主人公視点(前編)

 俺には由奈という名前の幼馴染がいる。


 インドア派の俺とは違い、身体を動かすことが好きな奴だ。

 由奈には子供の頃から山や川へ連れて行かれた。


 けど、危なっかしい所がある。


 子供の頃から山の傾斜で滑ったり、川に落ちたり、とよく怪我をしていた。


 高校生になってからは多少、年頃の女の子らしくなってきたのに…………


(まさか、木の上から降りられなくなった猫を助ける為に木登りするなんて…………)


 その上、猫が暴れた為、木から落ちてしまった。


 一週間前のことだ。


 木から落ちて死んでしまった、と由奈自身は思っている。



 しかし、それは間違いだ。



 由奈、そのスカートをパタパタさせるので、パンツが見えているからな!

 全然、ギリギリじゃないぞ。

 完全にアウトだよ!


 現在、由奈は二つのことを誤解している。


 一つは俺に由奈が見えていることだ。

 俺に霊感があるかは知らないが、とにかく俺にだけ見えている。


 そして、もう一つは由奈が生きているということだ。


 由奈は確かに木から落ちた。

 

 でも、落ちた地面が柔らかかったので、致命傷にはならなかった。


 それでも無傷というわけにはいかず、今は病院で昏睡状態だ。


 医師の話だと、いつ目を覚ますか分からないらしい。


 由奈のことは心配だったが、俺が傍に居ても何も出来ない。


 やるせない気持ちのまま、高校生活を送っている。

 そうしたら、今日、幽体化した由奈が教室にいたのだ。


 こういう状態を生霊というのだろうか?


 由奈は俺に喋りかけてきたが、あまりの事態に混乱して、話しかけられても無視をしてしまった。



 それが事態を悪化させる。



 俺や他の誰からも反応をもらえず、由奈は自分が死んだと思ってしまった。


 その結果、「子供の頃からずっと好きだった。付き合いたかった。結婚したかった」と泣きながら、告白をされてしまったのだ。


 こんな告白を聞いた後に「実は見えていました」と言ったら、由奈は発狂するかもしれない。


 現在、由奈の体の容態は安定しているが、目を覚ます気配がない。

 それに加えて、幽体の由奈に出会うなんて現実離れした状況だ。

 

 俺はどうしたら良いか分からずに現状維持の為、由奈を無視している。


 しかし、俺が見えないふりをしていると由奈の行動は徐々に悪化していった。


 三限の授業中にスカートをパタパタさせていると思ったら、四限目の時にはブレザーを脱いで、シャツのボタンを一つ開け始めた。


「なんか、イケない解放感で満たされる……」


「…………」


 由奈は誰にも見えないことで不健全な快感を覚え始めているようだった。


 このままだと午後の授業では裸になったりしないだろうな?


 さすがにそこまではしなかったが、「好き」とか「結婚しよ」とか「私は処女だよ」とか「明人をオカズにしたことがあるよ」とか普段は絶対に言わないことを口にする。


 お前、普段はそんな素振りを一切見せなかったじゃん!

 男友達かよ、って距離感で接してきただろ!


 この状態をどうしようかと思っていると一日が終わってしまった。



 ――――あっ、そうだ。



 俺はあることを考えて、教室を出た。


 あとは由奈が付いて来てくれれば、良いけど……


「おっ、帰宅? 私、このまま明人に付いていっちゃおうかな?」


 そう言いながら、由奈は俺の後を追ってきた。


 よし! と正直、思った。


 このまま病院へ行こう。

 そして、ベッドで寝ている由奈自身と対面すれば、意識を取り戻すかもしれない。


 バスに乗って、由奈の実体が入院している病院へ向かった。


 その道中、由奈はお気楽なもので、

「バスにタダで乗れるなんてラッキー。それにどれだけ騒いでも怒られない!」

などと言いながら、バスの中を走り回っていた。


 子供かよ、と突っ込み入れたくなってしまった。


 その気持ちをグッと堪える。


 そして、病院へ到着した。



 後はこのまま由奈が寝ている病室へ行けば良い。


 そう思っていたのに……


「びょ、病院? 誰か入院しているの? じゃあ、私が邪魔するのは悪いよね」


 由奈はそう言って、立ち去ろうとしてしまった。


 おい、ちょっと待て!

 俺は由奈の為、ここに来たんだよ!


