第十一話 日常
…………………
目を覚まして天井をジッと見つめる。
ジッと見つめたまましばらくの間、固まっていた。
これまで通りであれば目が覚めれば自分の部屋の天井が目の前にあって、起き上がれば殺風景な私の部屋っていうのがこれまでの流れだった。
それが今はどうだろう。
目の前にあるのは自分の部屋の天井ではないし、横を見ればユイがいる。そう、ユイが。
「ん?ユイ?」
おかしい。私の部屋にユイがいる訳がない。
そう、いる訳がないんだ。
うん、きっとそう。いない。
そう自分に言い聞かせて再び横を見る。
ユイだ。
触ってみる。
触れる。
ユイだ。
顔を見てみる。
ユイだ。
「んんんん……?」
私の頭は依然として混乱しているが、少しずつ現状を理解し始めてきている。
眠りから覚めたにも関わらず、いつもの天井、つまりは現実の世界に戻っていないという事実を理解し始めてきている。
そして、私がようやく現状を理解したところで
「ちょえええええええええええええええええええ!?」
自分でもよくもまあここまで間抜けな声を出したものだと頭の片隅で思ったが、そんな些末はことはどうでもよく私は即座に横のユイに再び目をやった。
兎にも角にもこの現状を整理するには私だけでは無理でユイの力が必要だと感じたからだ。
「ちょっとぉ!ユイ!起きて!なんか変なことになってる!」
「んぅ…?まだ、起きる時間には早いだろ……」
そういってもう一眠りしようとするユイ。
そうはさせるか!それどころじゃないんだよ!という気持ちで
「そんなこと言ってる場合じゃないから!ほら!起きて!」
そう言って私はユイにかかっている毛布を有無を言わさず剥ぎ取った。
「うわぁー!そんなに無理やり起こすことないじゃんか!………って、あれ?そういえば何でユキがここにいるの?本物?」
「本物だよ!ホラ!」
私はユイに近づいてユイの腕をぎゅっと握った。
「ね?触れるでしょ?」
「僕が仲の良い女性のゴブリンの名前は?」
「アイラ」
「本物だ……」
「最初からそう言ってるでしょ!」
「あぁ…そっか……。……あれ?何でユキが僕の部屋にいるの?」
「まさに!そこが!問題なの!」
これはユイもこの現象は初めてだなと思って、とりあえずユイをリビングに連れて行って私もユイも一旦落ち着くことにした。
「………」
「………」
「えーっと……。まずはこの現状を整理するところから始めようか…」
「うん…」
「とりあえず今の現状は『2人とも寝たにも関わらず何故か現実世界で目が覚めないで、夢の世界に居たまま』だってことでいいね?」
「うん……」
「なるほど……」
流石にユイでもこの現状には驚きを隠せないようで、いつもの落ち着きが見られない。
まあ私も起きぬけに『ちょええええええ!?』とか変な声を出すくらい驚いたから人のことは言えないけど。
「これは流石にユイでも経験はない…よね……?」
「そうだね…。流石にこんな状況は今までになかったな…。とはいえ、今回に関しては僕たちがどうこう出来る範疇を越えているからなぁ…。こんな状況を考えようもないし…」
2人とも予想外の現状に言葉数も少なくなってしまい、この気まずい空気が続くのもいたたまれなくなってきた。
「ま、まぁとりあえず現実の世界に戻れてないって状況自体は変わらないけど、少なくともユイはここでしばらく生活出来てたし、2人でも1日は生活出来たんだからひとまずそこは良かったんじゃないかな?現実に帰れなくても何とかやっていけそうではあるし」
「確かにそうかもしれないね…。ここで僕たちがどうこう言ったところで現状が好転するわけでもないし…。現実に戻れてないってのはまあまあ大きな問題でこそあるけど、それ以外の問題は起きていないことにひとまず安堵するのは正しいかも」
ユイがそう言ったことで、私もユイもとりあえずは落ち着きを取り戻せたようでホッとした。
それでもユイが言った通り問題は1個しか起きてないけど、その1個の問題があまりにも大きな問題過ぎる。
現実の世界にどうしても戻りたいかと聞かれたらそれほどでもないっていうのが本心ではあるが、それでも選択肢として存在していた現実の世界が選択肢から消えるって言うのは心情的にはちょっと応えるところがある。
ただ、現実に戻れない現状が続くのであればこっちの世界で生きていくことを受け入れなければいけない。
「不幸中の幸いと言って良いかは分からないけど、ここでこの問題が起きたのは良かったかも。家もあるし、皆友好的だから生活していく上でみんなと協力していければ路頭に迷うことはなさそうだし」
「そうだね。どうして現実の世界に戻れなくなったかの原因を探るにしても、今後ここに継続的に生活していくことも本格的に念頭に入れておく必要が生まれたという訳だ。ま、そうと決まれば今日も何か手伝いしに行こうかな。確か今日も何か作物を育てるみたいな話があったし」
「あ!じゃあ、私もついて行こうかな。何もしないっていうのもあれだし」
「うーん、別にそれは良いと思うけど、昨日の今日で農作業出来るの?」
「よゆーよゆっ…」
瞬間、足と腰と肩回りに激痛が走る!
「あー、やっぱり。普段から運動しない人があれだけの労働をしたらどうなるか知ってる?」
「はい…これは筋肉痛と言います……」
「そういうこと。今日は家に居なよ。大丈夫、ここの人がみんな優しいのは知ってるだろ?事情くらいきっと分かってるよ」
「はい…」
「なら良し!さ、とりあえず朝ごはんでも食べようか!」
そう言ってユイは立ち上がりキッチンの方へ向かった。
いくら私より早くこっちに来てるからといってそんな易々と立ち上がれるもん?
これが若さか…
「なんかしょうもないこと考えてない?」
「か、考えてないよ!」
「ま、いいけど。朝ごはんはパンを作るつもりだけど、目玉焼き乗せる?」
「あ、うん。お願い」
元の世界に戻れないことなど最早些末な問題であるかのようだった。
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