第十話 本心

「さーて、ご飯も頂いたことだし、そのお礼と言ってはなんだけど洗い物くらいはさせていただきますよ」

「うん。ありがとう」


 さてと

 私は流し場へと向かって洗い物を始めた。

 2人分だったから洗い物自体は直ぐに終わって、そのまま水の操作の練習をしてみた。

 ユイはサラッと水を操作していたけど、実際にやってみると分かる。

 ぶっちゃけ結構凄いことをしていた。

 なんと言ってもとんでもなく疲れる。

 操作するのに集中力が必要だから肉体的じゃなくて精神的にエネルギーをめちゃくちゃ消費する。


 どうしてユイはあんな簡単に操作出来るんだろうと思ってしまうくらい、何かを操作するのは一朝一夕で出来るようなものではない。


「とりあえず水を持ち上げるところかな始めてみようかな……」


 空いていたコップに水を注いで意識を集中してみる。

 しかし中々水は動かない。

 コップの中で水面が揺れている辺り、明らかにコップの中の水に何かしらの影響が出ているのは確かなのだが、結局はそれまで。水が持ち上がるまではいかない。


「洗い物は終わった?……って何やってんの?さっきの続き?

「うひゃあ!」

「あ、ゴメン。ビックリさせちゃった?」

「いや…大丈夫…」


 嘘だ。めちゃくちゃビックリしてる。

 ユイが背後に来ていたことに気づかないとかどんだけ集中してたんだ。


「何?物を動かす練習してるの?」

「そうだよ。ユイにしか出来ないのはなんか嫌だし」


「そんなもん?」

「そんなもん」

「そっか。でも最初から水で練習するのってまあまあハードル高いよ?」

「え?」


 そう言ってユイは自分の部屋に向かった。

 かと思うと、何かを手に持って帰って来た。


「これ。僕が最初の方に練習の時に使っていたその辺に落ちてた石」

「こんなのでいいの?」

「むしろこれの方がいいんだよ。ここだと難しいから机でやろうか」

 コップを片して私とユイは机に向かった。


「さて、さっきも言ったように何かを動かしたりアイラ達と話せるようになったのは『そうしたい』『そうなりたい』と強く願う事が前提というか仮定になってたよね?」

「うん」

「そうなると水みたいに形の無いものを動かすのってイメージするのが凄く難しいんだよ。でも、こういう石だったら形は変わらない。だから例えばこの石を持ち上げたければそのまま視線を少し上にズラすだけで…。ほら、手を出して」


 そう言うとユイは手に持っていた石を真上に上げた。

 かと、思えばそのままその石を私の掌に置いた。


「その石で練習してみなよ。多分、水よりは動かしやすいと思うよ」

「おっけぇい。じゃあ今度こそ…」


 私は掌にある石をじっくり見て形を頭の中に叩き込んで、石を見続けたまま少し視線を上にズラしてみた。すると、どうだろう。石は私の目線まで上がった。


「やった!上がった!」

 そう喜ぶや否や石は再び私の掌に落ちた。


「あ」

「まあ、集中力を維持するのは難しいからね。でも、石に変えただけでも大分違ったでしょ?」

「うん!まさかこんなに違うとは思わなかったよ…」

「ここまで飲み込みが早いのなら水を操作できるようになるのもそう遠くはないんじゃないかな。じゃあ、僕は部屋に戻ってるから」

「分かった」


 せっかく夢の世界に来たのだから出来るのであれば会話以外にも能力を会得したいと思っていたので、石でももう少し複雑な動きが出来るようにと思って練習を再開した。


 ユイの言った通り石は形状が変わらないから単純に持ち上げるだけなら直ぐに出来るようになった。

 ただ、問題はそこからでグルグル回したり少し速く動かそうとすると上手くいかない。

 まー、ここからは練習次第かなぁなんて思いながら練習を続けた。


 しかし、昼間にあれだけ体を動かしてクタクタの体がそんな長時間も集中力を持続出来る訳もないので、だんだん石を持ち上げることすら上手くいかなくなってきた。


「うーん…。今日はもう疲れたな……」

 このまま続けても失敗が増えて無駄に時間が過ぎそうだから寝ることにした。

 私が部屋に戻るとユイが机に向かって何かしている。


「なーにしてんのっ!」

「うわぁ!ビックリしたなぁ」

 ユイは机の上で何かを書いていた。


「それ、何?」

「日記だよ。この世界、というかここに着いた時から日記を付けてたんだ。ここでの出来事を何かで形にしたかったんだ」

「ふーん」

「この世界が異世界だろうが夢の世界だろうが死後の世界だろうがこんなに衝撃的で新鮮な経験を記録しないなんて勿体ない!しかも、どんどん予想外のことが起きてくるこの世界で日記を付けたら相当面白い日記が出来ると思わない?」

「まあ確かにね~。ねえねえ、その日記ってどこで貰ったの?」

「これはアイラに貰ったんだ。ここだとみんなが協力している以上、記録することが多いからね。余ってるからって僕にくれたんだ。多分、アイラに聞けばくれるんじゃないかな」

「そっか。なら今度会った時に聞いてみよ」

「それより大丈夫?昼間もあんなに働いた上にそんなに物を動かす練習してて」

「ん?へーきへーき。余裕だよ…。って、あれ?」

「やっぱり今日は相当疲れてるんだよ。もう休みな」

「むー。でも、確かに急に睡魔が……」

 と言うとその場に倒れるように寝込んでしまった。


「やれやれ…」

 私はユイに部屋まで運ばれて布をかけられた。

『おやすみ』と言うとユイは部屋の電気を消して私たちは眠りについた。







「うーん……」

 鳥の囀りが聞こえてきたと思うと目を覚ました。

(ま、起きたらいつも見慣れた天井なんだけどさ。やっぱ現実の世界より夢の世界の方が楽しいんだけどなぁ…)

 と、心の片隅で思いながら目を覚ますとそこには見慣れない天井があった。

「………あれ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る