 しかし、それを由奈本人に言うわけにもいかず、

「今日も来たぞ、由奈」

と俺はかなり大きめの独り言を呟いた。


「えっ?」と由奈が驚きの声を漏らしたのが聞こえた。


「それはどういうこと?」という由奈の質問には答えず、俺は病院へ入る。


「明人君、今日も来たのね」とここ数日で仲良くなった看護師さんに言われる。


「部活もしてなくて、暇だからですよ。面会って、大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫よ。もう少ししたら、由奈さんのご両親も来るわ」


 許可をもらった俺は由奈の病室へ向かった。


 病室の中へ入ると由奈が眠っている。


「えっ? 私?? 生きてる???」


 由奈は混乱していた。


 でも、ここまで幽体の由奈を連れて来たのに、実体の由奈は目覚めない。

 由奈は幽体のままだった。


「そうだ、分かった!」


 由奈は解決法を思う付いたようで、自分自身の体にダイブした。


 しかし、由奈は自分自身の体をすり抜けてしまう。


「あれ? 昔見たアニメだと、これで戻れたのに!」


 由奈に期待した俺が馬鹿だった。

 解決法をアニメに求めるなんて……


 でも、どうしたら、由奈は目を覚ますんだ?

 ここまで連れてきたのに駄目なのか?


 俺は何か方法はないかと考える。


 その結果、俺は恥ずかしくて、馬鹿馬鹿しい方法を思いついてしまった。

 俺も由奈のことを馬鹿に出来ないな。


 俺は寝ている由奈の手を取る。


「由奈、お願いだから目を覚ましてくれ」


「…………」


 俺は寝ている由奈へ語りかけた。


「お前がこのままいなくなるのは嫌だ。また一緒に遊びたい」


「明人……」


「それに……それに俺は……」


 この先の言葉を言うのは勇気が必要だ。


 いくら、由奈の気持ちを知っているとはいえ、恥ずかしい。

 でも、これで由奈の目が覚めるなら、と思って覚悟を決めた。


「お前のことが好きだ」


「えっ?」


「お前と付き合いたい。結婚したい。お前を一生、大切にしたい。だから、目を覚ましてくれ!」


 体中が熱くなった。


 本人(幽体)が背後にいる状況で、こんなことを言うのは恥ずかしすぎる。


 それでも由奈が目を覚ますなら、と思い、勇気を総動員し、羞恥心をかなぐり捨て、告白した。


「私だって、こんな状態、嫌だよ…………」


 由奈は声を震わせた。

 多分、泣いていると思う。


「でも、戻り方が分からないんだよ!」


「奇跡でもなんでも起こしてくれ!」


 俺はベッドで寝ている実体の由奈へ言うふりをして、幽体の由奈へ言った。


 由奈の気持ちは知った。

 俺の気持ちは伝えた。


 由奈が目を覚ませば、今まで以上に楽しい日々になるのは間違いない。

 このまま由奈が目を覚まさないなんて嫌だ!


「頼む、由奈、目を覚ましてくれ」


 でも、俺にも由奈にも打開策が分からなかった。


「明人……ねぇ、知ってる? 眠り姫は王子様のキスで目を覚ますんだよ?」


「!!?」


 由奈はとんでもないことを言い出した。


 えっと、それはつまりキスをしろ、ってことでいいのか!?


「――って、私の声なんて聞こえないよね」


「…………よし」


 俺は深呼吸をして、由奈の顔に自分の顔を近づける。


 後で「そんなつもりは無かった!」とか言って、殴らないでくれよな。


「えっ? ちょっと! 明人……!」


 これは同意の上だ、と自分の行動を正当化しながら、由奈へキスをする。


 それは長かったような、短ったようなで、すぐに終わった。


 でも、やっぱり由奈を目を開けてくれない。


「――そんなおとぎ話みたいなことは起きないような……」


 どうすればいいか、本当に分からない。


「頼むよ。目を覚ましてくれ」


 俺は祈るように言う。




「――仕方ないなぁ。そこまで言われたら、目を覚ましてあげよっかな」




「だったら、早く……えっ?」


 俺はその声に驚く。

 だって、今まで幽体の由奈は俺の背後にいた。


 なのに今の声は正面から聞こえたのだ。


 俺が顔を上げるとベッドの由奈が目を覚ましていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る