「別に帰っても良いのだけど、車はもう車庫に入った頃だから車で送ることは出来ないわよ?運転手さんももう帰ったんじゃないかしら」
「え、良いの?」
魅力的な提案に思わず乗ってしまった。
「マヤ、2人増えても問題ないかしら?」
「問題も何も普段から空き部屋がいくつかあるんだから、2人くらい増えても同じですよ。あ、ただし、各ご家庭には連絡はしておいてくださいね」
マヤに言われた通りに携帯でお母さんに連絡を入れる。
「友達の家に泊まってるっていう時にアヤの名前は出さない方がいい?」
「うーん……。まあ言わなくて良いのであれば一応伏せておいてほしいですね。それが原因で後で何かあると面倒なので」
「おっけ、分かった」
お母さんに友達の家で泊まってくるとだけ伝えた。
楽しくご飯を食べ終わって各自でお風呂に入ると、その間にセッティングされていたであろう部屋に私たちはそれぞれ案内され、電気の位置などの説明を受けた。
「今日はもう遅いし、寝ようか」
「あら、もう寝ちゃうのね。そう…」
「まあまあ、明日は土曜日なんだからここ夜更かししなくても時間はあるって」
私たちはそれぞれの部屋に戻って眠りについた。
目が覚める。
目を閉じる前に見たアヤの家の天井が目の前にないことを確認して夢の世界に来たことを確信した。
横にアヤとユイの姿が見えないので布団を畳んで外に出て少し散策すると、同様に集落を散策していたユイとアヤに会った。
「やっほ」
「あら、ユキさん。起きたのね。あまりにも気持ち良さそうな寝顔だったからそっとしておいたのよ」
ユイがクスクス笑うと向こうの方から近づいてくる見慣れたゴブリンがいた。
アイラが私たちに近づくと
「おや、3人揃っているならちょうどいい。また、あんたたちの知り合いが来ているみたいだよ。1人がアヤの名前を言ってたから、多分アヤの知り合いだとは思うよ」
と話しかけてきた。
私たちはその瞬間にアヤの家の使用人3人の顔が浮かんだ。
「あんたたちが来た時と同じところに来てるから、暇ならちょっと見てきておくれよ」
「うん。分かった!私たちで見てくる!」
アイラにそう言って私たちは駆け出した。
アイラに言われたところに近づくと人影が見えてきた。
ただ、その人影は2つだった。
この世界にくる条件は誰も分かってないから、みんなが揃っていなくても不思議ではない。
更に近づくとその人影の正体が分かった。
1人の人影が話しかけてくる。
「あ、お嬢様〜。ここが夢の世界?」
1人はユノ。
そしてその横には少なくとも私は見たことのないお爺さんが立っている。
(誰だ?)
白髪の眼鏡をかけた老人を見て、私は心の中でそう思った。
左右のユイとアヤの顔を見渡すと、どうやら私と同じようなことを考えたようだった。
「おや、君たちはここに住んでいるのかい?」
「住んでるっていうかなんていうか…」
いつもこっちの世界に来たらユイの家に寝泊まりしてるから住んでいると言ってもいいのだろうか。
でも、目覚めたら現実に戻るわけでどっちかって言うと出かけてるみたいな感じな気もするし…
「あなたも夢の中に迷い込んできたのね?」
アヤがズバッと老人に訊ねる。
「夢の中…?ほう、なかなか面白いことを言うじゃないか、お嬢さん」
「面白いも何も本当よ。嘘を言ってもしょうがないわ」
「おっと、とにもかくにも自己紹介をしなければかな?私は坂木 源と申すものです。仕事は農業と趣味でマタギをやっているよ。ああ、猟友会にも属しているから、その辺の猟奇的殺人者みたいな者たちと一緒にはしないでくれたまえよ?」
自前の髭を触りながら源は自己紹介を終える。
「私はユキ。夜ノ原 ユキ。よろしく」
「ユイです」
「御影絢と言うわ。よろしくね、源さん」
「ほー、君たち、ちゃんと挨拶できるのか。よく出来ているな。最近はこっちから挨拶しても返してくれないやつもいるからなぁ」
口では驚いているような言い方だが、表情は一貫して変わらず今ひとつ考えていることが掴みにくい。
ただ、ここまで一緒にユノと共に行動をしていた辺り、そこまで危険な人物という感じもない。
「流石に自己紹介までされたらね。社交辞令ってやつですよ」
「ハハ、そうか」
源は初めて表情を崩して少しの笑みを浮かべた。
「そういや、そこのお嬢さんは絢とか言ったな。てなると、あんたがこの子の雇い主ってことか」
「雇っているつもりはないわ。確かにお給料は出してるけど、雇い雇われの感覚はユノとはないわ」
「ん、おお、そうか。まあ細かいことはいいか。さ、あんたの探してた人だぞ」
ユノは源の言葉を聞くとアヤの方に寄って行った。
「おー、本当のお嬢様だ。ここがさっき言ってた夢の中なんだね〜、すごいな〜」
源もこちらに歩み寄ってくると
「さて、ここの規模を考えると君たちだけでここに住んでるって訳じゃないだろ?ちょっとこのおじさんにも案内してくれよ。どっちみちこのまま1人でやっていくにも、銃の一丁も無いからな。俺もここに頼らざるを得なそうなんだ」
「いやまあ、それは別に構わないんだけど、1つ注意してほしいのはここにいる人間は私たちで全員だからね」
「なんだ、他に家畜でもいるってのか」
「そういうんじゃないの。ここにいるほとんどの種族はゴブリンなの」
「なんだそりゃ。初めて聞く家畜だな」
源は初めて聞く名前に困惑しているようだった。確かにスッと私たちが順応出来たのはゴブリンってものを認識していたからで、普通に考えれば知らない人が多いのもおかしな話でもない。
「簡単に言えば、ヒトじゃない方々が私たちの他にも住んでるってことよ。家畜じゃないわ」
「そう、なのか。んー、ここで話だけ聞いていてもよく分からんし、とりあえず見てから細かい話は判断するか」
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